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博士論文審査要旨

論文題目:どのような相手であれば被排斥経験後に再親和できるのか―非排斥者の社会不安および再親和相手の集団成員性と集団の類似性からの検討―
著者:津村 健太 (TSUMURA, Kenta)
論文審査委員:村田光二、稲葉哲郎、安川一、井頭昌彦

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1. 本論文の概要

社会的動物である私たちも、ときには社会から排斥を受けることがある。友人から拒絶されたり、所属グループから仲間はずれにされるといった経験である。このとき、社会的に孤立して生きることが難しい私たちは、別の誰かをみつけて何らかの関係を持とうとしたり、受け入れてくれる他の仲間を探したりするだろう。しかし、この試みはたやすくなく、しばしば障害に直面する。本論文は、こういった被排斥経験後の再親和を誰に対して求めるかの問題を、集団成員性に関する社会心理学の理論に依拠しながら、実験を積み重ねて解明したものである。著者の議論によれば、被排斥経験後には一般に集団内の類似性の知覚が高まる(仮説1)。他方で、外集団成員よりも内集団成員に対して再親和を要求する程度が高まるが、社会不安の高い人にこの傾向が顕著に現れる(仮説2)。しかし、この傾向は社会不安が高い人が再親和できる相手の範囲を狭めてしまい、社会に適応するために不利に働く。これに対して、外集団内の類似性の知覚を低めることによって、外集団成員に対しても再親和を求めることができる(仮説3)。シナリオによる質問紙実験とサイバーボール課題を用いた実験室実験を組合せて、本論文では以上の3つの仮説を計6つの実験によって順次検討して、およそ仮説を支持する結果を得た。この結果をていねいに記述し、社会不安の高い人が再親和できる可能性を示すことの意義を研究成果として論じている。最後に、本研究の限界と今後の展望について考察して本論文をまとめている。

2. 本論文の成果と問題点

 本論文の第一の成果は、社会的排斥を受けた後に、内集団に関しても外集団に関しても、集団全体の類似性の知覚が高まることを実証的に示したことである。従来の研究では、被排斥経験後に、異なる集団の成員間の類似性と比較して、同じ集団内の同等の成員間の類似性が高まることが示されていた。これに対して、内集団、外集団のどちらにおいても、集団全体の類似性の知覚が被排斥経験後に高まることを本研究は示した。これは、従来の社会心理学研究では明らかにされてこなかった新しい知見である。また、本研究の主たる焦点は被排斥経験とその後の再親和という二種類の社会行動とその関係にあるが、それをつなぐ社会的認知過程に新たな洞察を与えたと考えることができるだろう。本研究の「集団全体の類似性」は社会的認知研究で扱われてきた「集団の同質性」という概念と関係が深く、両者の異同や、対概念となる集団の異質性あるいは多様性との関係を検討することを通じて、集団認知研究の新たな発展に寄与できるかもしれない。
本論文の第二の成果は、社会不安の高い人が排斥を受けた後に、再親和が可能となる条件の1つを実証的に示したことである。従来の研究では、高社会不安者は外集団成員間の類似性を高く見積もりやすく、外集団成員には脅威も感じやすいため、特に被排斥後に再親和を求めることが困難であることが示されてきた。けれども、本論文の実験の1つでは、高社会不安者であっても外集団成員の類似性が低いと認知できたときには、その成員の誰かを再親和する相手として接近する可能性が示された。こういった認知的変化を高不安者が自発的に遂行するために必要な条件は何かといった検討課題が残っているが、実践的にも意義ある貢献だろう。
本論文の第三の成果は、洗練された実験操作手続きをうまく組合わせて、実施が難しいテーマの実験を遂行して、貴重なデータを取得する方法を示したことである。「社会的に排斥される経験」は心理的苦痛を伴うので、不用意に実験することは許されない。しかし、ここで用いたサイバーボール課題での「排斥」は、プログラムされたゲームの中で自分にだけボールがパスされないという経験で、必ずしも「社会的に排斥されている」と参加者に意識させるものではない。それでいて、意識されない潜在的水準で程度は弱いが排斥と同質の影響を及ぼすことが確かめられている手法である。サイバーボール課題は他の研究者が開発したものであるが、それをうまく利用して、実質的には意味のない手がかりに基づく内・外集団の成員性の操作や、分布幅を変えたグラフを視覚的に示した集団類似性の操作と組合わせて、巧みに実験を遂行している。このように工夫された実験操作方法の組合せを示したことも、成果の一つとして挙げられる。
 以上のような成果が認められるものの、本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
まず、外集団の類似性の低さ、つまり多様な成員がいることを知覚して再親和を試みるとしても、いったい誰をターゲットにしたら再親和を実現しやすいのか、本研究では明らかでない。理論的には、集団全体の類似性認知の問題と個別の成員間の類似性知覚の問題をどうつなげるのか、未解決のままだといえるだろう。実践的にも、多様な人々の中から誰を相手として選ぶのか、指針を見いだせると望ましいだろう。
また、外集団の類似性の低さを知覚できるために、具体的にどのような方策が可能なのか不明である。現実場面では実験者に相当する人が介入してくれるとは限らないので、自発的に外集団の認知を改善するために必要な条件は何か、検討が必要だろう。
そして、社会不安の高い人に関する考察が不足している。高社会不安者は他にどういった性質をもつ人なのか、本来必要な対人的結びつきに不安を抱く人がなぜ存在するのかといった点の議論が充実していると、本論文で検討された課題の重要性も理解しやすかっただろう。
 もちろん、以上の問題点は本論文の成果と水準の高さを損なうものではなく、著者自身も充分に自覚しており、将来の研究において補われ克服されていくと期待されるものである。

最終試験の結果の要旨

2017年3月8日

2017 年1月11日、学位請求論文提出者・津村健太氏の論文について最終試験を行った。本試験において、審査委員が提出論文「どのような相手であれば被排斥経験後に再親和できるのか―被排斥者の社会不安および再親和相手の集団成員性と集団の類似性からの検討―」に関する疑問点ついて逐一説明を求めたのに対し、津村健太氏はいずれも充分な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、津村健太氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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