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博士論文審査要旨

論文題目:近世仏教教団の教学統制と教化活動―東本願寺を事例に―
著者:芹口 真結子 (Mayuko, Seriguchi)
論文審査委員:若尾政希、渡辺尚志、石居人也、引野亨輔

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1 本論文の概要

 本論文は、日本近世の仏教教団における、教学をめぐる論争の展開と、教説の流通の様相とを総合的に検討することによって、近世宗教の特質の一端を明らかにしようとするものである。具体的には、香月院深励(こうがついんじんれい、生没年:1749~1817)が、浄土真宗東本願寺の教学研究機関である学寮の総責任者(講師)を勤めた時期(1793~1817)に焦点をあわせ、教説の流通の様相を明らかにするとともに、教説をめぐって引き起こされた諸問題をいかに解決しようとしたかを検討した。

2 本論文の成果と問題点

 本論文において著者は、①東本願寺教団、②教化の対象である民衆、③教説の解釈をめぐって引き起こされる教学論争や民衆教化に際して、ときに介入する幕藩領主、この三者の関係性に着目し、そのせめぎ合いの様相を描くことに成功している。これは宗教史に関する新しい歴史叙述であり、高く評価できる。本論文の第一の成果である。
第二に、本論文で扱う史料のほとんどは活字化されていない古文書である。著者は、大谷大学を始め日本各地で史料調査を行い、関連史料を収集し、史料批判をしつつ、それを丹念に読み解いていく作業を積み重ねてきた。とりわけ教学・教説に関する史料は、浄土真宗の教学・教説(それは時期により変化する)について深い理解がないと読み解くことができない。本論文では、深励が異安心(異端的教説)事件を取り調べた際に作成された文書を史料として活用しているが、著者の教学・教説理解は的確であり、本論文の叙述を安心して読むことができる。これが第二の成果である。
第三に、本論文では、民衆に伝達される教説について、僧侶が行う法談・法話(いわばオーラルな教え)と、文字化された教えの二つに分け、それぞれに第二部と第三部をあてて、分析をしている。教えが文字化されて書物(著者はこれを講録と総称している)として門徒民衆の間に出回るのは近世から始まることであるが、従来の研究では、講録がどのような歴史的意義を有するのか、本格的に議論されてこなかった。本論文で著者は講録を四つに類型化するとともに、たとえば深励の法談・法話を書き留めた講録が、書林(本屋)による「貸し本」での流通と、個人の貸借による流通とによって、書写され広まったという実態を明らかにした。講録の史料論の嚆矢であり、今後の研究の礎となるであろう。
第四に、本論文では、教化と教説をめぐる近世宗教の特質として、信仰が宗教知の広範な流通・受容によって支えられている点を指摘している。学僧から民衆までの、さまざまな人々が、オーラルな教えと文字化された書物とを介して、自身の信仰・思想を形成していったことを、尾張五僧の事件や清次郎一件等の背景を探ることによって、明らかにした。これは、安丸良夫が切り開いた「民衆宗教」の世界とも重なっており、本論文は、民衆宗教研究にも大きな刺激を与えることになるであろう。
 以上の他にも本論文の成果は少なくないが、もとより残された課題がないわけではない。一つあげるならば、著者は、近世社会においてそもそも宗教がどのような位置を占めていたのか、宗教の意義や存立基盤をどう考えるのか、という大きな問題について、本論文では明確に示していない。もちろんこれは、本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、また著者もすでに自覚しており、将来の研究において克服されていくことが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2017年2月8日

2016年12月26日、学位請求論文提出者・芹口真結子氏の論文についての最終試験を行なった。本試験において、審査委員が、提出論文「近世仏教教団の教学統制と教化活動―東本願寺を事例に―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、芹口真結子氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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