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博士論文審査要旨

論文題目:<僧侶らしさ>と<女性らしさ>の宗教社会学―日蓮宗女性僧侶の事例から―
著者:丹羽(安達) 宣子 (NIWA (ADACHI), Nobuko)
論文審査委員:深澤英隆、小林多寿子、佐藤文香、木本喜美子

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1 本論文の概要

 本論文は、<僧侶らしさ>と<女性らしさ>のはざまで仏教者として生き、新たな僧侶像を模索する現代日本の女性僧侶の生のあり方を、入念なインタヴュー調査に基づき解明した労作である。現代日本社会において、伝統仏教は様々な意味で転換を迫られているが、元来出家主義を建前とした日本仏教の世界では、女性の位置づけはなお不分明であり、女性の活躍の場はいまだなお限定的なものである。本研究は、日蓮宗の女性僧侶を対象とした詳細な聞き取り調査を通じて女性僧侶のライフストーリーを再構成し、そうした状況下で女性僧侶たちが深い葛藤を抱えながらも様々な道筋をたどって仏教的実践を遂行してゆくさまを描き出すとともに、そこから<男社会>としての日本の仏教界の特性にも解明の光をあてている。


2 本論文の成果と問題点

 本論文の第一の成果は、これまでほとんど研究のなされてこなかった現代日本の女性僧侶を実証的研究の対象とした点にある。本研究は、数多くの女性僧侶や女性仏教者を対象とする入念なインタヴュー調査とライフストーリー法に基づく整理を通じて、一見するとマージナルな存在である女性僧侶が、現代日本社会および現代日本仏教のかかえる多様な問題に直面しながら、様々な生の戦略をも用いてそれらに対処しつつ生きる能動的主体であることを生き生きと描き出した。また宗教者を理解する上でのライフストーリー法の有効性についてはこれまでもしばしば指摘がなされてきたが、仏教者のみならず、いずれの宗教に属する人間についても、この方法を本格的に実践した例はいまだ少ない。その意味でも、本論文は大きな意味を持っている。
 第二の成果は、宗教(仏教)と女性との関連をめぐってこれまでなされてきた女性研究・ジェンダー研究との対比において本論考が持つユニークな性格と新たな発見にある。これまでのフェミニズムやジェンダー視点からの宗教研究においては、主に伝統宗教の思想と制度における家父長的・男性中心主義的性格が批判的に検討され、女性宗教者に対する解放的関心が研究を主導してきた。それに対し本研究は、女性僧侶の生の声を聞き取ることによって、彼女たちが単純な男性対女性の図式には収まらない、<僧侶らしさ>と<女性らしさ>の複雑な葛藤や戦略的結合のうちに仏教実践を行っていることを示した。またそうした複雑な実践を反映する女性僧侶の多彩な言説に基づく丹念な記述から、日本の仏教界の<男社会>としての特性をリアリティーある姿で浮かびあがらせている点も、宗教とジェンダーをめぐる研究に新たな視座を提供する成果であると言える。
 第三の成果としては、現代日本社会と宗教との関係を問う宗教社会学の研究状況への寄与が挙げられる。これまでの日本の宗教社会学は、どちらかと言えば新宗教やスピリチュアリティなど、話題性と新奇性のある主題に関心を集中しがちであり、伝統宗教の中で活動する宗教者とその実践は、その社会的役割の大きさにもかかわらず、看過されがちであった。これに対し本研究は、海外においてeveryday religionをめぐる研究が活況を呈していることとも呼応して、伝統仏教の、また日常生活に密着した女性僧侶の活動に焦点を当てることによって、これまでの日本の宗教社会学の研究上の欠落点を補っていると言うことができる。
 以上の三点の他にも本論文の成果は少なくないが、もとより残された課題がないわけではない。本論文は女性僧侶の存在を所与の事実として受け止めるところから立論がなされているが、女性僧侶の出現に至る歴史的経緯や、また男女共同参画社会実現に関わる近年の日本社会の動向などへの論及がより以上になされてもよかった。また本研究の成果を踏まえた上で既存のジェンダーと宗教をめぐる議論と対峙し、いかなる知見をジェンダー研究に新たにもたらすのかがより明示されることも必要であった。とはいえこうした点は、本論文の学位論文としての価値を損うものではなく、またこれらは著者もすでに自覚している課題であり、今後の研究において克服されていくことが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2017年2月8日

2017年1月11日、学位請求論文提出者、丹羽(安達)宣子氏の論文について最終試験を行った。試験においては、提出論文「<僧侶らしさ>と<女性らしさ>の宗教社会学」に関する疑問点について審査委員から説明を求めたのに対し、丹羽(安達)宣子氏はいずれの疑問点に対しても十分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、丹羽(安達)宣子氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の 学位を受けるに値するものと判断する。

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