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博士論文審査要旨

論文題目:中国における国有企業の雇用システムの研究:労働力流動化との関連性において
著者:章 慧南 (ZHANG, Hui Nan)
論文審査委員:依光正哲、倉田良樹、三谷孝、渡辺雅男

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【本論文の構成】

 本論文は、中国が計画経済システムの中に市場経済システムを導入する過程で発生する雇用制度の変化を論じたものである。章慧南氏は、中国における国家所有と集団所有のすべての職場組織を「単位」と定義し、この「単位」が生産的機能だけでなく生活機能や行政機能をも兼備していることに注目する。そして、このような多機能を保持する「単位」およびモデル企業においては、市場経済システムを導入する過程で変革を迫られるのであるが、章慧南氏は、その変革の中核として、賃金・雇用制度の変革に注目する。

 章慧南氏は、市場経済システムの導入過程は、生産機能・生活機能・行政機能という多機能を兼備している「単位」を生産機能に特化した「企業」へと転換させてゆく過程であると主張し、このことを論理的に示すとともに、その転換の中心的課題となる労働力流動化の実態を明らかにし、労働力流動化に伴って発生する問題群を抉り出し、労働力流動化を促進するために必要とされる方策を検討している。本論文は、市場経済システムの浸透およびその中核としての労働力流動化が今後も進展することを展望した本格的研究といえる。

 本論文の構成は以下の通りである。

  緒言
   1 研究課題
   2 先行研究との関連
   3 本論の範囲と構成
  第一部 改革前の「単位」と雇用制度-労働力流動に対する規制-
  第一章 「単位」組織の構造:その特徴及び労働力流動との関連性
   第一節 「単位」組織の多機能性
   第二節 企業としての性質
   第三節 小括:「単位」の個人への統制
  第二章 非流動的な雇用・賃金制度
   第一節 雇用制度
   第二節 賃金制度
  第三章 労働力の非流動性を補強する措置
   第一節 「単位」を中心とする生活保障制度
   第二節 人事考課制度-「档案」制度-
   第三節 小括:個人の「単位」への帰化
  第四章 「単位」と雇用制度:その特徴および非流動性による「後遺症」
   第一節 「単位」と雇用制度の特徴
   第二節 非流動性による「後遺症」

  第二部 改革後の企業と雇用制度-労働力流動化の進展-
  第五章 「単位」から企業への経営方針転換
   第一節 問題の設定
   第二節 「単位」改革の4段階
   第三節 「単位」から企業への移行
  第六章 流動的な雇用・賃金制度への転換
   第一節 雇用制度の転換
   第二節 賃金制度の転換
   第三節 転籍の増大
  第七章 人事考課と昇進
   第一節 人事考課
   第二節 昇進
  第八章 「単位」の生活保障から社会保障への改革進展状況
   第一節 失業保険に関する施策
   第二節 年金制度の改革
   第三節 医療制度
   第四節 住宅制度
   第五節 小括
  第九章 モデル企業の事例研究
   第一節 問題の設定
   第二節 モデル企業の事例分析
   第三節 小括

  結語
   1 企業としての性質の変化
   2 企業としての存在を妨げている多機能性の変化
   3 労働力流動化の到達点

【本論文の内容要旨】

 本論文の第一部では、改革以前の「単位」と雇用制度が論じられ、労働力の非流動性に起因する社会経済的損失の問題を整理している。

 第一章において、中国における「単位」の組織的特徴を多機能性にあるとし、生産機能面では「単位」が経営自主権を持たない構造になっていることを章氏は明らかにする。具体的には、「単位」に「労働力定員」が配分され、「賃金総額」が伝達される制度の下では「単位」には経営自主権が与えられておらず、個人のレベルでは、職業選択の自由や居住地選択の自由が認められていない。このことが労働力の非流動化を意味し、「単位」の雇用関係・職務規程・賃金決定などが固定化されることになる、と章氏は主張する。

 第二章において、雇用制度や賃金制度をより詳細に分析する。時期による変化が見られるものの、「単位」は、基本的には国家が規定した標準に基づいて労働者の賃金や昇進等を決定しており、企業業績や個人の労働成果は賃金と連動していないことを実証する。そして、章慧南氏は、このような「統一収入、統一分配」の構造が、労働者の積極性を挫き、企業の活力を阻害していると主張する。

 第三章では、労働力の非流動性を補強するものとして、「単位」を中心とする生活保障の制度および「档案制度」に注目する。章慧南氏は、「単位」を中心とした生活保障の制度を採用せざるを得なかった歴史的背景に言及し、この生活保障制度の特徴を明らかにする。そして、改革以前においては、個人は「単位」を離れては生存できない状況にあったことを論じる。さらに、档案制度による档案記録の存在に言及し、このことが労働力の非流動と関係すると主張する。

 档案制度は、都市部と農村部ではその方式・意義・運営が異なるが、都市部においては、職業を持つ全ての人に関する個人別の档案が所属する「単位」で記録され、保管されている。この記録内容の政治性・秘密性・連座制・終身性などによって、個人が「単位」に強く帰属することになると章慧南氏は主張している。

 第四章では、第一部を理論的に総括する。改革以前においては、「単位」は生産・生活・政治等の多機能を果たしているが、経営自主権や自己責任制は欠如していること、個人の職業選択の観点から雇用制度を見ると、終身雇用・福利・保障が三位一体となった制度であり、これらが労働力の流動性を阻害していること、その結果、「単位」と労働者との関係は、契約関係ではなく、むしろ「従属関係」にあり、「単位」は過剰労働力を抱え、「単位」内部での労働力配置は非効率となり、労働者の勤労意欲が低下すること、などを「単位」の特徴点として指摘する。

 第二部では、政府の方針転換、改革後の「単位」の機能の変化、とりわけ企業しての性格の浸透度と雇用制度を論じ、モデル企業における先端的取り組みについて検討がなされている。

 第五章では、「単位」が生産機能に特化した「企業」へと転換する過程が取り上げられる。市場経済原理の導入によって経済の効率化・活性化を達成しようとする試みは、「単位」を再建する問題を提起することとなり、「単位」の生産機能を企業の原理により活性化し、これまで抱えていた多機能を外部化することが課題となる。そして、中央政府の方針が基本的には「政企分離」と自己責任制を軸に展開したことを立証している。

 第六章では、政府の方針転換に伴い、「単位」における雇用・賃金制度の変革について論する。変革のポイントはいくつかあるが、企業が自由に採用することが可能となったこと、契約工が登場し、労働者の解雇が可能となったこと、「第二職業」の増加、「最適労働組織化」などが試みられたことが指摘される。そして、企業業績と賃金総額とのリンク、企業内部の分配自主権により、「労働技能・労働責任・労働強度・労働条件」等を評価の基礎とした「崗位技能賃金」により労働意欲の向上・生産現場労働者不足の解消・職場の活性化など、変化の様相を示す事例が紹介され、まら、転籍者が着実に増加していることが実証されている。

 第七章では、労働力を「単位」に固定化する档案制度に基づく人事考課を如何に改革するかという観点から昇進の問題を取り上げている。一部の地域では、档案制度の改革が進展してきているが、住宅等の提供を档案によって実施している状況が支配的であるがため、また、政府の企業に対するコントロールがあまり変化していないため、それらが改革の障害になっていることが指摘されている。 第八章では、労働市場を整備するためには、失業保険、職業紹介、職業訓練が必要となることに注目し、1986年から実施された国営企業の失業保険制度を取り上げる。中国の失業保険は生活救済機能と雇用促進機能の双方を果たそうとしていること、さらに、職業紹介と職業訓練機能を果たす労働サービス公司が数多く設置されてきている状況を示す。年金制度改革の面では、失業保険と同様に、国有企業には地域的な統一管理が実現することになるが、集団所有制企業や個人経営企業にも養老年金保険制度を普及させることに関しては未だ変革が途上であること、さらに、医療保険の面や住宅制度の面での改革は、既に述べてきた各種の改革と比してその進展が遅れていることなどを指摘する。

 第九章では、未公開の資料を活用してモデル企業が人事労務管理の面で、総合的な改革に取り組んでいる模様を具体的に示している。この事例研究によって労働力の固定化に関連した要因がどう変革され、労働力の流動化がどこまで実現しているのかを検証し、人事制度・賃金制度・教育訓練・人事考課などの諸局面での変化について具体的な取り組みを紹介している。

 筆者はこのモデル企業での取り組みが、経営自主権の拡大と自己責任制の導入の先進事例と位置づけるが、労働人事・賃金・社会保障の総合セット改革が進展してゆくことが、市場経済にふさわしい企業経営メカニズムの確立に繋がると期待している。

【本論文の評価と問題点】

 以上のような内容の本論文の特徴は、国有企業の雇用システムと労働力流動化とを関連づけたパイオニア的業績である。労働力資源の効率的配置の問題、社会保障制度の導入問題、国有企業の企業変革、の三点について、一貫した論理展開によって一つのビジョンを示したことは大きな貢献である。とりわけ「単位」が提供する生活保障機能と档案制度が個人を「統治」し、労働力の流動を妨げている点を解明し、「単位」の機能を生産機能に特化させ、他の機能を外部化する方向を模索し、その結節点が労働力の流動化であるという筆者の主張と分析は、これまでの中国企業の人事労務管理に関する研究の水準を押し上げるものと言える。また、著者が日本に留学して以来、中国と日本を往復しながら長期間かけて人的ネットワークを構築し、第一次資料の収集につとめ、市場経済システムの導入過程をつぶさに観察し続け、それらを理論的に整理したことは、本研究の主張に説得力を持たせている。さらに、モデル企業の状況を未公開資料に基づいて分析し、最先端の改革の状況と問題点を指摘したことも特筆に値する。

 しかし、本研究には次のような問題があることを指摘しておく。「単位」の改革は当然のことながら、より広い領域の改革と連動しており、その視点から「単位」の改革を位置づけることが必要となる。最も大きな問題は政府機構の変革の問題である。本論文では、改革路線を与えられたものとして受け止めているが、「単位」の改革と政府機構の改革の相互関係の分析が欠けていることが気になるところである。また、企業レベルでの経営戦略の分析や人事戦略に関する分析、とりわけ企業内労働者の活用と外部労働市場からの労働力の活用についての具体的分析が充分とは言えない。この点については、章慧南氏も充分に意識しているところである。

 しかしながら、これらの論点をカバーすることは全く新たな別の論文を用意して論ずることを意味しており、上記の問題点は本論文の成果をいささかも否定する性格のものではない。

【結論】

 審査委員一同は、本論文が当該分の研究に大きく貢献したものと認め、章慧南氏に対し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断する。

最終試験の結果の要旨

2000年2月28日

平成12年2月24日、学位請求論文提出者章慧南氏について最終試験を行った。本試験においては、審査委員が提出論文『中国における国有企業の雇用システムの研究ー労働力流動化との関連性においてー』に関する疑問点について説明を求め、あわせて関連領域についても説明を求めたのに対して、章慧南氏は充分な説明を行った。
 よって、審査委員一同は章慧南氏が学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有することを認定し、合格と判断した。

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