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博士論文審査要旨

論文題目:日本復帰前の沖縄における島ぐるみの運動の模索と限界―B52撤去運動から尖閣列島の資源開発にいたる過程に着目して―
著者:秋山 道宏 (AKIYAMA, Michihiro)
論文審査委員:多田治、児玉谷史朗、吉田裕、戸邉秀明

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1 本論文の概要

本論文は、米軍統治下・日本復帰前、1967-72年の時期の沖縄を主要な対象として、通説では1950年代に高まったとされる島ぐるみの運動が、この時期にもB52撤去運動や経済開発を契機として、保守/革新の党派的対立を超える地平で模索されていたことに着目し、新聞記事などの文書資料と当時の関係者へのインタビューをもとに、こうした島ぐるみの動きが模索されたプロセスと、それらが内包した限界から挫折に至る経緯を詳しく再現的にたどり、実証的に明らかにした歴史社会学的な研究である。沖縄のなかでも特に本島中部の嘉手納という地域に焦点を当てて基地問題をよりローカルに掘り下げ、そこから沖縄全体をとらえ返していく形をとっている。

2 本論文の成果と問題点

本論文の成果は、主に以下の三点にまとめることができる。
第一に、1960年代後半の沖縄における米軍基地問題を「生活・生命」という観点から独自にとらえ返し、爆発事故後のB52撤去運動が保革を超えて島ぐるみ化していくプロセスをリアルに活写し、詳細に描き出した点である。これによって、保革対立が顕在化したとされるこの時期にあっても、即時復帰反対や「イモハダシ」論を唱えて基地容認・経済重視の立場にあった人々でさえも、爆発事故によって住民の生命と日常生活が危機におかれる局面ではB52撤去への意思を明示し、対立する立場・党派を超えた島ぐるみの地平に到達していた様相を明らかにした。なお、この作業において著者は、沖縄の代表的な地元二紙『沖縄タイムス』『琉球新報』だけでなく、従来充分に取り上げられることのなかった当時の保守系新聞『沖縄時報』にも詳細な検討を加え、独自の知見を引き出している。
第二に、同時期の尖閣列島の石油資源開発への機運の高まりを、これもまた島ぐるみの運動という観点からとらえ、実証的に跡づけた点である。これによって、全く別の文脈やジャンルとみなされがちなB52撤去運動と経済開発への動きが、実はむしろ近い時期になだらかな連続性をもち、経済界や教職員会など多くの地元団体が両方に取り組み、超党派的な島ぐるみの運動を展開していた事実を明らかにした。この発見的意義は大きい。これまで、この時期の沖縄を語る言説には政治外交史の立場からのものが多かったが、より地元に密着した研究として挙げられる社会運動論と経済開発論は、それぞれ相当の厚みをもちながらも別々に展開されてきた。本研究は運動と開発を横断的に扱い、島ぐるみの視点によってつなぐことで、上のいずれの潮流とも一線を画す新たな地平を、独自の観点と史実から提示してみせた。今後、この時期の沖縄を語るうえで参照を欠かせないモノグラフとなりうるものである。
第三に、嘉手納という地域を主要対象とすることで、復帰前・ベトナム戦争期の沖縄の基地問題に新たな知見を見出し、付け加えたことである。これまで先行研究は、コザ(現・沖縄市)の米兵が集う繁華街を扱うものが際立っていた。本研究はB52爆撃機の配備・爆発・撤去運動など、当時の戦争と基地にまつわる危機が切迫状況を迎えた嘉手納地域に焦点を当てたことで、そこを拠点にこの時期特有の島ぐるみの運動が広範囲にひろがり始めた実相を、より内在的に明らかにした。また、嘉手納地域でこの時期体験された生命レベルの恐怖や、(基地がなくなることによる)貧困への不安に光を当てたことは、それらが沖縄戦を体験した世代の人々の記憶とも通底していたこと、それゆえ固有の力をおびた事実を指摘する成果をもたらした。さらに加えて、当時のB52・基地問題が今日のオスプレイ配備や辺野古基地移設問題とも相同的な側面を持ち、当時の島ぐるみの活動展開が今日の「オール沖縄」を考える際にも多くの示唆を与えうることへの現代的なビジョンを、具体的に提示した。
しかし本論文には、次のような問題点も見出される。
上記のようなすぐれた成果を残しながらも、各方面でやり残した課題が少なからずみられることである。たとえば、基地をめぐる生活と生命の関係は、事故発生のタイミングや時間経過とともに変化してゆくものであることが、充分に吟味されていない点。B52撤去運動や2・4ゼネストの挫折が、なぜいかにして、経済開発の方面へと島ぐるみの結集点を移行・収斂させていったのか、そのプロセスが充分に検証されていない点。この時期の沖縄経済や本土政府との関係、沖縄側の主体性などを語るキーワードとして、「援助から開発へ」という貴重で発見力ゆたかな見方を提示していながら、いまだその射程を余すことなく提示するまでに至っていない点。本論文が扱う時代やテーマが、今日までの沖縄の歴史のなかでどのような位置づけにあり、復帰後、特に今日の沖縄との関係においてどういう実りある示唆を与えうるのかが、充分明快に語り尽くされてはいない点、などである。
とはいえこれらの問題点は、本論文の高い水準とすぐれた研究成果を損なうものではなく、本研究の到達点が今後も豊かな可能性を展開していくプロセスにあることの表れでもあるため、著者自身もそのことを充分に自覚しており、今後の研究によってそれらの問題点を克服し、さらに知見を発展させていくことが期待される。

最終試験の結果の要旨

2016年2月8日

2016年12月15日、学位請求論文提出者・秋山道宏氏の論文について最終試験を行った。本試験において、提出論文『日本復帰前の沖縄における島ぐるみの運動の模索と限界―B52撤去運動から尖閣列島の資源開発にいたる過程に着目して―』に関する疑問点について、審査委員が逐一説明を求めたのに対して、秋山氏はいずれも適切な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、秋山道宏氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により、一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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