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博士論文審査要旨

論文題目:近世後期北奥の豪農・豪商の思想形成
著者:鈴木 淳世 (SUZUKI, Yoshitoki)
論文審査委員:若尾政希、渡辺尚志、石居人也、高柳友彦

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1 本論文の概要

 本論文は、近世後期の北奥羽(北奥)地域における豪農・豪商の思想形成について、一方では彼らが書き残した著作や蓄積した蔵書等を徹底的に分析することによって、また他方で彼らが関わった家や諸事業の経営に関する史料を分析することによって、その形成過程を解明しようとしたものである。具体的には、八戸藩領陸奥国九戸郡軽米町の豪農である淵沢円右衛門定啓(? ~1871)と、同藩の城下町八戸の豪商である石橋徳右衛門憲勝(1722~1804)を取り上げている。

2 本論文の成果と問題点

 本論文の第一の成果は、八戸市立図書館に所蔵されている淵沢家の文書群と、八戸市博物館・東北大学附属図書館に所蔵されている石橋家の文書群(西町屋文書)を読みこなして、淵沢定啓と石橋憲勝の思想形成の過程を解明した点である。とりわけそれぞれの子孫が守り続けてきた蔵書を丹念に分析し、淵沢定啓・石橋憲勝が確実に読んだ書物を特定した点、あわせて両者が書き残した著作類を分析することによって、読んだ書物が著作のなかでどのように活かされているのかを解明した点は、従来の日本近世思想史研究の水準を引き上げたものとして、高く評価できる。
 第二に、蔵書や読書の研究を通して、北奥八戸の文化的環境を具体的に解明することができた。日本近世という時代は、日本において初めて商業出版が成立した時代であり、三都(江戸・京・大坂)を中心に多くの本屋ができ次々と書物を出版して、書物が流通していった。しかしながら三都から遠く離れた地域における書物流通の実態については、いまだ分かっていないことが多かった。本論文は、本州の北端に位置する八戸藩における書物流通の実態を解明しようとした最初の本格的な論文として位置づけることができる。八戸町に書物の共同購入や貸出を行う書物仲間が作られていたことはこれまでも指摘されてきたが、その詳細は分かっていなかった。著者は、書物仲間に関するいくつもの史料を発掘するとともに、軽米町にも「軽米仲間」が存在していたことも明らかにした。
 第三に、淵沢定啓・石橋憲勝、それぞれの経営思想を考察する際に、著者が、両者の家の経営帳簿や鉄山経営の帳簿等を詳細に分析することによって、その経営実態と時期による変化を明らかにしたことも高く評価したい。本論文は、たとえば大野鉄山の経営史に関する実証的研究としても読むことができる。
 また、経営史的分析と思想史的分析の双方を行ったことも本論文の新しさである。いわゆる経営史を専門とする研究者は、経営者の思想分析は行ってこなかった。逆に思想史の専門家は経営分析を行わないのが、これまでの通例であった。著者は専門としては思想史研究者ではあるが、経営に関する帳簿についても読み解き整理する能力を持っており、本論文はその能力がいかんなく発揮された労作として位置づけることができる。
 以上の他にも本論文の成果は少なくないが、もとより残された課題がないわけではない。著者は本論文において、淵沢定啓・石橋憲勝という2人の人物を取り上げたのであるが、19世紀を生きた淵沢定啓に対して、石橋憲勝は前の世紀に活躍した豪商であった。史料的制約もあろうが、同じ時期を生きた人物を比較対照した方が、それぞれの家の歴史的位置がよりはっきりと見えてきたのではという指摘がなされた。もちろん、こうした点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、また著者もすでに自覚しており、近い将来の研究において克服されていくことが充分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2016年11月9日

 2016年9月9日、学位請求論文提出者・鈴木淳世氏の論文についての最終試験を行なった。本試験において、審査委員が、提出論文「近世後期北奥の豪農・豪商の思想形成」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、鈴木淳世氏が一橋大学学位規則第5条第1項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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