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博士論文審査要旨

論文題目:戦後日本における病床偏重の高齢者処遇 −コミュニティケア発展の困難の観点から−
著者:髙間 沙織 (TAKAMA, Saori)
論文審査委員:猪飼 周平、堂免 隆浩、白瀬 由美香、中澤 篤史

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1. 本論文の概要
 本論文は、戦後日本における高齢者ケアが、病床によるものに偏った理由を、医療法人・個人病院、自治体病院、高齢者福祉施設、社会福祉協議会の経営環境の歴史的変化を丹念に追うことで明らかにしようとした労作である。

2. 本論文の成果と問題点
 一般に高齢者ケアの場は、大別して医療施設・福祉施設・在宅の3つのセクターに分かれるが、日本においては、特に1970年代以降、医療法人・個人病院(診療所)が供給する病床が、高齢者のケアの場を医療施設に大きく偏らせることとなった。この認識自体は、医療・福祉の領域においては比較的常識的なものであるが、他方でなぜそのような歴史的経路を戦後日本が歩んだのかについては、十分な説明がなされてこなかった。
 本論文の特色は、①医療法人・個人病院のみならず、高齢者ケアのオルタナティヴである自治体病院、高齢者福祉施設、社会福祉協議会の発達史を比較することで、医療法人・個人病院の資本蓄積における相対的優位性を明らかにした点、および②医療法人・個人病院の優位を、各セクターを取り巻く税制、地方財政、会計制度、金融制度にまで立ち入った念入りな検討から明らかにした点にある。その結果、本論文は、戦後日本における高齢者ケアが、医療施設偏重となった理由を制度レベルでかなりの程度明らかにすることに成功した。
 今日の高齢者ケアについては、コミュニティケアを基軸とすべきであるという主張が広く行われるようになっているが、本論文は、医療施設への資本の偏在が、戦後日本においてコミュニティケアが発展することを困難なものとしていたことを示している。したがって、本論文は、今後日本におけるコミュニティケアを発展させてゆく上でも、重要な基盤的知識を提示するものであると評価できる。
 他方で、本論文には荒削りな面が散見されることも指摘せざるを得ない。本論文においては、①コミュニティケアの操作的な定義を行うことで、医療施設、福祉施設、社会福祉協議会を一貫する理論的視座を確保しようとしているが、必ずしも説得的でない、②社会福祉学分野の成果の取り込みが十分でない、③税制、地方財政、会計制度、金融制度などの制度を説明変数として論文を組み立てるという方法を採用したことで、制度の成り立ち自体を問う視点が弱くなっていることなどが挙げられる。
 ただし、これらの難点によって、論文の価値が本質的に損なわれることはなく、また筆者自身これらの難点についてはよく自覚しているところであり、今後の研究の進展の過程で、克服されることが十分に期待できる。

最終試験の結果の要旨

2016年2月10日

 2016年1月8日、学位請求論文提出者・高間沙織氏の論文について、最終試験を行った。本試験において、審査委員が、提出論文「戦後日本における病床偏重の高齢者処遇——コミュニティケア発展の困難の観点から」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、高間沙織氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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