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博士論文審査要旨

論文題目:水平社創立の文化史的研究
著者:関口 寛 (SEKIGUCHI, Hiroshi)
論文審査委員:田崎宣義、町村敬志、渡辺尚志、若尾政希

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一、論文の構成

 本論文は被差別部落解放運動の結社である水平社の創立経過を扱ったもので、その構成は次の通りである。

 第一章 問題の所在
  一 はじめに
  二 近代社会像の転換
  三 エリート主義と民衆の排除
  四 本稿の課題
 第二章 部落改善の時代と被差別部落民衆の生活実態
  一 はじめに
  二 「国民」創出と部落差別
  三 被差別民衆の生活実態
  四 おわりに
 第三章 部落改善運動の実践
  一 はじめに
  二 西松本村の外観と吉川吉次郎
  三 西松本矯正会の活動
  四 改善運動と村落秩序
  五 正統化と支配文化、天皇制ナショナリズム
  六 まとめ
 第四章 改善運動と水平運動の論理的連関
  一 はじめに
  二 部落改善運動の思想
  三 水平社創立の思想
  四 まとめ
 第五章 創立期水平運動の実践
  一 はじめに
  二 事件について
  三 運動の分析
  四 まとめ
 第六章 初期水平運動の対抗文化と自己組織化
  一 はじめに
  二 初期水平運動の対抗文化
  三 差別糾弾運動と自己組織化
  四 おわりに
 結語

二、論文の概要

 第一章は戦後歴史学の枠組みへの批判と本論文の方法的吟味に充てられている。筆者はまず被差別部落解放運動(以下、被差別を省略)の研究での国民国家論的視点の重要性を論ずる。すなわち、近代を差別からの解放過程とみる啓蒙合理主義的な歴史観に対し、国民国家論の有効性を指摘する。すなわち、国民国家論では、近代国民国家の形成過程は近代社会の被差別構造の形成過程でもるとされ、部落問題でも19世紀から20世紀への世紀転換期の画期性を浮彫りにできること、事実、明治初期に下層社会一般の中に埋もれていた部落問題が世紀転換期に顕在化することがその例証となるとする。同時に、国民国家論が民衆を権力の統治対象として一面的に捉える危険性があることから、国家権力と民衆との間で繰り広げられる複雑な葛藤の過程を重視すべきであるとする。つぎに筆者は部落史の研究史を整理し、従来の研究が啓蒙合理主義的な発展史観に依拠してきたことを指摘し、この枠組みでは多くの民衆はエリートに動員される受動的な客体としてしか描かれないこと、そのため多くの民衆を巻き込んだ運動のダイナミズムの秘密が解き明かせないことを指摘し、多くの下層民衆がすすんで運動に身を投じた理由を、水平運動が民衆に与えた影響と意味を明らかにすることから解き明かすことを本稿の課題とする。

 第二章では部落問題が世紀転換期に顕在化する過程と当該期の部落民衆の生活実態をとりあげる。筆者によると、全国的な部落問題の顕在化は世紀転換期に展開される地方改良運動の中で生ずるが、奈良県では日清戦後に県当局が就学率向上を追求する過程で生じ、この過程で「特殊部落」、「特種部落」という用語や部落改善運動が生まれる、とする。筆者は、就学率の向上や地方改良運動によって追求された「『国民』創出の課題が同時に部落民の生活を可視化=問題化し」て社会的差別を形成するとともに、部落改善運動を引き出したと指摘する。ついで、同時期の統計や記述資料を駆使して奈良県内の部落民衆の生活実態が詳細に明らかにされるが、筆者の分析をユニークにしているのは、県当局や国が何をもって部落民衆を「特殊」と考えたかを追求した点である。筆者によれば、この点の解明は、部落民衆に植え付けられた被差別意識の内容と部落改善運動の性格を理解する鍵になるとする。

 第三章では、奈良県下で最も活発に活動した部落改善団体であるの西松本矯正会(南葛城(カツラギ)郡大正村・1908年設立)に焦点をあて、犯罪行為の根絶、勤労意欲の創出、衛生道徳の向上、共同浴場・託児所・新聞縦覧所の設置、勤倹貯蓄運動、納税義務観念の普及などの広範な活動が「『国民』社会に相応しい新たな生活態度の確立に向けられていた」こと、この活動が第二章で明らかにした部落民衆の生活規範と多分に緊張をはらむものであったにもかかわらず全体として支持を獲得できたのは、運動の方向性が差別からの解放を望む村民の利害と一致したこと、あるいは部落民衆に対する差別に徹底した抗議行動を展開したことなどにあったとする。同時に筆者は、「国民」化という支配イデオロギーに対する従属と抵抗の緊張関係を西松本矯正会の活動がかかえこんだ点に着目し、ここに部落改善運動から水平運動が生まれる根拠があるとする。

 第四章では、前章で示唆された部落改善運動と水平運動との論理的な連関が、水平運動発祥の地とされる奈良県を対象に、機関誌や青年団報を用いて丹念に分析される。改善運動では、部落民衆は不潔・怠惰・貧困・野蛮、その対極に措定される一般人は清潔・勤勉・富裕・文明とされ、改善運動の実践によって自らの被差別性を払拭することで平等を達成しようとするところに特徴があり、部落有力者の指導の下で青年層は熱心に運動を担っていたが、1920年前後になると実践運動に懐疑的な青年層が登場する。奈良県磯城(シキ)郡大福村では、こうした青年が1920年に三協社を結成し、これを母胎に1922年に中和水平社が誕生する。青年たちは、文明の側に身を置いて部落民衆を指導する部落有力者や公権力に対し、部落民衆を野蛮と決めつける姿勢こそが野蛮であるとし、社会的平等実現のあらたな運動へと自己を転回させる、と筆者は結論づける。

 第五章では、水平社が初めて組織的に取り組んだ1922年の大正小学校差別糺弾闘争が取り上げられ、部落改善運動と水平運動との連関が明らかにされる。筆者は予審調書を丁寧に読み解き、水平運動を担う自覚的な青年たちが、改善運動で目標とされた青年像や国民像に適合的になるように自らを律して行動し、また運動の参加者にも同様のことを求めることによって闘争に正当性を付与しようとしたこと、改善運動の過程で培われた部落の結合力に依拠して運動を進めたことなどを指摘し、改善運動と水平運動との論理的な連続性を明らかにするとともに、この闘争が支配文化の下に抑圧されていた部落の下層民衆に肯定的なアイデンティティを付与して、新たな政治運動の端緒となった点を強調する。

 第六章では、初期水平社が展開した諸運動のなかで、支配文化に対する対抗文化が形成され、部落民衆に広く受け入れられていく過程が分析される。運動の最も主要なものは演説会と差別糺弾闘争であるが、演説会については、演説の内容や弁士のさまざまなパフォーマンスの分析を通して部落民衆が被差別意識から解放されて自身に肯定的な評価をもつようになること、部落民衆の間に部落を越えた共同性が培われ、解放運動が提示する将来像に部落民衆が自身の解放の夢を託していたことなどが指摘される。また差別糺弾闘争の分析では、社会的に劣位におかれていた部落民衆が自身を差別から解き放とうとする格闘の中から、糺弾闘争のもつラディカリズムが生み出されたものであること、またこの闘争を通して部落民衆の組織化が進んだことなどが指摘される。

 結語は、初期水平運動の歴史的な評価と筆者の課題意識が半ば「あとがき」的に述べられた簡潔なものである。

三、論文の成果と問題点

 本論文が達成した成果は以下の通りである。

 第一に、本論文の第一章で筆者が掲げた課題が、いずれも丹念な実証と緻密で強靱な論理展開の中で説得的に解決されていること。

 第二に、社会学、歴史学の最新の理論的な枠組みを積極的に取り入れながら、従来の部落解放運動、あるいは水平運動研究には見られなかった新しい歴史像を描き出すことに成功していること。また、新しい理論的な枠組みを用いることによって、これまでほとんど利用されることのなかった膨大な資料を縦横に駆使しえたこと。

 第三に、従来の研究史をほぼ全面的に塗り替えることに成功していること。すなわち、研究史の個別の論点では、主として次の点で批判に成功していること。

 一、従来の研究史では、部落改善運動を民衆統合の機能を担ったとして消極的に評価する見解と、部落民衆が自らの手で劣悪な生活環境を改善しようとした自発性を高く評価する見解が対立していたが、筆者はこれを近代的な部落差別の成立とそれによる新しい被差別意識の形成とその克服の過程と捉えたこと。

 二、従来、部落改善運動と水平運動との関係については断絶または飛躍とする見解がとられ、その契機として啓蒙主義的な人権思想や社会主義思想の影響が重視されてきたが、本稿では、両者の運動の過程とそこに見られるさまざまな言説や行動を丹念に洗い直すことを通して、二つの運動を連続した流れとして統一的に描き出したこと。

 三、社会主義思想の影響下の運動とされてきた水平運動や差別糺弾闘争を、当時の部落民衆の生活規範や行動様式から解きほぐして、その特徴を説得的に説明したこと。

 また研究史全体に対しては、次の点で高く評価できること。すなわち、従来の部落解放運動や水平運動の研究は、日本近代史の他の多くの分野と同じように階級闘争史観や啓蒙合理主義の枠組みの中で研究が進められてきたため、部落問題の解決を社会主義革命とブルジョア民主主義革命のいずれの達成によって可能と見るか、あるいは水平運動の成立を促した契機をどのような啓蒙思想に求めるかといった点に研究者の関心が集中してきたが、本論文は研究史が共有してきたこのような枠組みそのものに見直しを迫ることに成功していること。

 第四に、膨大な資料を駆使した各章の実証分析はいずれも説得的に展開されているが、とくに差別糺弾闘争でのリーダーの形成、支持者層の形成と拡大、さらに周縁にいる人々への波及の動きに丹念に追った分析は迫力に富むだけでなく、集合行動論としても興味深いこと。

 本論文は以上のような点で高い水準を達成していると評価できるが、以下のような問題点も指摘できる。

 第一に、本論文の大きなメリットのひとつは理論的な枠組みと丹念な実証分析とが緊密に結びついている点にあるが、例えば日清戦争が「国民」形成に与えた影響が部落民衆には及ばなかったのか、差別糺弾運動などの水平社の運動が当時の思潮とどのような関係にあったのかなどの論点が理論的な枠組みによって捨象される結果となっていること。

 第二に、生硬でこなれていない用語法や定義の不十分な語が散見されること。

 第三に、課題と結論については各章で明快に叙述されているためか、結語がやや簡潔にすぎ、前後の時期への見通しについても寡黙なため、広がりに欠けるきらいがあること。

 以上のような問題点にも関わらず、審査員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与するに充分な成果を上げたものと判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに相応しい業績と認定する。

最終試験の結果の要旨

2000年2月29日

 2000年2月14日、学位請求論文提出者関口寛氏についての最終試験を行った。
 本試験においては、審査員が提出論文『水平社創立の文化史的研究』に関する疑問点について逐一説明を求め、あわせて関連分野についても説明を求めたのに対し、関口寛氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって審査員一同は関口寛氏が学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有することを認定し、合格と判断した。

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