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博士論文審査要旨

論文題目:〈策略〉としての「戦争の平凡化」の過程―1920年代アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業の事例から―
著者:望戸 愛果 (MOKO, Aika)
論文審査委員:伊藤 るり、貴堂 嘉之、佐藤 文香、中野 聡

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本論文は、アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業を事例として、「戦争の平凡化」(モッセ)の過程を、エンローの〈策略〉概念を援用しつつ、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」という独自に考案した分析枠組を用いて検討し、これに基づいて「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」という視座を打ち出す歴史社会学的研究である。

1. 本論文の構成
 本論文は、序論、1~5章、結論から構成され、末尾に補論が付されている。構成は以下のとおりである。

目次
凡例
序論
1. 研究目的
2. 用語としての「戦争の平凡化(トリヴィアライゼーション・オブ・ウォー)」
第1 章 理論的前提――「神話化」と「平凡化」の二項対立モデルを超えて
1-1. はじめに
1-2. 先行研究の検討と問題の所在
1-3. 本論文の独自性
1-4. 「戦争の平凡化」をめぐる3 つの分析枠組み
1-5. 「神話化」と「平凡化」の二項対立モデルの限界
1-6. 〈策略〉概念の再定義――「戦争体験」のジェンダー化された序列
1-7. 史資料の概要と特徴
1-8. 本論文の構成
第2 章 在郷軍人会の創設経緯と構成員
2-1. はじめに
2-2. 2 つの「アメリカ在郷軍人会」
2-3. 在郷軍人会の「100 パーセント・アメリカニズム」
2-4. 在郷軍人会の組織構造
2-5. 女子は“戦友”になれますか?――機関誌投稿欄上の看護婦論争
2-6. 小括
第3 章 フランス再訪から「聖地」再訪へ(1919 年~1921 年)
3-1. はじめに
3-2. 「真の巡礼者」の登場
3-3. 「首尾良くいかなかった」アメリカ軍戦場墓地
3-4. 「男たち」の在郷軍人会巡礼――1921 年
3-5. 小括
第4 章 「理想の絶え間ない再聖化」のために(1922 年~1924 年)
4-1. はじめに
4-2. 「思い出」と化すフランス戦場
4-3. トーマス・クックと在郷軍人会――1922 年巡礼
4-4. 「豪華」から「安価」へ
4-5. 小括
第5 章 「神聖なる」大規模巡礼から「聖地」創出へ(1925 年以降)
5-1. はじめに
5-2. 「フランス大会委員会」の設置――反転した「戦争体験」の序列
5-3. 「機会を逸した人々」のために
5-4. 元従軍看護婦のフランス再訪
5-5. 「神聖なるもの」の危機
5-6. 新時代の〈策略〉
5-7. 小括
結論
1. 本論文の要旨
2. 本論文の成果
3. 本論文の課題と今後の展望
補論 シンシア・エンローの「軍事化」分析――初期エスニシティ研究を起点とした統一像
1. はじめに
2. 研究主題の時系列的変遷
3. エスニシティ研究における「軍事化」概念
4. ジェンダー研究における「軍事化」概念
5. おわりに――分析概念としての「軍事化」
付録
文献目録
謝辞


2. 本論文の概要
 各章の概要は以下の通りである。
 序論で、まず筆者は本論文の目的を、1920年代アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼を事例に、「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」を析出することにあると設定する。すなわち、「文化・社会研究」としての第1次世界大戦研究を切り拓いてきたG.モッセの「戦争の平凡化(trivialization of war)」概念に、「軍隊と女性」研究のパイオニアであるC. エンローの〈策略(maneuvers)〉という視座を新たに導入することで、「戦争の平凡化」概念の精緻化、及び普遍化が目指されることとなる。また、モッセにおいて「戦争の平凡化」(「戦争を賞賛して栄光を称えるのではなく、選んで手元に置いておく程度に親しみやすくする」こと)が、「戦争体験の神話化」と二項対立関係に置かれ、本研究の検討対象である退役軍人が、もっぱら「神話化」、ないし「神聖化」の担い手として位置づけられるのに対して、「平凡化」の担い手としての側面は看過されてきた点が指摘される。これに対して、本論文では退役軍人自身が「戦争の平凡化」に果たす役割を浮き彫りにし、これを分析の俎上に置くことになる。
 第1章では、本論文の理論的前提が示される。筆者は、まず、「軍事化」における「女性の分断」を捉える視座としてエンローが設定した〈策略〉概念を援用し、これを再定義して、「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」という議論の大枠を提示する。そして、これを精緻化するために、3つの補助的な分析枠組みを設定する。第1は、第1次世界大戦をめぐって「語るに足る真の戦争体験」とは何かという問題をジェンダー視角から批判的に捉えることを可能にする、男性兵士の「第1の戦場」(塹壕)と従軍看護婦の「第2の戦場」(病院)という枠組みである。第2は、戦争体験をめぐる「神聖なるもの」を破壊しかねない「性的空想ファンタジー」の不可逆的な力を捉える“汚らわしい”「戦争の平凡化」の過程という枠組みである。第3は、「ノスタルジックな感情を引き起こすものが、自分自身の体験した過去であるかどうか」という基準に応じてノスタルジーを区別する、「一次的郷愁」と「擬似郷愁」という枠組みである。その上で、「戦争体験の神話化」と「戦争の平凡化」の二項対立的関係を所与としてきた従来の議論の限界を示し、「A男性の戦闘体験」、「B男性の従軍体験」、「C男性の入隊体験」、「D女性の従軍体験」の同心円から構成される「『戦争体験』のジェンダー化された序列」という筆者独自の分析枠組を設定する。ここにおいて、「神話化」(序列の厳格化)と「平凡化」(序列の曖昧化)の相補的/破壊的関係を捉える新たな枠組み(すなわち、「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」を析出する分析枠組み)が用意されることになる。また、本論文で用いられる史資料の概要と特徴が示される。
 そして、①戦争を「選んで手元に置いておく程度に親しみやすくする」過程の戦略的なあり方という、従来の第1次世界大戦研究のなかでは等閑視されてきた局面を浮かび上がらせること、そして②エンローの「日常生活の軍事化」概念と同様の局面を取り上げつつ逆の方向性に焦点を合わせる「戦争の平凡化」概念の有用性を新たに提示すること、この2点が本論文の課題として挙げられる。
 第2章から第5章までは、上記の理論的枠組みに基づいて、在郷軍人会による1920年代の西部戦線巡礼事業(1921年巡礼、1922年巡礼、1927年巡礼の3回)に関する、史資料を用いた実証分析が展開される。
 第2章では、戦間期アメリカ在郷軍人会の設立経緯、組織構成、そして「全国本部」「州支部」「地方基地」という同会の組織構造が検討される。筆者は、そのうえで、最下部組織である地方基地からも排除される傾向にあった看護婦の周縁化された地位のあり方を明らかにする。
 第3章では、在郷軍人会の創設期にあたる、1919年から1921年までの時期が論じられ、第1に、戦場観光産業が台頭する予感があってはじめて、退役軍人巡礼とはいかなるものであるべきかが提示されていくという、逆説的な「巡礼者」像のあり方が解明される。第2に、従軍体験と戦闘体験を兼ね備えた「男たち」の戦場巡礼という、一見して男性退役軍人組織にふさわしい理念に基づいて行われた1921年巡礼が、旅費の負担面での問題から十分な参加者の動員ができず、また全国本部役員と州支部会員の間の待遇の不平等をあからさまにしてしまったために、深刻な構造的欠陥を抱えていたことが確認される。
 第4章では、休戦協定締結から3年以上が経過し、フランス戦場の景観が大きく様変わりしていく、1922年から1924年にかけての在郷軍人会が考察される。ここで示される知見は、以下の3点である。第1に、1921年巡礼の担い手(経済的余裕のある退役軍人)とは明らかに異なる社会階層の人々(たとえば、3等船室を使用して渡仏せざるを得ないような退役軍人)が、新たな戦場訪問の担い手として想定されるようになったという点である。第2に、在郷軍人会会員にとってフランス戦場が3年以上前の「思い出」と化したことによって、戦場巡礼事業において「郷愁」が果たす役割が相対的により大きなものとなったこと、そして、在郷軍人会機関誌上において提示される退役軍人の「一次的郷愁」が、1922年巡礼を介して、より普遍的で流通性が高い形へと変容していった点である。第3に、戦場巡礼の「商品化」だけでは、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」の境界線の曖昧化(「戦争の平凡化」)は進まないという点である。
 第5章では、1925年以降の在郷軍人会の組織事業が大規模巡礼実施からパリでの「聖地」運営へと移行していく過程が検討される。まず、1925年に在郷軍人会全国本部に設置された「フランス大会委員会」が、戦地(「男性の戦闘体験」の場所)ではなく、そこから離れたパリを「聖地」として構築することで、「反転した『戦争体験』の序列」が出現する。つぎに、全国本部を中心とする〈策略〉の影響を受けながら、自ら「戦略」を立てて「平凡化の過程」のなかへと身を投じていったさまざまなカテゴリーの人々(各州支部のコンベンション・オフィサー、渡欧・従軍体験のない退役軍人、元従軍看護婦など)に焦点を合わせ、たとえば 「戦争の平凡化」に寄与する“汚らわしい”土産物灰皿が、いかに「戦争の神聖化」を危機に追い込むかを明らかにした。最後に、1931年にパリに創設された在郷軍人会の「聖地」パーシング・ホールを取り上げ、戦争の「栄光」と「親しみやすさ」を同時に備える同ホールの特徴が検討される。従来、二項対立的に捉えられてきた「戦争体験の神話化」と「戦争の平凡化」は、時として不可分の相補的関係のなかに位置づけ直されるのであり、そのような関係を成り立たせることこそが、在郷軍人会全国本部によって主導された〈策略〉の終着点であったと確認して、本論文の実証分析が終わる。
 結論では、第1章で設定された2つの課題(①「戦争の平凡化」過程における在郷軍人会による〈策略〉の位相の解明、②エンローの「日常生活の軍事化」概念に対する「戦争の平凡化」概念の位置づけ)に対して、アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業の実証分析を通して本論文が到達した知見と見解、また今後の研究に向け、アメリカの事例を選んだことからくる、あるいはまた史資料の制約などからもたらされる限界も含め、残された課題が示されている。
 なお、補論では、「戦争の平凡化」概念との対比を行うため、エンローにおける「軍事化」概念を、その初期エスニシティ研究に遡って変遷過程を明らかにしている。


3. 本論文の成果と問題点
 本論文は、第1次世界大戦研究、なかんずく1990年代以降にモッセらが切り拓いてきた「文化・社会研究」の系譜に位置づけることができる歴史社会学的研究である。その特徴は、モッセが『英霊――創られた世界大戦の記憶』(原著1990年、日本語訳2002年)で展開した「戦争の平凡化」の議論に関して、理論と実証の両面から批判的検討を行い、とりわけモッセに欠けていたジェンダー視点を導入することで顕著な成果を上げている点にある。全体として、鮮明な問題意識と粘り強い思考に支えられ、いくつかの限界を有すものの、問題設定と方法における一貫性、そして独創性に富んだ論考となっている。
 本論文の成果は、大きく以下の3点に分けて考えることができる。
 第一に、本論文の最大の成果は、アメリカ在郷軍人会という「戦争を抱きしめる」人びとが「戦争の平凡化」に果たしうる役割を明らかにするという目的を果たすため、エンローの「軍事化」分析における〈策略〉概念に基づいて、独自に「〈策略〉としての戦争の平凡化」という視座を導きだし、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」という分析枠組を作り上げた点にある。「軍事化」のジェンダー分析を行うエンローにおいて、〈策略〉とは、「軍事化」をめぐる意思決定者が、女性たちのあいだに「互いに区別しあう境界をつくりだ」させ、利害において分断された女性たちが、それぞれに自分自身の問題の解決を図る過程で、徐々に日常生活の「軍事化」を押し進めるようになる過程をいう。本論文では、この概念をアメリカ在郷軍人会が「戦争の神聖化」と「戦争の平凡化」を進める過程を捉えるための視座として捉え直し、在郷軍人会がその構成員のあいだに「『戦争体験』のジェンダー化された序列」をつくりだし、序列間の境界を「厳格化(=神聖化)」させたり、「曖昧化(=平凡化)」させる過程を指すものとして定義されている。そして、「A男性の戦闘体験」を中心に、「B男性の従軍体験」、「C男性の入隊経験」、「D女性の従軍経験」が同心円状に広がる「『戦争体験』のジェンダー化された序列」の境界力学を捉えるために、筆者はさらに補助的に①「第1の戦場」(塹壕)/「第2の戦場」(病院)という枠組、②「性的空想ファンタジー」、③「一次的郷愁」/「疑似郷愁」という枠組を設定する。こうした一連の概念と枠組は、第3章から第5章の実証研究を進めるための理論的前提として提示され、実際に各章で効果的に用いられ、論文全体に強い一貫性を与えている。「『戦争体験』のジェンダー化された序列」という分析モデルは、本論文が扱う事例をこえて、さまざまな戦争体験の分析に適用可能な、一定の汎用性を備えており、さらなる発展可能性を秘めるものとして高く評価できる。
 第二に、本論文は、モッセにおける「戦争の神聖化」と「戦争の平凡化」の二項対立的認識において、退役軍人が「戦争の神聖化」、あるいは「戦争体験の神話化」の担い手として想定されても、「戦争の平凡化」の担い手としての側面は見落とされてきた点を捉え、アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業に関する一次資料の丹念な検討をとおして、その「戦争の平凡化」における役割を明らかにした。また、モッセにおいて、等閑視されていた従軍看護婦の存在に光を当て、このことで戦闘体験をもつ男性兵士から従軍経験をもつ看護婦まで、在郷軍人会構成員の総体を視野に入れて、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」の抽出に成功している。これらは、実証研究としての本論文の重要な成果として評価できる。筆者は、これを、先行研究(ボロワー、バドロー、トラウト)が注目してきた1927年巡礼だけでなく、その前段階における2つの巡礼にまで遡り、戦闘体験をもつ「男たち」の戦場巡礼であることを謳った1921年巡礼、女性会員の参加が認められたものの、男性会員の中心性は揺るがなかった1922年巡礼、広く一般会員に開かれ、2万人もの参加者を得てパリでのパレードが実施された1927年巡礼、と3つの巡礼の段階的な変化とそれらの比較を通して行っている。このような3つの巡礼事業における「戦争の平凡化」と「戦争の神聖化」の動態分析を可能としたのは、在郷軍人会(全国本部、州本部、地方基地)の機関誌、報告書、『星条旗新聞』などの一次資料の丹念な収集とデータ分析、巡礼事業の記録写真や図像などの表象分析である。また従来、在郷軍人会のなかでの発言力が弱く、かつ研究者によっても見逃されてきた従軍看護婦の動向を捉えるにあたって、地方基地の水準にまで下り、数少ない看護婦に関する一次資料を「ヘレン・フェアチャイルド第412号看護婦基地」に求めて、看護婦が巡礼事業にどのように参加したか、男性会員とどのような関係にあり、どのように異なる立場にあったかを一定程度明らかにできた点は特筆に値する。
 第三の成果として挙げられるのは、本論文が、モッセの「戦争の平凡化」概念をエンローの「軍事化」概念と関連づけ、アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業の分析をもとに、その相互関係に関して考察を展開していることである。ともによく知られていながら、相互に関連づけられて論じられることがない2つの概念の相対的価値の検討が試みられている。本論文では、エンローの〈策略〉概念を「戦争の平凡化」の過程を理解するために用いているが、「戦争の平凡化」が戦争を起点とし、戦争を「ごく普通の振る舞い」として「受け容れ」られる過程を指すのに対して、「日常生活の軍事化」は、逆に日常生活を起点として、それが「軍事化」する過程、すなわち「制度としての軍隊」の基準や価値が日常に浸透していく過程を指すのであり、両者は近似した現実について真逆の方向から接近していることになる。「戦争の平凡化」が、「軍事化」という接近方法では把握困難な「戦争を抱きしめる」人びと、この場合は在郷軍人会の周縁部に位置づけられる従軍看護婦たちの意識的な「戦略」を浮き彫りにすることを可能とするという本論文の見解は、両概念の相互関係を検討していくためのひとつの足がかりを提供するものである。
 以上のような成果が認められるものの、その一方で本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
 第一に、モッセが議論する「戦争の平凡化」が一般大衆における社会過程であるのに対して、本論文で議論されるそれは、アメリカ在郷軍人会という組織内部のものである。在郷軍人会が構成員に対して進める「〈策略〉としての『戦争の平凡化』」を分析する前提として、アメリカ社会における同会の位置づけが十分に検討される必要があるが、この点で、本論文は在郷軍人会の行動規範である「100パーセント・アメリカニズム」を論じてはいるものの、アメリカにおける戦争の記憶をめぐる「平凡化」の問題を論じるうえで不可欠ともいえる南北戦争の経験についての言及が欠けている。アメリカ社会における退役軍人の位置づけは、推定62万人の死者を出した南北戦争の影響なしに議論することは困難であり、こうした過去と、アメリカ在郷軍人会がどのような連続性と不連続性をもつかが予め検討されるべきだろう。
 上記に関連して、在郷軍人会の従軍看護婦たちが、アメリカ社会の女性運動とどのような関係にあったのかが不明である。たとえば、「アメリカ革命の娘たち」といった愛国的な団体との関係、あるいは1920年に批准された憲法修正第19条(婦人参政権)との関連など、一般社会との関係についての考察が必要である。こうした作業があって初めて、在郷軍人会内部の「戦争の平凡化」がアメリカ社会全体においていかなる意味をもったのか、その根底的な意義も引き出されるはずであり、今後の重要な検討課題といえる。
 第二に、本論文では、史資料の制約から、在郷軍人会における人種の側面についての議論ができていないことが予め述べられているが、この点については、たとえば巡礼事業への州レベルでの参加者数の違いなどを手がかりに検討する余地があるのではないか。また、巡礼が第一次大戦終結後、かなり早期に実施されたことを考えれば、参加したコーホートの年齢が若いことが想定される。人種、年齢階層といった点について、今後、より詳細な検討が望まれる。
 第三に、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」という分析装置には汎用性があると認められるが、「反転した『戦争体験』の序列」という表現は誤解を招きかねない。男性の体験を中心とする序列から女性を中心とする序列に反転するかのような印象を与えるが、実際には、戦闘のあった場所ではなく、パリが中心となるという意味であるので、この点、より工夫した表現が必要である。
 以上、主な問題点を記したが、これらについては口述試験の質疑応答において、筆者自身の見解が説明され、今後の課題としても認識が得られた。また、これらの課題にもかかわらず、本論文が達成した成果を損なうものではない。


4. 結論
 上記のような評価に基づき、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与しうる成果を十分あげたものと判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するにふさわしい業績と判定した。

最終試験の結果の要旨

2015年7月8日

2015年6月12日、学位請求論文提出者、望戸愛果氏の論文についての最終試験を行った。試験においては、提出論文『〈策略〉としての「戦争の平凡化」の過程――1920年代アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業の事例ら――』に関する疑問点について、審査委員から逐一説明を求めたのに対して、望戸愛果氏はいずれも十分な説明を与えた。よって審査委員一同は、一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績及び学力を有することを認定した。

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