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博士論文審査要旨

論文題目:中国の少数民族教育と言語政策
著者:岡本 雅享 (OKAMOTO, Masataka)
論文審査委員:田中宏、関啓子、久冨善之、坂元ひろ子

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一、論文の構成

 本論文は、人口12億人を擁し、55の少数民族が公認されている多民族国家中華人民共和国の少数民族政策を扱ったものである。すなわち、民族区域自治に代表されるハード面の政策推移を跡づけるとともに、少数民族の学校教育及び言語教育といういわばソフト面を中心に、19世紀末頃から1990年代にかけて、各民族ごと、各地域ごとに網羅的にとらえ、その全体像をつかもうと試みている。従って、分量は400字詰めに換算すると1800枚に及ぶ大作であり、各章ごとに地図及び統計表が多く掲げられており(約100点)、さらに少数民族語を使った教科書なども図版として多数収録され、民族学校などの写真も数多く掲げられている。

 本論文の構成は次の通りである。

第1部 総論ー教育、言語からみた中国のマイノリティ政策
第1章 55の少数民族と民族区域自治
1、中国の少数民族 2、55少数民族の承認 3、55少数民族という枠組みに対する留意点 4、民族区域自治ー中国少数民族対策の根幹
第2章 中国政府の少数民族教育施策の推移
1、中華民国期 2、中華人民共和国期
第3章 現代中国における少数民族教育の概況と特徴
1、現代中国の「民族教育」とは 2、少数民族教育の特徴 3、民族教育を司る行政機関 4、二言語教育の目的と類型
第4章 現代中国の少数民族語政策
1、55少数民族の言語と文字 2、少数民族文字の創作と改革 3、ポスト文革期の民族語政策
第2部 中国各地、各民族の民族教育
第1章 中国朝鮮族の民族教育ー二言語教育を中心として
1、中国における朝鮮人(族)教育の変遷 2、朝鮮族の民族教育、二言語教育の現状 3、朝鮮語の喪失と民族語教育の地位
第2章 中国モンゴル族の民族教育
1、20世紀前半のモンゴル族教育ー内モンゴル地方を中心に  2、中華人民共和国下の内モンゴル自治区におけるモンゴル族教育  3、内モンゴル自治区の分轄と八省・自治区モンゴル語事業協力グループの設立  4、モンゴル文字の改革と統一 5、中国東北地方のモンゴル族教育  6、中国西北地方のモンゴル族教育
第3章 伝統イ文の復権ー中国イ族の識字・民族教育
1、イ族とその言語・文字 2、新イ文導入の経緯と背景 3、規範イ文の誕生 4、ポスト文革期にみる伝統イ文の興隆 5、イ文統一への動き
第4章 雲南省における少数民族語事業と教育
1、雲南省の少数民族語施策の推移 2、雲南少数民族の言語文字使用状況 3、民族語と学校教育 4、民族語事業と民族語教育をめぐる諸問題
第5章 貴州省における民族語文教育
1、貴州省少数民族の言語と文字 2、1980年代の民族語推進事業の展開 3、民族文字による識字教育事業の興隆と停滞 4、学校における二言語文教育 5、民族語文教育を妨げる諸要因 6、貴州省の特徴ー雲南省との比較から
第6章 新彊ウイグル自治区における民族教育
1、20世紀前半のトルコ系ムスリムの教育 2、中華人民共和国における新彊トルコ系諸民族と教育、言語政策 3、イリ・カザフ自治州のシボ族教育ー満州語の継承者
第7章 チベット族の民族教育
1、20世紀前半のチベット人(族)教育ーウ、ツァン、カムの場合 2、20世紀前半アムド地方のチベット族教育 3、チベット地方/自治区の教育をめぐる状況ー1950~70年代 4、文革後のチベット自治区の学校教育 5、四川省におけるチベット族教育 6、雲南省デチェン自治州のチベット族教育 7、青海省のチベット族教育 8、甘粛省のチベット族教育 9、五省・自治区チベット語教材協力グループ
第8章 広西チワン族自治区の民族語事業と教育
1、広西チワン族自治区の設立 2、チワン族とその言語使用状況 3、方塊文字とローマ字式新文字 4、ローマ字式チワン文字と学校教育
第9章 海南島リー族のリー文字
1、海南島のエスニック集団とリー語使用状況 2、三度廃止された自治州 3、再開されないリー文の推進事業
おわりに

二、本論文の概要

 総論である第1部の第1章では、中国の少数民族が、中華民国成立時の「五族(漢、満州、モンゴル、回、チベット)協和」方針から中華人民共和国成立後には、漢族と55の少数民族の承認に変わり、また民族区域自治制度が導入された経緯を概観している。第2章では、中国の少数民族教育施策の変遷を、民国期から共和国期にかけて大まかに追跡している。共和国創設期の後に訪れた反右派・大躍進期、さらには文革期には大きく後退し、ポスト文革期に再建されるという起伏を簡潔に整理している。

 第3章では、現代中国における少数民族教育は、55の少数民族に対して実施される教育を指しており、国民統合を達成するための「国民教育」と、民族性の覚醒と保持を内容とする「民族教育」という性格とを同時に持つとしている。そして、民族学校の設立、教科課程と言語、教科書の編さん、進学面での特別措置などを整理し、さらに二言語政策の類型化(モンゴル、朝鮮族型、ウイグル、カザフ、チベット族型、南方少数民族型)を試みている。そして、第4章では、少数民族の文字創作を含む民族語事業を検証し、国家民族事務委員会の32号文書(1991年)を紹介しながら、現在の問題状況を指摘している。

 第2部は、総論を踏まえた各論となっている。中国の少数民族政策の根幹は民族区域自治であり、1998年現在、5自治区、30自治州、117自治県、3自治郷が設けられている。この制度は、1984年5月公布の「民族区域自治法」によって保障され、同法第19条に基づいて、各地では「自治州条例」や「自治県条例」が制定されている。

 中国の民族教育を地方レベルで見る場合は、省・自治区、自治州、自治県などの行政区ごとに見る方法と、民族ごとに見る方法とがある。ウイグル族のように、人口のほとんどが一つの自治区内に集中している場合(1990年現在、99.7%)は二つの方法は合致するが、一方、多くの民族は各省・自治区などにまたがって居住し、特にモンゴル族や満州族は、かつて広大な地域を支配した歴史があることから、現在もかなり広い地域にわたって住んでいる。

 第2部は9章からなるが、朝鮮族、モンゴル族、イ族、チベット族の四つは民族単位で考察し、他は行政区単位でまとめられている。

 第1章は、朝鮮族(人口192万人、1990年、以下同じ)をとりあげ、その民族教育の変遷を、朝鮮語・漢語の両言語の学習比率や学習開始年齢を中心に、19世紀から文革期までを5期に分け、二言語教育の現状や方式を、延辺朝鮮族自治州とそれ以外の地域に分けて検証し、その特徴や直面する問題を明らかにし、朝鮮語の喪失が若い世代に生じている状況をとらえ、その要因を考察している。

 第2章では、モンゴル族(480万人)をとりあげている。20世紀前半におけるモンゴル族の教育を内モンゴルを中心にとらえ、ついで共和国期におけるモンゴル族の言語使用状況や民族教育の経緯と現状を、内モンゴル自治区及び東北地方、西北地方ごとに明らかにし、民族語の維持率(学習率と使用率)が東北より西北の方が高いことを実証し、その原因を双方の社会環境の違いなどから考察している。

 第3章では、イ族(657万人)について、その識字・民族教育をとりあげている。共和国成立当初は「伝統イ文」がなぜ否定され「ローマ字式新イ文」が導入されたか、なぜ新イ文は普及せず伝統イ文が復権を果たしたのか、その経緯をまとめ、要因を考察している。さらに、80年以降の「標準イ文」の普及状況や伝統イ文興隆の雲南省、貴州省への広がり、全国イ文統一への動きを紹介し、そこに浮かび上がる問題を指摘している。

 第4章では、行政区である雲南省をとりあげている。同省は、中国で最も多くの種類の少数民族が住んでおり(人口5万人以上でも15種)、それらが総人口の33.4%を占めている。一つの民族が複数の言語・文字を持つ場合、伝統文字を持つ民族、1950年代に作られた文字が試行段階にあるもの、文字のない言語を持つ民族などについて、その民族語事業の経緯をたどり、民族語の使用やその学校教育への取り入れ状況を明らかにし、さらに二言語教育が小学校レベルにとどまっているのはなぜかを考察している。

 第5章で扱う貴州省も、少数民族の多い行政区である(総人口の32.4%、人口5万人以上が10種)。同省の少数民族事業の主な対象であるミャオ族、トン族、プイ族などを中心に、民族語教育事業の経緯と実状を検証している。その二言語教育は、民族自治地方において、初等教育の最初の数年間、少数民族の母語と漢語の二言語を教育するのみで、民族語文で一般教科を教える形の授業は行われていない。学校教育で民族語を使う程度が最も低い省といわれるが、その原因は何かを考察している。

 第6章も、行政区としての「新彊ウイグル自治区」を扱っている。同区では珍しく漢族人口が過半数を割っているが(37.6%)、ウイグル族を筆頭に(47.5%)多くの種類の少数民族が住んでいる(人口3万人以上が8種)。同区の民族教育については、20世紀までのトルコ系ムスリムの教育状況を整理し、ついで共和国期における新彊トルコ系民族のそれを、漢語教育や宗教と教育の関係などをポイントに検証し、さらにウイグル、カザフの新文字(ローマ字)の導入と伝統文字の復権の経緯やその評価を紹介し、中国の少数民族文字改革運動に内在する問題の一面を明らかにしている。また、満州語の継承者であるシボ族が、ウイグル、カザフ、漢、モンゴル、ロシアの各言語の「翻訳民族」とされていることも指摘している。

 第7章では、再び民族単位としてのチベット族の民族教育を扱っている。その人口は459万人で、チベット自治区、青海省、四川省、甘粛省、雲南省などに住んでいる。20世紀前半のチベット族の教育を、社会史的にも異なる経緯を持つ3大地域(イギリスの干渉を受けながら独立的状態を保ったウ、ツアン、清朝・中華民国と対峙、衝突する交戦地帯であったカム、中華民国の青海、甘粛両省の下に置かれ、民国政府とある程度協調していたアムド)に分けて検討している。共和国期に入ると、これらは前述の五つの自治区・省になり、中国共産党主導の近代学校教育が導入される。ラサ事件(1959年)を経て文革期に入ると、チベット文字は農奴階級のものと批判され、チベット語を学ぶ必要はないという声が大きくなり、チベット語教師の多くが学校を追われる。

 文革後には一定の改善が図られるが、チベット自治区の人口では3.7%に過ぎない漢族が学校教育では大きな比重を占めている。すなわち、漢族の生徒が小学校8.7%、初級中学28.5%、高級中学48.2%と高い比率を占め、また、漢族の専任教師は、小学校11.6%、初級中学56.8%、高級中学85.4%と、さらに高い比率となっている。教授用言語も、小学校ではほぼチベット語が使われるが、初・高級中学のほとんどが漢語で教育をしている。そのことは、同区の学齢児童の就学率が低く、中途退学率が高いという結果をもたらしている。

 第8章は、再び行政区としての「広西チワン族自治区」を扱っている。同区の人口に占める漢族は60.9%であるが、やはりチワン族を筆頭に多くの種類の少数民族が住んでいる(人口3万人以上が6種)。チワン族は人口1550万人を擁する中国最大の少数民族であり、その91.4%がこの自治区に居住する。チワン族に焦点をあて、共和国が作った新文字の中でいち早く国務院に承認されたローマ字式チワン文字の普及事業が芳しくなく、民族語による教育の普及やその使用程度が特に低いことを明らかにし、その理由を考察している。

 第9章も同じく行政区としての海南省をとりあげている。同省の人口に占める漢族の比率は83%と高いが、そこの先住民族であるリー族の人口は102万人で、同省の少数民族の92%を占めている。共和国は1950年代に南方の少数民族についてローマ字式表音文字を作ったが、反右派・大躍進、文革の中で、ことごとくその推進事業が中止された。しかし、文革後次々と再開されたが、リー文の推進だけは「停止」状態のままである。リー族の置かれた状況やリー文推進事業の経緯を検証し、その要因を「海南リー族ミャオ族自治州」の廃止や海南島の「経済特区」化、観光開発の進展によって、話し言葉のリー語から漢語への転換が進んでいることに求めている。

三、本論文の成果と問題点

 以上が、本論文の概要である。筆者は、1991年9月から93年2月まで中国に留学し、特に後半は北京の中央民族学院(94年以降、中央民族大学と改称)において、中国の少数民族問題について学んでいる。留学中にも、少数民族教育の現地調査のために、延辺朝鮮族自治州、雲南省、内モンゴル自治区、新彊ウイグル自治区を訪れ、帰国後も機会を得て四川省、雲南省タウホーン・タイ族シンポー族自治州などを訪れ、それぞれ現地の研究者との交流も重ねるなかで、本論文をまとめている。

 本論文の第一の成果は、広大な中国における少数民族問題を、55の少数民族について、中央政府及び地方政府の公式発表、関係法規、研究者の調査報告、統計資料、研究論文など(その収集も容易ではなかろう)を駆使して、その全体像を明らかにしたことで、他に類例がないといえよう。さながら貴重な「データブック」となっており、今後の研究に裨益するところが大きい。

 第二の成果は、民族教育乃至二言語教育に焦点をあてながら、中華人民共和国成立後から90年代に到る推移を、建国初期の「黄金期」、反右派・大躍進期、さらには文化大革命期における民族教育事業の後退を経て、文革収束後に再興期を迎えたことを、各地方レベルで検証し、その間の差異や問題点を指摘したことである。

 1980年代後半以降の「改革開放」の時代を迎えると、中国国内の人口移動がより活発化することによって、少数民族自身がその居住地を離れて生活する機会が拡大し、民族語よりも漢語を学ぶ必要性がより高まっているという環境の変化が、各地に微妙な影響を与えていることも指摘している。

 第三に、中国の民族教育がどういうものであるかを検証したことである。中国の民族教育は、「55の少数民族に対して行う教育」であり、少数民族に一般教科や漢語を教えることもそこに含まれ、また、各少数民族の歴史は「中国史」の一部だということから民族学校でもほとんど教えられていない。チベット地域で使われている教科書も、全国統一教科書のチベット語訳にすぎず、チベット族の子どもに李白や杜甫の詩を暗唱させる一方、チベットの伝説は教えないなど、チベット族の文化を反映した内容は少なく、日々の暮らしからかけ離れている現状をも指摘している。中国では、民族的アイデンティティの確立といった課題はさほど重視されていないといえる。

 二言語教育については、(1)モンゴル、朝鮮族型は、学校教育を通して民族語を保持しつつ、漢語を学習する、(2)ウイグル、カザフ、チベット族型では、民族語喪失の心配はなく、漢語をいかに教えるかが問題となっている、(3)南方少数民族型は、民族語は漢語学習の補助手段であり、民族語の授業は小学校低学年に限られる、という三類型を析出している。しかし、一般的に見ると、中国で今日ほど少数民族語が学校教育に取り入れられた時代はないが、一方では今日ほど漢語教育を少数民族教育の隅々にまで浸透させた時代もない、と総括するなど、適切な分析、評価に成功している。

 とはいえ、本論文にもいくつかの問題点が指摘できる。一つは、全体像を明らかにするためのデータ収集に多くをさいたこともあり、論としての組立がやや弱い点である。例えば、少数民族の言語問題をとりあげているが、そもそも中国自体がその「国語」をどのように形成していったかというなかで論ずると、何が見えてくるかということがあろう。また、少数民族の「宗教」という側面とをあわせ検証するとどういう像が描けるのだろうか。

 論文でも触れられているように、中国の55の少数民族のうち、34の民族は中国の外に同じ民族が住んでいるが、それとの関連から考察する方法も興味ある手法であろう。また、各少数民族間に「比較教育」の視点を導入することを部分的には試みているが、より本格的に行うと、さらに豊富な分析ができるのではなかろうか。こうした観点を踏まえると、問題がより立体的に、構造的に検証できると思われる。

 しかし、これらは、この論文を踏まえてさらに発展させる課題ともいえ、今後に期待されるところであり、その前提となる「底力」を本論文は備えているといえる。

 以上、審査員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与するに充分な成果を上げていると判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するにふさわしい業績と認定する。

最終試験の結果の要旨

2000年2月29日

 2000年(平成12)年2月22日、学位論文提出者岡本雅享氏についての最終試験を行った。本試験において、審査委員は、提出論文『中国の少数民族教育と言語政策』に関する疑問点について逐一説明を求め、合わせて関連分野についても説明を求めたのに対し、岡本雅享氏は、いずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査員一同は、岡本雅享氏が博士の学位を授与されるのに必要な研究業績及び学力を有することを認定し、合格と判断した。

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