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博士論文審査要旨

論文題目:介護職の職務範囲と専門職性に関する研究-チームケアと多職種連携からの考察を中心として-
著者:高橋 幸裕 (TAKAHASHI,Yukihiro)
論文審査委員:林 大樹、渡辺 雅男、福田 泰雄、高田 一夫

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 [本論文の構成]

 本論文は、介護サービスが拡大する一方で、労働条件が劣悪で定着が悪いとされる介護労働者の働き方とキャリア、さらには職業ステイタスのあり方に関して分析し、介護労働者がより高いモチベーションをもって働ける環境作りのためには、何が必要かを分析し、改革の方向性を論じた研究である。高齢化にともない介護労働がますます必要とされる一方で、賃金・労働条件が低いままにおかれた介護労働に対し、将来の展望を示そうとした意欲作である。その構成は以下の通りである。

目次

序章 研究課題と方法
第1節 問題の所在
第2節 研究課題(問い)と仮説
第3節 研究対象
第4節 本研究の視点
第5節 先行研究・先行調査研究
第6節 論文の構成
第7節 本研究の独自性
第8節 研究方法
第9節 論文における用語の定義
第1章 高齢社会における介護職への社会的要請と期待
第1節 介護職に対する社会的要請と期待
第2節 低い社会的評価の理由
第3節 社会的地位向上をするための課題
第4節 小括
第2章 看護師の地位向上の試み
第1節 日本における看護婦の誕生と看護教育
第1項 揺籃期における看護婦の教育と役割
第2項 揺籃期における看護婦の仕事と役割
第3項 揺籃期における行政による看護制度の整備
第2節 確立期
第1項 再構築される看護婦関連制度-進められる看護改革
第2項 職能団体の設立と行政への進出
第3項 政治活動の開始‐政界への進出と政治団体の結成
第4項 高等教育制度の整備
第5項 医師と看護師の関係・雇用慣行・賃金水準
第6項 病院ストライキ・ニッパチ運動(闘争)
第7項 エスタブッリシュメントとの関わり
第3節 発展期
第1項 医療現場の高度化と看護職キャリアの伸張
第2項 高度化するニーズとキャリアアップへの対応
第3項 専門看護師制度
第4項 認定看護師制度
第5項 認定看護管理者制度
第4節 小括
第3章 介護職がこれまで歩んできた道のりと専門職化への課題
第1節 介護が職業として成立した経緯
第1項 長野県家庭養護婦派遣事業
第2項 全国へ広がる家庭奉仕員制度
第3項 国庫補助・老人福祉法・有料化
第4項 1970年代から社会福祉士及び介護福祉士法制定まで
第2節 介護職が社会的地位を高めるための要素とは何か
第1項 行政
第2項 政治活動・団体
第3項 ストライキ
第4項 業務独占
第3節 職業として成熟するための課題
第1項 職能団体
第2項 職業別労働組合
第3項 エスタブリッシュメントとの関わり
第4節 介護職の養成制度
第1項 ホームヘルパーの養成制度の概要
第2項 ホームヘルパー3級
第3項 ホームヘルパー2級
第4項 ホームヘルパー1級
第5項 介護職員基礎研修
第6項 介護職員初任者研修
第7項 介護福祉士の教育カリキュラムの概要‐2012(平成24)年3月末までの介護福祉士の資格取得制度
第8項 介護福祉士のカリキュラム改訂
第9項 介護職の養成制度に関する課題
第5節 憧れる職業となるために
第1項 就業理由
第2項 仕事に対する満足度
第3項 賃金水準
第4項 仕事の継続意思
第6節 小括
第4章 介護職の専門性の確立
第1節 チームケアにおける課題と事例調査の視点
第2節 介護職における専門性と介護労働者の意識
第1項 介護職に求められるようになった専門性とチームケア
第2項 介護職の専門性に関する調査結果
第3項 介護職に対する高まる専門性志向
第3節 介護職の専門性はどこにあるのか
第1項 介護保険制度における介護職の役割
第2項 事例分析
第3項 介護職と各専門職における連携の構造
第4節 ヨーロッパにおけるケアワーカー
第1項 ヨーロッパを選んだ理由
第2項 スウェーデンの事例から
第3項 ドイツの事例から
第5節 小括
終章 本研究のまとめとして-介護職の社会的地位向上に関する課題
第1節 本研究で明らかとなったこと
第2節 専門性を確立するための課題
第3節 職業基盤・教育システムの確立
第4節 残された課題
まとめ

 [本論文の概要]

著者は序章「研究課題と方法」において、先行研究をレヴューしている。介護労働者の賃金や労働条件の低い原因として、これまでもっぱら介護労働者自身の意識や労働実態に関する検討がなされてきた。しかし、マンパワーは不足している傾向にあるのだから、市場が機能すれば賃金・労働条件は改善されるはずである。改善がみられないのはそれ以外の原因があるのではないか、と問題提起する。
著者は第1章「高齢社会における介護職への社会的要請と期待」において、序章の分析を踏まえ、介護労働の低い賃金・労働条件の原因を、介護職の社会的地位や職業への社会的評価が低いことに関連づけて考察することが必要ではないかと考えた。そして、同じく低い社会的地位に悩んだ看護職を比較対象とすることにする。介護の関連職種である看護職は、女性の多い職種であるという点でも共通している。看護職は第2次大戦後、教育水準も上がり、職業ステイタスも上昇したのである。
第2章「看護師の地位向上の試み」は、わが国に近代的な看護職制度が導入されて以降の看護職という職業の歴史を分析して、その地位向上のメカニズムを明らかにしようとしている。看護職は当初は家政婦を兼ねる専門性の低い仕事であり、医師の助手として職業的に自立していなかった。しかし、軍隊や公衆衛生への関与など、公共性の高い仕事であったことから上流階級からの支援などを受けるということもあった。第2次大戦後は教育課程が整備され、学歴が向上した。また、賃金水準も女性の仕事としては高く、職業として確立できた。以下、第2章で看護職の取り組みが、第3章で介護職の取り組みが同じ分析視点で検討される。
看護職は自ら組織した職業団体を持ち、ロビー活動によって政治への影響力も持った。女性初の大臣は看護職出身であった。勤労者として労働運動も組織し、ストライキも行ったことがある。こうした圧力団体活動や社会運動だけではなく、職業の専門性も向上させることに成功した。それは医療が急性病中心から慢性病中心へと変化し、キュアからケアへと医療の重点が移るようになったからである。この過程で看護の重要性が認識され、医師とは違った看護師の専門性が認識された。その結果、専門看護師など専門性のより高度な職種が誕生し、キャリア・コースも副院長レベルにまで達するようになった。
このように、看護師の職業的地位の上昇は様々な要因が関与しており、単純明快な地位上昇の原因を特定するのは困難である。とはいえ、次の点は確認できよう。第1に専門性の高さが認められたことである。それがあったからこそ、上流階級からの支援もあったし、ロビー活動も可能になった。第2に、職業を取り巻く環境が好転したことである。急性病から慢性病への医療の変化が看護師の専門性をより強力なものにした。結局、看護師の職業ステイタスは専門性の確立によって実現できたと約言しても間違いではなかろう。これが著者の第2章における分析である。これに基づいて、第3章で介護職の状況が比較検討される。
第3章「介護職がこれまで歩んできた道のりと専門職化への課題」では、看護師と比較しながら介護職の職業ステイタスの歴史が分析されている。介護職が職業として成立したのは1956年に長野県の事業として開始された家庭養護婦派遣事業である。この際、募集条件には主婦の仕事と同等のものとされ、専門的な仕事とは認識されていなかった。このような制度は次第に全国へ広がりを見せるようになるが、介護職の役割は洗濯、掃除、炊事、縫い物、修繕、整理、身の周りの世話といった生活援助が中心であり、専門的な知識が必要だという行政側の認識は薄かった。
訪問介護員の養成制度とは別のものとして、1987年に社会福祉士及び介護福祉士法が成立した。国家資格はできたが、相変わらず専門性は低く、看護師と比べれば参入の容易な仕事であった。政治や行政への影響力も弱く、職能団体も複数が乱立している。これは看護師と比較すれば、専門性が確立されていないために、職業ステイタスだけでなく、賃金労働条件も低くなってしまうのである。以上の比較から、地位向上のためには専門性の確立、向上が不可欠であると著者は主張する。
第4章「介護職の専門性の確立」では、以上の分析を踏まえ、介護職の専門性をどこに求めるかが論じられる。介護職の職務範囲は高齢者(利用者)の生活援助と身体介護に大別できる。掃除、洗濯等の家事全般と利用者の入浴介助やトイレ介助等のボディタッチを含めた支援(ケアの提供)であり、家事として行われるものと大差ない。そのために介護職の専門性は明確にならなかったのである。
ところで、介護サービスは2000年に介護保険制度が開始されて以来、介護支援専門員との連携が進められ、チームとしてのケア、チームケアが積極的に取り組まれるようになった。介護職は介護支援専門員と利用者の状態の変化や要望に関する情報の共有化を行い、それをケアプランに反映させる形で連携を深めていった。現在、介護現場では医師、看護師、作業療法士、理学療法士、歯科医等の専門職が、チームとして総合的なケアを提供している。
こうした、いわゆるチーム・ケアにおいて介護職は、介護の現場を頻繁に訪れ、利用者の状態を第1次的に把握し、各専門職に橋渡しをする役割を果たしている。こういった介護現場におけるチームケアのあり方を構造化すると、①利用者の状態観察に始まり、②介護職から専門職への情報提供、③専門職から介護職へ情報提供、④専門職からの助言を踏まえて介護職から利用者へのケアへ反映させるということになる。すなわち、これが介護職の専門性である「介護の総合性」である。介護の現場を担当する介護職はチームケアの結節点に位置し、ネットワークの中心になることができる。
この総合性を効果的に発揮するには、介護職が他の専門職とオーヴァーラップする領域において、他の専門職の技術・技能の一部を持つことが必要である。それによって連携が円滑に運ぶのである。実際、日本でも痰の吸引など医療行為の一部が介護職によって行われるようになったし、海外の事例でも医療行為への職務の拡張がみられる。また、未だ実施されてはいないが、ケア・マネジャーや成年後見人などの機能についても、その一部を介護職が担当することが考えられる。こうして介護職の職務範囲を拡大することによって、介護職のキャリアが深くなり、賃金・労働条件も改善されるであろう。
終章「本研究のまとめとして-介護職の社会的地位向上に関する課題」では以上の分析を総括するとともに、介護職のキャリア拡大のためには教育システムが改善されなければならないと強調されている。

 [本論文の評価]

 本論文は賃金・労働条件の低いことが問題となっている介護労働について、その原因を解明し、対策の方向性を明らかにした点で、介護労働問題研究に大きく寄与した労作である。著者は介護職が介護現場において他職種連携の中で「総合性」をもった職種であり、それが介護職の専門性であることを明らかにした。そして、この専門性は他職種連携の中で発揮されるものであり、他職種との連携をより効率的・効果的にすることでその専門性がいっそう発揮されることになる。したがって、介護職の専門性の深化のためには他職種との連携を効果的にする職務のオーヴァーラップが必要となる。この発見は介護労働の政策論にもたいへん有益である。
 著者はこの発見を、参与観察や面接調査、質問紙調査など様々なデータ収集を通して行ったのであり、地道な研究の蓄積が成果を生んだと言える。また、看護職の歴史を分析し、看護職の地位向上には専門性の確立、深化が寄与していることを発見し、それと対比しながら介護職の専門性深化のための方策を論じた。
 このようにこれまで、低賃金と劣悪な労働条件の現象把握に終始していた介護労働研究に政策理論の基礎を与える貢献をなしたことは特筆大書すべきことだと考える。
 しかし、先駆的研究にありがちなことであるが、論証に精粗があったり、性急であったりする点が散見されることも事実である。また、介護職の専門性深化のための政策についてもいっそうの彫琢が必要と思われる。
 とはいえ本論文は、これらの諸問題を補って余りある貢献を行っており、先駆的業績として今後の研究の方向を確立したものであり、後続の研究が参照すべきものと言える。その意味で本論文の基本的評価をいささかでも損なうものではない。
 よって、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与するに十分な成果をあげたものと判断し、本論文が一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定する。

最終試験の結果の要旨

2014年6月11日

 2014年4月26日、学位請求論文提出者高橋幸裕氏の論文についての最終試験を行った。本試験においては、審査委員が、提出論文「介護職の職務範囲と専門職性に関する研究―チームケアと多職種連携からの考察を中心として―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、高橋幸裕氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、高橋幸裕氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績及び学力を有することを認定した。

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