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博士論文審査要旨

論文題目:ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討 ―ステレオタイプ内容モデルに注目して―
著者:田戸岡 好香 (TADO’OKA, Yoshika)
論文審査委員:村田 光二、稲葉 哲郎、安川 一、西野 史子

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1. 本論文の構成
 本論文は、他者判断に適用されやすいステレオタイプを意識的に抑制しても、後にその思考がかえって増えるというリバウンド効果を低減するために、可能な方法を理論的に検討し、心理学実験を用いて代替思考方略の1つが効果を持つことを実証したものである。前半の問題部分では、これまでの研究でステレオタイプ抑制のリバウンド効果を低減させる有効な方略が見いだせなかった理由を述べ、著者が独自に考えた解決方略を仮説の形で提案している。ステレオタイプは一般に二次元構造であることが多く、抑制後に生じる一方の次元のネガティブ特性のリバウンドを押さえるためには、他方の次元のポジティブ特性を抑制時に代替思考として用いることが有効だという提案である。中核にある実証研究の部分では、2つの次元で相補的感情価を持つステレオタイプを対象として合計7つの実験を行い、リバウンド効果を低減するためにこの別次元代替思考方略が役立つことを実証した。最後の総合考察の部分では、この別次元代替思考方略をどのように用いれば望ましいのか、その意義と限界について論じている。
 本論文の各章の構成は以下の通りである。

第Ⅰ部 問題
序章
0-1.はじめに / 0-2.本研究の目的 / 0-3.本論文の概要と構成
第1章.対人認知におけるステレオタイプ
1-1.対人認知とステレオタイプ
1-2.ステレオタイプの問題に対する社会心理学的アプローチ
第2章.ステレオタイプ抑制とその帰結
2-1.ステレオタイプ抑制後のリバウンド効果
2-2.リバウンド効果の生起メカニズム
第3章.リバウンド効果の低減方略:代替思考に注目して
3-1.思考抑制研究における代替思考方略
3-2.対人認知文脈におけるステレオタイプ抑制
3-3.ステレオタイプ内容モデルに注目した代替思考方略
第4章.実証研究の目的と概要
4-1.実証研究の目的 / 4-2.本研究で扱うステレオタイプ
4-3.抑制場面の設定 / 4-4.リバウンド効果の測定法
4-5.実証研究の概要
第Ⅱ部 実証研究
第5章 慈悲的ステレオタイプにおける代替思考方略の有効性の検討
5-1.研究1:家庭的女性に対する別次元思考方略の検討
5-2.研究2:高齢者ステレオタイプの抑制におけるリバウンド効果の検討
5-3.研究3:高齢者に対する別次元思考方略の検討
5-4.研究4:別次元思考の生成のしやすさの検討
5-5.第5 章の示唆と限界
第6章 嫉妬的ステレオタイプの抑制と代替思考方略の検討
6-1.嫉妬的ステレオタイプの抑制
6-2.研究5:キャリア女性に対する競争意識が抑制に及ぼす影響
6-3.研究6:金融ディーラー対する競争意識が抑制に及ぼす影響
6-4.研究7:東大生に対する別次元思考方略の検討-有効性と制限条件
6-5.第6 章の示唆と今後の展望
第Ⅲ部 総合考察
第7章 総合考察
7-1.実証研究の結果のまとめ / 7-2.本研究の意義
7-3.今後の展望 / 7-4.結論
引用文献 / 付録 /

2. 本論文の概要
 第Ⅰ部「問題」の序章では、本論文の目的と概要が簡潔に述べられている。現代社会では自分と異なる集団に属する他者と出会うことが多いが、その人たちをステレオタイプに当てはめて理解することは望ましくない。しかし、ステレオタイプを抑制しようとすると、逆説的にそれがリバウンドして適用されやすくなることが知られている。本論文の目的は、そのリバウンド効果を避けるために有効な代替思考方略をステレオタイプ内容モデルに則って提案し、実験を用いてその方略の有効性を確かめることであると論じられる。
第1章の「対人認知におけるステレオタイプ」では、対人認知に関する社会心理学のモデルを紹介して、個人独自の情報だけではなく、個人の属するカテゴリーに関するステレオタイプ的情報も他者認知に利用されやすいことを説明している。ステレオタイプを利用した認知を避けるためには、ステレオタイプ内容を変容させるアプローチと、その利用を統制するアプローチが考えられるが、本論文では、後者のアプローを採用し、なかでもステレオタイプ抑制について検討すると論じられる。
第2章では、ステレオタイプ抑制は努力すれば一時的に可能であるが、一定時間経過後には「抑制していた内容がかえって頭の中で思いつきやすい」というリバウンド効果が生じることが指摘される(Macrae, Bodenhausen, Milne, & Jetten, 1994)。リバウンド効果の生起メカニズムについては、皮肉過程理論(Wegner, 1994)によって説明されている。思考抑制をするためには、その思考を頭の中から追い出す実行過程と、侵入してきていないことを見張る監視過程の2つが必要である。ところが、監視過程が適切に見張りを続けるためには、追い出すべき思考にすぐにアクセスできるようにしておく必要がある。その結果、意識されない水準でアクセス可能性が高まっていて、意識的抑制が終了した後には、皮肉にも思いつきやすさが増していると論じられる。
第3章では、リバウンド効果を低減するための方法として、思考抑制研究で知られている代替思考方略について説明が行われる。一般に代替思考を行えば侵入思考は防ぎやすく、監視過程も強く働く必要がない。ところが、ステレオタイプ抑制は対人認知の文脈で生じるので、代替思考の内容に制約があって、対象人物のことを考え続ける必要がある。これまでの研究では、ステレオタイプと反対の特性(反ステレオタイプ)を代替思考として用いる可能性が高いことが知られている。しかし、対象人物の所属カテゴリーとは通常結びつけられない反ステレオタイプ特性を考え続けることは難しく、結局リバウンドを引き起こしてしまうことも知られている(Galinsky & Moskowitz, 2007)。
そこで筆者は、ステレオタイプの内容モデル(Fiske, Cuddy, Glick, & Xu, 2002)の考え方に立脚して、新たな代替思考方略を提案する。このモデルによれば、ステレオタイプの内容は「温かさ(人柄)」と「能力」の2つの次元からなることが多い。そして、一方の側面がネガティブであるとき、他の側面は相補的(両面価値的)にポジティブと評価されることが多いという。例えば、社会的地位の低い集団に属している人は、「能力が低い人柄が良い」とみなされやすい。これを「慈悲的ステレオタイプ」と呼び、「専業主婦」や「高齢者」に向けられがちだという。他方で、地位の高い集団に属している人は、「能力が高いが人柄は悪い」とみなされやすい。これを「嫉妬的ステレオタイプ」と呼び、「キャリア・ウーマン」や「エリート」向けられがちだという。以上の考察から、ネガティブなステレオタイプを抑制するときには、他方の次元のポジティブな特性を代替思考に用いればリバウンド効果が低減される、というのが本論文の骨子となる主張である。
次の第4章「実証研究の目的と概要」では、骨子となる主張を具体的にどのような実験によって検証するのか、その概要が述べられている。用いる慈悲的・嫉妬的ステレオタイプの内容、抑制場面の設定方法、リバウンド効果の測定方法が順次説明される。その上で、第Ⅱ部の概要が紹介されている。
第Ⅱ部の第5章「慈悲的ステレオタイプにおける代替思考方略の有効性の検討」では、3つの実験研究が実施されている。すでに述べたように、慈悲的ステレオタイプとは、低地位で競争的ではない集団に向けられるもので、「能力は低いが人柄は良い」ということを内容としている。このネガティブな側面である「無能さ」を抑制するときに、「人柄の良さ(温かさ)」を代替思考として用いれば、リバウンドを押さえられるという仮説をここでは検討した。研究1では、「専業主婦」を対象としてその人物の仕事場面を文章で記述する課題を与えたが、その際に次の4種類の条件を設定した。1.「無能さ」描写を抑制するように教示した単純抑制条件、2.反ステレオタイプにあたる「有能さ」を考えるように指示した有能思考条件、3.「温かさ」を考えるように指示した温かさ思考条件、4.抑制教示を与えなかった統制条件の4つである。リバウンド効果は、「次の実験」と称して後に行われた印象形成課題で、登場するもう1人の専業主婦に対する印象評定で測定された。その結果、まず最初の専業主婦に対する記述文の内容を分析すると、無能さに関する記述の多かった統制条件と比べて、単純抑制条件と有能思考条件ではそれが少なく、温かさ思考条件では他の条件と比べて温かさに関する記述が多かった。そして、後の印象形成課題では、有能思考条件では統制条件と比べて、むしろ無能さの評定が高まることが認められた。他方、温かさ思考条件は統制条件と同じ程度であった。これは仮説を支持する結果である。しかし、単純抑制条件でも、無能さの評定は統制条件と差がなく、この部分は仮説とは一貫しない結果であった。仮説を支持しなかったこの結果については、ステレオタイプ的特性の活性化が内面では生じていたとしても、印象形成課題では判断の表出を実験参加者が意識的に統制した可能性があると考察されている。
そこで、研究2では、統制条件と単純抑制条件だけにしぼって、従来の研究通りにリバウンド効果が生じるかどうかを検討した。この実験からは対象カテゴリーを代えて、「高齢者」に対する慈悲的ステレオタイプを題材とした。また、リバウンド効果の測定は、特にどのカテゴリーに所属するかわからない人物の文章を読み、その人物についての印象を評定するという対人認知課題を用いた。その結果、「高齢者の無能さ」を抑制した条件では、後の認知課題で対象人物をかえって無能に評定するというリバウンド効果が確認され、予測通りの結果が得られた。
続く研究3では、高齢者ステレオタイプ抑制のリバウンド効果についても、別次元のポジティブ特性を用いた代替思考方略が有効かどうかを検討した。ここでは、研究1と同じ4種類の条件を設けて、研究2と同じ対人認知課題でリバウンドを測定したところ、すべての条件で仮説通りの結果が得られた。無能さ評定に関しては、単純抑制条件と有能思考条件では高得点であり、リバウンド効果が示されたが、温かさ思考条件では統制条件と同等に得点が低く、その効果が低減されたのであった。そして研究4では、温かさ思考条件の有効性を再確認するために、この条件と単純抑制条件とを取り出して研究3を追試した。結果は再現され、温かさ思考条件ではリバウンド効果は低減されていた。また、実験後に、最初の無能記述の抑制課題を実施する際に、代替思考として「温かさ」と「有能さ」がどの程度生成しやすかったかをたずねると、参加者全体を通じて「温かさ」の方が思いつきやすいと回答された。これは、「温かさ」が慈悲的ステレオタイプの内容の1つであるのに対して、「有能さ」はそれに反するものであるからだ、と考察されている。
 実証研究の後半では、もう1つの両面価値的な、「有能だが人柄が悪い(冷たい)」という内容の「嫉妬的ステレオタイプ」を取り上げている。第6章では、嫉妬的ステレオタイプの特徴を論じた上で、ステレオタイプ抑制のリバウンド効果が生じる条件を検討し、それを低減する代替思考に関する仮説を導いている。この嫉妬的ステレオタイプは社会的エリートやキャリア女性に対して抱かれるものであるが、対象集団は一般に地位が高く、内集団とは友好的でない(競争的である)ことが多い。しかし、個々人のレベルで考えると、対象集団のメンバーに競争意識を感じる場合がすべてではなく、無関心だったり、友好的に対象を捉えてむしろ賞賛することもあるという。そして競争意識がない場合には、冷たさが活性化しにくいと筆者は論じる。もしそうだとすれば、抑制時に監視過程が厳重に働く必要がなく、リバウンド効果も生じにくいと考えられる。他方で、個人的な競争意識を対象人物に抱くときには冷たさが活性化しやすく、それを抑制するとリバウンド効果が生じてしまうと予測できる。この場合にのみ、別次元のポジティブ特性(有能さ)を代替思考として用いることが、リバウンド効果の低減に貢献すると考えられる。
 以上の議論の上で、男性参加者に「キャリア女性」を題材とした実験を行い、研究5として報告された。この実験では最初にキャリア関連の適性テストを受けさせて、半分の参加者には「成績が悪かった」というネガティブなフィードバックを与えて競争意識を知覚させ、残りの参加者にはフィードバックを与えなかった。次に、キャリア女性が働く場面の記述課題に取り組ませ、抑制教示群には「『冷たい』といったイメージでみないよう」指示し、統制群では指示を与えなかった。そして、カテゴリーが不明の人物に関する対人認知課題を行わせた。その結果、ネガティブフィードバックを与えた条件では抑制後のリバウンド効果が生じたが、与えなかった条件では効果は生じないことが示された。
次の研究6の実験では、社会的エリートである「金融ディーラー」の男性を題材として、やはり「冷たい」といったイメージを抑制するよう教示して(統制群には教示しないで)、その人物を記述する課題を実施させた。そして対人認知課題を行わせたが、商学部と経済学部に所属する学生では統制群と比べて抑制教示群でリバウンド効果が認められた。金融ディーラーとの関連が乏しい他の学部の学生では、この効果が認められなかった。商・経済学部の学生は他の学部生よりも、将来職業として選択する可能性が高い金融ディーラーに対して競争意識が高いことも示された。したがって、この競争意識がリバウンド効果の生起を調整していると解釈された。
 最後の研究7の実験では、実験参加者の学生が競争意識を感じやすい対象として「東大生」を題材として実験を行った。就職活動場面で東大生とグループワークを行うというシナリオを提示して、その東大生の様子を記述する課題を行わせた。この際に、ステレオタイプ特性(「冷たい」)を抑制するよう教示するか(単純抑制条件)、反ステレオタイプ特性(「温かい」)を考えるよう教示するか(温かさ思考条件)、別次元のポジティブ特性(「有能」)を考えるよう教示するか(有能思考条件)、特に教示を与えないか(統制条件)を操作した。このうち、別次元代替思考方略にあたるのが有能思考条件であるが、競争意識を感じる外集団成員を有能と考えることは、自己価値に対して脅威を及ぼす可能性がある。一般に脅威を感じているとその対象に記憶容量の一部が割り当てられてしまい、別の処理に利用できる容量が低下して代替思考が困難になりやすい。ただし、自尊感情が高い人は脅威に対する耐性があるので作業記憶容量が低下しにくく、この人たちであれば代替思考方略が有効であると考えられる。実際、対人認知課題でリバウンド効果を測定すると、実験の1月前に測定していた自尊感情が低い者においては、抑制教示を行った3つの条件(単純抑制、温かさ思考、有能思考の各条件)で統制条件よりもリバウンド効果が生じていた。他方で、高自尊感情者においては、有能思考条件でリバウンド効果が低減された。このように、別次元代替思考方略は、嫉妬的ステレオタイプに関しても、一定の人たちには有効であることが実証された。
 以上の実験研究の成果を受けて、第7章で総合考察を行っている。まず結果を要約した上で、本研究の意義について論じている。まず、何よりも、ステレオタイプ抑制のリバウンド効果を低減する方法の1つである別次元代替思考方略の有効性を、慈悲的ステレオタイプを題材にして初めて実証的に明らかにした点に本研究の貢献があると述べている。また、嫉妬的ステレオタイプにおいても、リバウンド効果が生じる条件下では、自尊感情の高い者にとっては別次元代替思考方略が有効であることを示した点も意義があると述べている。加えて、嫉妬的ステレオタイプのリバウンド効果を低減するための研究を通じて、ステレオタイプ抑制の問題を考える上で、対象となる集団と自分との関係性が果たす役割を指摘したことも重要であると論じている。そして、ステレオタイプ内容モデル、システム正当化研究など、社会心理学の関連研究に対して、本研究の成果からどんな示唆が得られるのかを述べている。
 最後に、「今後の展望」の中で本研究の問題点や限界についても3点ふれている。まず、「代替思考の生成のしやすさ」という媒介過程については直接測定をしていないので、想定したこの過程が妥当かどうかは今後の研究を待つ必要があると指摘している。次に、嫉妬的ステレオタイプの研究では、高地位者に対して脅威を感じるときには活性化したステレオタイプを抑制することが困難であったが、これに打ち克つ方略についてまだ手がかり得られていない問題を指摘している。そして、別次元代替思考は対象カテゴリーに関するポジティブな特性を利用するが、それ自体もステレオタイプの一側面であり、ステレオタイプ的思考から抜け出しているわけではないことを根本的な問題として提起して、本論文を閉じている。

3.本論文の成果と問題点
ステレオタイプ抑制のリバウンド効果が生じても、平等主義的な態度を持つ人や偏見抑制の動機づけが高い人ならその効果を低減できることが従来から知られていた。しかし、これまでの研究では、誰にとっても利用可能なリバウンド効果の低減方法が見いだされてこなかった。本研究はこのような未解決の問題に対して、別次元代替思考方略という1つの方法を見いだし、実験を通じて確かな証拠を得た。このことが、何よりも大きな成果だろう。本論文では、ステレオタイプには両面価値的なものが多い点に注目して、「ネガティブなステレオタイプを抑制するときには、他方の次元のポジティブな特性を代替思考に用いればリバウンド効果を低減できる」という予測を立てた。これを、慈悲的ステレオタイプを題材にして、「無能さ」のリバウンド効果が生じる状況で、「温かさ」を考えさせることによって効果を低減できることを示したのである。他方で、嫉妬的ステレオタイプでは、対象集団に対して競争意識を抱くときに「冷たさ」のリバウンド効果が生じることを示した上で、自尊感情の高い者にとっては「有能さ」を考えることによってその効果を低減できることを明らかにした。
本論文の成果として次に指摘できる点は、ステレオタイプ抑制のリバウンド効果とその効果の低減を実証するための、追試可能な(再現性のある)実験パラダイムを確立したことである。本論文が問題としている研究領域は、最初の段階として抑制に基づくリバウンド効果が生じるよう実験操作を施す必要がある。その上で、さらにその効果を打ち消す手続きを設定する必要がある。実験参加者は概して社会的に望ましい行動を実験場面でとろうとするので、ステレオタイプが関わるような判断課題では、意識してステレオタイプに左右されないように判断結果を示しやすい。そのため、カバーストーリーの構成や実験手続きの適切さに十分な注意を払ったとしても、本論文の研究が対象とするような問題領域ではなかなか予測通りの結果が得られないことが知られている。本論文で実施された実験では、周到な準備と細かい点に関する工夫も積み重ねて、抑制教示の方法、対人認知課題というアクセス可能性の測定方法など、今後の研究者が利用可能な実験パラダイムを打ち立てることができたと考えられる。
加えて、本論文の成果として指摘できる点は、ステレオタイプ抑制時の思考内容を記述データとして得ている点である。このデータは各条件で抑制教示に従ったかどうかの操作チェックの行うために内容分析されて、特性の類型ごとに「記述ステレオタイプ度」という量的指標の形で結果が提示されている。この指標も抑制教示を与えられたときに、どんな内容の思考を私たちがしやすいのかを示す重要な資料である。しかし、それにだけにとどまらず、もとの記述データはステレオタイプ的対象(本研究では、慈悲的ステレオタイプとして「専業主婦」「高齢者」、嫉妬的ステレオタイプとして「キャリア女性」「金融ディーラー」「東大生」が取り上げられている)それぞれに対して、どんな意識的過程が働くかを知るための貴重な文書資料だと考えられる。今後さらに分析を進めれば、問題となる「ステレオタイプ抑制」がどんな過程なのかをより明確に知ることにつながると考えられる。
以上のような成果を得ているものの、本論文にもいくつかの問題点や限界があるだろう。まず、相補的感情価を持つステレオタイプに対して適用できる別次元代替思考方略は、両次元ともネガティブな内容であるステレオタイプには適用できない。ステレオタイプ抑制に伴うリバウンドの問題は、当初は「スキンヘッド」や「アフリカ系アメリカ人」を題材として検討された。これらのカテゴリーの人々の位置づけについては特に議論されてこなかったが、「温かさの点でも低く、能力の点でも低い」とみなされやすい。こういった対象に対しては、本論文で提案された方略ではリバウンド効果を低減できないだろう。また、代替思考としてステレオタイプ特性を用いることの問題については著者自身が指摘しているが、この点を含めて、対人認知場面でステレオタイプ的判断を避けるというもっと広い文脈の中で、本研究の成果がどう位置づくのか議論が十分であるとは言えない。最後に、本論文の最初では、「平等主義的態度」「偏見抑制の動機づけ」といった個人差要因ではなく、状況要因の視点からリバウンド効果の低減方略を探ろうと議論してきたが、嫉妬的ステレオタイプを検討する際には、「自尊感情」といった個人差要因を含めて検討せざる得なくなった。このこと自体は研究の進展と伴に新しい知見が得られたと積極的に解釈できるだろう。しかし、個人差要因が及ぼす影響を整理し、検討することが今後の課題として残っている。
とはいえ、これらの問題点は本論文の学術的価値を損なうものではないし、著者自身もよく自覚し、今後の研究の積み重ねによって解決されることが期待されるものである。

4.結論
審査員一同は、上記のような評価に基づき、本論文が当該分野の研究に大きく貢献したと判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと判定する。

最終試験の結果の要旨

2014年2月12日

2013年12月19日、学位請求論文提出者 田戸岡好香 氏の論文についての最終試験を行った。試験においては、提出論文「ステレオタイプの抑制における代替思考方略の検討―ステレオタイプ内容モデルに注目して―」についての審査委員の質疑に対し、田戸岡好香氏はいずれも充分な説明をもって答えた。
 よって審査委員一同は、田戸岡好香 氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有することを認定した。

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