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博士論文審査要旨

論文題目:電子メディアによる情報伝達の研究 ―コミュニケーションにおける非言語的手がかりの役割―
著者:杉谷陽子 (SUGITANI, Yoko)
論文審査委員:稲葉 哲郎・村田 光二・安川 一・ジョナサン ルイス

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1.本論文の構成
 本論文は、コミュニケーションにおいて非言語的手がかりがどのような影響を与えているかを検討した論文である。第I部の序論においては、インターネット・コミュニケーションおよび非言語的手がかりについての社会心理学的研究が展望され、検討すべき課題が整理される。第II部の実証研究においては、4つの実験研究と3つの調査研究から、メッセージの解釈における非言語的手がかりの役割が明らかにされる。第III部の総合考察においては、実証研究の成果がまとめられ、今後の展望がなされる。具体的な構成は以下の通りである。

はじめに
第Ⅰ部 序論
第1章 メールでも十分に意思や感情を伝えられるのか?
 1.本論文の目的
 2.本論文の流れ
第2章 CMC(Computer-Mediated Communication)の研究-
 1.インターネット・コミュニケーションの現在
 2.CMCの理論的研究
 3.インターネット利用の研究
 4.従来のCMC研究の問題点:非言語的手がかりの少ないCMC 
第3章 非言語的手がかりの研究
 1.非言語的手がかりの定義
 2.非言語的手がかりの機能
 3.非言語的手がかりの先行研究
 4.「伝達度」に関わる非言語的手がかりの研究
 5.先行研究の問題点と本研究の検討課題
第4章 メッセージの「伝達度」と「伝達感」
 1.メッセージの「伝達度」とは
 2.「伝達度」と「伝達感」
 3.メッセージの「伝達度」の測定方法
 4.「道具的情報伝達」と「感情的情報伝達」
第Ⅱ部 実証研究
第5章 研究課題Ⅰ
 1.仮説
 2.研究課題Ⅰの実証研究
 3.研究課題Ⅰの考察
第6章 研究課題Ⅱ―Step1―
 1.研究課題Ⅱ―Step1―の議論
 2.研究課題Ⅱ―Step1―の実証研究
 3.研究課題Ⅱ―Step1―の考察
第7章 研究課題Ⅱ―Step2―
 1.研究課題Ⅱ―Step2―の議論
 2.研究課題Ⅱ―Step2―の実証研究
 3.研究課題Ⅱ―Step2―の考察
第Ⅲ部 総合考察
第8章 総合考察-
 1.メッセージの「伝達度」についての考察
 2.メッセージの「伝達感」についての考察
 3.実験中の感情状態における非言語的手がかりの効果
 4.本研究の限界および今後の展開
第9章 本論文のまとめ-
 1.本研究のまとめ、および、先行研究概略
 2.メッセージの伝達レベルについて―仮説1の検討
 3.「メッセージが伝わった」という主観的感覚について-仮説2の検討
 4.なぜ「伝わったという感覚」だけが高いのか?-研究課題-step1-
 5.視覚的手がかりは本当に伝達感を規定するか?-研究課題Ⅱ-step2-
 6.本論文の知見
終章 本研究の展望
 1.応用可能性
 2.おわりに:メディア・コミュニケーションの将来
引用文献
付録

2.本論文の概要

 第I部の序論では、先行研究が概観され、検討すべき課題が整理される。まず、第1章では、本論文の目的と構成の概略が示される。これまでのCMC(Computer-Mediated Communication)を扱った社会心理学的な研究では、CMCは対面などのコミュニケーションに対して劣るという見方がされがちであったが、本論文の目的は、このような考え方に疑問を投げかけるものであると主張される。そして、第I部では先行研究について議論を行い、第II部の実証研究ではこれらの議論に基づいた実験および調査の結果が報告され、第III部の総合考察では、結論と今後の可能性について論じられる、と論文の構成を示している。
 第2章では、CMCについての社会心理学的研究が概観される。CMCとはメール・掲示板・チャット・ブログなどインターネットを利用したコミュニケーションである。論文では、これまでのCMCに関する社会心理学的研究が、日常的な対人関係だけでなく、組織行動におけるCMC研究も含めて丹念に紹介される。そして、これまでのCMC研究の問題点として、従来のメディアとCMCの違いを詳細に議論してこなかったことが指摘される。つまり、これまでのCMC研究は主に対面コミュニケーションと比較されるかたちで実施されてきたが、これは現在利用できるメディアが多様で複雑であるにもかかわらず、その特徴のどこに焦点を合わせているか明確でないということである。そして、本論文においては、CMCの特徴のうち「非言語的手がかりの伝わりにくさ」に着目することが示される。
 第3章では、非言語的手がかりの有無がコミュニケーションに与える効果に関する社会心理学的研究が概観される。非言語的手がかりとは、言語以外のコミュニケーションのことであるが、ここでは、表情・ジェスチャー・声など、コミュニケーター自身の動作によって生じ、変化に富むものに限定して議論をおこなうことが示される。次いで、1970年代以降に実施された社会心理学における実験的な研究、中でも会話で交換されるメッセージの意味に対して、非言語的手がかりが与える影響力を扱った研究が紹介される。そして、本論文においては、言語と非言語的手がかりのベーレンスが一致した一般的なコミュニケーションにおいて、非言語的手がかりがメッセージの解釈に与える効果を検討することが示される。
 第4章では、これまでの議論を受け、筆者はCMCに関する先行研究が持っていた暗黙の前提、すなわちCMCにおいては非言語的手がかりが利用されないとコミュニケーションしづらい、という前提に疑問を投げかける。CMCの特徴として非言語的手がかりが利用しづらいことは指摘され続けているが、このことを直接検討した研究はないことを筆者は指摘する。そこで、本論文においては、メッセージの「伝達度」と「伝達感」という概念を利用して、この問題に取り組むことが示される。メッセージとは、話し手が聞き手に伝えようとしている内容であり、その伝達度とは、発話者の意図通りにその聞き手がメッセージを理解し、そのメッセージの意味が両者で共有されている程度である。さらに、筆者はこのメッセージの伝達度は、メッセージが相手に伝わったもしくは相手から伝わってきたという主観的な感覚とは区別されるものであると指摘する。また、筆者はメッセージの内容を「道具的情報」と「感情的情報」に分類する。道具的情報とは、自らの感情とは無関連な客観的事実などであり、感情的情報とは自らの感情のことを表す。これは、非言語的手がかりが感情的な情報を伝達するのに適しているということが先行研究で示されているためである。
 第II部の実証研究では、(1)非言語的手がかりの有無がメッセージの伝達度や伝達感に影響を与えるのか、(2)メッセージの伝達感は何によって生じるのか、という2つの研究課題について7つの実証研究がなされている。
 第5章では、非言語的手がかりの有無がメッセージの伝達度や伝達感に与える影響についての2つの実験と1つの調査の結果が報告されている。ここでは、(1)感情的な情報を伝達する場面においては、非言語的手がかりを伴ったメッセージの方が、非言語的手がかりを伴わないメッセージよりも伝達度が高いだろう、(2)道具的な情報を伝達する場面においては、非言語的手がかりを伴わないメッセージの方が、非言語的手がかりを伴ったメッセージよりも伝達度が高いだろう、(3)非言語的手がかりを伴ったメッセージの方が、非言語的メッセージを伴わないメッセージよりも伝達感が高いだろう、という3つの仮説が検討された。研究1は、大学生64名を対象とした実験である。そこでは、非言語的手がかりの有無を対面とチャットというかたちで操作し、会話の内容が比較された。研究2は、大学生99名を対象とした実験である。そこでは、非言語的手がかりが多い条件においては、ある人物が話しているビデオを提示し、非言語的手がかりの少ない条件に於いてはその台詞をチャット形式に書き下したものを提示した。そして、被験者はそれを見て、あるいは読んで、メッセージの評定と伝達感の評定を行った。研究1および研究2では、感情的な情報の伝達においては、非言語的手がかりがあるときに伝達度が高い、という結果が部分的に示された。道具的情報の伝達の場合においては、非言語的手がかりがないときに伝達度が高いという結果が、部分的に示された。従って、仮説は一部支持されるにとどまった。一方、伝達感については、研究1および研究2を通じて、非言語的手がかりがある条件で、高く評価された。
 次いで、研究3では、伝達感が非言語的手がかりの存在により高まるのは、メディア経験の違いによるものかをオンラインゲームの利用者を対象とした調査から検討している。オンラインゲーム「リネージュ」の利用者からランダムに選ばれた6771名に電子メールで調査を依頼し、1321名から回答を得た結果が分析された。オンラインゲームで会話をした人物とオフライン(ゲーム以外の日常生活)で会話した人物との会話について評価を求めた結果、オンラインゲームの利用頻度にかかわらず、オフラインの伝達感の評価が高かった。研究1から研究3の結果から、筆者は、対面的なコミュニケーションにおける伝達感への高い評価は、強固で持続的な信念によって支えられていると結論している。
 第6章では、伝達感を規定する要因を探索することを目的として、実施された2つの調査結果が報告されている。研究4は大学生314名を対象として実施した調査である。調査では、道具的情報の伝達、感情的情報の伝達それぞれについて、「会って話す」「電話をする」「パソコンメールを送る」など6つの手段から最も伝わりやすいと感じる方法を選択してもらい、さらにその理由を自由記述によって回答を求めた。結果は、道具的情報の伝達においては8割ほどが、感情的情報の伝達においては9割以上が「会って話す」を選択していた。そして、選択理由の自由記述には、視覚的手がかりの存在への言及が最も多くみられ、次いで即時的な反応への言及が多くみられた。また、「会って話す」「電話する」など6つのメディアそれぞれについて伝達感の評価を求めたところ、「対面」が最も高く評価された。
 続いて研究5では東村山市民を対象に1000名をランダムサンプリングして行った調査の結果が分析された(有効回答数は414)。調査では、感情的情報の伝達、道具的情報の伝達それぞれについて、「会って話す」「電話をする」など6つの手段から最も伝わりやすいと感じる方法を選択してもらい、さらにその理由を自由記述によって回答を求めた。結果は、道具的情報の伝達においては8割弱が、感情的情報の伝達においては7割以上が「会って話す」を選択していた。そして、選択理由の自由記述には視覚的手がかりの存在への言及が最も多く、次いで即時的な反応への言及が多くみられた。また、「会って話す」「電話する」など6つのメディアそれぞれについて伝達感の評価を求めたところ、「対面」が最も高く評価された。これらの結果から、対面コミュニケーションのメッセージの「伝達感」は他のメディアよりも一貫して高いことが示された。また、そのメッセージの「伝達感」は、対面コミュニケーションに視覚的手がかりがあることによって上昇すると考えられていることが明らかになった。
 第7章では、第6章で明らかにされた結果を受け、実際に視覚的手がかりが加われば、伝達感は上昇するかが実験により検討される。研究6においては、視覚的手がかりの有無が異なる2つのコミュニケーション方法で実際にコミュニケーションをしてもらい、その対話の伝達感を比較した。ここでは、向かい合わせで相手の顔が見える状態でチャットを行った場合と相手の顔が見えない状態でチャットを行った条件を比較することをおこなった。72名の大学生を対象に実験を行った結果からは、視覚的手がかりがある条件と視覚的手がかりがない条件で伝達感の高さに差がみられず、仮説は支持されなかった。その理由として、この実験における視覚的手がかりの有無の操作に問題があったことがあげられた。つまり、研究6において利用された視覚的手がかりは、チャットをしている最中の互いの表情であり、これは相手に伝わることを前提としてマネジメントされたものではなく、コミュニケーションにおいて重要な手がかりとして働いていると感じられなかったためである。
 そこで、研究7においては、研究6の追試が別の方法を用いて実施される。研究7においては、視覚的手がかりの操作として、対面で対話を行う条件と、仕切りでお互い姿が見えないようにした状態で対話を行う条件を設けて比較した。実験には大学生62名が参加した。結果は、感情的情報の伝達においても、道具的情報の伝達においても視覚的手がかりがある条件で視覚的手がかりがない条件よりも伝達感が高いというものだった。なお、研究7においては感情的情報、道具的情報のそれぞれについて伝達度も測定された。その結果は、感情的情報については、視覚的な手がかりがない条件で視覚的手がかりがあり条件よりも、伝達度が高い傾向がみられるが、道具的情報については伝達度に差がみられない、というものだった。
 第III部の総合考察では、第II部の実証研究で得られた結果をまとめ、メッセージの伝達において非言語的手がかりがどのような影響を与えているかについて、総合的な考察をおこない、本研究の限界と今後の展開について述べている。感情的情報の伝達度については、研究間で異なる結果が得られた。研究1では非言語的手がかりがあるときに感情的情報の伝達度は高いという結果が部分的に得られ、研究2においては、手がかりの有無による差がみられず、研究7においては視覚的手がかりがないときに伝達度が高い傾向がみられた。これらの結果から、非言語的手がかりは、メッセージの伝達に全く影響力を持たないわけではないが、従来思われていたほどの重要性をもたないとしている。道具的情報の伝達度については、非言語的手がかりがないときに伝達度が高いという結果が部分的に得られた(研究1、研究2)、一方で伝達度に差はみられないという結果もみられた(研究7)。そこで、非言語的手がかりがあっても影響はない、という知見が得られたとしている。伝達感については、研究間で一貫して、非言語的手がかりが多いメディアが非言語的手がかりの少ないメディアよりも、伝達感が高かった。そして、伝達感の規定因として視覚的手がかりの存在が示された(研究7)と主張している。
 研究の問題点として、伝達度の測定が困難であったこと、非言語的手がかりの中ではな視覚的手がかりの検討のみに留まっていること、感情的/情報的という情報の分類が不十分な可能性があることが指摘されている。また、今後の可能性については、マーケティングおよび組織内行動において、メッセージの伝達度に関する知見をどのように活用することができるのかについて論じられている。

3.成果と問題点

 本論文の第一の成果は、送り手のメッセージの意図が聞き手に正確に伝達される上で、非言語的手がかりは従来の研究が指摘したほどの重要性を持っていない、ということを明らかにしたことである。筆者は、送り手の意図通りに受け手がメッセージを理解し、そのメッセージの意味が両者で共有されている程度を「伝達度」と定義し、実験においてさまざまな指標を用いて、非言語的手がかりの有無が情報の伝達度に影響を与えるかを検討した。その結果は、非言語的手がかりは情報の伝達度を高めているとはいえない、というものであった。本論文は、これまでの社会心理学的視点からの非言語的手がかり研究が主張してきた非言語的手がかりの重要性に問い直しをせまるものとして評価することができる。
 本論文の第二の成果は、人は対面的コミュニケーションについて、自らの意図が相手に十分に伝わるという「幻想」を抱いており、それは視覚的手がかりによって規定されている、ということを明らかにした点である。視覚的手がかりがあれば、人は、自分が発したメッセージが十分に相手に伝わった、あるいは、相手のメッセージが十分に伝わってきたと感じる。逆に視覚的手がかりがないと、そのような感覚を持つことが出来ない。そして、この感覚は、メッセージが実際に相手に伝わったかどうかと無関連に生じている。インターネットをはじめとする情報技術の発展により、人は多様なコミュニケーション・メディアを利用して、情報伝達を行うようになっている。人は、新しいメディアに対して否定的な見方をしがちであるが、本論文は、そのような見方に修正を求める新たな視点を提供している。
 本論文は、以上のような成果を得ているが、問題点が残されていないわけではない。本論文では、非言語的手がかりとして、主として視覚的手がかりが取り上げられ、他の音声的手がかりなどは取り上げられなかった。また、一部の研究においては、技術的な限界から、メディアを利用しない研究となったため、メディア・コミュニケーション一般への結果の適用については問題が残されることとなった。しかし、これらの問題点は著者も自覚するところであり、今後の持続的な研究の積み重ねによって、少しずつ解決されていくものだと思われる。
 以上、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究の視点に貢献する十分な成果をあげたものと判断し、本論文が一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定する。

最終試験の結果の要旨

2008年2月13日

 2007年12月20日、学位論文提出者 杉谷陽子 氏の論文について最終試験を行った。試験においては、提出論文「電子メディアによる情報伝達の研究:コミュニケーションにおける非言語的手がかりの役割」に関する疑問点について審査員から逐一説明を求めたのに対して、杉谷陽子氏はいずれも十分な説明を与えた。
 以上により、審査委員一同は 杉谷陽子 氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有することを認定した。

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