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博士論文審査要旨

論文題目:ソーシャル・サポート過程における「自己」の働き ―ソシオメーター理論の観点から―
著者:源氏田 憲一 (GENJIDA, Kenichi)
論文審査委員:村田 光二、安川 一、稲葉 哲郎、濱谷 正晴

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1.論文の構成
 本論文は、ソーシャル・サポートが精神的健康に寄与するメカニズムについて、自尊心や自己概念の明確性といった個人差と受容・拒絶の認知という社会的認知過程に焦点を当てながら、理論的、実証的に解明したものである。前半の理論部分では、これまでのソーシャル・サポート研究と自己概念・自尊心に関わる社会心理学研究を展望して、検討すべき仮説を導いている。次の実証部分では、仮説を検証するために実施した5つの調査研究と1つの実験研究、および2つの調査データの2次分析について、その方法と結果を詳しく紹介している。そして、結論部分では、実証研究で得られた成果をまとめ、自らのモデルに基づいてソーシャル・サポートが精神的健康に役立つメカニズムについて考察している。具体的な構成は以下の通りである。

 序章
第1部 ソーシャル・サポートの効果についての理論的展望
 第1章 「情報」としてのソーシャル・サポート―問題の所在
 第2章 ソーシャル・サポートの定義と測定
  第1節 歴史的経緯と定義 / 第2節 構造的指標 / 第3節 機能的指標
  第4節 相互行為の視点
 第3章 ソーシャル・サポートと精神的健康との関連メカニズム
  第1節 精神的健康 / 第2節 緩衝効果 / 第3節 直接効果
  第4節 ソシオメーター理論と「受容の認知」による精神的健康の増進
 第4章 否定的相互作用
  第1節 概念的定義 / 第2節 精神的健康との関連のメカニズム
  第3節 ソシオメーター理論と「拒絶の認知」による精神的健康の悪化
第2部 ソーシャル・サポート過程における自己の働き
 第5章 自尊心と自己概念
  第1節 自己の客体的側面 / 第2節 自己概念 / 第3節 自尊心
  第4節 ソシオメーター理論
 第6章 パーソナリティの調整効果に関するサポート研究
  第1節 対処能力・対処資源としてのパーソナリティ
  第2節 ニーズの規定因としてのパーソナリティ
  第3節 サポートに対する否定的態度とパーソナリティ / 第4節 まとめ
 第7章 特性自尊心の調整効果に関する研究
  第1節 対処能力・対処資源としての自尊心 / 第2節 自尊心脅威モデル
  第3節 behavioral plasticity / 第4節 まとめ
 第8章 ソシオメーター理論における自尊心・自己概念の調整効果の議論
  第1節 ソシオメーター理論における「自己」の位置づけ―参照点としての自己
  第2節 自尊心のレベルと対人関係への動機づけ
  第3節 自尊心のレベルと閾値の設定
  第4節 自尊心の変動性と係留点としての自己
  第5節 自己概念の明確性と判断基準の明確化 / 第6節 まとめ
 第9章 研究の仮説モデル―ソーシャル・サポートの認知と参照点としての自己
  第1節 目的2:「受容・拒絶の認知」によるサポートの効果のメカニズムを明らかにする
  第2節 目的1:「自己のあり方」とサポート過程との関連を明らかにする
第3部 実証的研究
 第10章 第1のモデル:自尊心のレベルと閾値の設定
  第1節 予備調査 尺度の作成とサポートに対するニーズの検討
  第2節 研究1 市川市ランダムサンプルによる検討
  第3節 研究2 全国高齢者調査(横断データ)による検討
  第4節 研究3 自尊心のレベルと受容の認知(実験的検討)
 第11章 「受容/拒絶の認知」による媒介モデル
  第1節 研究4 サポートの効果の受容感による媒介
 第12章 第2のモデル:自尊心の変動性と係留点としての自己
  第1節 研究5 自尊心の変動性による調整効果の検討(全国高齢者調査パネルデータ)
 第13章 第3のモデル:自己概念の明確性と判断基準の明確化
  第1節 研究6 自己概念の明確性と受容の認知(2者関係での検討)
  第2節 研究7 自己概念の明確性とサポートの効果(ネットワークでの検討)
  第3節 研究8 改訂版尺度による自己概念の明確性とサポートの効果
第4部 結論
 第14章 知見のまとめと総合的議論
  第1節 「目的2:『受容・拒絶の認知』によるサポートの効果のメカニズムを明らかにする」に関して
  第2節 「目的1:『自己のあり方』とサポート過程との関連を明らかにする」に関して
  第3節 本論文の貢献と全体的な議論
 第15章 残された問題と今後の展望
  第1節 残された問題 / 第2節 今後の展望
引用文献
付録

2.論文の概要

 まず序章では、本論文の目的と構成の概略が述べられる。第一の目的は、特性自尊心などの「自己のあり方」が、ソーシャル・サポートが主観的幸福感に及ぼす効果を調整するメカニズムを明らかにすることだと論じる。第二の目的として、サポートという情報から得られる「受容感」が、その調整効果を媒介していることを明らかにすることだと論じる。そして、理論的展望を行う第1部で、第二の目的に関する議論を先に行い、第2部で第一の目的に関する議論を行うと予告する。第3部の実証研究で、それらの議論に基づいた予測を検証するために実施した調査や実験の結果を報告し、第4部でそれをまとめて考察すると説明する。
 第1部の「ソーシャル・サポート効果についての理論的展望」では、まず第1章で本論文の基本的な問題の所在を明確にする議論を展開している。筆者は、「ソーシャル・サポートを具体的にやりとりされる情報として捉える」という立場を主張する。これは、「実際に与えられる問題に対処するための資源」、あるいは「問題が生じたときに与えられるだろうと推測しているサポート期待」と捉える立場とは異なって、サポートという情報をどう読み取るのかという認知過程をソーシャル・サポートのメカニズムの中心に置く立場だと論じる。
 第2章では、その上で、先行研究を丹念に紹介した上で、ソーシャル・サポートがさまざまな意味で使われ、さまざまな測定が行われてきたことを明らかにする。社会学あるいはネットワーク研究の立場からはソーシャル・サポートの構造的側面が問題とされ、ネットワークのサイズなど構造的指標が測定された。近年の研究では、心理学のストレス対処モデルを援用しながら、社会関係が提供する機能としてソーシャル・サポートを概念化し、心理的変数としての「知覚されたサポート(サポート期待)」を測定している。筆者は、これらの研究に対して、ソーシャル・サポートを日常のコミュニケーションを通じて伝達される情報とみなすという立場に立つ。この情報が伝達されるからこそ、ソーシャル・サポートは受け手の健康によい影響を及ぼすのだと論じるのである。
 第3章では、ソーシャル・サポートが精神的健康あるいは主観的幸福感を増進するメカニズムに関する研究が概観される。従来から提案されてきたモデルには「直接効果」モデルと「緩衝効果」モデルとがある。前者は、ストレスが高い人にも低い人にも、同様にソーシャル・サポートが望ましい効果を及ぼすことを予測する。構造的指標に基づくソーシャル・サポート研究では、この効果を見出したものが多いという。後者は、ストレスの低い人はもともと精神的健康の程度が高くて効果が乏しいのに対して、高ストレスの人にはサポートが望ましい効果を持つことを予測するモデルである。これはストレス対処モデルから予測される効果で、機能的指標を用いた研究ではしばしば実証されている。以上のこれまでの研究に対して筆者は、「受け取ったサポート」という他者の行動から、自他の関係性に関する見方(「受容感」あるいは「受容の認知」)が推論されることによって、感情状態がポジティブになり、精神的健康が増進するモデルを新たに提案している。その際に、サポートとはちょうど反対の、受け手にとって望ましくない行動が精神的健康に及ぼす影響を併せて論じることを試みている。その行動を「否定的相互作用」と呼び、そこから相手が自分を拒絶しているかどうかに関わる「拒絶の認知」を推論することがネガティブ感情を生み、精神的健康を損ねるかどうかに関わると論じるのである。
 第2部では、第1部のソーシャル・サポートについての議論を受けて、「自己の働き」に関する議論が展開される。その最初の第5章では、自尊心と自己概念について、James や Mead にさかのぼって、これまでの研究の整理が行われる。そして、本論文で重視する自己の2つの側面のうち、自己概念の明確性の議論を行う。自己概念の明確性とは、自己概念の内容が確信を持って定義され、内的に一貫して時間的に安定している程度であり、自己概念の構造的側面として精神的健康に関わると筆者は主張する。他方で、自己概念の評価的側面としての自尊心(自分自身に対する肯定的感情や評価)もまた、精神的健康に関わる。このことは従来からずっと議論されてきたことであるが、ソーシャル・サポートが精神的健康を増進するのかどうかを、自尊心の高・低に分けて筆者は問題にするのである。この検討のために、筆者は自尊心の変動性(時間的な安定-不安定性)という変数に着目する。
 5章の最後では、自尊心を対人関係の機能としてとらえる Leary の「ソシオメーター理論」を紹介する。人類の進化史を考えたときに、集団生活は人類の生存と繁栄に不可欠であり、集団への所属欲求を私たちは生得的に持つと考えられる。この理論では、自尊心は、集団内の他者からの社会的受容・拒絶を測るための主観的なメーター(測定器)として人間に備えられてきたものである。この理論の視点からソーシャル・サポートを捉え直すと、サポート行為がどれだけ受容の認知につながるのか、他方で否定的相互作用がどれだけ拒絶の認知につながるのかによって、その効果は左右されることになる。本論文ではこの議論をさらに推し進めて、ソーシャル・サポートが精神的健康に及ぼす影響を解明しようとする。
 次の第6章では、自尊心や自己概念もその1つと位置づけられる、サポートの受け手のパーソナリティがソーシャル・サポートの効果を調整することを調べた研究が概観される。ソーシャル・サポート研究の立場からは、パーソナリティは、①対処能力や資源、②サポート欲求の規定因、③サポートに対する否定的態度の規定因として捉えられてきた。①の捉え方は、ストレスへ有効に対処するための能力や資源としてソーシャル・サポートが機能することを示す研究に典型的に認められる。それらの研究では、特定のパーソナリティを有している人の方が、ストレスの悪影響をソーシャル・サポートによって防ぐことがしばしば見出されたという。しかし逆に、特定のパーソナリティを持たない人の方が、むしろストレス時のソーシャル・サポートが有効だったという研究もあるという。②のとらえ方は、例えば依存性や特性不安といったパーソナリティがサポートへの欲求を高めることにより、ソーシャル・サポートの効果が顕著に現れるとするモデルである。他方で、例えば自律性の高い人は、援助やサポートを受けることに否定的態度を持ち、ソーシャル・サポートの効果が十分でなくなってしまう可能性がある。それをモデル化したのが③である。
 第7章では以上の6章の議論をふまえて、特性自尊心の調整効果に関するこれまでの研究を紹介している。特性自尊心も、①対処能力や資源、③サポートに対する否定的態度、あるいは②サポートを求める要因として捉えられる。①の視点からは自尊心が高い方がサポートの効果も大きいが、③の視点からは、高い自尊心(あるいはプライド)を持つと他者からのサポートが脅威に感じられ、かえって効果が薄れる可能性が指摘される。②のとらえ方では、自尊心の低い人ほどサポートへの欲求は強く、それを受けたときの効果が大きいことになる。この点の議論は単純でなく、筆者は、低自尊心者が社会的刺激に対する感受性が高いという知見をもとに議論を展開し、単なる自己評価の低さではなく、自己概念の不明確性がそこに関わっている可能性を指摘している。自尊心調整効果を検討したこれまでの研究は、このように予測も結果も錯綜しているが、その理由として、どういった思考過程(社会的認知過程)がそこに介在していたのか、不明確なままであった問題を筆者は指摘する。
 そこで第8章では、7章で紹介した自尊心の調整効果を、認知過程も議論しながら、本論文が依拠するソシオメーター理論の立場から再検討している。この理論では、自己過程の中核には「自分自身について考える」という「再帰的思考」があり、他者の心理を読み取る際にも自己が参照点になるという。サポート過程において他者からの受容・拒絶を判断する際には、自己の自尊心の高さが参照されると考えられる。具体的には、高自尊心者はその参照点が高く、これを他者に投影して、他者も自分に対して良い感情を抱いている(自分を受容している)と推論しやすい。他方、低自尊心者は、参照点が低く、他者も自分に対して良い感情を抱いていない(受容していない)と考え、むしろ拒絶を検出しやすい。この基本的議論に加えて、自尊心の変動性が高い(不安定な)人は、参照すべき点が変動するので、他者からの行動によって精神的健康が影響を受けやすいと議論する。また、自己概念の明確性が高い人は判断基準も明確で、他者から提供された行動に応じて、受容と拒絶の認知を明白に変えやすく、精神的健康が影響される程度も大きいと予測する。
 第9章ではここまでの議論をまとめて、仮説モデルを提出している。このモデルの基本は、受け取ったサポートと否定的相互作用から、どう受容・拒絶を認知するかによって、感情的反応や精神的健康が決まってくることである。第一のモデルは、高自尊心者と低自尊心者とでは、受容・拒絶の閾値が異なることを前提にする。サポートや否定的相互作用を受け取ったときに、高自尊心者では受容を検出しやすく精神的健康は高いままであるのに対して、低自尊心者で拒絶を検出しやすく、精神的健康を低下させやすいと予測する。自尊心の変動性に関する第二のモデルでは、変動性が小さい(安定的な)人はサポートや否定的相互作用の量によって精神的健康の程度は影響を受けないが、変動性の大きい(不安定な)人はその影響を受けることを予測する。最後に、自己概念の明確性に関する第三のモデルでは、それが低い人はサポートや否定的相互作用の量によって精神的健康の程度は影響を受けないが、明確性の高い人はその影響を受けることを予測する。いずれのモデルも、精神的健康に対して、サポート量の多少と自己のあり方に関する変数の大小とが統計的に交互作用を持つことを予測するものである。本論文の中ではこれらが図示されて、わかりやすく提示されている。
 第3部では、第9章で提示されたモデルを検討した実証研究が紹介され、その結果が報告される。第10章では、自尊心の高低の調整効果に関する、第1のモデルが検討される。そのために予備調査を行って、受け取ったサポート量についての測定尺度を作成した。予備調査ではまた、特性自尊心については Rosenberg を翻訳した山本たちの尺度を用いた。また、精神的健康の指標としては、大学生活満足感と抑うつ尺度を用いた。具体的な尺度は研究によって異なることがあるが、原則としてこの2種類が精神的健康の指標として使われている。精神的健康の指標をそれぞれ従属変数として、性別や学年などを統制変数として、自尊心と受け取ったサポート、およびその交互作用項を独立変数とした重回帰分析を実施した。その結果、交互作用は有意でなかったものの、受け取ったサポートが多いほど精神的健康が高まるというサポートの効果は低自尊心者で顕著であり、モデル1に沿った結果が得られた。
 続いて研究1で、市川市民を対象に1500名をランダムにサンプリングして行った調査のデータ(n=489)を分析した。ここでも、高自尊心者では対人行動(サポートと否定的相互作用)の効果は小さく、精神的健康は高く安定していたが、低自尊心者ではサポートが小さいほど、また否定的相互作用が多いほど、精神的健康が低まる(抑うつ感が高まる)ことが示された。この分析では、交互作用の統計的水準も有意に達した。同様の結果は、高齢者の全国調査のデータ(n=2200)の2次分析を行った研究2でも再現された。さらに研究3では、シナリオによる場面想定法を用いた実験を行った(n=79)。シナリオの中では、質の良いサポート(「だいぶ落ち込んでいるみたいだね。わかるよその気持ち。つらいよね。」)と、質の悪いサポート(「だいぶ落ち込んでいるみたいだね。そんなに落ち込むなんてバカだなあ。気にすることないよ。」)のいずれかを受け取る場面が条件に応じて操作された。その結果、高自尊心者では、サポートの質によらず送り手の受容を高く認知していたのに対して、低自尊心者ではサポートの質が悪いと送り手の受容を低く認知することが示された。以上の結果から、第一のモデルが成立していることが実証され、そのメカニズムとして自尊心の高低による受容の認知の違いが関わっていることが推測されると論じられている。
 第11章の研究4では、その受容の認知が自尊心の調整効果を媒介しているかどうか、詳しい検証が行われた。学生を対象に行った集合調査(n=223)の中で、特定の他者を一人思い浮かべてもらい、その人から受け取ったサポートと否定的相互作用、その人が自分を受容している程度の認知、精神的健康、そしていくつかの統制変数を測定した。重回帰分析を実施すると、サポートおよび否定的相互作用は、それぞれ精神的健康に対して有意な効果を持った。しかし、媒介項として受容の認知を設定してパス解析を行うと、媒介項を経由したパスは有意になるのに対して、直接効果は統計的に有意ではなくなり、媒介過程の存在が示唆されると論じられた。
 第12章の研究5では、自尊心の変動性に着目した第二のモデルについての検証が行われた。東京都老人研究所が1987, 1990, 1993年の3時点で実施して、東京大学社会科学研究所附属日本社会研究情報センターのデータアーカイブに収められている全国高齢者パネル調査の個票データを用いて分析が行われた(n=1369)。分析の結果、2時点間で自尊心の変動性の大きい人は、サポートの全般的な量や、「苦情を受ける」など一部の否定的相互作用の量に応じて、精神的健康が変化が大きかったのに対して、変動性が小さい人では、それらに応じた変化はほとんど認められなかった。このように、第二のモデルもそれを支持する証拠が得られた。
 第13章では、自己概念の明確性に関する第3のモデルの検証が、大学生を対象にした3つの調査研究によって行われた。研究6では、周囲の人全体との関係を調べたが、サポートおよび否定的相互作用に関して、第3のモデルから予測された効果は認められなかった(n=176)。研究7では、特定の他者との二者関係を調べたが、自己概念の明確性が高い人の方が低い人よりも、否定的相互作用が精神的健康に及ぼす効果が大きいという、予測に沿った効果が認められた(n=124)。また研究8では、重回帰分析の結果でも、否定的相互作用の多さが精神的健康を悪化させる効果が、自己概念の明確性が高い人で大きいことが検証された(n=145)。以上の3つの研究を通して、少なくとも否定的相互作用が精神的健康に及ぼす効果に関しては、第3のモデルが成り立つことが示されたと主張される。
 第4部の結論では、第3部の実証研究で得られた結果をまとめ、それについて考察をして、ソーシャル・サポートが精神的健康に寄与するメカニズムについて総合的な議論を行っている。第14章では、得られた結果が概ねモデル1~3を支持するものであるが、すべての指標で認められたものではなく、得られた結果がまだ十分信頼できるものではない点が指摘される。それでも、ソーシャル・サポートが精神的健康に寄与するメカニズムの中で、受容・拒絶の認知という社会的認知過程と、自尊心の高さ、自尊心の変動性、自己概念の明確性といった自己のあり方が、結果を左右する重要な要素であることが繰り返し主張される。筆者は、サポートや否定的相互作用の表面的「機能」(快・不快や道具性)に注目するだけでなく、それを「超えて」その背後にある他者の「心」(受容)について推論するという認知的営み(mind reading)の過程についてソーシャル・サポート研究がもっと注目すべきであると主張する。そして、他者の心を推論する営みには、自己のあり方の個人差が関わることになる。
 最後の第15章では、本論文で行われた研究の問題点と今後の研究の展望が示される。問題点として、サンプルの代表性が低いこと、一時点の調査データからは因果関係が確定できないこと、受容の認知の正確性が測定されていないこと、「自己概念の明確性」概念が必ずしも明確でないことなどが指摘される。最後に、受容の認知をより一般的な他者の感情推論の問題として捉える方向性が展望され、対人関係研究の中に微視的な社会的認知研究の視点を取り入れる構想が述べられている。

3.成果と問題点
 本論文はこれまでのソーシャル・サポート研究を展望しながら、筆者独自の視点と、その視点に基づく数多くの実証研究を提示して、新たな方向性を提示した大部の著作である。その重要な成果については、少なくとも次の4点を指摘でききる。
 まず、ソーシャル・サポートを「情報」として捉えることによって、その情報から他者の受容や拒絶を認知する過程の重要性を指摘した点である。これまでのソーシャル・サポート研究では、サポートが精神的健康に好ましい影響を与えるメカニズムとして、対人関係の構造がポジティブな心理状態を作り出すという「直接効果」と、対人関係の機能によってストレスなどの問題状況に対処してその悪影響が防がれるという「緩衝効果」の2つが考えられていた。前者は抽象的な関係性としてサポートを捉える立場であるし、後者は心理的なサポート期待としてそれを捉える立場である。いずれも、サポート行為がともかく肯定的効果を持つ、あるいは問題状況では肯定的効果を持つと考えていて、受け手にとって行為が持つ「意味」についての検討が不十分だったと考えられる。これに対して、本論文では、サポートを受け取ることで他者の「受容」の程度が推論され、それに基づいて受け手に感情反応が生じて、精神的健康に結びつくことを論じ、そのメカニズムが存在することを実証する証拠を提出した。このように、ソーシャル・サポート研究に新しい流れを作る可能性を秘めた研究だと言えるだろう。
 次に、ソーシャル・サポート研究を、サポートという肯定的な行為だけに限定するのではなく、否定的な行為(本論文で「否定的相互作用」と呼ぶもの)まで取り扱い、研究の範囲を拡張した点である。上述の議論からすると、一見するとサポートであっても、そこから「受容」ではなく、「拒絶」が推論されることもある。しかし一般に拒絶が推論されるのは、受け手に対する否定的な行為であるだろう。日常生活の対人間関係の中でも、支援されるだけでなく、対立したり拒否されたりすることもある。こういった否定的相互作用も、そこから相手の心理をどう読み取るのか、拒絶しているのかそれでも受容されているのか、その認知に媒介されて、感情反応が生じるし、精神的健康状態も左右されるだろう。本論文の実証研究では、否定的相互作用を視野に入れることによって、自己概念の明確性など、新しい概念がサポート効果のメカニズムにおいて持つ影響を検出することに成功している。ソーシャル・サポートが精神的健康に及ぼす好ましい効果を考える場合でも、日常生活の中では同時にあり得る、否定的相互作用の影響も視野に入れながら研究する有用性をこの論文は示しているだろう。
 そして、ソーシャル・サポートが精神的健康に持つ効果を、自尊心が調整するメカニズムに関して詳細な予測を立てて検討し、いくつもの実証的な成果を得たことである。従来からも、自尊心の高低によってサポートの効果が異なることが指摘され、実証されてきた。しかし、その効果のパターンは研究によってまちまちであったし、時には自尊心の高低にかかわらず効果が認められた。こういった錯綜した研究をレビューした後に、自尊心に関わる変数として、単にその高低だけでなく、「自尊心の変動性」と「自己概念の明確性」という2つが問題となることを論じて、それぞれの変数に基づく予測を提出した。実証研究の成果は、残念ながらその一部が検証されただけであったが、「どういった人にサポートが有効なのか」という実践的な問いに答えようとした意欲的な探求だったと言えるだろう。本論文で提出された自尊心の調整効果に関するモデルから、今後の研究者は多くの示唆を得るに違いない。
 最後に、対人関係に関するソーシャル・サポート研究に、自己・自尊心に関するソシオメーター理論を応用した点である。ソシオメーター理論はそもそも自己の社会性や集団所属を前提にした理論であるので、ソーシャル・サポート研究との親和性はとても高いと考えられるが、その新しい応用の可能性を拓いた点は高く評価されるだろう。
 本論文は以上のように多くの成果を得ているが、問題点が残されていないわけではない。まず、調査研究で扱っている「ソーシャル・サポート」や「否定的相互作用」は、多くの場合、記憶を頼りに思い返してもらったもので、現実に生じた具体的なサポート行為からは距離がある。推論された受容・拒絶の認知も、ある特定の行為に伴っているものというよりも、行為者が一般に受け手に対して抱いているだろう受容感や拒絶感である。こういった研究対象のリアリティを、今後は回復していくことが必要だろう。また、新しく提案された「自尊心の変動性」概念は、定義は明確であったが、本論文の中では必ずしも適切に測定されていなかった。他方で、「自己概念の明確性」概念は、信頼できる尺度で測定されていたが、他の自己に関する概念との区別や関連性の議論が不十分で、定義が明確でないと考えられる。さらに、著者自身も指摘していることだが、調査研究で得られた結果は、一部の指標にだけ認められた場合があって、必ずしも頑健なものではなかった。信頼できる結果とみなされるためには、さらに精度の高い実証が必要だろう。
 しかし、これらの問題点は著者も自覚するところであり、今後の持続的な研究の積み重ねによって、少しずつ解決されていくと思われる。
 以上、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究の進展に貢献する十分な成果をあげたものと判断し、本論文が一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定する。

最終試験の結果の要旨

2008年2月13日

2008年1月8日、学位論文提出者 源氏田憲一 氏の論文についての最終試験を行った。試験においては、審査員が、提出論文「ソーシャル・サポート過程における『自己』の働き―ソシオメーター理論の観点から―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、源氏田氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって審査委員一同は 源氏田憲一 氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるものに必要な研究業績および学力を有することを認定した。

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