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博士論文審査要旨

論文題目:成人教育と社会変革―スウェーデン型生涯学習社会の形成過程―
著者:太田 美幸 (OTA, Miyuki)
論文審査委員:関 啓子、加藤哲郎、中田康彦

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本論文の構成
スウェーデンは成人の学習活動を支える制度を整備し、生涯学習先進国のモデルの一つとして世界各国から注目されている。本論文は、スウェーデン民衆教育(folkbildning)の歴史を追い、その多層的展開とそれが果たしてきた社会的機能の変遷を分析することによって、スウェーデンにおいて形成された生涯学習社会の構造的特質を明らかにする試みである。近代教育制度の枠組みにおさまらないノンフォーマルな成人の教育・学習活動がどのように展開し、民衆自身による知識の再発見・再構築の契機がいかに日常生活に組み込まれるかを理論的かつ実証的に解明することによって、「生涯学習社会」像のオルタナティヴを描く挑戦的で意欲的な論稿である。
目次は以下の通りである。

序章
 第1節 学習社会論の焦点と課題
第2節 「生涯学習社会」研究の分析枠組みと方法
第3節 スウェーデン民衆教育研究の動向
第4節 本論文の課題
第1章 スウェーデンの近代化と民衆教育運動の背景
第1節 19世紀末までの政治と国家イデオロギー
第2節 自由主義とナショナリズム
第3節 学校教育と国民教育制度の確立
第4節 近代化と民衆運動
第2章 初期民衆教育運動の展開
第1節 「文化」をめぐる対立
第2節 社会民主主義運動と労働者啓蒙
第3節 民衆文化と農民の教育問題
第4節 禁酒運動における教育事業
第5節 初期民衆教育における人間形成の思想
第3章 民衆教育の組織化過程
第1節 図書館活動の拡大と労働者教育の組織化
第2節 農民運動と農村青年教育
第3節 学習サークルへの財政支援
第4節 民衆教育運動の拡大と交錯
第5節 小括
第4章 民衆教育の社会的機能
第1節 民衆教育運動における知識と教養
第2節 民衆の生活世界と学習活動
第3節 20世紀前半の民衆教育
第5章 成人教育政策と民衆教育の性格変容
第1節 成人教育政策の始動
第2節 民衆教育の制度化
第3節 民衆教育の現代的性格
第6章 ラディカルな成人教育実践の可能性――「新しい社会運動」と民衆教育
第1節 民衆教育の「公共性」とは何か
第2節 環境運動における民衆教育組織の活用
第3節 女性運動と運動学校
第4節 移民の運動と民衆教育
終章
第1節 スウェーデン型生涯学習社会の構造
第2節 生涯学習社会論の展望
引用・参照文献
略称一覧
資料1 民衆教育・成人教育関連政府調査答申(1920-2004年)
資料2 民衆教育・成人教育関連国会議案(1947-2004年)
資料3 民衆教育・成人教育関連法案(1912-1991年)
資料4 各学習協会における学習内容一覧(1943/44年度)

本論文の要旨
ユネスコ成人教育推進会議(1965年)においてポール・ラングランが生涯教育論を提唱したことによって、生涯教育の理念が世界的に注目されるようになった。この理念を政策に取り入れ、幅広い学習機会を保障することを目指し提唱されたのが、学習社会論である。筆者は、学習社会構築のための戦略を論ずるのではなく、人々の教育・学習活動の既存社会に対する自律性とはいかにして生じるものなのかを問い、生涯学習社会とはいかなる社会かを探ることを課題とする。既存の社会関係の再生産と自由な学習による社会変革という生涯学習のもつ両義性を解明し、日常生活に息づく学びの契機が既存の社会関係を作り変える可能性につながる回路を描くという目標が設定される。
引き続き序章では、成人教育理論の展開が整理されるが、その際、近代教育制度からはみ出た人々の中から生じたノンフォーマルな成人の学びに注目する筆者は、イライアスとメリアム(John L. Elias & Sharan B. Merriam)の研究を手がかりにリベラル成人教育に着目し、その中心的思想としてフレイレの教育思想と理論を検討する。内外の成人教育理論の幅広く丁寧な吟味と批判的考察を介して、スウェーデン民衆教育に織り込まれた「意識化」の契機を抽出することによって、「生涯学習社会」像のオルタナティヴを描くという構想が示される。
以上の課題を遂行するために、三つの作業課題が立てられる。第一の作業課題は、スウェーデンにおいて広く民衆を対象とする教育が生まれ変容していく過程を分析するための準備作業として、歴史学の先行研究に学びながら19世紀末までの社会状況とそこでの教育のありようを明らかにすることである。第二は、19世紀末までにいくつかの思想潮流のもとで編成された民衆教育が、20世紀初頭以降に民衆運動のもとで組織化されていく過程を解明することである。第三は、20世紀半ば以降、民衆教育が民衆運動から相対的に自律した展開をみせはじめ、国からの財政支援を得た民衆教育が公教育と手を携えて多様な学習目的を含みこみ、その性格を変容させていく過程について検討することである。
以上が序章の内容である。
 第一の作業課題にもとづく研究の成果は、第1章と第2章で示される。
第1章では、身分制社会が解体するとともに産業化・都市化が進んだスウェーデンの社会状況を概観し、19世紀後半のスウェーデンにおいて、既存の社会秩序に対する挑戦がいかなる人々によっていかなる方法で展開されたかを明らかにする。統治機構や教会組織について考察し、教会組織による学校などを説明したうえで、国民教育制度の確立過程を詳述する。続いて、近代化過程において生じた自由教会運動、禁酒運動、労働運動などの諸運動を概観することによって、民衆教育運動の生成の背景が明らかにされる。禁酒運動が特権層の既得権益への批判と結びつき、社会の民主化を推し進める民衆運動の中核となったことが明かされる。
 第2章では、そのなかで展開されたノンフォーマルな教育活動に焦点が当てられる。
広く民衆を対象とする教育活動が、旧来の特権層に代わって興隆した中間階級の主導によっていくつかの思想潮流のもとで編成されていく過程が論述される。筆者は、新たな社会秩序の形成を目指した人々がいかなる社会構想をもっていたか、そこに教育はどのように位置づけられていたか、それによって民衆教育がいかなる性質を帯びていったかを明らかにする。具体的には、中等教育改革の背景にあった文化闘争、学生団体や都市の新興中間階級による労働者啓蒙の運動、農村地域に広まった民衆大学設立の運動、キリスト教的規範意識を基盤とする禁酒運動で展開された学習活動について考察する。3章以降で詳しく検討される民衆教育の成立と特質にとって、キー概念になる学習サークルの原型と「自己教育」理念が析出される。
筆者はそれぞれの運動の担い手たちに注目した。初期民衆教育運動は、アカデミズムの旧態に反発する学生、従来の有力者の特権を切り崩そうとする都市中間階級、「祖国愛」の復興を目指す人々、あるいは工業化にともなう新たな生活様式への対応を迫られる下層中間階級や労働者が、「教養」をめぐって多様な政治的文化的運動を展開するなかで形をなしていった。19世紀半ばに台頭した自由主義者らによって古典重視の非実用的な教育制度の改革が主張されたのと並行して、1880年代には文学者や学生団体が中心となって勃興した文化急進主義運動において実用的で合理的な科学的知識が称揚された。労働者に対する啓蒙活動は、文化急進主義運動と連動した形で、主に自由主義的諸運動において展開された。その後、1890年代に活発化した社会民主主義運動によって労働者の組織化が急速に進展すると、労働者啓蒙の仕事は社会民主主義労働運動に引き継がれていく。また、19世紀半ばのナショナリズムの高揚、民族意識の高まりは、自由主義的な啓蒙への熱意と結びついて農村地域における民衆大学運動を牽引した。民衆大学運動は、1865年の議会改革ののち下院の主導権を握り官僚や都市中間階級の敵対勢力となっていた富裕農民の政治的見解とも結びつき、農民の政治勢力拡大の手段としても推進されることとなる。他方、禁酒の推進を通じて社会改良を目指した禁酒運動の主要な活動は、飲酒の弊害についての啓発とキリスト教的な規範意識の涵養であった。そのための教育活動の整備がすすむなかで、オスカル・ウールソンによって集団的読書を核とする学習サークルの活動が体系化され推進されるようになる。ウールソンの学習サークル構想の中核であった「自己教育」の理念は、読書と議論を通じて知識と経験の幅を広げ、日常生活における問題解決能力を身につけること、それによって民衆の日常生活を改善し社会のありようをもつくりかえていくことを目指すものであった。学習サークルの普及にともなって、こうした理念が民衆教育運動を特徴づけていくこととなる。 
 第二の作業課題は、第3章と第4章で取り組まれる。第3章では、後に民衆教育の核となる学習協会設立の経緯を中心に、民衆教育運動が互いに交錯しつつ拡大していく過程が詳述される。初期の社会民主主義運動の指導者たちは労働者に対する教育活動を効率的におこないうるものとして民衆大学や学習サークルの形態に着目し、20世紀初頭以降、労働運動のさらなる発展のためにこれらを組織化して全国展開することを目指すようになる。他方、農村においては農業の近代化をいかにしてすすめるかが課題となっており、20世紀初頭には、農民青年の職業意識や郷土愛に働きかけることによって、農業の近代化のもたらす農村社会の諸問題を克服しようとする動きと、農村下層民の階級意識の醸成を背景とした政治運動が活発化した。いずれも農民青年の政治教育を課題として認識するようになり、独自の教育活動を組織することを模索して学習協会の設立を通じて民衆教育事業に乗り出しはじめる。こうした動きと連動して、民衆大学運動も民衆運動諸団体とのつながりを深め、その性格を変容させつつ再編されていくこととなった。各運動体は自らの運動理念を反映させて学習協会あるいは民衆大学を設立し、それらを運動推進の手段として位置づけた。運動メンバーは学習サークルへの参加や民衆大学での学習を通じて運動への意識を高め、議論の手法や組織の運営方法など、運動の担い手として必要な技術を身につけていったのである。
筆者は、しかし、20世紀前半の民衆教育運動を運動の側面からのみ理解することを戒める。なぜなら、組織化された民衆教育が少しずつ性格を変容させながらも現在まで継続しえていることの主たる要因を見逃すことになりかねないからである。1911年に男子普通選挙権が、1919年に女性参政権が実現したことによって民衆運動の当初の目標は一応の達成をみており、この時期の民衆運動は激しい闘争を展開していたわけではなかった。筆者は、運動体内部のイデオロギー的統率がゆるやかで、教育・学習活動も運動への動員と直接的に結びつくものではなかった点に注意を払う。その上で、そのゆるやかさこそ、この種の教育・学習活動が拡大し定着した要因であり、以後のスウェーデン民衆教育の展開を規定したのではないかという仮説をたてる。
第4章で筆者は、上記の仮説を念頭に置きつつ、民衆教育の組織化の意図が実際の民衆の学習活動にどのように浸透していたのか、なぜ民衆教育が人々の生活に深く根付くにいたったのかを探る。
20世紀前半には民衆運動の諸団体によって学習協会が次々と組織されたものの、規模の面でいえば当時の民衆教育の主流は啓蒙的な講義活動であった。都市部における啓蒙活動や農村地域の民衆大学は、都市労働者や農村民衆に市民的教養を伝達し、当時十分には整備されていなかった学校教育を実質的に補完するものとして機能していた。こうした側面は、1960年代以降の成人教育政策において民衆教育実践の蓄積が大いに評価され活用されたことにあらわれている。しかしながら、民衆に対する市民的教養の伝達は、そこでとられる方法によっては、支配的文化の一方的な伝達を回避し対抗的文化をつくりあげる可能性を内包している。民衆教育が「自己教育」を通じておこなわれることによって、資源としての市民的教養は学習者自身の必要と関心に応じて摂取・利用され、それによって民衆文化がつくりだされることとなる。「自己教育」を通じておこなわれる民衆教育には、こうした文化創造の回路が潜在的に組み込まれているものと考えられる。それゆえ、20世紀を通じて民衆運動の諸団体による民衆教育の組織化がすすみ、多くの人々が学習サークルなどへの参加を果たしたということは、民衆文化が徐々に社会に浸透し、ヘゲモニーを転換させていこうとするプロセスでもあったと解釈される。したがって、民衆教育の実践には社会の調和と安定への志向と社会変革への志向がともに含まれ、両者は民衆教育運動が展開するにつれて次第に融合し、民衆教育全般に織り込まれるに至ったというのが、筆者の分析である。
加えて、民衆運動の諸団体や民衆教育組織が提供する学習の場が、運動への参加の有無に関わらず多くの人々に開かれていたことも、きわめて重要な意味を持っていた。民衆運動団体や民衆教育組織が開講する学習活動への参加、あるいは演劇やダンス、遠足などといった活動への参加は、農民や労働者にとって、日々の生活の苦しさを紛らわせる貴重な娯楽の機会であると同時に、地域社会における社交生活を充実させるものでもあった。学習活動や娯楽的活動を通じて形成されたのは、運動理念への共鳴というよりはむしろ、生活の一部を共有する仲間との連帯感であり、それが地域コミュニティにおける集合的アイデンティティ、地域に根差した生活文化の形成につながった。つまり、民衆教育の活動はコミュニティにおける社会的紐帯を形成するものとして機能したと、される。
第5章では、20世紀後半の成人教育政策の展開とそこでの民衆教育の位置づけについて考察する。1960年代に始動した成人教育政策は、第二次世界大戦後の急激な経済成長を背景とする労働力育成の課題、1962年の抜本的な義務教育改革後の世代間の教育格差の是正を主たる目的としていた。前者については高等教育機関への社会人入学枠の設置、後者については民衆教育の組織的基盤を活用した低学歴層へのアウトリーチ活動の促進などが具体的な施策として導入された。一連の教育改革の過程で明らかになったのは、民衆教育が公的な教育制度における欠落を補完するものとして機能してきたことである。1960-70年代の成人教育改革は、民衆教育が従来から果たしてきたこうした機能を公的な教育制度の枠内に位置づけるものであったといってよい。ただし、改革後、公的な成人教育と民衆教育との境界は様々な議論を経てなお曖昧なまま現在に至っていることが示される。
第6章では、近代教育制度とは異なる民衆教育固有の機能について考察したうえで、「新しい社会運動」の具体例に即して運動と民衆教育との現代的な関係を探る。1960年後半に西欧諸国ではじまった「新しい社会運動」は、旧来の社会運動とは異なり、政治、経済、文化など様々な領域における問題を争点とする。こうした運動に民衆教育がどのようにかかわっているのかを具体的に明らかにすることによって、筆者は現代社会における政治的争点に対して民衆教育がどのように機能するのかを検討した。
環境運動団体における民衆教育組織の利用のありようを検討した結果、民衆教育組織の公開性や柔軟性は、小規模の運動団体の活動を実質的に支援するものとなっていることが示された。民衆教育組織が自由な学習の場を広く提供することによって、ローカルな問題に取り組む小規模なグループが草の根的な運動をおこすことが可能になっている。また、現代的な運動学校の事例として取り上げた女性民衆大学の教育実践は、民衆教育の組織と制度が運動の活性化に貢献していることをさらに顕著に示すものであった。運動と連動した教育機関がつくられることによって、運動に直接かかわる活動家の育成だけでなく、運動にコミットしていない人々の意識が喚起されることもある。運動の理念が教育理念に反映されることによって、運動体内部にとどまらない幅広い人々への呼びかけが可能になる。こうした民衆教育の可能性は、自らの社会的文化的状況を変革していくために新たな学習協会の立ち上げを目指して活動をはじめた移民の組織にも垣間見ることができる。文化を伝達・共有し再構築していくことは社会集団の連帯にとって不可欠であり、マイノリティが自らの文化を基盤として展開する学習運動は文化をめぐる政治運動である。文化的支配-被支配構造の認識と集団的差異の承認は現実に存在する不平等と抑圧状況を解消していくための戦略として求められ、教育・学習の場は知識の伝達・再生産だけでなく、集団的アイデンティティの形成と対抗的ヘゲモニーの創造に深くかかわっていく。こうした事例によって、不利な立場に置かれてきた人々による社会的・文化的平等のための運動が、現代スウェーデンにおいても民衆教育の基盤のうえに展開されうることが明らかにされる。民衆教育を核とするこうした動態を、スウェーデン型「生涯学習社会」の特質として把握することができると筆者は論じている。
終章では、本論で解明された、スウェーデンにおける生涯学習社会の構造が端的に論じられる。本論の総括が、民衆教育概念と機能の変遷の究明、成人教育政策と現代民衆教育の意義の解明を軸に示される。続いて、フォーマルとノンフォーマル、文化・イデオロギー志向と職業志向というマトリックスを用い、成人教育の布置の歴史的変化が整理され、生涯学習社会の展望を読み解く視座が示される。

本論文の成果と問題点
 本論文の第一の成果は、スウェーデンにおける「生涯学習社会」の構造的な特質を明らかにしたことである。筆者はスウェーデンにおける成人教育の歴史を追い、民衆教育の実態を多様な資料によって克明に描き出した。この点だけでも高い評価に値するが、筆者はそこにとどまらず、多様な民衆運動と教育運動とのかかわりを解き明かし、生涯学習社会構築の基盤を明らかにした。そこには二つの意味が含まれている。一つには、学ぶことによって自らが対峙する生活課題の根源を理解し、それを社会的な問題と結びつけ、その変革をめざすという思想が、教育運動によって学習者に育まれ、その思想が人々の学習活動を支えてきたことが明らかになったことである。二つには、社会民主主義と政党運動だけでは果たせない、民衆運動の包括的な国民化が教育運動によって実現されていく論理を究明したことである。筆者は、「全体社会が知識伝達をとおして民衆を統制する」メカニズムを、民衆自身による知識の再発見と再構築を実現することによって「民衆の側から全体社会に影響を及ぼす」メカニズムに転換しようとするところに、民衆教育の特質を読み取り、民衆教育がきわめて政治的であることを明らかにした。
 第二に、「何を学ぶか」だけでなく、「いかに学ぶか」にも注目し、<学校教育の文法>とは異なるやり方でおこなわれる文化伝達、あるいは文化創造の活動を浮上させ、多様な文化がヘゲモニーを争う場として「生涯学習社会」が立ちあらわれてくることを示したことである。民衆教育の研究で知られるラーションは、近代教育制度の<学校教育の文法>に民衆教育の<学習サークルの文法>を対置した。ラーションに学びつつ、筆者は、主流文化にもとづく市民的教養を、学習サークルの参加者が自己教育という学び方によって、読書と討論を通じて、自らの問題と関心に引き付け自在に吸収し再編し、対抗的文化が築かれうるとした。民衆教育には、その特徴的な学び方によって、対抗的なヘゲモニーの形成に結びつく過程が仕込まれうることが論述され、多様な文化がヘゲモニーを競う場としての生涯学習社会像が説得力豊かに描き出された。
 以上の二点の成果は、筆者が教育学ばかりでなく、政治学や社会学の知見を積極的に身に付け、歴史的研究手法も援用し、学際的に成人教育の展開を読み解いたことによる。
そうすることにより、スウェーデン社会研究のなかに民衆教育論を位置づけることに成功した。スウェーデンの成人教育をめぐる内外の研究が、リカレント政策の導入およびその後に集中しているのに対し、筆者は19世紀の社会状況およびその後の各種運動と民衆教育の実態を歴史的に解明することによって、スウェーデン社会の諸相を掘り起こすことになったのである。そこで、成果の第三として、筆者の学際的な研究枠組みと手法によって、スウェーデン社会研究の進展に貢献したことがあげられよう。
 第四に、上記の第二の成果とかかわるが、「民衆的な成人教育」と「公的な成人教育」
との関係のあり方として成人教育史と生涯学習社会のありようを示し、生涯学習社会の動態を明らかにしたことである。生涯学習社会は「文化の政治」がせめぎあう場として描かれ、民衆教育の実践も社会の調和と安定への志向と社会変革への志向とによって方向付けられることが示された。二つの成人教育の境界があいまいになり、調和と変革の志向がゆるやかに融合し、成人教育が持続的に発展してきた過程が描き出されている。
そして、20世紀後半の成人教育改革によって国家の財政支援のもとに民衆教育の少なからぬ部分が公的成人教育と位置づけ直されたり、新たな学習の担い手が登場したり、といった変化の中でも、学習機会は身近に存在するという国民意識が定着している点こそ、スウェーデンの歴史の中で形成された生涯学習社会の基盤であることを明らかにした。また、フォーマルな教育において民衆教育で育まれたラディカルな学習活動が展開するなど、制度化された教育と民衆的な教育が相互に影響し合うさまも、見事に描き出されている。民衆運動と結びついた民衆教育の学びがたくみに維持されている側面が補強されれば、さらに生彩のある叙述となったであろう。
 以上のように、本論文の成果は大きいものがあるが、不十分な点がないわけではない。一つは、学習活動と労働の人間化とのかかわりに十分には踏み込んではいない点である。自律的な労働者の学習先進国としてのスウェーデンは、労働の人間化に関してもよく知られている。労働の人間化と企業内の学習活動とのかかわりに詳しいスウェーデン教育の先駆的な研究者もおり、いっそう踏み込む必要性が感じられなかったものと推察されるが、筆者の独特な学際的な手法でこの点にも切り込んでほしかった。やや惜しまれるところである。
 カリキュラムや学習過程については丹念な資料収集により書き込まれているが、学習者によるライフヒストリーにおける学習の意味づけの考察に際しては、文字化された学習者の回想によるものがほとんどで、実施したインタビューがあまり活かされていない。この点は、本人も強く自覚しているところであり、今後に期待したい。
だが、これらの問題点は、論文の成果を損なうものではない。それらは、優れた成果ゆえに読者が抱いてしまう期待でもあり、今後の研究で克服されるものと思われる。
以上のように審査員一同は、本論文が当該分野の研究に大きく貢献したことを認め、太田美幸氏に対し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断した。

最終試験の結果の要旨

2007年3月14日

2007年3月5日、学位論文提出者太田美幸氏の論文について最終試験を行った。試験においては、提出論文「成人教育と社会変革―スウェーデン型生涯学習社会の形成過程―」に関する疑問点について審査員から逐一説明を求めたのに対して、太田美幸氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって、審査員一同は、所定の試験結果をあわせ考慮して、本論文の筆者が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

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