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博士論文審査要旨

論文題目:スウェーデンの公的年金制度改革の特質と課題
著者:山本 麻由美 (YAMAMOTO, Mayumi)
論文審査委員:藤田伍一、林 大樹、高田一夫、渡辺雅男

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   〔本論文の構成〕
 本論文の構成は以下の通りである。

  序章
  第1章 旧制度の概要    
   第1節 制度の仕組み
   第2節 制度の実施状況

 第2章 改革の経緯 
   第1節 1990年に出された年金委員会の最終報告書の内容
   第2節 年金ワーキング・グループの特徴と1994年に出された最終報告書の内容
   第3節 1998年に新制度が成立するまでの反対意見と事態の収拾

 第3章 新制度の特徴
   第1節 新制度の概要
   第2節 財源が給付内容に及ぼす影響

  第4章 改革後の課題と対応
   第1節 近年の賃金交渉の方針
   第2節 新制度が持つ就労延長を誘導する仕組み
   第3節 就労延長を促す取組み
 
  結語 

  補論 「公的年金制度改正から今後の厚生年金制度のあり方を考える」
  資料・参考文献







〔本論文の内容要旨〕

 「序章」では、本論文における問題意識が述べられ、それに沿って範囲の限定を行っている。わが国の2004年年金改革はスウェーデンの1999年年金改革をモデルとして進められたことはよく知られている。中でも、スウェーデンの年金が「確定給付方式」から「確定拠出方式」に転換した点が注目されている。
 本論文は、「確定拠出型」の年金に踏み切ったスウェーデンの政治・経済・社会的な事情を探り、年金の新旧両制度の仕組みと機能について検討をおこなうことを狙いとしている。

「第1章 旧制度の概要」では、1999年以前の年金制度を概観している。本論文では、老齢年金に限定すると共に、旧年金制度として「基礎年金」と「付加年金」の二階建て年金に絞って検討をおこなっている。
 「基礎年金」では、「基礎額」を設定して、これをベースに定額年金を支給した。満額受給要件は40年の国内居住期間か30年の年金ポイントをもっていることである。不足する場合は65歳から減額して支給された。基礎年金の財源は1974年から「社会契約」に基づき、使用者が被用者に代わって保険料を単独で負担し、不足分を国庫が負担した。
 「付加年金」は、全被用者と自営業者を対象として、従前所得の一定率を給付する所得比例年金であって、「ポイント」方式を採用している。すなわち、30年以上の加入を要件としてその間に獲得したポイントの最も高い方から15年分を採用してその平均をとり、その60%を「年金ポイント」として確定した。これに基礎額をかけて年金額を裁定した。財源は事業主が負担する保険料と基金の運用益によって賄われてきた。
 この年金システムの下で1988年頃から満額要件を満たす被保険者が現れ始めた。しかも給付額の中で付加年金の部分が基礎年金の部分を上回るようになった。これが1999年には7対3の割合にまで高まっていたのである。そして付加年金の年金給付額が増加するにともなって事業主の保険料負担は年々引き上げられ、限界に近づいていたのである。

「第2章 改革の経緯」では、付加年金の保険料負担増加による財政問題から端を発して、年金構造全体の改革の流れが委員会やワーキング・グループの作業を通して描かれている。1990年に提出された年金委員会の報告は付加年金改革を軸とする3案を併記したが、政党間での合意が成立せず、改革は持ち越された。1991年の総選挙の結果、社会民主党と交代した保守・中道の4党連立政権によって再び年金問題が取り上げられ、各政党から選出された9人の委員から成る「年金ワーキング・グル-プ(WGP)」が設けられた。このWGPの検討課題は、(1) 年金を経済状況に合わせる。(2) 保険料と年金の結びつきを強める。(3) 長期の貯蓄を増やすようなシステムとする、の3点であった。
 その検討過程で、「所得比例年金」への移行が確認され、さらにスライド方式も「物価」ではなく「賃金」を基準にすることが合意された。1994年に纏められた最終報告書の主な内容は、保険料を生涯所得(総賃金)に比例させ、給付額に反映させるという点であった。「生涯所得比例制」といわれるものである。
 この原則を柱に5党合意がなって1998年に年金改正が成り、翌99年から新制度が実施に移された。新制度による給付は2001年から開始されている。

「第3章 新制度の概要」では、「生涯所得比例」を原則とする「所得比例年金」と最低保障をおこなう「保証年金」を中心に新制度の特徴が説明されている。その要点は以下の通りである。
 ・これまでの「基礎年金」と「付加年金」を再編して「所得比例年金」を設ける。
 ・その財政方式は修正賦課方式として、保険料16%については労使が分担( 被用者負担
  分は7%)する。保険料は個人毎に資産として記録される。資産は平均所得上昇率を
  基本にスライドされ、価値を保全する。
 ・新たに個人積立方式による「プレミアム年金」を立ち上げる。「プレミアム年金」の
  保険料は 2.5%で、個人口座に積立て、各自で運用することも可能とする。
 ・また、老齢者の最低生活を保障するために「保証年金」を新設する。その財源は国庫
  が拠出する。
新制度の最大の特徴は「確定拠出方式」を採用している点である。すなわち、年金システムを維持するために「自動均衡装置」を導入して、「給付」を「拠出」の枠内に封じ込め、年金財政の安定化を図っている。要するに資産と負債の比率を「均衡率」として、これに所得上昇率を掛けてスライド率を決定する仕組みとした。これによって制度の財政安定化が図られたのである。
 また、賦課方式の下では年金資産は給付に回され、投資に回されないが、新制度では、投資に回されたと見なして一定の政策金利(市中金利ではない)をつけることになった。これが「概念的確定拠出方式」と呼ばれる仕組みである。これによって、拠出総額を意図的に膨らませる操作が可能となったのである。

 「第4章 改革後の課題」では、「確定拠出方式」の下で財政は安定化するものの、給付水準は絶えず拠出面から圧力を受け、拠出能力に限界づけられる側面について考察をおこなっている。もともと1999年の年金改革は人口の高齢化を背景に付加年金の給付が高まる一方で、経済の低成長によって事業主負担が過重となったことが改革の動機となっている。そのため、被用者負担を導入するとともに「確定拠出方式」に転換することで、負担能力に合わせる年金システムの導入を図ったのである。
「確定拠出方式」への転換によって年金システムの安定化が図られたが、肝心の給付水準は低下圧力を受けることになった。著者はこの問題を就労期間の延長によって緩和することができると提言する。
 すなわち、給付水準を引き上げるためには、稼得期間を延長し、生涯賃金を増加させることで、年金資産を増加させることが政策上のポイントになるという。現に、スウェーデンでは年金改革後は就労率を引き上げることが政策課題となっており、さまざまな試みがなされているとしている。

 「結語」では、1999年の年金改革の総括をおこなっている。そして、負担能力に合わせて給付をおこなう年金財政の安定化が年金改革の第一義的な狙いであったとしている。そのため、給付水準はたえず負担能力に制約されることになり、如何にしてその低下を押し止めるかが次の政策課題となったことを指摘している。著者は給付水準の低下圧力に対して、就労の長期化によって対抗しようとする政府提案を例示して、本論文の結論としている。
                      
   〔本論文の評価と課題〕

 まず、本論文のメリットについて触れておきたい。第1に、本論文はスウェーデン政府関係の資料を収集・整理し、立案の経緯から、委員会やWGPの審議を経て、政治的妥協としての合意に至るまで、スウェーデン年金改革の過程を克明に追跡している。その論点の整理も巧みで、1999年年金改革のライト・モチーフについての考察は大枠において成功している。まずこの点を評価したい。とくに年金の第一義的な目的が財政の安定化ではなくて受給者の生活を守ることにあるとする著者の問題意識が本論文全体を通して窺える。この点は内外の年金改革の評価において忘れてならないポイントであろう。
第2に、1999年年金改革の特質を、財政方式としての「賦課方式」と給付算定方式としての「確定拠出方式」の結合に見いだし、その結合を可能にしたのが「自動均衡装置」であったとする見解は正鵠を射ており、評価できる点である。2004年のわが国の年金改革においても、同じような「マクロ修正スライド制」を採用していることを考えると、スウェーデン・モデルの先進性の核心を指摘した意義は大きいと見られる。
 しかし同時に今後におけるいくつかの研究課題も指摘できる。第1に、同一世代の中では、「保険料比例制」によって一応「ミクロ的公平性」は確保できるが、「賦課方式」を採用しているために世代間格差を埋めることは困難であって「マクロ的公平性」は確保できないのである。就労期間の長期化によって膨らんだ年金資産の果実は賦課方式の下では、資産積み増し時における受給者が享受することになる。資産の積み増しが自分の受給額に跳ね返るとはいえないのである。賦課方式の下では、資産の積み増しを図っても自分の年金額には反映しないのである。その点が賦課方式の問題点として指摘されるであろう。
 第2に、新制度では被用者に保険料拠出を義務化したのであるが、これはそれまでの事業主単独負担の慣行を大きく変更する事態である。この点について社会民主党やLO等の労働組合はどのような対応を示したのであろうか。1970年代に賃金引き上げを要求しない代わりに保険料の拠出を事業主に付け替えた「社会契約」が破棄されたということであろうか。新たな賃金に関する協約が成立した可能性もあるが、いずれにせよ、これに関する説明を補足する必要があろう。
 だが、これらの点は著者本人も自覚している点であって、本論文の本質的価値を損なうものでないと思われる。
本論文の審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に大きく貢献していることを認め、山本麻由美氏に対して、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断した。

最終試験の結果の要旨

2006年2月8日

  平成18年 1月12日、学位論文提出者 山本麻由美氏の論文について最終試験をおこ なった。試験においては、提出論文「スウェーデンの公的年金制度改革の特質と課題」に関する疑問点について審査委員から逐一説明を求めたのに対し、山本麻由美氏はいずれも充分な説明を与えた。以上により、審査委員一同は山本麻由美氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有すると認定した。

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