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博士論文審査要旨

論文題目:P・A・ソローキンの統合主義社会学――世俗的価値と宗教的価値を取り結ぶもの――
著者:吉野 浩司 (YOSHINO, Koji)
論文審査委員:矢澤修次郎、町村敬志、深澤英隆、坂内徳明

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1. 論文の構成
現代社会は、価値観の対立、とりわけ世俗的な価値と宗教的な価値の対立の時代といわれる。では、そうした対立の事態というものは、いったいどのように捉えうるものなのだろうか。本博士論文は、この問いに、社会学史の立場から答えようとするものである。ピティリム・アレクサンドロヴィッチ・ソローキン(1889年~1968年)は、その検討のための、有効な考察対象である。というのも彼は、とりわけこの価値観の対立の烈しい時代を生き、また何より彼自身が、この問題に深くかかわった社会学者であったからである。
ソローキンは二度の世界大戦、ロシア革命、そしてアメリカへの亡命を経験し、文字通り多様なる価値観の狭間を生きた。また、その一方で学者としての彼は、そうした価値観の闘争を何とか収束できないかということに頭を悩ませている。人間が実際にこれまで生きてきた世界、そしてこれから生きていくであろう想像可能な世界について、彼は思いを巡らせたのであった。そうしたことから本博士論文は、ソローキンの全生涯にわたる仕事の検討を通じて、彼の主張に含まれている現代的意義を抽出するという課題に取り組んだ。そしてそれにより、ソローキンがどのようにして世俗的価値と宗教的価値の対立を融和に変える視点を提示したかを解明することが本稿の課題である。

本論文の構成は以下の通りである。

はじめに/序章 激動の時代に/第1節 亡命がもたらしたもの/第2節 多彩な学問遍歴/第3節 先行研究の特徴/第4節 本稿の課題と構成/第5節 統合主義社会学の可能性

第I部 社会への開眼/第一章 ロシア社会学の中で/第1節 背後にある「神秘主義」思考/第2節 ロシア社会学をどう見たか/第3節 科学と倫理を統合する学問/第二章 社会学の体系化/第1節 相互作用する社会/第2節 社会学か心理学か/第3節 『社会学体系』の体系性/第4節 相互作用とは何か/第5節 相互作用論

第Ⅱ部 実証主義の世界へ/第三章 経験主義の時代/第1節 新たな体系へ/第2節 農村と農民階級/第3節 人々の移動/第4節 都市と農村の相互作用/第四章 総合的な文化研究の構想/第1節 文化を実証することの困難さ/第2節 ハーバードを社会学の拠点に/第3節 文化研究の秘策/第4節 文化を統べるもの

第Ⅲ部 科学的な文化研究をめざして/第五章 『社会的・文化的動学』の方法論/第1節 統合主義とは何か/第2節 一九三〇年前後の文化研究/第3節 四種の文化統合/第4節 因果‐機能的方法と論理‐意味的方法/第5節 同時代の文化研究/第六章 文化とは何か/第1節 文化の内面と外面/第2節 社会学的‐現象学的解釈/第3節 文化システムの大前提/第4節 大前提の具体例/第5節 統合主義の意義/第七章 『社会的・文化的動学』の結論と反響/第1節 「誰がソローキンを読むのか」/第2節 悲劇的な結論/第3節 各界で反響/第4節 社会学者による批評/第5節 ハーバード大学内での反応/第6節 アメリカ社会学からの〈亡命〉

第Ⅳ部 統合主義社会学の完成/第八章 学問と倫理の関係/第1節 利他主義研究への目覚め/第2節 『危機の時代の社会哲学』について/第3節 倫理的実践と学問的実践/第九章 回帰としての利他主義研究/第1節 再びトルストイへ/第2節 『愛の方法と力』の基礎概念/第3節 統合主義社会学の完成

第Ⅴ部 新たな旅立ち/第一〇章 比較文明学の構想/第1節 トインビーとともに/第2節 文化の構造と変動/第3節 文明の歴史的展開/第4節 歴史の宿命と人類の自由/第一一章 パーソンズとの格闘/第1節 比較の視座/第2節 『社会的行為の構造』の印象/第3節 『行為の一般理論をめざして』および『社会システム』への批判/第4節 パーソンズのソローキン論/第5節 歴史図式/第一二章 キリスト教解釈をめぐって/第1節 パーソンズ「キリスト教と近代産業社会」について/第2節 教会史をめぐって/第3節 宗教改革/第4節 プロテスタントの精神の緊張/第5節 現代社会の宗教
終章 ソローキンの遺産/第1節 統合主義社会学の向かう先/第2節 観念的なもの感覚的なもの/第3節 もう一つの社会の想像/第4節 超意識からの科学批判/第5節 ソローキンと現代
補論 日本におけるソローキン研究の軌跡/はじめに/第1節 『社会的・文化的動学』の研究/第2節 基礎領域/第3節 基礎理論/第4節 批評態度/むすびにかえて

2. 論文の概要

 第I部 社会への開眼
第Ⅰ部では若き日のソローキンの学問的営為、とりわけソローキンのロシア社会学との関わり方を振り返る。この時期の彼は、一見すると非合理的で、神秘的なもののように感じられる世界を、相互作用する社会に分解することで理解できないだろうかと暗中模索した。その思案の過程が、ここで論じられることになる。特にその際、ロシア時代のソローキンの著作とその後の著作とでは一貫性が保たれているのかどうか、もし一貫しているならば、どうしてそういえるのかを追究することに気が配られた。
結論を先取りすれば、ロシア時代には統合主義という言葉は用いられてはいない。しかし、その代わりに神秘主義ならびに相互作用という言葉が見られ、それが後に統合主義に連なる一つの思考の原型であることが確認される。最初期のソローキンは、神秘主義をトルストイに学んでいる。科学的探究というものは、たとえその極限まで推し進めていったとしても、どうしても足りないものが残ってしまう。その残余を掴み取らんとするには、探求者当人の主体性を滅却した次元を想定しなければならない。言い換えると、個人という主体が、絶対的で経験を超えた客体(例えば神)を全体として感得するためには、主体を滅却した神秘的合一という境地に立たなければならない。それがここでいうところの、トルストイの神秘主義である。
しかしながらロシア時代のソローキンは、他方において、科学的探求を極限にまで推進するということも同時に試みている。『社会学体系』では、主体的個人とその行為、そしてそれらの間にある媒体(メディア)など、社会現象を形成する諸要素の相互連関が織り成す社会の全体像を視野に取り込もうとしていた。
この時彼は、相互作用という言葉でもって、市場の動きを言い当て、またその市場において伝導体の働きをする貨幣を解説しようともしている。それはソローキンが市場を流通し価値を増殖させていく貨幣の働きに、一つの神秘性を感じたからであろう。確かにそこでの議論は、ソローキンの考える神秘の世界の全体からすると、ごく限られた一部分の描写に過ぎないものであったのかもしれない。しかしその限定があったればこそ、次期の経験主義の時代を切り開く契機となったともいえるのである。ここでジンメルに依拠して述べられる相互作用論などは、後年の統合主義という抽象的で、いささか堅苦しく感じられる用語が、その発想源としては、極めて具体的なものであったことを示唆してくれるものである。
学者としてのソローキンは、まずは後者の相互作用的な社会学の方を推進した。

第Ⅱ部 実証主義の世界へ
第Ⅱ部では、ソローキンが戦争や大飢饉という非常な事態に遭遇し、それ以前の思索の無力さを実感する姿を描き出す。『社会学体系』の理路整然とした体系が崩壊し、経験的実証研究へと彼が邁進していくまでの移行期である。いたずらに理論の整合性にのみ執着し過ぎることの反省から、彼が社会現象の現実に密着した実証研究に乗り出していく様を第三章で論じている。この時ほど、彼が理論と実証の統合ということに頭を悩ませたことはなかったであろう。その成果として結実するのが、1921年ごろに手を染めた飢饉の実態調査と、1930年前後に完成される都市と農村の社会学である。とりわけ後者では相互作用という概念が、都市と農村の相互関係、それらの統合と非統合を分析する手法として実証的に用いられているのが注目を引く。
例えば『農村‐都市社会学原理』では、個人の相互作用のあり方によって、全体社会が農村的なものと都市的なものとに分けられ、それらが共同体の典型として示されている。さらに農村と都市の相互作用の考察によって、国家規模での、ひいては地球規模での社会現象を捉えうる視角を得ようとした。こうして個人主体的な相互作用の図式が、都市と農村という、より広範囲の社会現象の分析に応用されたのである。
農村‐都市社会学を完成させたソローキンが、より視野を広げ「文化」を総合的に研究する、という課題に立ち向かっていった事跡を辿ったのが第四章である。本章では、オグバーン批判を機に、ソローキンが1930年前後のアメリカ社会学に対して、何を訴えたかったのかについて追求している。彼が訴えたかったことというのは、文化研究における統合的視座の必要性である。より詳しくいうとそれは、文化の実証研究は、堅実な論理的基礎によって裏打ちされていなければならないというものであった。つまり理論と実証の釣り合いの取れた関係というものを、ようやく彼は確信を持って提示できる段階に達したということである。

第Ⅲ部 科学的な文化研究をめざして
統合主義社会学の完成直前の段階にあたる、統合主義的視座の具体的な内実を解き明かすのが第Ⅲ部の課題である。ソローキンがあれほど多岐にわたる分野を開拓でき、その研究対象を解明できたのは、こうした統合主義という立場によるところが大きい。そのことが第五章と第六章で示された。実証的な調査は、手当たり次第に行ったとしても効果は上がらない。対象となるものの核を見据えること、それをソローキンは実演してみせたのである。
例えばそのことは、『社会的・文化的動学』の大規模な歴史統計学的な調査に現れている。ソローキンは人類の歴史を、一つの統一的な視座のもとで捉えようとしたのである。まずソローキンが着眼したのは人間の内面的な意識と外面的な文化である。それにより彼は、意図すると否とにかかわらず人間が構想している社会文化現象というものが、一方では個別具体的なものに執心する感覚文化と、他方では総合的で普遍的なものを希求する観念文化とに区分できるという立場を取るに至った。そしてその観念的なものと感覚的なものとの相剋の中から、それらがうまく調和された、平和的で安定的な理想文化の時代が発生することを論証したのである。つまり『社会的・文化的動学』におけるソローキンは、観念的なものと感覚的なものとの相互作用が織り成す社会文化的現象、すなわち普遍者(universe)の姿を見出そうと目論んでいたのである。
だが、『社会的・文化的動学』の結論は、現代社会が感覚文化から観念文化への移行期にあたる危機の時代であるというものであった。そして、過去の歴史の教訓からすると、この観念文化への移行が速やかに行われなければ、人類は多大なる被害を受けるであろうということであった。というのも、この移行期には価値観の混乱が起こり、既成の感覚的価値(イデオロギー)に拘束され保守反動化した人間が、新たなる価値への順応を拒絶することによって、価値観の衝突が起こるからである。
それに続く第七章では、『社会的・文化的動学』出版後の反響が整理されている。ソローキンの学問遍歴の分岐点を成す『社会的・文化的動学』が、いかようにアメリカで受容されたのかを知るために、各方面での書評を読み比べられた。この第Ⅲ部では、完成の一歩手前という形としてではあるが、ソローキンが生涯をかけて研鑽し続けた統合主義それ自体を解明しようとする努力がなされた。

第Ⅳ部 統合主義社会学の完成
上述のように、ソローキンは社会を様々な角度から考察している。ある時は神秘的なものとして、または相互作用するものとして、あるいは統合的なものとして。そうした様々な相貌をもって現れる社会というものを、一挙に掴み取るべく取り組まれたのが、第Ⅳ部で論じられている利他主義研究である。第八章では『危機の時代の社会哲学』を【→が】取り上げられ、そこでは主にソローキンのシュヴァイツァー論が俎上にのせられた。本著作の意義の一つは、ソローキンが晩年にいたって利他主義研究へと向かっていった動機が盛られているということにある。当時、ソローキンがシュヴァイツァーに強く惹き付けられたのは、彼自身が利他主義というものに並々ならぬ興味を抱いていたからであった。『社会的・文化的動学』を完成させた後に、新たな構想として持ち上がってきたのが、他でもないこの利他主義研究だったのである。
さてそこで、ソローキンの学問のひとまずの到達点であるこの利他主義研究を跡付けるのが第九章の課題である。利他主義研究は、ソローキンの学問体系の中でどのような位置を占めるのであろうか。一般にソローキンは、利他主義研究に着手したことによって、いよいよ学問世界の片隅に追い遣られてしまったと理解されている。しかし統合主義の観点からすると、利他主義研究もソローキンの体系へと、すっきりと組み込むことができる。いやむしろ、この段階でようやくソローキンの統合主義社会学体系は完備されたといっても過言ではない。それを示したのが第九章であり、従来のソローキン研究には見られない本稿独自の主張が展開されている。
利他主義研究とはいかなるものであろうか。一般には、他者の価値を尊重し、対話を重ねることによって、他者との融和関係を築こうとするものとされている。だがここでいう対話とは、緊張感を内にはらむものである。ある時代には唯一無二と思われていた価値に、根源的な対立が発生した場合には、その対立する価値を一纏めに括ることのできる、より上位の価値が措定されなければならない。人間がその新たな上位の価値に気づくよう仕向け、かつそれに意味づけを与える働きを持つもの、それが超越的な普遍者(論理‐意味的統一体)および内面の深層に位置する超意識の役割なのである。そうした対立する価値を統合するという意味での、緊張を含み持った対話の契機を、利他主義が作るのである。

第Ⅴ部 新たな旅立ち
第Ⅴ部では、ソローキンの主張が、同時代人の学問や思想とどのように響き合っているのかが論じられている。第一〇章では、歴史研究ならびに比較文明学をめぐるトインビーとの対話を検討している。トインビーとの共通性を見出すことに心を砕いたソローキンの『今日の社会学理論』についていうと、それが比較文明学へ与えた影響から考えても、見落とすことはできない著作であるといえよう。ソローキンは、現在も活動を続けている国際比較文明学会の初代会長であった。そうしたことから、ソローキンは比較文明学という新しい学問分野の立役者であったことが、第一〇章において再確認された。ソローキンは比較文明学を打ち立てるために、ダニレフスキーやシュペングラーを乗り越えようとし、またトインビーとしのぎを削ったのである。
第一一章と第一二章ではパーソンズとの関連を扱っている。とりわけハーバード大学内での二人の関係、あるいは互いに対する評価の問題、さらに両者の社会変動論の具体的展開であるキリスト教史に対するそれぞれの解釈についての比較が行われた。ソローキンが目指したのは、統合主義社会学という汎用性の高い理論を様々な学者の主要概念と重ね合わせ、それにより、彼自身の統合主義社会学の、いっそうの理論の拡張を図ることであった。そうすることでソローキンは、そうした学者の諸説の特性を生かしながら、より広範な社会現象の把握を可能とする道を開拓しようとしたのであった。以上の考察により、他の学者の学説を批判的に摂取して、自らの学説の中に統合していくソローキンの基本的視座が明示されている。

終章 ソローキンの遺産
本稿を締め括る最終章では、「ソローキンの遺産」が考察されている。ソローキンが統合主義社会学によって主張したかったことというのは、煎じ詰めれば二つのことである。第一に挙げられるのは、社会の前提を変えると、もう一つ別の社会を想像することが可能である、ということである。価値観が多様化し、「文明の衝突」の甚だしい激動の時代には、それらの対立を究極において解消する、別の社会の構想というものが必要とされてくる。ソローキンの企図はそうした時代の要請に応えようとするものであったといえる。
だが、もう一つの社会を構想するためには、それを支える学問の改良が不可欠となる。それが、ソローキンが生涯を通じて取り組んだ第二の仕事であった。ソローキンが終生説き続けていたことは、学問において超越性や深層性に関わる意味の次元を主題化することの重要性であった。そしてこれらを無視ないし軽視する学問に対して、彼はかなり批判的であった。ソローキンの統合主義社会学とは、つまるところ、この超越性や深層性に関わる意味の問題をいかに繊細に取り扱いうるかの可能性を探ったものであったといえる。


3. 本論文の評価と問題点

 ソローキンの社会学は、ソローキンが多方面に渡る膨大な著作を残し、また彼の学問的生涯において何度も研究の主要対象を変え、更には彼が制度化された社会学を激しく批判したこと等が影響して、これまでその全体像が首尾一貫した形で明らかにされてこなかった。吉野氏は、修士論文以来、ソローキンの著作はもとより、ソローキンに関する研究論文、ソローキンの著作に対する書評論文をほぼ全て読破するという格闘の上に、ソローキン社会学理論の推移の論理を明らかにすると共に、ソローキン社会学の全体像を整合的な形で提示することに成功した。なによりもまず本論文は、日本で初めてソローキン社会学を体系的、包括的に把握したものとして、高く評価することができる。本論文は、ソローキン研究として、その体系性、包括性において国際的水準をも越えているものと判断できる。
本論文において評価すべき第2の点は、革命期ロシアから亡命経験を経て戦間期・戦後期アメリカを生きたソローキンが確立しようとした社会学が、同時代の社会的危機を克服しようとする彼の深い実践的な問題意識に支えられていたことを明らかにした点である。筆者はまた、ソローキンの社会学の内実が、個人主義を批判して方法論的関係主義の立場に立つことによって、超越性や深層性に関わる意味の次元によって統合される社会像を描くグランドセオリーとしての統合主義社会学と呼びうるものであったことを解明した。
本論文の評価される第3点は、ソローキン社会学と対比する形で、いち早く制度化され、その文脈において古典から切り離されて経験主義、プラグマティズム、社会心理学を基盤にして、計量社会学、断片的な文化研究、さまざまな連字符社会学の集合体として発展していったアメリカ社会学の基本的性格が明らかにされたこと、またソローキンのそれと対比する形でパーソンズの一般理論も検討され、結果としてアメリカ社会学の基本的発展方向とその問題点とがより一層クリアに浮き彫りにされていることである。
しかし本論文にも問題点がないわけではない。ソローキンは、その業績の多さに比して看過されがちな研究者だったが、その一方では熱心な支持者のサークルをもった研究者でもあった。こうした事情を反映して、筆者にはソローキンを内在的、統一的、積極的に理解、評価しようとするあまり、これまで提出された意味ある幾つかのソローキン批判をいささか性急に峻拒するきらいがある。それらの批判を真摯に吟味することは、却ってより一層ソローキン理解を促進するものと考えられる。この点が本論文の第1の問題点である。
本論文の第2の問題点は、統合主義社会学の対象と方法の様々な次元は明らかにされたが、それら様々な次元を統合する原理、次元間の連関、転換メカニズムなど、その細部が必ずしも十分に明らかにされておらず、統合主義社会学がいささか静態的に描かれているきらいがあるということである。
本論文の第3の問題点は、ロシア革命以前の社会学史におけるソローキンの位置づけ、ロシア思想、宗教、文化とソローキン社会学の関係、革命後の亡命ないしは在外ロシア・インテリゲンツィアの中におけるソローキンの位置づけ等の論点があまり深められていないことである。現在ソローキンの再評価が彼の母国ロシアで進行中であり、かれの膨大な評論なども公刊されているが、それらを検討し、さらにはトルストイなどソローキンに大きな影響を与えたロシア思想、宗教についてもより詳細な検討が進められるべきである。
 以上のような問題点はあるものの、筆者はその問題点を十分自覚しており、今後の研究の中で十分克服することが可能であると考える。よって審査員一同は、吉野浩司氏に一橋大学博士(社会学)を授与することが妥当であると判断した。

最終試験の結果の要旨

2006年2月8日

 2005年12月6日、学位請求論文提出者吉野浩司氏についての最終試験を行った。本試験において、審査委員が提出論文『ピティリム・ソローキンの統合主義社会学—世俗的価値と宗教的価値を取り結ぶもの—』について、逐一疑問点について説明を求めたのに対し、吉野氏はいずれも十分な説明を与えた。
 以上により、審査委員一同は吉野浩司氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるのに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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