博士論文一覧

博士論文審査要旨

論文題目:フッサールの時間意識の現象学――単線的時間経過からの脱却
著者:村田 憲郎 (MURATA, Norio)
論文審査委員:平子 友長、矢澤修次郎、岩佐  茂、嶋崎  隆

→論文要旨へ

1. 本論文の構成
 本論文の構成は、以下の通りである。

序文

第一部 初期時間論(1901-1911) ――『内的時間意識についての現象学講義』の前後
第一章 ブレンターノとの対決と「統握-内容」図式
第二章 マイノンクとの対決と把持の重要性
第三章 単線的時間と時間位置の同一性
第四章 絶対的意識流

第二部 中期時間論(1912-1926) ――『時間意識に関するベルナウ草稿』とその前後
第一章 心と事物
第二章 人格とその分析のための重要概念
第三章 『ベルナウ草稿』における三層構造
第四章 連合の現象学

第三部 後期時間論(1929-1934) ――『C群草稿』
第一章 徹底的還元と自我

結論

文献表

2. 本論文の概要

 超越論的主観性の意識ないし経験を、あらゆるものがそこへと現れるような場として捉え、あらゆる対象を意識における現れ方において記述し、この記述にもとづいて厳密な本質規定を与え、学問一般を基礎づけようとするフッサールの超越論的現象学にとって、時間は超越論的主観性の意識そのものを構成する最も根源的な原理である。それゆえフッサールの時間論は、超越論的現象学による学問の基礎付けの最終審級としての意義を持っている。著者は、前期・中期・後期に渡るフッサールの時間論の展開を周到にあとづけながら、フッサールの時間論の全体像を解明することを試みている。
 フッサールの時間論は膨大な草稿群のうちに見られるが、時期的には初期(1901-1911年)、中期(1916-1917年)、後期(1929-1934年)の三期に区分される。初期の草稿はフッセリアーナ(フッサール全集)第10巻『内的時間意識の現象学講義』、中期の草稿は第33巻『時間意識に関するベルナウ草稿』、後期の草稿は著者がケルンのフッサール・アルヒーフにおいて閲覧した未公開の『C群草稿』の中に集中している。それゆえ本論文は、この各時期に対応させて三部構成となっている。

第一部「初期時間論」では、1900年代の時間草稿が論じられる。1928年に公刊された『内的時間意識の現象学講義』は、1905年の同題の講義およびその周辺の草稿にもとづいて編集されたものである。この時期は、初期の主著『論理学研究』(1900/01)から中期の主著『イデーンI』(1913)への移行期にあたり、現象学的還元の発想が練り上げられていく時期である。この現象学的還元の発想は、客観的時間と異なる現象学的な内在的時間の発見と深い関係にあり、フッサールの思想全体の発展にとっても、この時期の時間論の理解は欠かせないものである。
第一部第一章では、フッサールの時間考察の出発点となったブレンターノとの対決が論じられる。フッサールは『論理学研究』において、ブレンターノの判断論を批判していたが、時間論の文脈でも同型的な批判を行っている。フッサールはブレンターノが時間的な変様を内容的な変化と見なし、過去と現在の相違を表象内容の違いに帰着させたことを批判して、時間的変様は内容的な変化ではなく、統握のあり方の変様であるとする「統握-内容」図式を採用した。つまり時間の変化とは、同じ音を「いまの音」「たったいまの音」「さらに過ぎ去った音」とそのつど統握していくそのあり方の違いと見なしたのである。この「統握-内容」図式は、一方で自己同一性をもつ内容が時間的変様をあとから被るだけだとする単線的時間理解にとらわれたものであったが、他方でこの図式によって、内容の経過に客観的時間とは別の時間性を想定する必要性が生じ、こうして現象学的な時間が発見される端緒となった。
第二章では、フッサールのマイノンクとの対決が論じられるが、ここでは第一章において客観的時間から区別された現象学的時間が、どのような特有性をもっているのかが問題になる。マイノンクはフッサールと似た仕方で表象時間と対象時間を区別したが、この二つの時間の同時性、より厳密には知覚と知覚されるものとの同時性を否定した点で、よりラディカルな捉え方をした。フッサールはマイノンクのこの捉え方を批判して、知覚と知覚されるものとの同時性を擁護しようとしたが、その反面、ある瞬間における多様な表象内容の「共在(Zugleich)」という考え方を事実上は受け入れ、「把持」による「二重の連続体」の構成という事態を描き出した。つまり内的な体験は一方でそれ自身時間的な連続体でありながら、他方でその連続体内のどの瞬間のうちにも連続体が伏在している「相互嵌入(Ineinander)」という事態を明確化することができたのである。
第三章では、こうして明確化された現象学的時間に対して、単線的な時間経過とはどのようなものかが問われる。そこでは、客観的な時間位置の不動の同一性に焦点が当てられる。客観的時間においては、その時間のうちに存在するものはすべて時間のうちに唯一の位置をもち、その同一的な位置は時間が流れても決して変わることがない。こうした同一性を構成するのは、意識の能動的な働きである。「…を…として統握する」という統握作用が働くのもこの段階においてであって、流れのうちでまずは把持の働きによって、感性的な統一が形成されるのである。この段階ではまだ同一性は成立しておらず、感性的統一は周囲からの差異性によって成立している。これを反省的に捉え直し、能動的に措定することによって、はじめて「このもの」という個体性が構成されるのである。こうして、差異の原理によって秩序化された現象学的時間性こそ根源的な時間様態であり、これに対して時間位置の同一性に支配された客観的時間は二次的であることが明らかとなる。
第四章では、初期時間論の総括として、体系的な整理がなされる。フッサールの時間論の基本的な構えは、以下の三点から構成されている。すなわち第一に、意識が対象・現出体験・流れという三層構造をもっていること、第二に、把持が「二重の志向性」の働きによって現出を可能にしていること、第三に、構成するものと構成されるものとの合致が、時間的なずれによって絶えず起こっていることの三点である。
第一点に関しては、すべてのものが現れる場であるがそれ自身は現れず「名指しえない」「絶対的意識流」の次元に、感性的な統一が「現出」として浮かび上がってくるが、この二つの層(「絶対的意識流」と「現出」)が現象学的時間のうちに存する。さらにこの「現出」を介して「対象」が同一的なものとして思念される。
第二点に関しては、絶対的意識流を絶え間なくとどまることのない「流れ」として流れさせ、時間地平を形成している「縦の志向性」と、そのような時々刻々流れつつある絶対的意識流の中でとどまり、特定の体験契機として「現出」してくる感性的統一を成立させる「横の志向性」とは、ともに「把持」の機能であり、この二重の把時の働きによって現象学的時間が構造化されている。
またここにおいて、統一として構成された感性的契機とそれを構成する絶対的意識の流れは合致しているが、しかしこの合致は同時性による合致ではなく、時間的なずれによる合致である(第三点)。

 第二部では、2001年に編集・刊行されたばかりの、中期時間草稿である『ベルナウ草稿』(1916-17)とその周辺の議論が扱われる。中期から後期にかけて、フッサールは「発生的現象学」という構想の下に、いまだはっきりとは自覚されていないが意識の背景において働いている、衝動・習慣性・連合などの働きに注目しはじめたと言われている。こうした問題系はフッサールが「受動性」と呼ぶ層の分析において主題化されるのだが、この受動性の層の分析は、『イデーンII』にその端を発し、『受動的綜合の分析』における「連合の現象学」の構想においてその体系的なまとまりを見せる『ベルナウ草稿』はその過渡期にあたる。第二部では、この発展史に即して『イデーンII』、『ベルナウ草稿』、『受動的綜合の分析』という順に論じられる。
 まず第一章では、フッサールが初期時間論において、意識の三層構造のうち最下層である「絶対的意識流」を、「名指しえない」と述べていたことを指摘し、この「名指しえなさ」を、限定不可能性・同定不可能性・反省不可能性として明確化した。こうした名指しえなさゆえに、フッサールは絶対的なものにまで遡及してしまった時間論の考察をいったんペンディングにし、絶対的意識を客観的時間の中に位置づけなおし、実在としての「心 (Seele)」を「事物(Ding)」と対比させながら論じていく。そこでは「事物」が周囲の事物と外的依存関係にあるのに対して、「心」は本質的に自らの過去に依存するという心の「歴史性」が提示される。つまり心にとって過去が本質的な構成要素をなす。過去をもたない心は考えられない。
 第二章では、『イデーンII』の議論を敷衍しながら、自然事物に対する自然主義的態度と対比される人格主義的態度における精神的世界の記述がなされる。そこでは主観は価値的に振舞い、自由と社会性をもつ「人格」として特徴づけられる。この「人格」は、因果性ではなく、「動機づけ」という独特の理由づけ連関にしたがって振舞う存在であり、また態度・傾向・能力といったその固有性は、総じて「習慣性」と呼ばれる。こうした諸概念をフッサールは『イデーンII』において精神的世界を分析するために導入したのだが、これらの概念が『ベルナウ草稿』における時間論にも使われることになる。
 第三章では『ベルナウ草稿』そのものが主題的に扱われる。初期時間論において対象・現出・流れとして定式化されていた意識の三層構造は、ここでは能動理性・興奮性・感受性の三層として特徴づけられ、把持の二重の志向性は、予持の二重の充実化として捉えなおされている。また、構成する意識の流れと構成される感性的統一とは、時間的なずれによって合致していたが、ここではっきりと現象学的時間性が「差異性」によって特徴づけられることになる。
なお『ベルナウ草稿』で大いに論じられている問題として、無限遡行の問題がある。それは、現象学的時間の中に現れる感性的契機は、それが時間の中に現れるために統握作用を必要とするのであれば、その統握作用がそれ自身また時間に先行することになってしまい、その統握作用が時間の中に登場するためにさらに統握作用が要求され、かくして無限遡行に陥るというものである。こうした無限遡行は、時間の根源に端的な同一性を想定し、その同一性がいかにして時間的変様を被るのかという手順で問題を立てるために生じてくる。そこで、時間の根源がはじめから差異化の運動であると考えることによって、こうした無限遡行は回避される。実際フッサールがそのような捉え方をしている箇所では彼は、与件が徐々に差異化されつつあり、現れつつあるという事態を「触発」と呼んでいる。こうして、触発という現象が重要になってくる。
 第四章では、『ベルナウ草稿』に見られた差異の概念をもとに、『受動的綜合の分析』における「連合の現象学」の再解釈が行われている。現象学的時間において支配しているのが同一性ではなく差異性であるとすれば、感性的な統一もまた、確固とした自己自身との同一性ではなく、差異によって成立するのでなければならない。つまり感性的な統一は、内的に差異をはらんだ同質的ないしは類似的な内容どうしの「融合」および外的には異質的な周囲の与件からの「際立ち」という二つの差異性によって自身の統一を保つのである。また、ここでは時間的に互いに隣接した与件どうしの関係だけではなく、遠くはなれた過去の与件との再生的連合も行われる。こうして過去の体験を能動的にまなざし同定しながら想起する「準現在化」としての再想起だけではなく、同一化以前に受動的に行われる再生的連合の働きが、現在と過去との「相互嵌入」を生じさせ、心にとって過去が本質的な構成要素であるという『イデーンII』のテーゼが確証されることになる。

第三部では、晩年の時間草稿である未刊の『C群草稿』(1929-34)が考察されている。この草稿は著者がケルン大学所属フッサール・アルヒーフにて閲覧したものであり、フッサールの晩年の境地を示しているとされ、以前から注目されてきた草稿である。この時期は、1920年代における発生的現象学の進展と、現象学的還元の道の多様化を受けて、間主観性の問題や衝動志向性などの問題が豊かに展開されており、それだけに概観するのが困難な時期でもある。本書では、自我の問題とそこにいたる還元の方法に絞って論じられている。
まず1924年に行われた『第一哲学』と題する講義を取り上げながら、そこで新たに登場した現象学的還元の別の道が、フッサール研究史を概観しながら論じられる。『論理学研究』から『現象学の理念』、『イデーンI』などで論じられていた現象学的還元は「デカルト的道」と呼ばれ、コギトの絶対的明証性を「絶対的端緒」として、そこから新たに学の基礎づけを開始することが目指されていた。従来の説によれば、その場合真に明証性を持つのは瞬間的な顕在的現在という形式にすぎないため、想起される過去などを含めた超越論的主観性の具体的な全体を獲得することができないとされ、そこで「デカルト的道」が断念され、間主観的なもろもろの心の全体を客観的世界から抽象化して探求する、現象学的還元の「志向的心理学の道」が採られるとされていた。これに対して本論文で著者は、そもそも「デカルト的道」によって目指されているのは形式としての瞬間的な顕在的現在ではなく、具体的な内容の厚みをもった現象学的時間であり、その限りでは「デカルト的道」は破綻していないと主張している。しかし内容的なものを捨象して「絶対的意識流」へと直接に向かおうとするから、「絶対的意識流は名指しえない」という初期時間論における問題がまた生じてしまった。「志向的心理学の道」はこうした困難に直面して、客観的時間のうちで心を扱おうとするものであり、その意味では『イデーンII』における「心」の考察と同じものと考えてよい。しかし客観的時間のうちで考えられた限りで、この道は依然として単線的時間理解から脱却していない。
そこで『C群草稿』では、単線的時間理解からラディカルに脱却するために、「徹底的還元」と呼ばれる特殊な還元が行われる。まず第一にあらゆるものがそこへと現れる場としての意識の「現在野」に還帰した後、第二に、高次の形成体としての能動的に構成された対象性や、客観的な過去・未来などが遮断される。そこで見出されるものは、感性的なヒュレーが流れていく受動的な時間地平である。そして第三に、この時間地平において、顕在的な現在へ向けて還元がなされ、潜在的な背景地平が捨象される。こうして見出されるものが、「生き生きした現在」と呼ばれる顕在的な現在である。
こうして獲得された地盤の上で、フッサールは自我の問題を扱うことになる。自我は通常、私の能動的な志向的作用のうちに生き、「能動性の極」として機能している。これをフッサールは「極自我」と呼んでいる。この極自我は能動性の相関者なのであるが、しかしそれ以前の受動性の層においてもすでに、機能しつつある自我が萌芽的に生じつつある。これをフッサールは「機能する自我」と呼んでいる。これは、触発され、あるいは衝動的に突き動かされる受動的に機能する自我である。ところで極自我は能動的な反省によって見出されるが、その反省以前に、機能する自我は「自己触発」として自身を感知しており、その自己触発が反省の根拠ともなる。それゆえ、自我の能動的な働きが対象の同一性を措定するのであったが、その究極的な根拠はこの自己触発なのである。

 こうして、初期・中期・後期の時間論を通じて、対象の同一性は現象学的時間性における差異性にその根拠をもつことが明らかとなる。

3.本論文の成果と問題点

フッサールの超越論的現象学の基礎付けにとって時間論の基礎付けが最終審としての重要な意義を持つことは、すでに多くの論者によって指摘されてきた。フッサール自身も、自己の理論を大きく発展させた節目節目に時間論の研究に集中し、膨大な草稿を執筆したという経緯がある。しかしフッサール現象学にとってこれほど重要な主題であり続けたフッサール時間論の体系的考察は、まだ殆どなされていないと言うのがフッサール研究の現状である。その最大の理由は、フッサールが時間論に関しては『論理学研究』や『イデーン』に匹敵するような体系的著作を公刊せず、すべて未完の草稿や講義録の形でしか遺さなかったからである。しかも初期の時間論草稿が1928年に出版(『内的時間意識の現象学講義』)されたことを除けば、中期を代表する『ベルナウ草稿』が出版(『フッセリアーナ』33巻)されたのは2001年であり、後期の時間論草稿を収めるいわゆる『C群草稿』に至っては、ケルン大学付属フッサール・アルヒーフでの閲覧による以外にその全貌に接することができない。
こうした資料的制約によって、初期から後期に至るフッサールの時間論全体を考察した文献としては、現在国際的にも、Kortooms, Toine, Phenomenology of Time. Edmund Husserl’s Analysis of Time-Consciousness. (2002)一点があるのみである。日本においても斎藤慶典(初期時間論)、榊原哲也(初期時間論)、貫成人(中期時間論)などの先行研究は存在するが、それらは特定の時期の時間論に限定したモノグラフである。
その意味で、フッサールの時間論を初期・中期・後期に渡ってその全体像を記述した本論文は、日本における初めての研究であるとともに、国際的に見ても、先駆的な研究であると言うことができる。筆者は、ケルン大学付属フッサール・アルヒーフを訪問して『C群草稿』を閲覧するなど、文献的にも時間論に関するフッサールの草稿類のほとんどすべてを考察の対象にし、同時に、現代のフッサール研究の到達点を踏まえて、本論文を執筆している。以上が、本論文の最大の意義である。
本論文の第二の意義は、著者がデリダによるフッサール現象学批判を後期フッサールの思想的発展に遡及させつつ再吟味することによって、デリダがフッサール批判として展開した論理を晩年のフッサール自身が開拓し彫琢しつつあったことを指摘し、こうしてフッサール現象学といわゆるポスト・モダン思想との従来の対立状況を生産的に打開する方向性を提示していることである。
 デリダはフッサールの現象学を「現前の形而上学」ないし「ロゴス中心主義」として厳しく批判し、それを克服する自己の哲学を「差異」の哲学として提起した。しかし著者は、フッサールが単線的時間理解を自己批判的に克服する過程で、現象学的時間性の特質が「差異性」にあり、この差異性を根拠として学問一般が依拠している同一性を批判的に考察する方法的立場に到達していたことをテキストの精緻な読解を通して説得的に示している。著者はフッサール以後の現象学受容史を踏まえ、メルロ=ポンティやデリダが新しく開いた問題設定をフッサールのうちに遡及的に発見して行く作業を精力的に行っており、そこに著者の独自性と現象学を発展的に継承しようとする姿勢が見られる。
硬直的な理論的対立を生産的に打開する同様の方向性を著者は、フッサールと生の哲学(とくにディルタイ)との関係においても切り開いている。著者は、フッサールがディルタイから一定の距離を取りつつもディルタイの思想から常に強い影響を受けてきたこと、ディルタイの生の哲学への強い関心が、『現象学的心理学』(1925)から最晩年の『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』に至るフッサールの思考の発展の底流を成していることをテキストに即して展開している。
第三の意義は、フッサール時間論研究によって切り開いた論理を著者は、メディア論、システム論などの社会学理論に応用する可能性を模索していることである。著者は、ニクラス・ルーマンが社会システム論の構築に当たってフッサールの受動的総合の分析から大きな影響を受けた事実に注目し、これを手がかりにしてフッサール時間論の社会システム論への具体化を構想している。

本論文の問題点は、以下の三点である。
第一に、超越論的主観性や生活世界などフッサールの現象学の他の重要諸概念と時間論との関係などを本格的に論じた記述が少なく、時間論がフッサール現象学全体の中でしめる布置が見えにくいという点である。これは、もちろん、本書が考察の対象を時間論に絞ったことの結果としてやむを得ないことであったが、上記の論点の説明を今後の課題として期待したい。
第二に、フッサール時間論の記述に関わる問題点として、「客観的時間」と「現象学的時間」との関係についてもう少し詳しい説明がほしかったように思う。「客観的時間」は自然科学が前提とするような人間の主観から独立して進行する時間であり、同時にまた日常的生活に於いてわれわれが前学問的に前提しているような時間様態でもある。現象学はこの「客観的時間」を「現象学的時間」に還元して、後者を時間のより根源的な時間様態として把握しつつ、前者をそこからの二次的派生態として把握する。この現象学的還元の方法はフッサール現象学の成立要件をなす方法であり、この立場を支持するものにとっては譲れない一線であるとしても、まさにこの方法的立場こそ、フッサール現象学の外部で思考する者にとっては「躓きの石」となり、フッサール現象学を「主観的観念論」として批判する根拠となってきた。著者は、フッサール現象学の基本的枠組みを前提した上で、その中における時間論の全体像を解明する作業に集中しているために、著者の論述は、フッサールの現象学的方法それ自体がはらむ原理的問題への批判とそれへの回答という次元にまでは及んでいない。
第三に、とくに後期フッサールの未公刊草稿の読解とそれによって開示されるフッサール現象学のラディカルな解釈替えの可能性は、フッサール現象学の射程を、(1)生の哲学、(2)いわゆるポスト・モダンの哲学、(3)社会学理論の三つの方向へと切り開くものであると、著者は力説するが、その具体的作業はまだ始まったばかりであり、その具体的展開はなお今後の研究に委ねられている。
以上指摘した問題点は、しかしながら上記の本論文の成果を損なうものではなく、次の課題として著者に期待される仕事を述べたものであり、この作業の重要性はなによりも著者自身が深く自覚する所である。
 
 以上、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与するに十分な成果をあげたものと認め、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定することが適当であると判断する。

最終試験の結果の要旨

2005年7月13日

 2005年6月23日、学位論文提出者村田憲郎氏の論文についての最終試験を行った。試験においては審査委員が、提出論文「フッサール時間意識の現象学 ― 単線的時間経過からの脱却」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、村田憲郎氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって審査委員一同は村田憲郎氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有することを認定した。

このページの一番上へ