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博士論文審査要旨

論文題目:ニューディール期アメリカ国家像の再構成--ニューディール・リベラル派内の対抗と労働リベラル派の構想--
著者:中島 醸 (NAKAJIMA, Joh)
論文審査委員:高田一夫、中野 聡、貴堂嘉之、渡辺 治

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一 本論文の構成
 中島醸氏の学位請求論文「ニューディール期アメリカ国家像の再構成-ニューディール・リベラル派内の対抗と労働リベラル派の構想-」は、1935年から37年までの第二期ニューディール改革がめざした国家構想を、改革を主導した労働リベラル派のワグナーの構想に焦点をあてて分析することにより、それがヨーロッパ型の福祉国家をめざしていたことを明らかにし、既存のニューディール像ひいては30年代アメリカ国家像の修正を行ったものである。序章、終章を含め、全七章からなる本論文の構成は以下の通りである。

目次
はじめに

序章 ニューディール期アメリカ国家研究の意味
 第1節 問題関心――独特な現代国家の一類型としてのアメリカ
 第2節 先行研究の到達と課題
 第3節 論文の課題・構成・資料

第1章 ニューディール・リベラル派の登場と対抗関係
 第1節 アメリカにおけるリベラル派の形成
 第2節 ニューディール期リベラル派内の対抗
 第3節 福祉国家の定義と歴史的段階
 第4節 第二期ニューディールの歴史的画期性――アメリカにおける現代国家の成立
 第5節 改革の担い手と国家介入の質

第2章 リベラル派の産業復興構想
 第1節 貧富の格差拡大と富の平等的分配
 第2節 ビジネス界保守派の抵抗
 第3節 ビジネス界リベラル派の形成と構想
 第4節 リベラル派としての基盤

第3章 労働政策をめぐる争点――全国労働関係法制定を中心に
 第1節 ワグナー法の制定過程と性格
 第2節 「ニューディール型労使関係」研究
 第3節 NIRA体制の評価
 第4節 ワグナー法の条項にかかわる論点
 第5節 ワグナー法全体の評価にかかわる論点
 第6節 労働政策構想の対抗関係と復興への展望

第4章 社会保障法をめぐる論争
 第1節 社会保障法制定への道程
 第2節 資本家は社会保障法を望んだか――先行研究の評価
 第3節 社会保障法制定にかかわる論点
 第4節 社会保障制度拡充への試みと戦後の変容

第5章 公共住宅政策の形成――1937年合衆国住宅法制定を中心に
 第1節 公共事業における住宅政策の位置
 第2節 「ニューディール行き詰まりの始点」としての37年住宅法の評価
 第3節 劣悪な住宅環境と住宅産業回復の質
 第4節 低所得者向け公共住宅建設と経済復興への展望
 第5節 37年住宅法の歴史的位置

終章 労働リベラル派の政治構想の再評価
 第1節 ニューディール・リベラル派の全体像
 第2節 労働リベラル派の構想の再評価

おわりに

二 本論文の概要
 序章においては、本論文の問題関心が述べられたあと、研究史の詳細な検討がなされ、それを踏まえて、本論文の方法が提示されている。まず著者は、第二次世界大戦後のアメリカ国家が西ヨーロッパの福祉国家とも日本の国家とも異なる独特の構造を持った現代国家として成立したとし、その起点としてのニューディール期に着目する。しかし、著者は、ニューディール期に成立した国家がそのまま戦後体制に連続したという、アメリカ史において有力となっている仮説には疑問を提起する。むしろニューディール改革期にめざされた国家は、ヨーロッパ福祉国家型の構想に基づいており、第二次大戦後の国家は、こうした方向の転換の所産ではないかと想定する。こうして著者は、ニューディール期の国家構想の性格を、アメリカの戦後体制との比較において検討するという課題を設定するのである。
 続いて、本章では、研究史の克明な検討が行われている。従来のニューディール研究は、それを現代国家の起点として高く評価した初期研究のあと、それがコーポリット・エリートに主導された保守的な性格を持つことを強調する研究が台頭し、改革がリベラル派主導かコーポリリット派主導かで論争が行われた。またニューディール改革と戦後体制との関係では、その変容を強調する研究と連続を重視する研究があり、前者の立場に立つアラン・ブリンクリーやネルソン・リヒテンシュタインらは、ニューディール改革を支えた労働運動とリベラル派の変質に戦後体制成立の根拠を見いだしているのに対し、ニューディール改革期における現代国家の成立を重視する紀平英作は、改革が当初から戦後国家の限界をも内包していたことを重視している。こうした研究史の検討の上で、著者は、従来の研究が、ニューディール改革の担い手としてリベラル派のヘゲモニーを強調しながら、それを一枚岩とみて議論していること、ニューディール国家と戦後体制の連続性や転換をめぐって議論があるにもかかわらず、ニューディール改革を主導した国家構想が十全に明らかにされていないことを指摘し、著者の視角を提示する。それは第一に、ニューディール第二期改革を主導したリベラル派の内部には、従来見過ごされていたが、「労働リベラル派」と「ビジネス界リベラル派」と規定できるような二つの潮流があり、この二つのグループは、ビジネス界保守派の構想と並んでニューディール改革において各々異なる国家構想を持って対峙したことを明らかにし、この三者の対抗関係を通じてニューディール改革期の国家構想を描こうという視角である。第二は、ニューディール改革が、労働リベラル派のヘゲモニーを通じて推進された結果、改革に社会民主主義的性格が刻印された点を明らかにしようという視角である。
 第一章「ニューディール・リベラル派の登場と対抗関係」では、まず、社会問題の深刻化に伴って、労働社会問題を政府の体系的な介入によって解決しようとするリベラル派が台頭してくる経緯が歴史的に概観され、とりわけ本論文の主たる検討対象たる労働リベラル派が20年代後半から台頭し民主党内のヘゲモニーを握ったこと、さらに、労働リベラル派の代表たるロバート・ワグナーが政治家として登場してくる過程が明らかにされる。続いて、同じ時期に、労働総同盟(AFL)を中心とする労働運動が、問題を組合内で非政治的に解決しようとするボランタリズムから脱却し、立法による改善重視の方向を打ち出すことが明らかにされる。この二つの流れがニューディール改革に合流することが指摘される。
 そのうえで、本章では、労働リベラル派が、既存研究の想定とは異なり、ヨーロッパ型福祉国家の構想を持ち、また、改革の担い手として組織労働者の力に期待していたことが明らかにされる。続いて、本章では、ビジネス界の中にも、主流派をなす保守派とは別に、労使関係の安定と経済復興のために連邦政府の関与の必要性を認識したリベラル派が生まれてくることが明らかにされ、このビジネス界リベラル派の内部にも、二つの潮流が形成されたことが指摘される。この二潮流は、労働者の権利確保のための政府介入を認めるか否かで異なる意見を持っており、それを積極的に容認するジェラルド・スウォープらは労働リベラル派と共同して全国労働関係法(以下ワグナー法)に賛成し、同じリベラル派でも労使関係にはできるだけ政府関与の排除を主張するヘンリー・ハリマンらはワグナー法に反対するに至る。
 こうした分析を行ったうえで、本章では、以下の分析の理論的前提となる現代国家の諸類型、段階についての理論的検討がなされている。そこではまず、本論文の主張に大きくかかわる現代国家の二段階性が指摘される。ここで言う現代国家とは、選挙権の拡大により社会の政治的成員が一部の名望家から大衆に拡大したことを踏まえその統合をめざした国家と定義づけられる。現代国家は、労働者の同権化、所得再分配による労働者の最低生活保障を統合の柱とする第一段階と、高度経済成長と国内市場の内包的な拡大に裏付けられ、公教育や所得比例による年金制度など、広く中産階級を含めた強力な統合を実現する第二段階に分けられる。現代国家の第一段階は、イギリスの社会帝国主義にみられるように市場の外延的拡大に期待したのに対し、第二段階ではその生産の拡大を背景に国内市場の内包的拡大を追求する。また、この二つの段階は担い手の面でも大きな違いがある。第一段階の国家は、通例リベラル派によって主導されるのに対し、第二段階の国家は組織された労働の力や労働者党によって推進される。こうした二つの段階を有する現代国家の典型が福祉国家であり、イギリスはじめヨーロッパ諸国では、この二つの段階が福祉国家の二段階として展開されたのである。
 以上のような理論的検討を踏まえ、著者は、ニューディール期アメリカは、組織された労働者階級の力を背景としながら、労働者権の保障、社会保障法、住宅法などで体系的な国家介入がなされることから、現代国家の形成と把握できることを強調している。同時に著者は、ニューディール改革が組織された労働の力とリベラル派の同盟によって行われたこと、第二に、第一段階の現代国家とは異なり、国内市場の内包的拡大策を志向し、第二次世界大戦後の国内市場中心の発展を萌芽的に示していたという二つの特徴に注目し、実はこの改革は、現代国家化の画期であるばかりでなく、第二次世界大戦後に西ヨーロッパで実現する福祉国家につながる要素が存在していたことを強調している。このように、本章において、以下の具体的な分析に入るうえでの仮説が提示されているのである。
 第二章「リベラル派の産業復興構想」では、ワグナーら労働リベラル派、ビジネス界リベラル派の経済復興構想が、ビジネス界保守派の構想との対比で明らかにされている。本章ではまず、労働リベラル派の構想が、明らかにされる。彼らは不況の原因が労働者への分配の過小にあり、政府の介入による労働者の購買力の拡大、需要創出による景気の回復を展望する。それに対してビジネス界保守派は、労働生産性の向上による売上増大こそが、生産、雇用の拡大を生むとしてむしろ民間企業の自由化の拡大を主張して対抗した。このような保守派に反対して、ビジネス界のリベラル派は、生産性向上による生産の増大にもかかわらず労働者の購買力が増大せず不況期には賃金切り下げ競争でさらに購買力が縮小しているところに不況深刻化の原因をみ、国民購買力の増大のための公的関与に鍵を見いだす点で労働リベラル派と一致した。しかし、同じリベラル派内でも、労働者への団結権、団体交渉権の保障による労使関係の安定化と労働者の発言力増大、失業保険、公共事業の三位一体を追求するワグナーなどの構想に対して、ビジネス界リベラル派は需要創出の具体策を明確にしていなかった。これが以下の労働政策、社会保障、住宅政策など具体的な政策において、労働リベラル派との対立の原因となった。
 第三章「労働政策をめぐる争点-全国労働関係法制定を中心にー」では、全国労働関係法(ワグナー法)の制定過程におけるリベラル諸派の対抗が検討されている。本章では、まず第一に労働法制の歴史が概観される。すなわち、大恐慌以降、AFLの方向転換も相まって、労働者の団結権・団体交渉権を認める立法を求める声が増大し、それを背景に、33年には全国産業復興法(NIRA)が制定され、その第7条a項で労働者の団結権・団体交渉権が認められたが、その規定の曖昧さのため運用は混乱し、その改善を求めて35年にワグナー法案が提出される過程が検討されている。
 そのうえで、本章では、NIRAの問題点が指摘される。NIRAは団結権、団体交渉権は認めたものの、それを妨害する使用者の行為の禁止規定の欠如に代表されるように、使用者への強制規定を欠いていた。そのためNIRAはその運用上大きな難点を抱えたが、NIRAに対して保守派は、それが本来自由であるべき労使関係への国家介入である点を問題にしたのに対し、ビジネス界リベラル派は、労働者の権利確保のためにビジネスへの一定の規制を承認したものの、NIRAの延長を主張するハリマンらとワグナー法にまで進むグループに分裂したことが明らかにされる。
 続いて、本章では、ワグナー法成立過程での諸勢力の対立点が分析される。それは、五つの論点にまとめられる。まず第一は、不当労働行為に対する禁止規定の要否である。NIRAの難点に対しワグナーら労働リベラル派やリベラル派内ワグナー法支持派は、労働者の組織化や団体交渉拒否を禁止し、労働者への組合加入を理由とする解雇、差別的待遇を不当労働行為として規制することを不可欠と考えた。それに対し、ビジネス界保守派やハリマンらは、こうした規制が労使間の自主的関係の破壊になるとして反対した。第二は、「会社組合」を認めるか否かであった。この論点に関しては、賛成に廻った労働リベラル派に対し、ビジネス界保守派、ハリマンらのみならず、リベラル派のワグナー法支持派までもが反対に廻った。ワグナーらが会社組合に反対した理由は、それを認めることで、労働者の産業別、全国的組織化が妨げられることを恐れたからであったが、それに対し企業の自主性にこだわる保守派やハリマンに加えてリベラル派内のワグナー法支持派までが反対に廻った理由は、彼らの関心がもっぱら企業内の労使関係の安定にとどまり、ワグナーの構想のような、労働者の横断的団結による労働者の要求の組織的表明と実現という国家構想はなかったから、労使の合意した会社組合の禁止にまで踏み込むのは明らかに過剰介入と考えられたからであった。第三の対立点は、従業員への圧力に対し、会社側の行為だけを罰するか、労働組合側の行為を含めて処罰するかの対立であった。ワグナーらは、使用者のみが使用可能な圧力の規制を当然とした。第四の対立点は、多数決原理を認めるか否かであり、最後は、全国労働関係委員会(NLRB)に不当労働行為を規制できるような強大な権限を与えるか否かであった。以上のように、労働者の権利付与と使用者側への強制に関しては、労働リベラル派とビジネス界リベラル派内ワグナー法支持派が賛成にまわり保守派とハリマンらが反対したのに対し、会社組合に関しては、労働リベラル派とその他のグループが対立したのである。こうした検討を踏まえて、著者は、ワグナー法をめぐる対抗関係が重層的に形成されたことを指摘している。すなわち、まずもっとも大きな脈絡では、労働者に対して団結権や団体交渉権を与え、労働者への分配の過小を是正すべしというリベラル派ともっぱら労使の自主性に任せるべしという保守派の対抗があり、その下で、第二に労働者権を確保するためには使用者側のみを強制する階級立法を認めるか、また労使関係内への国家介入を認めるかという点で、ビジネス界リベラル派内は二つに別れ、最後に、労働者の全国的・産業別組織化を促進し産業別団結によって賃金水準の向上を実現する方向を容認するかどうかで、労働リベラル派と諸他のグループが対抗するという重層的な対抗関係が存在することが明らかにされた。
 第四章「社会保障法をめぐる論争」では、1935年社会保障法をめぐる諸勢力の構想の対抗が分析されている。まず社会保障法制定に至る経過が歴史的に分析されている。公的社会保障への動きも、労働立法同様、大恐慌以降に始まり、具体的には、34年のワグナー=ルイス法案から社会保障法案へと引き継がれていく。法案制定の過程で、いろいろな構想があったが、最終的に連邦と州の共同プログラムで補助金によってではなく税控除によって財源を確保するオフセット方式に収斂され、この構想が提案された。このオフセット方式についても二つのプランがあった。ひとつはウィスコンシン・プランと呼ばれた個別勘定プランであり、もう一つはオハイオ・プランと呼ばれた共同基金プランであった。ウィスコンシン・プランは、企業単位で失業保険口座を設けて失業保障の積み立てを求め経営の安定している企業には税負担の軽減措置をとる方式で、企業に失業を出させない努力を促すものであり、他方オハイオ・プランは、州が管掌する共同基金を設置し、安定した失業手当の支給を行うものであった。35年法以後すべての州はオハイオ・プランに移行した。
 こうした社会保障法については労働リベラル派とビジネス界リベラル派、保守派は異なる構想を持っていた。ワグナーら労働リベラル派は、社会保障を失業者や高齢者の貧困を公的責任で解決するためのものと位置づけ、その役割を、より具体的に経済的最底辺層の生活の保障、景気変動により収入の道を断たれたときの生活保障、景気変動の規模や期間の局限化、の三つに求めた。それに対してビジネス界リベラル派は、失業保障・年金プランを企業のみに任せていては労働者全体に広がることは難しいとして国家により、強制的に全国的な失業保障、年金プランを設立することに賛成した。両者ともに、企業間の負担引き下げ競争を阻止するために全国一律あるいはいくつかの産業州規模でいっせいに失業保険制度の導入を求めたのである。また、諸勢力は、社会保障と景気回復の関係についても、異なる構想を持っていた。ワグナーら労働リベラル派は、失業保険により、失業者らへの購買力分配を通じて景気復興を展望したのに対し、リベラル派は、むしろウィスコンシン・プランによる企業の失業削減努力による雇用安定に期待した。それに対して、保守派は、連邦の統一的なプランが押しつけられ、企業が積立金を徴収されることに強い反発を示し、失業保険は労働者の自立意欲を減退させることにより景気回復にマイナスであると主張した。
 現実に成立した社会保障法は、いくつかの大きな限界を持ち、所得の再分配効果は限られたものとなったが、社会保障制度拡充の一歩となった。最後に著者は、こうした公的社会保障制度の拡充方向が転換するのは、戦後、GMやFordなどの大企業と全米自動車労組(UAW)の労使協定によって企業年金プランが拡充されるようになって以降のことであると指摘している。
 第五章「公共住宅政策の形成-1937年合衆国住宅法制定を中心に」では、37年住宅法の制定過程に現れた、公共住宅政策をめぐるリベラル派内の対抗が検討されている。従来の研究では住宅法は、ニューディールの行き詰まりの開始となったとしてその限界性が強調されてきたが、著者は住宅法が全体として福祉国家型の政策方向にあったことを解明している。
 ワグナーが、雇用の創出をめざした公共事業投資の中心に公共住宅建設を選んだのは、二つの理由があった。ひとつは復興の遅れている産業分野の活性化であり、もう一つは、公共住宅の供給によるスラム問題の解決と低所得者層の購買力向上への効果であった。それに対して反対派は、公共住宅建設により民間産業が圧迫されるとして強い反発をした。ワグナーは、公共住宅建設は民間産業が相手にできない低所得者用住宅であり、民間との競合は起きないばかりか民間投資を刺激すると主張した。こうしたワグナーの景気復興、購買力増加という目的に沿って、住宅法の内容をめぐり二つの論点が登場した。ひとつは、公共住宅入居資格の範囲であり、ワグナーはこれをできるだけ広げるよう主張した。それによる大衆の購買力増加を狙ったものであった。もう一つの論点は住宅法の目的をスラム・クリアランスにおくか、公共住宅供給に置くかの対立であったが、ワグナーは、スラム・クリアランスのためにも低所得者用の住宅建設が不可避であるとしてこの二つの目的を統合して把握していた。住宅法と景気回復の関係をめぐっても諸勢力は対立した。労働リベラル派は、公共住宅建設により低所得者層に低家賃住宅を供給し、また住宅産業を低所得者向けに転換させることによって産業復興をはかろうとしたのに対し、ビジネス界リベラル派は、民間住宅建設促進には賛成したものの連邦政府の役割については限定的なものと考え、連邦政府の公共住宅建設促進に反対したのである。こうした対抗関係の下で、37年住宅法は入居資格の制限という修正を付されて成立をみた。著者は本章の最後に、この法は、限界はあったが第二期ニューディール改革の一環として位置づけられると結論づけている。
 終章「労働リベラル派の政治構想の再評価」では、以上の検討を踏まえて、改めて、リベラル派の国家構想、その中での労働リベラル派とビジネス界リベラル派の構想を総括的に検討したうえで、ワグナーに代表される労働リベラル派の構想の再評価を試みている。第一に、その構想は、不況の原因が分配の不平等にあるという認識の下、政府介入による不平等の是正、購買力の増加を目指した点、また、そのために、立法による労働者の団結権・団体交渉権の実質的承認と団体交渉による賃金向上を通じた使用者側から労働者側への富の平等的分配、全国的な社会保障制度の創設による富の再分配、公共住宅政策の展開によって新規投資先の開発と国民の所得向上を実現すること、など体系的な国家介入による社会改革構想を提示した点で、ヨーロッパ型福祉国家構想としての性格を有している。第二に、ワグナーら労働リベラル派がこうした構想を組織された労働運動と、労働とリベラリズムの同盟によって実現しようとしていたことは、ニューディール改革が第一段階福祉国家を超える可能性があったことを示している。第三に、ワグナーらが、こうしたニューディール体制をファシズムや共産主義とは異なる体制構想として考えていたことも注目される。著者はこうした考察を踏まえて最後に、労働リベラル派が主導したニューディール期の改革には、その構想の点からも担い手の点からも、1910年代イギリスにおいてリベラル派が主導して行われた第一段階の福祉国家の性格と第二次世界大戦後に発展した第二段階の福祉国家との両方の特徴が見られると結論づけている。

三 本論文の評価
 以上にその概要を要約した中島醸氏の論文は、以下の諸点で高く評価できる。
 第一に評価できる点は、本論文が、ニューディール研究の膨大な蓄積を踏まえながら、ニューディール体制の研究を、より広い比較福祉国家論、比較現代国家論の中で位置づけなおし、アメリカ国家論・国家史に新たな光を与えた点である。すなわち、本論文は、第二期ニューディールの経済復興政策、労働政策、社会保障政策、住宅政策を詳細に検討する中から、ニューディール期に形成されたアメリカ現代国家が、実はヨーロッパ型の福祉国家をめざしていたことを説得的に明らかにし、それが戦後体制の形成期に転換し、ヨーロッパ型福祉国家とは異なる性格を持つ現代国家の一タイプとして形成・確立して行くことを展望したのである。
 第二に評価できるのは、本論文が、アメリカにおいても極めて大量の蓄積のあるニューディール研究にあえて踏み込み、ニューディール史像に新たな修正を迫った点である。とくに本論文は、近年のニューディール研究の中で主張されているニューディール改革の限界性、リベラル派の主導性という二つの点に著者独自の検討を加え、第一にニューディールを主導したリベラル派は決して一枚岩ではなくその内部に分岐をはらみ、実際には労働リベラル派の主導で改革が推進されたこと、第二に、労働リベラル派主導のニューディール第二期改革は体系的にヨーロッパ型福祉国家を目指したものであったことを実証した。この点は実証的にも大きく評価できる。
 第三に評価できる点は、本論文が、労働リベラル派として第二期ニューディール改革を主導したロバート・ワグナーの改革構想を実に丹念に資料を渉猟して再構成し、ワグナーが体系的な福祉国家構想を持っていたことを実証的に明らかにしたことである。ワグナーについての言及も少なくなく、伝記的研究も存在するが、本論文がワグナー思想を、その福祉国家構想に焦点をあてて明らかにした功績は大きい。
 しかし同時の本論文には問題点もないわけではない。
 第一に、本論文は概要でも紹介したように、ニューディール期国家と戦後体制との違いを念頭に置き、その実証としてニューディール期の国家の検討を行った作品であるが、著者が設定したニューディール期国家と戦後体制の違いを論証するには、戦後体制において成立した国家そのものの検討を経なければ最終的な結論は導き出せないという点で、やや不満感が残る。
 第二に、本論文が、ニューディール改革の背後にある国家構想の析出に焦点を絞った結果あえて捨象せざるをえなかった点でもあるので、やや無い物ねだりの感はあるが、ニューディール改革の政治過程で、とりわけ労働組合や民主党の諸勢力がワグナー法、社会保障法、住宅法の制定過程でいかなる役割を果たしたかの言及が欲しかったことである。特に著者が、第二期ニューディール改革はその構想のみならず、担い手においても労働-リベラル派の連合によって推進された点を大きく評価しているだけに、この点の言及がないのは悔やまれる。
 しかし、これらの問題点の多くは、著者の行なった膨大な検討の成果を減ずるものではない。またこれら問題点は、著者も十分自覚するところであり、その研究能力や着実に研究成果を積み重ねてきた従来の実績からみても、将来これらの点についても著者が実証的な研究により明らかにしてくれる可能性は強く、今後の研究に期待したい。

 以上、審査委員一同は、本論文が当該分野の研究に寄与するに十分な成果をあげたものと判断し、本論文が一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定する。

最終試験の結果の要旨

2004年7月14日

2004年5月28日、学位論文提出者中島醸氏の論文についての最終試験を行った。試験においては、審査委員が、提出論文「ニューディール期アメリカ国家像の再構成――ニューディール・リベラル派内の対抗と労働リベラル派の構想――」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、中島醸氏はいずれも十分な説明を与えた。

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