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博士論文要旨

論文題目:〈策略〉としての「戦争の平凡化」の過程―1920年代アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼事業の事例から―
著者:望戸 愛果 (MOKO, Aika)
博士号取得年月日:2015年7月31日

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本論文の目的は、1920年代アメリカ在郷軍人会の西部戦線巡礼の事例から、「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」を析出することにあった。時の経過とともに、必然的に「戦争の平凡化」の過程――すなわち、「戦争を賞賛して栄光を称えるのではなく、選んで手元に置いておく程度に親しみやすくする」過程――が「民間人」の間で生じると論じてきた従来の第1次世界大戦研究の蓄積に再考を迫るために、本論文では、C. エンローが提示した〈策略〉という視座を「戦争の平凡化」をめぐる議論に新たに導入した。まず、「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」という議論の大枠を精緻化するために、以下の3つの補助的な分析枠組みを設定した。
第1は、第1次世界大戦をめぐって「語るに足る真の戦争体験」とは何かという問題をジェンダー視角から批判的に捉えることを可能にする、男性兵士の「第1の戦場」(塹壕)と従軍看護婦の「第2の戦場」(病院)という枠組みである。第2は、戦争体験をめぐる「神聖なるもの」を破壊しかねない「性的空想(ファンタジー)」の不可逆的な力を捉える“汚らわしい”「戦争の平凡化」の過程という枠組みである。第3は、「ノスタルジックな感情を引き起こすものが、自分自身の体験した過去であるかどうか」という基準に応じてノスタルジーを区別する、「一次的郷愁」と「擬似郷愁」という枠組みである。
その上で、「戦争体験の神話化」と「戦争の平凡化」の二項対立的関係を所与のものとしてきた従来の議論の限界を示し、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」という本論文独自の分析概念を設定した。ここにおいて、「神話化」(序列の厳格化)と「平凡化」(序列の曖昧化)の相補的/破壊的関係を捉える新たな枠組み(すなわち、「〈策略〉としての『戦争の平凡化』の過程」を析出する分析枠組み)が用意された。
最後に、①戦争を「選んで手元に置いておく程度に親しみやすくする」過程の戦略的なあり方という、従来の第1次世界大戦研究のなかでは等閑視されてきた局面を浮かび上がらせること、そして②エンローの「日常生活の軍事化」概念と同様の局面を取り上げつつ逆の方向性に焦点を合わせる「戦争の平凡化」概念の有用性を新たに提示すること、この2点を本論文の課題として挙げて、先行研究の整理と理論的枠組みの設定を終えた。
 以上が、序論および第1章の要旨である。つづく、第2章、第3章、第4章、第5章では、上記の理論的枠組みに基づいて、在郷軍人会による1920年代の西部戦線巡礼事業(1921年巡礼、1922年巡礼、1927年巡礼の3回)に関する、史資料を用いた実証分析を行った。
第2章では、戦間期アメリカ在郷軍人会の設立経緯と組織構成を検討した。「初代在郷軍人会」から「戦後在郷軍人会」へという設立経緯の流れを確認し、「全国本部」「州支部」「地方基地」という上部から下部へと至る同会の組織構造を明らかにした。そして、最下部組織である地方基地からも排除される傾向にあった看護婦の周縁化された地位のあり方を析出した。以下の章では、「戦後在郷軍人会」を「在郷軍人会」と呼んで、分析対象とした。
第3章では、在郷軍人会の創設期にあたる、1919年から1921年までの時期を論じた。ここで得られた知見は、以下の2点にまとめられる。第1に、戦場観光産業が台頭する予感があってはじめて、退役軍人巡礼とはいかなるものであるべきかが提示されていくという、逆説的な「巡礼者」像のあり方が明らかになった。第2に、従軍体験と戦闘体験を兼ね備えた「男たち」の戦場巡礼という、一見男性退役軍人組織にふさわしい理念に基づいて実施された在郷軍人会の1921年巡礼は、旅費の負担を考慮しないものであったために十分な参加者の動員ができず、また全国本部役員と州支部会員の間の待遇の不平等をあからさまなものにしてしまうという意味で、深刻な構造的欠陥を抱えていたことを確認した。
第4章では、休戦協定締結から3年以上が経過し、フランス戦場の景観が大きく様変わりしていく時期にあたる、1922年から1924年にかけての在郷軍人会に注目した。ここで得られた知見は、以下の3点に集約される。第1に、1921年巡礼の担い手(経済的余裕のある退役軍人)とは明らかに異なる社会階層の人々(たとえば、3等船室を使用して渡仏せざるを得ないような退役軍人)が、新たな戦場訪問の担い手として、この時期に想定されるようになりつつあったという事実である。第2に、在郷軍人会会員にとってフランス戦場が3年以上前の「思い出」と化したことによって、戦場巡礼事業において「郷愁」が果たす役割が相対的により大きなものとなったこと、そして、在郷軍人会機関誌上において提示される退役軍人の「一次的郷愁」が、1922年巡礼を介して、より普遍的で流通性が高い形へと変容していった点である。第3に、単なる戦場巡礼の「商品化」だけでは、「『戦争体験』のジェンダー化された序列」の境界線の曖昧化(「戦争の平凡化」)には貢献し得ないという知見である。
第5章では、1925年以降の在郷軍人会に焦点を合わせ、在郷軍人会の組織事業が大規模巡礼実施からパリでの「聖地」運営へと移行していく過程を明らかにした。まず、1925年に在郷軍人会全国本部に設置された「フランス大会委員会」が、大規模巡礼を企画・実施するために講じた数々の施策を取り上げ、その施策が「反転した『戦争体験』の序列」と呼ぶべき新たな体験序列の登場に結びつくものであった点に注目した。つぎに、全国本部を中心とする〈策略〉の影響を受けながら、自ら「戦略」を立てて「平凡化の過程」のなかへと身を投じていった人々(各州支部のコンベンション・オフィサー、渡欧・従軍体験のない退役軍人、元従軍看護婦など)の存在に焦点を合わせた。さらに、“汚らわしい”土産物灰皿を取り上げることによって、「平凡なるもの」(サイズを切り詰められ、ありふれたものとなった戦争)が「神聖なるもの」(特別かつ神聖な体験としての戦争)を危機に追い込む過程を明らかにした。最後に、1931年にパリに創設された在郷軍人会の「聖地」パーシング・ホールに焦点を当て、退役軍人が戦争の「栄光」と「親しみやすさ」を同時に享受することができるという同ホールの特徴を明らかにした。従来二項対立的図式のなかで捉えられてきた「戦争体験の神話化」と「戦争の平凡化」は、時として不可分の相補的関係のなかに位置づけ直されるのであり、そのような関係を成り立たせることこそが、在郷軍人会全国本部によって主導された〈策略〉の終着点であったことを最後に確認して、本論文における実証分析を終えた。
以上の議論を踏まえ、結論では、本論文の成果について述べた。すでに確認したように、第1章において設定した本論文の課題は、以下の2点に集約される。第1に、〈策略〉というフェミニスト的視座を「戦争の平凡化」の過程をめぐる議論に新たに加えることによって、戦争を「選んで手元に置いておく程度に親しみやすくする」過程の戦略的なあり方という、従来の第1次世界大戦研究のなかでは等閑視されてきた局面を浮かび上がらせること。そして第2に、エンローの「日常生活の軍事化」概念と同様の局面を取り上げつつ逆の方向性に焦点を合わせる「戦争の平凡化」概念の有用性を新たに提示することである。
まず、従来の第1次世界大戦研究に対して本論文が与える示唆から確認していきたい。本論文の理論的作業と実証分析から導き出されてきたのは、モッセが想定しているような「平凡なるものの侵略から神聖なるものを防衛する」といった、退役軍人の守旧的態度ではない。むしろ、従軍体験のない男性退役軍人や周縁化された地位にある元従軍看護婦を組織事業内に取り込み、パリに新たな「聖地」を新設するに至る、最大退役軍人組織の事業展開のあり方である。
また、J. ウィンターをはじめとする第1次世界大戦研究者たちのなかで共有されてきた所与の前提、すなわち、「戦争の平凡化」の効用はあくまで戦争をめぐる「痛み」や「悲しみ」や「不安」の解消にあるという想定は、本論文における分析の成果に照らして十分な説明とは言い難い。無論、本論文で取り上げてきた在郷軍人会会員たちも、第1次世界大戦期を実際に生き抜いた人間として、従軍体験のあるなしにかかわらず、戦争をめぐる「痛み」や「悲しみ」や「不安」を覚えた経験を持つ人々であったであろう。しかしながら、退役軍人自身による「戦争の平凡化」の過程に焦点を合わせる限りにおいて、分析的に重要になるのはむしろその先の過程なのである。
「戦争の平凡化」の過程は単なる「戦争の矮小化」の過程として捉えられるべきものでは決してなく、また「戦争の記憶の商品化」のなかにすべてが収まりきるとも限らない現象である。本論文が明らかにしてきた、「戦争の平凡化」をめぐる〈策略〉のなかで用いられた様々な装置――貯金クラブ、団体自動車ツアー、貨車、カフェ、広場、コーヒー、看護婦制服、灰皿、子ども用軍服、ミニチュア・ゴルフコース、アメリカン・バー――に共通しているのは、むしろ、ありふれたものを用いながら、非論理的かつ情緒的なものに訴えかけていく力である。鋳型を用いて大量生産された“汚らわしい”土産物灰皿の影響力はとりわけ甚大であり、「特別かつ神聖な体験としての戦争」を危険にさらす力を持っていた。「平凡化は人々の直感的反応を利用したのである」とは、「平凡化」概念の提唱者であるモッセ自身の言葉である(強調は引用者)。ここでモッセが見落としているのは、人々の「直感的反応」は、時として「戦争体験の神話化」そのものに襲いかかる――単なる軋轢に留まらず、放置すれば破壊をもたらす――という重要な事実なのである。
そうであるからこそ、「戦争の平凡化」には〈策略〉という視座が不可欠であると言える。上に挙げた「灰皿」以外の「平凡化」の装置は「在郷軍人会公認」の存在であり、ゆえに在郷軍人会会員は「楽しみながら」それらを享受することができた。戦争の「栄光」と「親しみやすさ」の表裏一体性――換言すれば、「神聖なるもの」(特別かつ神聖な体験としての戦争)と「平凡なるもの」(ありふれたものとなった戦争)の相補的関係――は、在郷軍人会全国本部の〈策略〉なくしては成立し得ないのである。
つぎに、先行のジェンダー研究者によって高く評価されてきたC. エンローの「日常生活の軍事化」分析に対して、本論文の「平凡化」分析が与える新たな示唆について述べたい。
エンローが論じる「日常生活の軍事化」をめぐる〈策略〉と、本論文が明らかにしてきた「戦争の平凡化」をめぐる〈策略〉の主な相違は、「戦争体験」や「戦争の記憶」を分析視角のなかにいかに位置づけるのかという点に存在する。2つの〈策略〉の相違を最も端的に示しているのが、元従軍看護婦のフランス再訪の事例であろう。エンローの「軍事化」分析であれば、戦地から帰国するなり「何人の看護婦が婚約したのですか?」と新聞記者に尋ねられた第10兵站病院看護婦長の経験(本論文第2章第4節)は、「軍事化されたロマンス」の典型例であると指摘されるであろう。また、戦時中の「軍人らしい」外出用制服を誇りにして身につける元従軍看護婦の行動は、銃後の女性や女性平和主義者との分断を生み出す「軍事化」された振る舞いであると指摘されるかもしれない。そのように指摘すれば、戦争遂行をめぐる「女性の分断」、および異なる政治的位置にある女性の経験のあいだの分析的なつながりというマクロな(そして見逃すことのできない、重要な)側面は、確かに明らかにすることができる。
一方で、在郷軍人会会員であることにこだわりつづけてきた元従軍看護婦たちが軍事化されていることを幾度指摘しても、彼女たち自身の戦略を見る上では得られるものが少ないということもまた事実なのである。換言すれば、本論文が焦点を当ててきたのは、戦争が終了して戦地から復員してもなお「脱軍事化」される気など毛頭無い女性たちであり、「第2の戦場」における自らの従軍体験を「第1の戦場」におけるそれと同等なものとして認めさせるべく、男性退役軍人組織の内部で努力を重ねてきた女性たちであった。「ヘレン・フェアチャイルド基地」の元従軍看護婦たちの戦略――貯金クラブの積極的活用、「戦時中の制服」の着用とパリでの擬制的身分の享受、そしてル・トレポール再訪――を「軍事化」をめぐる〈策略〉の一環として浮かび上がらせること(つまり、フランス大会委員会が誘導した「女性の分断」として捉えること)は不可能ではないが、なぜ「第2の戦場」の従軍体験者である彼女たち自身がそのような戦略を選び取ったのかという、ジェンダー研究者にとって最も重要であったはずの局面が明確にならないのである。
「日常生活の軍事化」をめぐる〈策略〉をエンローが論じる際、議論の起点は当然のように「日常生活」(とりわけ、「女性の日常生活」)である。他方、「戦争の平凡化」をめぐる〈策略〉を分析するためには、議論の起点は常に「戦争」に位置づけておく必要がある。
本論文が焦点を合わせてきた「戦争の平凡化」をめぐる〈策略〉とは、エンローの「軍事化」分析のなかで常に難しい立場に追いやられていた「戦争を抱きしめる」人々――具体的には、戦争を「ごく普通の振る舞い」として受容していく在郷軍人会会員――を分析の中心に据えるものであった。元従軍看護婦の戦場巡礼の事例に即して言えば、「戦時中の制服」を着てパリで「パレード」や「ショッピング」を楽しむ彼女たちの旅を「日常生活の軍事化」ではなく「戦争の平凡化」として捉える利点は、エンローの議論における演繹的な帰結(「彼女たちは戦争の鋳型を受け入れているか、戦争の偏在性と危険性に気づかないのか、戦争が自分自身と社会にとって利益をもたらすと信じているにちがいない」といった想定)を避け、従軍体験者である彼女たち自身の意識的な戦略を浮き彫りにすることが可能になるという点にある。本論文の成果は、ここに位置づけられる。

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