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博士論文審査要旨

論文題目:ドイツ福祉国家思想史
著者:木村 周市朗 (KIMURA, Shuichiro)
論文審査委員:藤田伍一、渡辺雅男、一條和生

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 本論文の構成は次のとおりである。
序章 ドイツ福祉国家思想史の課題と視点
第1部 私的自治のドイツ的生成
 第1章 ドイツ自然法論と初期法治国家思想
 第2章 ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの国家活動限定論
 第3章 カントの法形式論と近代ブルジョア社会原理
 第4章 改革者国家の二類型 
第2部 「社会問題」認識の形成
 第5章 ドイツ・ロマン主義と「社会問題」
 第6章 西南ドイツ初期自由主義と社会政策
第3部 近現代的干渉主義の成立
 第7章 ローベルト・フォン・モールの法治国家と干渉主義
 第8章 ローレンツ・フォン・シュタイン行政国家論の成立
 第9章 アードルフ・ヴァーグナー福祉目的国家論の形成
終章 現代ドイツ社会国家論の国制史論的構造

  本研究の狙い
 本研究の狙いは、ドイツにおける「福祉国家」思想の形成・発展史の基本線を、18世紀後半の啓蒙絶対主義期から第二次世界大戦後の現代ドイツ「社会国家」体制にまでわたって展望しようとするものである。研究の焦点は、近代社会の基本原理をなす「私的自治」原理の思想的生成と、それを前提とした近現代的国家干渉主義の成立、市民社会における近代的範疇としての国家「政策」の認識の成立に定められている。このようなテーマ設定は、今日の「福祉国家」を資本主義システムの20世紀的到達点と捉え、それを支えている国家「政策」連関構造の最も基本的な原理を、歴史問題を通じて解明しようとする木村氏の研究に対する基本姿勢によるものである。
 木村氏は第二次大戦後に旧西ドイツで本格化した「社会国家」論を、18世紀以来の特殊ドイツ的国制史と、社会史の両面から深い刻印を受けつつ発展を遂げてきた広義の福祉国家思想史の現代的展開次元と理解している。近現代的国家干渉主義のドイツ成立史は、個人の自立を前提としながら、近代「社会問題」認識に導かれて、すぐれて社会政策的な国家干渉の不可欠性という認識が成立するに至るプロセスと位置づけられている。
  本研究の背景
 本研究では個人の自由と行政的国家干渉体系とを同時に成立させた特殊ドイツ的な思想装置として、「法治国家」思想に焦点が定められている。そしてその形成と発展の諸局面が、現代「社会国家」(「社会的法治国家」)論の視点から追跡されている。木村氏によれば、こうした広義の福祉国家思想のドイツにおける発展から浮かび上がるのは、諸個人の自立を実際に可能にするために、国家による相互扶助的な社会行政活動が不可欠であるという認識である。実用主義的官房学を一淵源とするドイツの伝統は、統治の学としての「国家学」が確立する中で、国家政策機能論や制度論を不可欠の基本要素として包含する広義の政治経済学(ポリティカル・エコノミー)の発展に深く貢献した。そのプロセスを木村氏は、干渉主義の発現諸形態として跡付けている。
 ところで「福祉国家」 の概念は単なる理念ではなく、国家独占資本主義、ケインズ主義、「フォーティズム」などの言葉で表現される、現代資本主義国家による立法・行政を通じた広義の「福祉」 政策的干渉体系という現実の制度に基づいている。この制度体系は、雇用関係の一般化(賃金労働者の普遍的成立と、労働と生活の分離)、政治機構の民主化、労働問題・生活問題の認識と改善要求運動の展開(ニードの社会化) などに反映されている。生産過程(労働条件) においては最低基準法制、労働基本権の公認と労使団体交渉制度導入、労働市場調整(雇用政策) などによって労使関係の安定化を図る一方、消費過程(生活条件) においても社会保障(所得・保健医療・福祉)、住宅、教育、環境、消費者保護、レクリエーションなど広範な各種社会生活を形成している。しかもこれらが全体として完全雇用政策などのマクロ経済政策と連動しているのである。
 こうした現代先進資本主義の「福祉国家」 化現象は、20世紀に固有の制度的連関構造に基づいている。それを構成する上記の様な個々の制度は、各国に特有なものとして歴史的に形成されてきた。したがってその意味で「福祉国家」 思想史は、社会立法・行政活動全般の規範理念や価値基準に関する現代的な政策思想として、個々の制度・政策を生み出した規範的諸理念(労使関係をめぐる産業民主主義、生活権としての最低所得保障と自立自助の理念など)の形成・発展史を国ごとに把握することが、当面の課題となろう。
 しかし、その「福祉国家」 は、今日すでに、官僚制の肥大化や「財政危機」 だけではなく、大量生産・大量消費型の拡大主義と主権的一国主義との狭間で20世紀的な構造的限界を露呈している。広く労働と生活のあり方、あるいは共同体のあり方をめぐって、「国家」のなすべき基本的課題が各国で模索されつつある。そしてこのことは、個人の自立と国家的「政策」 カテゴリーとの相互関係という政策学的基本問題を、改めて浮き彫りにしているのである。
  「福祉国家」の形成史を振り返れば、社会の近代化と資本主義化とに伴うさまざまな矛盾や軋轢の解決が実際上不可能であるがゆえに「社会問題」として表出したものへの国家的対応が拡充されてきたと考えられる。すなわち、近代市民社会の基本原理である私的自治の概念の貫徹を否定するものではなく、資本主義生産関係の基本は維持しつつ、不断に調整・改良を行う、私的自治原理の国家政策的補完史として位置づけられる。
 したがって、現代「福祉国家」 を、私的自治という原理の下で、資本主義の発達とともに進行せざるを得なかった国家政策干渉の累積的進展史の20世紀的到達点と捉えるならば、広義の福祉国家思想史は、近現代を貫く普遍的課題領域として、私的自治のもとでの制度的国家干渉との相互連関にかかわる認識の発達史と捉えなおすことができる。
 ところで木村氏によれば、ドイツにおける「福祉国家」 概念は二つの特殊な問題をはらんでいる。第一に、戦後の旧西ドイツでは、優れて自由主義的なボン基本法の下で「福祉国家」 という英米流の現代的用語が、国家による人民扶養を連想させるとして忌避され、「社会国家」(基本法に言う「社会的法治国家」) のほうが多用されてきた。「法治国家原理」 を重視する主流は憲法・経済思想が「社会的市場経済」 と相補的に、優れて新自由主義的に市民の自助原則を貫徹してきた。すなわちドイツでは、国家干渉の「補助性原理」 を援用しつつ、形式的・自由主義的法治国家から実質的・社会的法治国家への発展として理解されることが多いというのである。
 第2に、ドイツにおける「 福祉国家」 は、発生史的には、臣民の「平和と福祉」を国家目標に掲げた18世紀啓蒙絶対主義下の旧自然法的・後見主義的国家干渉を指し、その内務行政体系が「ポリツァイ」に他ならなかった、と述べられている。だが、特殊ドイツ的な国制史と社会史の展開、とりわけ「ポリツァイ国家」から近現代国家への、行政干渉システムの歴史連続発展という経緯の中で、近現代的な国家政策思想の展開は、一方で後見主義(幸福主義)を克服して私的自治の原理を拡大する方向に、他方で各種「社会問題」 の発生に伴う実践的な国家干渉を強める方向へと、いわば二重の課題を負うことになった、という。
 ドイツにおける福祉国家思想は、まず干渉主義・後見主義からの脱却と私的自治の確立を掲げながらも、現実には、一連の「上から」 の近代化を通じて行政国家の整備と展開に向けられたのである。
 18世紀後半以降、ドイツで成立・発展した「法治国家」 思想が特に注目されるのは、それが行政の適法性原理をベースに、一貫して資本制経済社会の基本原理としての私的自治をドイツ的に基礎付ける国制論的水脈をなしてきたからである、という。さらにまた、私的自治を根幹にすえながら、自助のための前提条件を共同的・補完的に創出する近現代的な行政的国家干渉体制の存立を、規範論(理性理念論的国家目的論)と法形式論との両面から保障する思想装置として、機能してきたと考えられるのである。
  本研究の構成
 本書では上述した基本的な問題認識が序章で敷衍された上で、以下のような三部構成で課題の検討が試みられている。
 第1部「私的自治のドイツ的生成」
 西欧諸国に比べて市民社会の成熟化が遅れたドイツでは、大学の経済学は、領邦経済管理学と位置づけられた官房学の伝統の中で、19世紀末までに一貫して統治の学としての性格を持ち続けた。近代的な私的自治の原理が展開されたのは、市民社会の自律的な経済原理(A. スミス)としてではなく、むしろ法と国家のタームにおいてであった、と理解されている。
 (a)私的自治の形成局面を最初に担う思想として、プロイセン一般ラント法(1794年)の起草者カール・ゴットリープ・スヴァールツに代表される啓蒙官僚の、近世自然法論的な初期法治国家思想が取り上げられている。彼は、絶対主義下の無制限の国家活動を法的に拘束することによって市民的自由圏を確保しようとしたが、臣民の「福祉」 の増進という旧自然法論的な「国家目的」論を脱却し得なかったために、啓蒙絶対主義の後見主義的「幸福主義」の限界を踏み越えることができなかった、とされるのである。(第1章)(b)また、木村氏は同時期のヴィルヘルム・フォン・フンボルトを取り上げている。そしてフンボルトを国家活動を「安全」 目的に限定し、絶対主義末期の後見的ポリツァイ国家の福祉配慮的干渉主義を批判する側の思想家として位置づけている。(第2章)
(c)続いて、木村氏はスヴァールツとフンボルトに見られた法治国家思想史上の初期的限界を克服する思想としてカントを取り上げる。カントは「法」 を番人の自由の普遍的実現のための外的形式と捉えて、近世自然法論の「国家目的」範疇(幸福主義的実質論)自体を超越した思想家として捉えている。そこでは、「法」 の外的形式規定に基づく諸個人の「外的自由」(「外的権利」)の普遍性が達成されるというのである。
 こうしてカントは、個人の幸福追求行為を啓蒙絶対主義国家の後見主義から解放し、近代人の自由空間を法的に創出するとともに、近代法治国家の法形式性自体は国家干渉主義を排除しないことを示したと評価されている。(第3章)
(d)ここで木村氏は近代ドイツ国制史の特徴的構造を、プロイセンと西南ドイツ諸国の二類型に分ける。プロイセンにおける官僚制的国家政策への認識を「ポリツァイ」という「統治」 の視点から管理行政論として示したのに対して、西南ドイツでは、カントの理性法論が国法学的に継承され、初期立憲主義運動に理論的支柱を与えた、と評価している。(第4章)
  第2部「〈社会問題〉認識の形成」
 私的自治に立脚した近代的干渉主義を成立させた基礎的条件は、身分制の解体から資本主義の形成にいたる過渡期において用意された、という。ドイツにおいていち早く「社会問題」 への認識を示したのはフランツ・フォン・バーダー等の保守主義者であった。それとほぼ同時に、自由主義者モールが、先進諸国の文献に導かれて工場労働者問題に注目したことが述べられる。
 (a)バイエルンのバーダーは、19世紀初頭に、農・工・商業の均衡的発展を目指した領邦経済保全論の視点から、アダム・スミスへの批判を展開し、後進国における保護主義の一先駆をなしたが、その後1830年代半ばに、「隷農制の解体」 による過渡期の広範な下層民に、再び一つの「身分」 としての社会的帰属意識を醸成させる必要性を論じ、その任務を政府とカトリック聖職者に期待した。それは、「ジャコバン主義」の浸透に対する危機意識と結びついた保守的な社会統合論であり、キリスト教所有権論の援用により、ドイツ・カトリック社会政策思想史の端緒ともなったのである。(第5章)
 (b)ヴュルテムベルクの初期自由主義者モールは、1835年の一論説で、工業化の生産力面での長所を是認しつつ、シスモンディらの古典学派を批判するだけではなく、むしろそこから脱出する展望を示した。モールの提案する改善策は、工場労働者に独立自営化を含む上昇展望を与えること、すなわち労働者保護に加えて、労働者の利潤参加性と公教育、自営化のための国家融資等を提案したのであった。しかしこの抗争は、手工業者を中核とする「中間身分」 の保全という意図に基づいており、それは西南ドイツ初期自由主義における二面性―初期立憲主義を担った政治的自由主義と、「営業の自由」 には慎重な社会経済的保守主義、あるいは、恒常性の長所を認めつつ「中間身分」 の没落を恐れる立場―を通じて、不安定な社会史的過渡性を示すことになったのである。(第6章)
  第3部「近現代的干渉主義の成立」
 木村氏は初期立憲君主制下の実定法体系の下で近代的「社会問題」 認識に導かれつつ、法治国家の広範な行政活動を国法学的に本格的に根拠付けたのはモールである、という。その意味では本研究の主要な関心はモールにあるといってよいかも知れない。
 モールの思想は新世代のローレンツ・フォン・シュタインによって、産業社会の利害関係を調整する役割をもつものとして継承されていく。法学・経済学の両面で近代実証主義が次第に有力化していく過渡期に国家行政学的に成立したモールとシュタインの思想は、ドイツ正統派経済学の定礎者カール・ハインリッヒ・ラウの嫡流であったアードルフ・ヴァーグナーの政治経済学構想に受け継がれるのである。また、それは私的自治の前提条件を国家が補完的かつ積極的創出するという、近代法治国家の社会的任務をめぐる課題設定にも大きな影響を与えることとなったのである。
(a)モールは、立憲制下の私的自治原理に基づいた近代的な国家干渉の基本原理を、先駆的かつ自覚的に「法治国家」論として樹立した。自然法論としてのカントの法形式論自体は積極的な立法の原理足りえなかったから、近代的干渉主義が成立するためには、実定法レベルで私的自治を確立しつつ、その実定法体系の中に法の実質を規定する国家目的論が新たに組み込まれる必要があった。モールは、立憲制ヴュルテムベルク国法体系に依拠して、広範な「ポリツァイ行政」の必要性を現実主義的に認定しつつ、これに「法治国家」 の原理の網をかぶせた、ということができる。すなわちモールの「法治国家」 は、各人が多様な「生活目的」 を追求する「市民の自由」 を最高原則とし、国家をそのための手段とみなして、国家干渉を個人の生活「 障害物」 の除去に限定したのである。ここに「国家干渉の補助性原理」が成立するのである。
 こうして、外見的には自由主義的な夜警国家論の無力さを尻目に、市民の私的自治を最高原則とする近代自由主義国家が「補助性原理」を通じて、必要であれば分野を問わずに積極的に干渉しうるという、オールマイティな法治国家思想が生み出されたのである。同時にそこでは、個人は行政に対する権利主体として把握され、行政干渉と個人の権利保護( 私的自治の法的基礎) を調整する法的形式が行政法学的に追求されることになった。
 したがってモールの法治国家思想は、国家干渉の補助性原理という論理形式性と実定的行政法体系という法的形式性との二重の形式性によって、近代自由主義国家の干渉主義的性格が基礎付けられたと見做しうるわけである。(第7章)
(b)啓蒙の「人格性」 理念にこだわり続けたシュタインは公民社会の近代原理と、資本制的現実におけるその阻害状況(近代産業社会の階級構造) という認識を基礎に、諸個人の「人格」 発展の前提条件の創出(「社会改良」)と近代国家の社会的任務を捉えて、「行政学」 の上にそれを集約した。
 木村氏はシュタインが19世紀後半に実証主義が興隆する中で、社会の全成員に自立的発展の可能性を開くための基礎的前提条件の共同社会的供給という「行政」 思想によって、先行者モールと並んで、現代福祉国家に連なるひとつの思想体系を提供した、と解釈している。シュタインの思想は、個人の自立性を絶対視する「法治国家」 論を経た後、新たな「社会的国家」による、階級的利害対立の政治的統合の論理(「国家」による「社会」の克服)として提起されたものである。
 シュタインの行政国家論は、労働者階級の市民的主体性の軽視と、社会の強制者として国家を捉える権威主義とを構造的に含んでいたが、シュタインにおける国家と社会の二元論と、社会に対する国家の後見的自律性論とは、諸個人の「自由」 実現のための国家活動(社会行政) という視角から、今日の「社会国家論」の中に継承されている、と見られるのである。(第8章および終章)
(c)ヴァーグナーはドイツにおけるスミス経済学の流れを汲むラウの弟子であり、自由主義経済学の信奉者として出発したが、新ドイツ帝国成立期に「社会問題」に目覚め、社会政策学会の設立に貢献した。しかし学会の自由主義化に抗して、国家社会主義者ロートベルトゥスと交流し、自然的・純粋経済要素と歴史的・法的要素とを区別する観点を学び取った。その結果、彼はラウの『政治経済学教科書』の第1巻の全面新訂版( 1876年) で国家を「強制的共同経済」と捉え、法目的、福祉目的の両面での広範な国家活動を、経済学原理における基本的要素と位置づけることになった。
 ヴァーグナーは広義の基礎的な共同福祉諸体制を彼は公共財的に「社会的な共同必要物」 と呼び、「強制的共同経済」 制度としての国家がそれを充足する度合いが増大してきた点に着目して、これを「法治国家」から「文化・福祉国家」への発展と捉えた。「官房学の伝統」 を十分に自覚していたヴァーグナーの政治経済学は、「人間の社会共同生活の必要不可欠の諸条件」 をめぐる国家行政需要の拡大という国家学的政策認識の点で、モールとシュタインから多くの啓示を受けていたのである。(第9章)
 ドイツ第二帝政期には、立憲君主制の定着と資本主義システムとを通じて公法実証主義が興隆し、オットーマイヤー流の没倫理的な形式的法治国家概念の支配下で、モールやシュタインの国家学的発想と国家目的論(価値理念や当為の観点)は大幅な後退を余儀なくされた。しかしヴァイマル共和政期には、その基盤となった法実証主義が特に倫理的「実質」 の復権を求める民主主義サイドからの攻撃にさらされることになった。
 また、戦後の「自由で民主的な基本秩序」 という価値理念で貫かれたボン基本法の下では、「社会的法治国家」 理念は諸個人の「自由」 の実質化という19世紀以来の産業社会における普遍的要請を、法治国家原理の形式性によって担保される個人・国家関係(国家活動の法的拘束)の基礎の上に、再度受け止められなければならなかった。
 法治国家思想は、立憲君主制という19世紀ドイツの二元的国制構造に集約される国家と社会の分離状況が生み出した、私的自治のドイツ的表現に他ならなかった、と著者は見ている。そして諸個人の「自由」 の実質化のためには、私的自治の社会的前提諸条件の共同的形成が不可欠であり、そのための国家政策的干渉の法形式も、公民的かつ人類的共存という普遍的価値理念に支えられてこそ初めて有意味に機能しうることを、本研究は示唆しているように思われる。(終章)
  本研究の学問的意義
 本研究の業績評価についてふれておきたい。
 本研究の第一の意義は、福祉国家思想史のドイツ的特色を問い、私的自治と国家干渉との結節点として「法治国家思想」に着目し、私的自治のドイツ的生成、社会問題認識の形成、近現代的干渉主義の成立・発展という基本線を、個人の自由と国家干渉をめぐる法治国家思想の振幅として描き出していることである。
 戦後西ドイツでは、福祉国家論は社会国家論として議論されることが多かった。社会国家論は私的自治を表す法治国家原理で説明されることが特色となっている。本研究によっても、近代人の自律と市民社会の論理が、ドイツではその国制史と社会史とに深く規定されて、この「法治国家」という特殊ドイツ的な思想装置が近代人の自律とそれを補完する行政的国家とを根拠付けることになったことが明らかにされている。
 第二の意義は、福祉国家思想史研究に新しい方法論としての枠組みを提供していることである。木村氏は社会思想史という古典的枠組みから離れ、近代人の自由空間(私的領域)に対する近現代国家の政策的介入をめぐる基本問題に分析の焦点を定めている。木村氏は、近代社会の基本原理をなす「私的自治」とこれに立法・行政を通じて政策的に介入する「国家干渉」との二者関係を枠組みとして「福祉国家」の内実を捉えようとしている。それによって「福祉国家」が市民的自由の実質化を可能にするための基礎的前提条件を供給するという役割を国際的にも普遍化しようと試みているのである。このような分析視点は「社会問題」とその認識、 国家干渉の意味付けなどに関して国際比較への展望を開くことを可能にしていると考えられる。
 第三の意義は、福祉国家の思想史的源流を18世紀後半の啓蒙絶対主義期に遡って求めようとしている点である。これまで未開拓であった分野に分け入って福祉国家思想を捉えようとする野心的な試みは新鮮である。これまで十分に福祉との関連で取り上げられてこなかったフンボルト、モール、 シュタイン、ヴァーグナーなどを積極的に思想史に位置づけようとしており、これらは個別研究として見た場合の価値も相当高いと評価できる。
  今後の研究課題
 本研究は野心的かつ先駆的な研究であることから、いくつかの課題も残している。
 第一に、私的自治あるいは市民的自由を「干渉」によって支えるとする木村氏の国家論理は、いわば福祉国家の前提条件である「自由」を確保し、そのための枠組みを整備するものであって、必ずしも福祉国家の構造や「福祉」の内実を十分に提示していないとの指摘がなされた。
 第二に、本研究は私的自治と国家的干渉という対立軸で福祉国家思想の展開を跡付けようとするものであるが、その場合、国家的干渉がまだ政策論として十分に内実化されていないとの指摘があった。
 第三に、「私的自治」についても、具体的な内容説明が必要との指摘があった。政治レベルでの中央と地方の関係については、とくにプロイセンに特殊な二重写しの国家構成についての言及がほしいと思われた。また私的自治においてカトリック教会が果たした役割や活動内容についての論及も望まれる点であった。この点は、木村氏がカトリック社会政策思想の研究実績をもつだけに一層残念である。
 今後に関して言えば、本研究のように福祉国家思想の全史的な把握を試みる場合には、政策思想を裏打ちする社会的・経済的基盤を明らかにすることが必要となろう。資本主義国家がその主要な政策体系を「規制政策」から「給付政策」に移して「福祉国家」を成立せしめるとすれば、ドイツではどの時点が分水嶺であったのか、そしてそれを規定する要因はなんであったかは是非とも知りたい点である。とくにドイツでは、ナチス国家の幻影から福祉国家でなく社会国家が標榜されたとすれば、ナチス型福祉国家の内実を明らかにすることによって、木村氏が論文の題目に「社会国家」ではなく、あえて「福祉国家」を掲げた理由を説明することになるであろう。
 以上のような将来課題を残しているものの、これらの点については木村氏本人も自覚しており、本研究の意義を失わせるものではない。本研究は先駆的な研究業績として十二分の価値をもつものと認められる。
 審査員一同は、木村周市朗氏に対し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与することが適当であると判断する。

最終試験の結果の要旨

2002年2月19日

 平成14年2月19日、学位論文提出者木村周市朗氏についての最終試験を行った。
 本試験においては、審査委員が提出論文『ドイツ福祉国家思想史』について、 逐一疑問点について説明を求めたのに対して、木村周市朗氏はいずれにも十分 な説明を与えた。
 また、本学学位規則第4条第3項に定める外国語および専攻学術に関する学力 認定においても、木村周市朗氏は十分な学力を持つことを証明した。
 よって審査委員一同は木村周市朗氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与さ れるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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