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博士論文審査要旨

論文題目:フランス革命とパリの民衆――「世論」から「革命政府」を問い直す
著者:松浦 義弘 (MATSUURA, Yoshihiro)
論文審査委員:森村敏己、秋山晋吾、山崎耕一

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1 本論文の概要
 本論文は、食糧騒擾の頻発という緊迫した社会情勢を背景に、民衆の「世論」およびパリのセクションの動向を丹念に分析することで、フランス革命における恐怖政治期に起きた「ジェルミナルのドラマ」と、その恐怖政治を終結させた「テルミドール9日のクーデタ」について新たな解釈を提示するとともに、主権者たる「国民」概念が形成されつつあった時代に、主権が行使される様態をめぐって生じた対立とその帰結を明らかにした力作である。

2 本論文の成果と問題点
 本論文の成果は何よりも丹念な史料調査によって共和暦II年に生じた「ジェルミナルのドラマ」および「テルミドール9日のクーデタ」に関する従来の解釈を批判し、新たな、そして説得的な解釈を提示したことにある。エベール派とダントン派の粛清がサン=キュロットの革命政府からの離反を招き、それが「テルミドール9日のクーデタ」におけるロベスピエール派失脚の原因となったとするこれまでの解釈に対し、松浦氏は監視委員報告を丹念に読み込むことで、エベール派は粛清される前から民衆の支持を失っており、彼らの失脚は民衆からむしろ好意的に受け止められたこと、また、ダントン派の逮捕と処刑が民衆の間に生み出した動揺も一時的なものにすぎなかったことを論証した。さらに、「テルミドール9日のクーデタ」については、パリの48セクション全てに関して「セクション総会」「民事委員会」「革命委員会」の三つの機関、さらには各セクションの国民衛兵と砲兵が当日取った行動を詳細に分析することで、セクションの大半は当初からロベスピエール派が拠点とするコミューン総会ではなく、国民公会を支持していたことが明らかとされた。セクションの動向を対象としたこの第IV部は、史料調査の徹底ぶりという点でも、論証の緻密さという点でも圧巻といえる。
 次に、「権力地図」という用語を用いて、共和暦II年というこの時期に、主権の行使の仕方をめぐるある種の合意が議会と民衆の間に成立していたことを明らかにした点が挙げられる。蜂起という暴力を伴う民衆による直接的な人民主権の行使を容認する見解と、議会が人民に代わって間接的に主権を行使する、いわば議会制民主主義というふたつの政治的立場がせめぎ合う中で、フリメール14日の法令が定めた「権力地図」は、議会制民主主義の優位を明確にし、民衆もそれを受け入れていたことが明らかにされた。それにより、本書はフランス革命において議会制民主主義を支える政治文化が成立する重要な局面を鮮やかに切り取ることに成功している。
 他方、このフリメール14日の法令が民衆に受け入れられた理由は論じられていない。一片の法令によって民衆の政治行動が一気に変化するとは考えられない以上、この法令を受け入れる素地は予め存在したと見るべきであろう。法令はむしろ民衆の中に生じていた変化と共鳴し、その流れを加速したのではないか。だとすれば、議会を通じた主権の行使を正当なものとする政治文化がどのように民衆の中で形成されていったのかが問われるべきだろう。ただし、史料上の制約を考慮すれば、この点に関する議論が十分に展開されていないことは、本書の学術的価値を何ら損なうものではないと考える。

最終試験の結果の要旨

2017年5月17日

 2017 年 4 月 14 日、学位請求論文提出者、松浦義弘氏の論文について最終試験を行った。
 試験において審査委員が、提出論文「フランス革命とパリの民衆―「世論」から「革命政府」を問い直す―」に関する疑問点について説明を求めたのに対し、松浦義弘氏はいすれも的確に対応し、十分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、所定の試問の結果を合わせて考慮し、松浦義弘氏が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

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