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博士論文審査要旨

論文題目:日本型排外主義-在特会・外国人参政権・東アジア地政学
著者:樋口 直人 (HIGUCHI,Naoto)
論文審査委員:町村 敬志、伊藤 るり、田中 拓道

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1 本論文の構成
近年、日本では外国人排斥を声高に叫ぶ排外主義運動が台頭してきた。本論文は、こうした運動のなかでも代表的組織のひとつである「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を対象に、そのような組織がなぜ急激に勢力を拡大しえたのか、また、「在日特権」といった虚構の流布がなぜ可能になったのかという問いについて、活動家を対象とした膨大なインタビューおよび運動を取り巻く政治的・社会的背景に関する詳細な資料をもとに、考察を行う。
問題提起(序章、第1~2章)に続く全体は、活動家インタビューに基づくミクロ過程分析(第3~5章)、運動を取り巻く政治過程や政治構造を対象としたマクロ過程分析(第6~8章)に分けられる。
著者は本論文提出に先立って同名の著書『日本型排外主義――在特会・外国人参政権・東アジア地政学』(名古屋大学出版会、2014年)を刊行している。本論文は、この書籍をもとにしたものであるが、刊行後の批評等に応える形で補論が追加されているほか、原著には含まれていない排外主義運動活動家34人分に対する詳細なインタビュー記録が資料として掲載されている。
論文の構成は以下の通りである。

プロローグ
序章 日本型排外主義をめぐる問い
第1章 誰がなぜ極右を支持するのか――支持者像と支持の論理――
第2章 不満・不安で排外主義運動を説明できるのか
第3章 活動家の政治的社会化とイデオロギー形成
第4章 排外主義運動への誘引――「在日特権」フレームはなぜ共鳴するのか――
第5章 インターネットと資源動員――なぜ在特会は動員に成功したのか――
第6章 排外主義運動と政治──右派論壇の変容と排外主義運動との連続性をめぐって──
第7章 国を滅ぼす参政権?――外国人参政権問題の安全保障化――
第8章 東アジア地政学と日本型排外主義――なぜ在日コリアンが標的となるのか――
エピローグ
補論 日本政治のなかの極右
補論 調査とデータについて
あとがきと謝辞、そして若干の後日談
文献一覧
資料 排外主義運動の活動家に対する聞き取り記録

2 本論文の概要
 本論文は、2000年代に入り急速に姿を現したかにみえる日本の排外主義的運動を対象としながら、精緻な理論と大胆な実証作業をもとに、その「日本的」な特色の解明という課題に正面から取り組んだ、きわめて意欲的かつ独創的な作品である。
 序章から第2章にかけて、著者はまず本論文の基本的な課題を提示する。本論文における著者の基本的な問いは「在特会のような排外主義的運動がなぜ急激に勢力を拡大しえたのか」、言いかえると「捉えどころのないネットユーザーに働きかけ、「在日特権」なる虚構を信じさせるという「離れ業」がなぜ可能になるのか」と要約できる。
この問いに対しては、たとえば「非正規雇用の増加などに伴う不安・不満が、弱者の排斥に向かうという見方」が一般には指摘されることが多い。著者はまず、この「不安・不満」説の当否を丹念に検討する。そしてこの見方を否定することから出発をする。こうした判断の根拠を得たのが、在特会を対象とする既存のルポルタージュ、および著者が実施した在特会の活動家34名を対象とする詳細なインタビュー調査であった。後者によると、組織をする側の活動家層は新中間層に属する者が多く、学歴も概して高かった。
しかしだとすると、なぜそうした層が極端な排外主義へと走ったのか。本論文ははじめにミクロ(個々の活動家)の面からこの問いを考察する(第3~5章)。
まず、活動家層は排外主義運動との接触以前にどのような政治的志向を持っていたのか。上記34名のうち、「草の根保守」が18名、「右翼・排外主義」が10名で、もともと保守的イデオロギーをもつ層が大部分を占めていた。ただし、「草の根保守」にノンポリ層6名も加え、必ずしも多数が極端な政治志向を持っていたわけではなかった。
だとすると、説明されなければならないのは、排外主義的な「在日特権」言説がなぜ幅広い保守層へと拡散していったのかである。ここで著者は、政治社会学におけるフレーム調整の考え方を援用する。慎重な論理的手続きを踏みながら、著者は最終的に、次のような過程が活動家になる層では優越したと指摘する。すなわち、元来必ずしも極端な志向性を有してはいなかった保守層がまず歴史修正主義に触れ、「自虐」「反日」といった言説フレームに共鳴していく。その上で、これと関わるとされる「在日特権」フレームにも共鳴することになる。著者の表現によれば、「在日特権」という虚構は、歴史修正主義のもつ物語の包括性に寄生する形で受け入れられていった。ちなみにインターネットは、この過程において人々の政治的立場を変えるほどの強い影響力を持ってはいなかったものの、既存の保守的立場を拡張していく媒介的役割を果たした可能性があると、著者は要約する。
以上のミクロ動員過程の分析から明らかになったこと、それは、人々が排外主義の活動家として参加に至る経路とは、それ自体としてみれば「合理的」に理解することが可能なものであったという点だと、著者は指摘する。にもかかわらず、「非合理的」な排外主義は急速に受容されてしまう。だとするならば、そこには、ミクロ動員の過程だけには還元できない構造的な要因が存在することになる。
こうした問いかけに基づき、後半の第6章から8章では、変化する「言説の機会構造」の中で、在日コリアンを標的とする排外主義が相対的に力を得ていくマクロな過程が描き出される。
80年代以降の右派論壇誌の記事データ分析によれば、「近隣諸国に対する敵意」「歴史修正主義」といった言説は2000年代までには出そろっていた。対照的に「在日外国人」への関心はもともと薄かった。しかしそこに、インターネットにおいて独自に作られた「在日特権」という言説フレームが登場する。これにより、近隣諸国への敵意が国内の外国人へも拡張される回路が開かれ、排外主義が姿を現すことになる。
以上の動きは、元来、制度政治とは異なるサブ領域で展開していた。だがいったん登場した「在日特権」という言説フレームは、今度は制度政治の領域に逆流していく。その典型が「外国人参政権」を「安全保障」の観点から批判していく主張の台頭であった。
なぜこのような回路が容易に開かれてしまうのか。著者は最終的に、日本における排外主義が、東アジア地政学の影響の下にあったことを指摘する。在日コリアンを独自の交渉対象として位置づけてこなかった日本政府の下では、日本と韓国/北朝鮮との関係が在日コリアンに反映されるという三者関係が長く支配的であった。このため韓国や北朝鮮との関係が悪化すると、敵視の対象が在日コリアンに拡張されてしまう。2000年代における排外主義運動の台頭はこうした構図によって促進されたのである。

3 本論文の成果
本論文のおもな成果は次の3点に要約することができる。
第1に、本論文の大きな意義として、現代日本におけるもっとも重要な社会問題のひとつとなりつつある、在日コリアンを対象とする排外主義運動について、ミクロ・メゾ・マクロにわたる多層的な検討を通じ、その生成の背景をきわめて緻密にまた論理的に明らかにしたことをまず指摘しなければならない。本研究は、極右運動に関する国際的研究成果を十分に取り入れつつ練り上げられたものであり、その成果は、社会学における社会運動研究として国際的にも高い学術的水準を有している。加えて、ヘイトスピーチ問題に揺れる日本の現実政治に対しても、本論文は、冷静でかつ確固とした批判的検討の基盤を提供することによって、大きな影響力をもちつつある。
第2に、とりわけ排外主義運動のなかでもその中心を占める在特会については、ルポルタージュ的な仕事も含め、その台頭理由についての紹介がこれまでもなされてきた。だが、それらは概して印象論の域を出ないものであった。蔓延し始めているナショナリズムの背景を、人々が抱える「不安」や「大衆社会論」的な動員メカニズムへと簡単に結びつけてしまうのではなく、活動参加者の生活史や政治的経験にまで降りて、運動の「根」の深さを丹念に明らかにした点は、本論文のもっとも優れた貢献のひとつである。社会全体に不安・不満を強くもつ不安定層の存在が排外主義運動の発生を規定したという見方は、本論文ではむしろ否定される。そうではなく、もともと「保守」的ではあっても在日外国人に興味などもっていなかった個人を、排外主義へと水路づけていくミクロ動員の回路、そしてその基盤にあってミクロ動員を促進するマクロな言説構造が相乗的に形成されたことが、分厚い実証データとともに丹念に明らかにされていく。
 第3に、本論文執筆に当たって、著者は在特会に参加する34人の活動家を対象とするインタビューを実施し、メンバーの生い立ちや経歴、活動参加の経緯、活動の内容などをきわめて詳細に明らかにした。本論文の後半には200頁を超える聴き取り記録が資料として添付されている。著者は、在特会の主張に対して意見を異にする立場にあり、インタビューにおいても調査目的を隠しているわけではない。そうした厳しい状況の下で実際に面談を行い、調査を実施するにはきわめて多くの困難を伴う。著者はその誠実な態度、揺るぎのない姿勢で知られる存在であり、そうした長年の実績を踏まえて初めて本調査は実施することが可能になった。移民排斥などの極右運動はヨーロッパなどでも増加し、それにともない多くの研究が生まれている。しかし、本論文のように多数の活動家を対象とした分厚いインタビューを含め、活動参加の基盤にまで踏み込もうとした仕事は多くない。その意味で、国際的にみてもこれら資料には大きな学術的価値がある。
 以上で述べてきたように、本論文は、学術研究としてきわめて高い評価に値する。しかし、残された検討課題がないわけではない。 
 第1に、ヘイトスピーチを駆使する排外主義的な運動を支える活動家層のかなりが、「不安・不満」によって煽られたような「非合理的」な存在ではもともとなく、いわば「合理的」に理解可能な動員のメカニズムを経て運動に参加することになっていったという本書の指摘は、十分な実証データを基づいており、確かに納得できるものであった。しかしそれでも結果からみれば、たとえば「「在日特権」なる虚構」は現にネットを通じて流布され、非合理的な憎悪のことばで街頭が充たされるという事態が、確かに生じてしまっている。
この、いわば「憎悪」の根底にあるノーマルネスをどのような文脈で理解するべきか。もともと「合理的」な存在であるがゆえに、少なくとも組織的な活動家層については、「合理的」な手段で翻心される可能性をもつと考えるのか。それとも「憎悪」をビルトインされたノーマルネスは、より根深い問題を引き起こしていくのか。本論文の発見から引き出された問いの奥は、なおきわめて深い。
 第2に、本論文は34名にもおよぶ在特会メンバーを対象に丹念なインタビューを実施することにより、在特会の特性についてきわめて明快な情報を提供している。多くが新中間層に属しており学歴も概して高いこともこの限りで疑いない。しかし、著者も慎重に述べているように、調査対象者は団体の活動家層であり、またインタビューに答えることを許可された層でもある。このグループについての発見を、排外主義的な運動に関わりをもつ幅広い集群にまで拡張することははたして可能か。本論文は、自ら実証できる以上のことを憶測では語らないという、禁欲的な誠実さで裏打ちされており、それが内容の信頼性につながっている。したがって、こうした問いに答えを出していないこと自体は問題とは言えない。しかし、運動に関わる参加者全体について、はたして「不安原因説」はなお妥当しないのか。インタビュー対象者は運動参加者全体のなかでどのような位置を占める層なのか。冒頭のような大きな問いをたてる以上、こうした点への何らかの言及はやはり避けて通れないと考えられる。
 第3に、本論文は、日本型排外主義の根源的な原因を、東アジアの地政学的要因、そしてそこにおいて責任を果たさずあいまいな姿勢をとってきた日本、という歴史的要因へ求めていく。したがって、排外主義の台頭という問題を解決するためには、そうした歴史と誠実に向き合っていく必要がある。こうした結論にもちろん異存はない。また歴史的経緯を含むマクロ・レベルの要因によってミクロ動員の過程が規定されてきたことも否定できない。しかし、膨大かつ丹念なインタビューがもつ内容の豊かさを見るにつけ、この論文として、やはり前半のミクロ・レベルの分析をこの作品としての結論へともう少し直接生かす方途はなかったのか、という印象はぬぐえない。もっとも、著者はこれらインタビュー結果をすでにネット上で一般に公開をしている。この記録から何を読み解いていくのかは、むしろ本論文の読者に投げかけられていると考えた方がよいのだろう。
以上の点はいずれも、本論文が達成をした大きな成果を前提に提起される課題である。これらの諸点は著者も十分認識しており、今後の研究においてさらに深く考察されていくものと確信する。よって審査員一同は、本論文が当該分野の研究に十分に寄与したと判断し、一橋大学博士(社会学)の学位を授与するに値するものと認定する。

最終試験の結果の要旨

2015年9月25日

2015年7月6日、学位論文提出者樋口直人氏の論文について最終試験を行った。試験においては、「日本型排外主義――在特会・外国人参政権・東アジア地政学」に関する疑問点について審査委員から説明を求めたのに対して、樋口直人氏はいずれも十分な説明を与えた。
 よって、審査員一同は、所定の試験結果をあわせて考慮し、本論文の筆者が一橋大学学位規則第5条第3項の規定により一橋大学博士(社会学)の学位を受けるに値するものと判断する。

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