一橋大学の教育学
1.〈教育と社会〉の学の構築をめざして
一橋大学の教育学は、社会科学の歴史の中で登場してきた教育諸学を継承し、それらの共同によって教育と社会との関連を問うていく「〈教育と社会〉の学」を構築することをめざしています。一橋大学がめざす〈教育と社会〉の学とは、歴史的現実のただなかを生きる力の形成という教育や人間形成という営み自体が社会的に規定されているという事実を看過し、社会から切り離して研究するものではないのです。子ども・青年の発達問題のみならず、成人の生き方の問い直しをも射程に入れ、労働・生活のあり方と結びついたかたちで考えようとしています。
それは、社会変動のもとで教育と社会の関係の調整をはかる営みをどう解き明かすかという課題に取り組むことでもあります。すなわち、教育のあるべき姿から像を描こうとする目的的規定と、教育の生きられた現実から像を描こうとする社会的規定の相克をどう解くか、ということといえるでしょう。
下の図は、〈教育と社会〉の学をイメージとして示したものです。
2. 研究領域の構成
一橋大学がめざす〈教育と社会〉の学は、(1)教育の社会史、(2)教育社会学や教育法制を含む教育計画、(3)環境教育などを含むグローバルな教育課題、(4)身体教育研究から構成されています。
(1)教育の社会史
教育の社会史研究は、人々が教育というものとどのように向き合ってきたかを明らかにしながら教育の歴史的な性格を解明する研究領域です。
教育はその社会の歴史的・社会的な性格に基づいてその内容をさだめています。特に、近年、教育が近代的な所産であるという視点での研究が進展するなかで、近代社会と教育の特殊性の検討に焦点があてられています。ただし教育は、世代交代を調整しスムーズに成し遂げていく技を原型としたものでもあります。世代交代は生物にとって、それ自体が自然過程であり、命を賭して次世代にその生命を繋ぎ渡す行為です。そうした生物レベルでの位相を踏まえながら、一方でその社会、政治、経済による規定関係を押さえる認識にたちます。市場、国家、人々の生活といった相互に関連しながらも次元を異に構成された社会の全体性の上に生きられた教育の歴史的展開を捉えていくということが求められています。
そのためには、国家による管理の制度と意図の歴史だけではない、匿名の人々によって生きられてきた歴史過程に注目する必要があります。その際、子どもの社会化と人間の自立のさまを制度や意識の水面下に沈んで見えにくくなっている位相にまでさかのぼって照らし出すことが必要であり、さらには「教え-学ぶ」という対象だけではなく、「産み・育てる」など、人間形成全体のなかに教育のシステムを位置づけることが求められます。それをふまえながら、世界と日本における教育の成立と解体と再生の過程を探るものです。
教育の歴史研究は制度史・思想史・実践史といった個別の領域で蓄積を遂げてきましたが、〈教育と社会〉の学ではそれらを教育の社会史研究という枠組みで組み替えて統一的に捉え、新しい局面をえがき、ひいては未来への展望を読み解こうとしています。
そのために、教育史が教育史として閉じられたり、制度史として閉じられたりすることに批判を加えています。それをふまえたアプローチのうちから二つをあげておきましょう。
a) 人々の発達の地域比較的な検討という比較発達社会史的な作業として、地域の社会過程を克明においながら、そのなかでの若い世代の発達課題を検討すること。
b) 制度化された教育の世界とフォークペダゴジーとの関係の検討として、生活を背負って学校に通う子どもが制度化された教育機関である学校とどのような距離をとり、あるいは利用関係を作り上げてきたか、制度化された学校の実態と共に描き出すこと。
その他、人々の生きた諸相での教育を描き出す様々な課題が設定されるでしょう。
(2)教育計画
人間形成が社会からいかなる影響を受けてきたのか、その歴史的な変化と特徴を社会学的に解明するのが教育の社会史だとすれば、もう一つの流れは人間形成に影響を与える社会諸力の調整を計画的に図ろうとするのが教育計画です。
教育計画といえば、社会発展に寄与する政策=技術の学だ、という考え方があります。それを全面的に否定する必要はないのですが、教育計画とは技術の学がすべてではありません。そうした認識をふまえたアプローチを二つあげておきましょう。
a) 教育計画の前提には、社会状況を正確に把握し、克服すべき課題を自覚することが必要不可欠です。それは家族・地域・学校制度そのほかのさまざまな社会集団・社会メカニズム-たとえば社会階層、教育制度の競争的性格や教育当事者にみられる独特な文化-が子どもの発達や人間形成をめぐってどのような影響力や潜在的効果をもっているのか、あるいは教育と人間形成の社会過程の産物がどのような社会的性格をもつようになっているのかを見極めることです。Sociology of Education=狭義の教育社会学と呼ばれる学問領域がこれに相当しますが、こうした社会過程の顕在的・潜在的影響を明らかにし、現代的に再編成をするような、改革の理論と実践の探求をすることが一つの探求課題です。
b) 他方で、国家によって組織化・計画化された主体形成も存在します。個々の教育と人間形成の営みは、このような権力に裏づけられた意図的な営みとしての教育政策と一定の緊張関係をもって行われます。そこで、教育政策や教育行政が教育という社会的営みとどういう構造的位置にたつのか、その歴史的・社会的根拠と性格・機能を解明することが必要となります。このように、教育と社会の関係を反映している基礎概念として教育政策や教育行政を位置づけ、政策の形成・実施の過程を分析すること-一般には教育政策・教育法制研究と呼ばれている領域-がもう一つの探求課題です。
(3)グローバルな教育課題
政治・経済・文化などさまざまな次元でのグローバル化が進む中、教育課題の新たな潮流が生まれつつあります。こうした社会の変化と教育思想・実践のエコロジカルな連関や、異文化間の対話を促進する教育のあり方と人間形成といったことが研究対象となりえます。
さまざまな環境教育論が流通する中、本学での環境教育学がめざすところは環境権認識の確立にあります。それは公害を含む環境破壊の現実と環境教育実践の現場から、世界史的現実を自らの地域課題とつなげて考えようという発想です。そこには官製の教育とは異なる民間在野のエトスと民衆的理性の中から教育をつくりあげようという意識が底流にあります。
個人のアイデンティティ形成と社会秩序形成は深い関係をもちます。アイデンティティ形成に必要な資源のえやすさは社会秩序の中の個人の位置に規定されます。アイデンティティ獲得の場が多様になれば、そこで組み立てられる個人にも幅が生まれ、社会のパラダイム転換の可能性が生み出されます。こうした問題意識を、〈教育と社会の学〉は共有し、これを人間形成という視点からみようとします。
(4)身体教育研究
身体教育研究とは、「身体のあり方に対する意図的な働きかけ」を人間形成全体との関連の中で探究する研究領域です。
身体のあり方は、すべてが遺伝に支配されているわけではなく、常に変化する可能性を有しています。そうした身体の変化可能性を前提に、私たちの社会では、身体への働きかけがさまざまな形で行われています。たとえば、学校教育においては、子どもの身体に対して、発育・発達を方向付け、健康を保護・管理するために学校体育や学校保健が整備されてきました。また社会福祉においては、障害者や高齢者の身体に対して、機能回復を目指すリハビリテーションや健康維持を目指す介護予防実践が拡大しつつあります。
こうした身体のあり方への働きかけは、なぜ必要とされ、どのように行われているのか。それは、人間形成全体にとっていかなる意味を持つのか。そして、そもそも「身体」とは何なのでしょうか。
これらの問いを解くためには、教育学を中心とした人文社会科学を学際的に組み合わせるとともに、医学・生理学などの自然科学も看過することはできません。身体の自然的側面と社会的側面の両方を理解する必要があります。そうしてはじめて、身体の側面から〈教育と社会〉の学を構築することができるのです。