【第21回】一橋哲学・社会思想セミナー


【日 時】 2020年12月 4日(金) 13:30 -18:00 (進捗に応じて変更あり)

【場 所】 Zoomで行います。参加希望者は担当者(m.igashira[at]r.hit-u.ac.jp)までご連絡ください。

講演者】 安倍里美(三重大学)

【講演タイトル】 理由を中心概念とするメタ倫理学が私たちに示しうるものは何か

【要旨】
 20世紀末頃から多くの英米系哲学者の関心を集めるようになった理由概念は、いまや道徳性や規範性の基本単位として一定の地位を獲得したと言える。少なからぬ数の研究者たちが、彼ら彼女らの議論の中心概念を「良さ」や「正しさ」や「べし」といったものから理由へと移行させた動機を推測することは比較的容易である。たとえば、価値や義務に関わる様々な概念を理由という一つの概念との関係において統一的に説明するというシナリオは、私たちの実践的熟慮のあり方を理解するために概念分析のアプローチをとる人々にとって非常に魅力的である。また、私たちが一切理由を気にかけず自分の振る舞いを決めるということを想定するのは相当程度難しいという洞察から、道徳への懐疑論に対して規範性の懐疑論を取ることはできないのではないか、という挑戦を投げかけることもできる。
 理由による道徳性や規範性の理解を目指す議論には、このように一応メリットがあると言える。しかしながら、つぎのような批判が存在することも事実である。すなわち、大局的に見れば、理由概念を用いた議論は、従来用いてきた概念でも説明可能だったことについて多少目端の利いた解説を与えられるだけで、重要な発見をもたらしていない(これからもたらすこともない)。理由を中心概念とするメタ倫理学がこのような批判に耐えうるかどうかは、理由があるということをどのように理解するかに依存する。もしも、理由の規範性を「私たちのなすべきこと」の規範性から逆算的に把握してしまうなら、理由を中心概念とするメタ倫理学がその独自性を示すことは難しくなる。そうではなく、「支持する」という言葉で表現される理由の規範性に何か独自のものを見いだすことができ、かつその理由理解からスタートすれば、その他の概念をめぐる探求では示し得ない道徳性や規範性についての事実を示すことができるとか、従来難問とされてきたものを解決できるとかいったことを示すことがこの批判への有効な応答となるだろう。
 本講演の最終目的は、上記のような応答が可能であることを示すことにある。そこでまずは、規範的理由、動機付け理由、説明的理由、正当化理由、基礎付け的理由といった理由の分類や、行為者の動機付けについての事実と理由の関係に関する論争や、良さや正しさや義務といった概念を理由によって分析する試みなどの紹介を通じて、理由そのものの規範性の適切な捉え方に到達することを目指したい。そのために、講演の大部分においては理由概念についてこれまで議論されてきたことを整理する作業を行うことになる。これに加えて、そのような理由理解に基づき、理由を基本単位として道徳性や規範性を解明することで、道徳の客観主義的捉え方と主観主義的捉え方の対立の一つの解消法を提示しうることや、価値と義務の関係についてより説得的な説明を与えうることを示し理由を中心概念とするメタ倫理学の意義を問う批判への応答としたい。