3−3 学術論文の書き方


1 学術論文の考え方

(1)レポートと論文

○レポート: あるテーマについて調べたことの要約・整理

○論文: @自ら問いを設定し、A客観的な論理やデータに基づいて、B自分なりの立場や主張を論証したもの

(2)オリジナルな考察

 論文ではオリジナルな考察が求められる
→ たんなる要約ではなく、自分の主張を行う。研究論文の場合、序論で研究史を整理し、それらの不十分さを指摘したうえで、自らの課題を設定する

(3)リサーチ・クエスチョン

 論文作成の最初の難関は「リサーチ・クエスチョンの設定」にある

  ↓

2 問いの設定

(1)基本的な考え方

・論文ではgoogleですぐに調べられるような問題は扱わない

例 ×日米安保の現状 ×日本の選挙制度について

・複数の答えが可能な「問い」を立て、ある立場を選択する

例 ×日本の若年層就労政策
→ ○雇用の柔軟化は世代間の公平をもたらすか?――日英の比較
  
例 ×選挙とインターネット
→ ○ネットを使った選挙運動は民主主義の深化につながるか?――アメリカの○年の選挙を事例として

・大きな問題、射程の長い問題を念頭に置きつつ、テーマはできるだけ具体的に絞る
←  テーマは小さくとも、その背後に現代社会の「大きな問い」につながるもの

例 × ハンナ・アレントとユルゲン・ハバーマスの政治思想
 ○ ハバーマスはアレントの公共性理解をどう修正したか





・自分の力で扱えるテーマであること

 大学図書館、国会図書館、地方や組織の文書館、ネット、インタビューなどによって資料が集まるか?

 自分の語学力で資料が集まるか?

(2)リサーチクエスチョンと仮説

・あらゆる論文は、「リサーチクエスチョン」に対して何らかの答えを導く、という形を取る

・「クエスチョン」に答えるために、より細かな必要な仮説に分解し、検証を重ねる
→ 言葉の定義を最初に行い、「何が検証されれば仮説が実証されたことになるのか」を明確にする

・対抗仮説を検討し、論駁を加える

・仮説の数に合わせて章立てを決める





  例 省略

(3)テーマの設定方法

@対立法: 関連する資料や文献を読む → 相互に対立する主張を抽出

「このテーマについて、Aは〜と主張しているが、Bは〜と主張しており、まだ通説が確立していない。そこで本稿では、…を調査することで、××という点を主張したい。」

A問答法: 最も優れた(権威ある)文献一冊を精読
→ 途中で疑問に感じた点をもとに著者の説に反駁を加える

「〜について、最も代表的な研究者である××は…と述べている。しかし本稿では、△△を指摘することによって、この説を次のように修正する。」


B通説批判: 一般に信じられている通念を、社会科学的な調査や理論によって論駁する

「〜については、一般に…と思われている。しかし本稿では、これまであまり着目されてこなかった××を調べることで、実際には○○であることを明らかにする。」

※現代政治の諸課題

a. 政治理論・公共哲学
リベラリズム論(新自由主義、ロールズの正義論、国家と市場、リバタリアニズム)
コミュニタリアニズム(公共哲学、コミュニティの再建)
デモクラシー論(民主主義の過剰、討議民主主義、ラディカル・デモクラシー、ポピュリズム)
シティズンシップ、多文化主義

b. グローバルな諸問題
南北問題と貧困、開発問題
国際環境政治
グローバル・ガバナンス
国民国家の変容(EU、地域統合、移民問題)

c. 帝国と戦争
アメリカと帝国論
21世紀の戦争(テロ戦争、資源戦争、文明の衝突論)

d. 福祉国家の変容
グローバル化のインパクト
各国の政策比較(社会保障、雇用政策、家族政策、生活保護)
日本の将来像(格差、非正規雇用、日本型雇用、少子高齢化、財政)
新しい取り組み(ベーシックインカム、ワークフェア、教育改革、地方分権)

e. 新しい政治の担い手
フェミニズム
NGO・NPOの活用、市民社会、社会関係資本
地方分権(道州制、二元代表制のゆくえ、地域政党)

f. 情報化と政治の変容
メディア政治、ポピュリズム、ネット選挙、新しいデモクラシーの形
監視社会

g. 日本の政治
統治構造の変容(政党の変容、リーダーシップ、政官関係、二院制)
政界再編(55年体制の崩壊、自民党の変質、新しい政党システムと対立軸、新左派と新右派)
外交政策(日米安保再定義、アジアの新軍拡競争と安全保障、東アジア共同体、国連の役割)

h. 地域政治
欧米の現代政治、政治史
アジア政治、日本との比較

・テーマが見つからなければ…

『朝日キーワード』『日本の論点』などをチェックすれば、ある程度話題となっている論点を知ることができる

『世界』『中央公論』などの総合誌、論壇誌を読めば、何が今議論されているのかを知ることができる(ただし最近は影響力が弱くなり、執筆者も限定されている)。

より学術的には、『年報政治学』、『国際政治』、『日本比較政治学会年報』、『社会政策学会年報』、『政治思想研究』などの学会誌をチェックすることで、近年の議論状況を知ることができる


3 資料の収集

(1)基礎知識の確認

・レファレンスの活用

教科書のほか、『政治学事典』、『経済学事典』、『岩波哲学・思想辞典』、『平凡社百科事典』などによって、当該テーマの標準的な知識を確認する

(2)先行研究の調査

・学術論文は、「先行研究を網羅的に調べ」、「それらに批判を加えて」、「何らかの新しい知見を付け加えること」を目的とする。同じテーマを扱った先行研究は、網羅的に調べ上げる必要がある。

・以下の手段を組み合わせて文献情報を収集し、少なくとも50〜60冊の文献リストを作成する(この段階ではすべて読む必要はない)
 
@インターネット
 書籍情報 国立国会図書館蔵書検索  Google ブックス  Amazon.co.jp
 論文情報 Cinii  Google Scholar   Journal@rchive(日本の学術雑誌をネット上で公開)
 外国語論文に関してはWeb of Science、Science Direct、Citation Indexなどのデータベース
 → 学内図書館からアクセス、または一橋図書館のページからログイン

A関連する本の参考文献
 あつめた文献の脚注に載っている文献から芋づる式に調査
 本屋、図書館の該当の棚を網羅的に調べる

・文献リストを取捨選択しつつ、最終的に20〜30冊程度の必要な文献に絞り込む

(3)情報の収集と整理

・文献は、一次資料(誰かの手で解釈される以前の情報、生の情報、政府機関・新聞の情報を含む)、二次資料(一次資料に解釈を加えた研究書など)に区別される

・集まった資料を読み、要約や抜粋を蓄積していく。最初から最後まで読む必要はなく、必要な個所を読んで情報を抜き出すこと。

→ インプットした情報は必ずアウトプットする。自分で抜き出した情報だけが論文に使えるものとなる。まずはできるだけ幅広く情報を収集し、蓄積する。

・カードの例

      


・レジュメの場合 → 「2-3 レジュメの作り方」を参照

・集まった情報は、論文の構成にあわせてバラバラにし、入れ替えることになる。順番を入れ替えられないノートは使わない。カードかコンピューターを用いた方がよい。

・グループ化

 集まった情報を読みなおす。自分の「リサーチ・クエスチョン」や論理に合わせて順番を入れ替え、内容のまとまりごとにグループ化する
 → こうして新たに作られたまとまりが、論文の章または節となる


4 アウトラインの作成

・集まった資料を読み込みながら、「アウトライン」を作成する

・アウトラインは、ゼミで作成するレジュメに相当し、以下の要素を含む

@全体の章立て
A各章、各節のできるだけ細かい要点(箇条書き)
B資料からの引用、引用元の情報(ギデンズ 1998: 123など)

・アウトラインを作成することで、全体の流れが一瞥でき、論理の弱いところ、情報の蓄積の薄いところ、調査の足りないところが分かってくる。そこに関してさらに文献を調査し、補強する。

・論文の執筆は、できるかぎり詳しいアウトラインの作成と並行して行う

→ 執筆が終わるまで改訂をくり返し、章や節の順番を入れ替えたり、論理の順番を入れ替えたりする

アウトラインの例




5 論文の構成

(1)序論

・序論で書くこと

@問題設定: テーマの社会的・学術的意義、(先行研究の整理と批判)、リサーチ・クエスチョンの設定、仮説の提示

A論証の方法
 
B用いる資料
 
C全体の構成




(2)本論

・本論で書くこと : 自分の立場を論証し、説得するための根拠(統計、具体的事例、確立された理論…)

・説得力ある論理を構築するために、弁証法を参考にする




自分の立場に都合のよい事実やデータを並べるだけ → 説得力弱い

ある立場と対立する立場の両方を検討すること → それらを調停するより優れた立場、より優れた議論を導く


例1 ジェンダー・フリーな社会を築くべき  ⇔ 男女の違いを尊重する社会を築くべき  
→ 真に問われるべきは…

例2 日本はアメリカから自立して軍隊を持つべき ⇔ アメリカとの協調関係を今後とも重視すべき
→  真の問題は…




(3)結論

・結論で書くこと
 @各章の要約、何がどこまで検証されたか
 A序論のリサーチ・クエスチョンに対する(暫定的)解答
 B残された課題




6 脚注、表、文献リスト

(1)脚注

・脚注はなぜ必要か?
 
@重要な情報の論拠を示す
 信頼できる情報源に基づく論述かどうか

A引用と剽窃(ひょうせつ)の区別
 論文の基本は「自分の考え」と「他人の考え」を区別すること
 論文の目的は「新しい知見を付け加えること」 → 剽窃は最も避けるべき行為

B本文の流れを妨げる情報、補足情報

・脚注の付け方 → 省略。参考文献を参照。


7 まとめ




※参考文献

1 入門用

@小笠原喜康『[新版]大学生のためのレポート・論文術』講談社現代新書、2009年
→ 実践的な内容。

A戸田山和久『新版 論文の教室―レポートから卒論まで』NHKブックス、2012年
→ 論文の考え方を分かりやすく解説。

2 中級用

@川崎剛『社会科学系のための「優秀論文」作成術―プロの学術論文から卒論まで』勁草書房、2010年
→ 論文の考え方をくわしく解説。

A澤田昭夫『論文の書き方』講談社学術文庫、1977年
→ この分野の古典。

3 上級用

@ウンベルト・エコ『論文作法―調査・研究・執筆の技術と手順』而立書房、1991年
 → 有名な本なので論文執筆までに図書館で一度は目をとおしていただきたい。

4 文章の作成

@本多勝一『日本語の作文技術』朝日文庫、1987年
 → 日本語の基本的な考え方を知るために。必読。

A共同通信社編『記者ハンドブック 新聞用字用語集』最新版
 → 漢字、送り仮名の使い方を知るために。必携本。


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