2 基本的技術(生活編)



2-1. 本の読み方

 人が一生のうちで読める本には限りがあります。大学を卒業して職に就いたら、読める本はますます限定されます。限られた時間の中でよい本と出会うためには、「読むに値いする本」と「値いしない本」を区別する目を養うことが必要です。

 以下では、その基本的なテクニックを紹介します。


(1)本を判別する目を養う

 「読むに値いする本」とは、「知的な見取り図を与えてくれる本」と「まだ答えのない問題を探求している本」です。まずは「見取り図を与えてくれる本」を読むことをお勧めします。一般に「名著」「古典」と呼ばれているものは、どちらかに相当します。

 では、読むに値いする「名著」をどのようにして知ればよいのでしょうか。

大きな本屋を訪ねる

 小説やハウツー本しか置いていない小さな本屋、教科書しか置いていない大学生協に行くだけでは、残念ながら「本を識別する目」は養われません。できるだけ大きな本屋を定期的に訪ねることをお勧めします。

 本屋でやることは、関心のある分野の本を手に取ってみること、よく見かける本をチェックし、著者や題名を覚えること、古い本なのに新刊書店においてある本をチェックすることです。

 本屋によって置いてある本の種類が異なります。できれば、複数の大きな本屋を定期的に訪ねてみてください。

古本屋を訪ねる

 学術的な本を扱っている古本屋は、貴重な情報源です。ある程度「目利き」の人がやっている古本屋には、その分野の「古典」「名著」がたくさん置いてあるはずです。

 まずはこれらの本を立ち読みし、複数の古本屋で値段を比較し、徐々にその分野の「読むべき本」のタイトル、著者などを覚えていくことが出発点です。

 文化的に優れた地域には、必ず古本屋街があります。東京で言えば、神保町早稲田(高田馬場)、本郷など。大阪なら梅田など(※)。こうした地域を訪ねたときは、時間を見つけて古本屋街に立ち寄ってみてください。徐々に自分なりの「知の地図」を作ることができるはずです。

本の紹介・特集に目を通す

 「〜の名著」「〜の100冊」などのタイトルがついた本は、特に初学者にとって有益ですので、手元において参照する価値があります。(佐々木毅『現代政治学の名著』中公新書、岩崎稔ほか編『戦後思想の名著50』平凡社など。)

 雑誌には、よく本を紹介する特集があります。出版社の月報『みすず』『UP』などには、年頭に文化人による読書案内や推薦本の特集があります。

 『週刊読書人』『週刊図書新聞』などの書評新聞も、半年に一回「上半期(下半期)の収穫」と題する特集があります。さらに朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞などには、日曜日に書評欄があります。特に有益なのは朝日、読売の書評欄です。

 図書館で、これらの媒体を定期的にチェックすることで、大まかな知の動向を知ることができます。

教科書、教員を利用する

 教科書の後ろには参考文献リストが付いていることが多く、一定の目安にはなります。ただし、これらは同業者に遠慮して網羅的であることが多く、必ずしもいい文献のみ精選されているとはいえません。この場合、信頼できる教員にリストを提示し、読むべき本を指示してもらえばよいと思います。


(2)新刊本について

 読書にあてられる時間のうち、古典・名著に多くを割いた方が、結果的には効率がよいと思います。ただし、「読むに値いする本」を見分ける目を養うためには、ある程度新刊本にも接する必要があります。では、これらの本をどう読んでいけばよいのでしょうか。

 私の考えでは、新刊本のほとんどは立ち読みで済ませて構いません。読むべき箇所は、前書き、あとがき、目次、序論、結論、経歴です。

 目次を見て、構成が混乱しているもの、一貫性のないもの、本文の改行が多いもの、脚注の付いていないもの、脚注が極端に少ないもの、主観的印象を述べていると思われるものは、買う必要はありません。読まなくてもよいと思います。これらは寿命が短く、あっという間に忘れ去られる本だからです。

 逆に情報が整然としているもの、図表や年表が付いているもの、情報量が多いもの、脚注がしっかり付いているもの、誰かが勧めていたもの、有名なものは、目に留まったら、とりあえず購入しておきましょう。後々まで役に立つはずです。


(3)身銭を切ること

一度読んだ本は必ず忘れる、手元に置くことの重要性
書き込み、線引き
今読まなくても将来読む、今買わないと二度と買わない、出版業界の特徴
目安は、大学1〜2年で月1〜2万円、大学3〜4年で月2〜3万円


2-2. 情報の整理

 すでに書きましたが、受動的に聴いた講義の内容や、例えばテレビ番組の内容は、誰でもあっという間に忘却してしまいます。

 同じように、読み放し本の内容も、何年後かには忘却します。ある程度の量の本を読んでいけば、「読んだことすら忘れる」という経験をするだろうと思います。

 本を読んだり、よい記事・番組に出会ったときには、その情報を自分の手で整理・蓄積する必要があります。具体的には、抜書きをする、疑問点や考えたことを書き付ける、読書ノートにまとめる、などです。大学時代に、知的情報を整理・蓄積するための自分なりの方法を身につけることは、きわめて重要です。


(1)本の読み方

 まず、本を読むときの方法について。「読むに値いする」本でも、重要度にしたがっていくつかの方法を使い分けます。

普通の重要度(7割)
関心を持った部分に線を引く。驚いた点や疑問を持った点について、余白に「!」「?」「↓」「◎」などの記号を付ける。

特に重要(2割)
余白や表裏表紙などに、内容のまとめ、感想、疑問点などを書き付ける。読書ノートに感想を書く。

→ 以上の本は気になった箇所のみ抜粋したメモを保管する。

決定的に重要(1割)
内容を詳しいレジュメにまとめる。読書ノートにまとめる。

 かつてマルクスは、大英図書館に通いつめて24冊もの抜書きノートを作り、後に『資本論』という歴史に残る名著を書き上げました。大学時代に少しでも後に残る読書ノートを蓄積してください。


(2)情報整理のツールを使う

コンピュータを使う

 学生時代に自分のコンピュータを購入し、使いこなすことは、知的な成長にとって非常に重要なことです。

 コンピュータの最大の利点は、インターネットの閲覧やメイルの使用というよりも、情報の効率的な「整理」と「蓄積」という点にあります。具体的には以下のようなことです。

 自分の作成したレポート、読書ノート、本のレジュメ、メモ、ネット上の情報、日ごろ思い浮かんだアイディアなどを、一台のコンピュータに蓄積すること。コンピュータを買い換えてもこれらをコピーして蓄積しつづけること。

 たとえば私の場合、ノート型パソコン(4台目)に大学時代以来の十数年分の読書レジュメ、論文、メモなどを蓄積し、常に携帯しています。各種語学辞書や百科事典のソフトも入れています。

 最近では、Googleを使ってコンピュータ内部の情報やメイルをネット上に保管することも可能になっています。また、コンピュータ内の情報をすばやく検索できるGoogle デスクトップというサービスも提供されています。

 なお、最近の情報機器については以下が参考になります。

  勝間和代『効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法』ダイヤモンド社、2007年

情報カードを使う

 コンピュータが一般化するまで、日本では「大学カード」と呼ばれるB6版のカードを用いて情報整理が行われてきました。以下はカードを用いた発想法、情報管理法の古典です。一冊目はビジネスでも使われるKJ法の解説、二冊目は人類学者による発想法、三冊目はジャーナリストによる情報整理法。

  川喜多二郎『発想法―創造性開発のために』中公新書、1967年

  梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波新書、1969年

  立花隆『「知」のソフトウェア』講談社現代新書、1984年

最近の本として以下も有益。野口氏の本は「押し出しファイル方式」による書類整理のノウハウ本。立花氏の本は知の巨人と称される読書家による読書論。

  野口悠紀雄『「超」整理法―情報検索と発想の新システム』中公新書、1993年

  立花隆『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』
  文春文庫、1999年


2-3. 生活のオーガナイズ


(1)勉強場所を確保する
 
 「ここに来れば本を読む/勉強できる」、という場所を確保すること。儀式のようにルーティーン化すること。
「ほとんどの学生は、勉強のための決まった時間だけでなく、決まった場所を持つことが有益であることを理解している。勉強と知的な作業のために、いつも決まった机と椅子を使いなさい。この場所は、そのうち勉強を意味することになるであろう。決まった時間、決まった場所に座ることは、自動的にあなたにとって作業や勉強への準備となるであろう。」(A. W. コーンハウザー『大学で勉強する方法』玉川大学出版部、1995年、36頁)


(2)選択と集中


 大学時代には、やりたいこともたくさんあると思いますが、いくつかのことに絞ってお金と時間を集中的に投資することも必要です。具体的には以下のようなことです。

― コンピュータを買うこと

― 身銭を切って本を買うこと

― 古典・名著を読むこと

― 優れた文学・映画・演劇・美術・音楽に数多く接すること

― 語学をやること

― 留学に行くこと

― 海外旅行をすること

― OB訪問などを行うこと


2-4. 語学について

 どんな分野に進むにせよ、外国語ができることは将来強力な武器になります。少なくとも英語のコミュニケーションと読み書きは、English-speaking countriesで使えるレベルになることを目指しましょう。

 残念ながら、大学の授業を受けるだけでは、このレベルに達することはできません。時間を見つけて以下の作業を日常生活に組み込むことをお勧めします。

(1)単語帳を作る

 語学は、誰もが勉強量に比例してうまくなれる最も単純な分野です。特殊な方法はありません。単語と熟語を多く覚えることが最大の近道です。「聞き流す」だけでうまくなることはありません。知らない表現が出てくるたびに、単語帳に書き付けて記憶する、この繰り返しです。

(2)たくさん聞く

 インターネットではBBCニュースやNBCニュースなどを動画・音声で常時聞くことができます(無料)。英語圏ではオーディオ・ブックもたくさん発売されており、Amazonなどで購入できます。それをipodなどに入れて繰り返し聞くこともできます。

(3)固定表現を体で覚える 

 日常のほとんどの表現は、決まった場面で決まりきった表現の固まりとして用いられます。音声を聞きながら、自分の口でそれを繰り返すことを何度も練習すると、そうした表現が口をついて出てくるようになります。

(4)旅行に行く

 英語圏でしばらく生活すると語学にたいする意識が高まります。アメリカ、イギリスなどだけではなく、フィリピンなどアジアでも英語を用いている国が多くあり、比較的安く長期滞在することもできます。

(5)留学に行く

 最も優れた方法は留学に行くことです。大学時代の留学は、現地で日本人とつるんで生活したりしない限り、将来必ずリターンのある確実な投資と言えます。


2-5. 環境について

 若い時代の知的成長は、個人の素質よりも、周囲の環境に決定的に影響されます。知的に優れた環境に身を置くこと。知的に優れた人とつきあうこと。周囲にそうした環境や人脈がない場合、人為的に作り出す努力をすること。

人間関係

 読んだ本、見た映画・芸術、政治的・社会的・経済的事件について、日常的に情報交換し、議論できる人的関係を作る。

→ 「読書会」を企画し、貼り紙を張って募集することで、知的に優れた人と出会える可能性が高まります。

自発的活動

 自発的な勉強会、集会、文化的イベントに日常的に参加する。
 古本屋、ミニシアター系映画館、演劇、美術館、2フロア以上の本屋などに定期的に通える。
 マスメディアや官報以外の自主的な出版物が流通している(※※)。


※新潟の代表的本屋

ジュンク堂新潟店

2007年3月新潟駅南口にオープン。1300坪の売り場面積。専門書の品揃えも、首都圏の三省堂(神保町)、紀伊国屋(新宿)などの代表的書店に負けていない。学生の方はぜひ足繁く通って欲しい。

住所 950-0917 新潟県新潟市中央区笹口1-1 プラーカ1
電話 025-374-4411
営業時間 10:00〜21:00


紀伊国屋書店新潟店

万代の本屋。380坪の売り場面積(新宿本店の約1/4)ということだが、専門書の品揃えは今ひとつ。

住所 新潟市万代1-3-30万代シルバーホテルビル2F
電話 025-241-5281
営業時間 10:00〜19:30


萬松堂

http://furumachi.jp/pc/shop.cfm?SNO=2292221

古町の本屋。3階立てで充実した知的な品揃え。江戸末期創業とのこと。

住所 新潟市古町通6番町958
電話番号 025-229-2221
営業時間 9 : 40〜20 : 00


佐久間書店

http://www9.ocn.ne.jp/~sakuma/

古本屋の代表格。江戸期創業とのこと。

住所 新潟市古町通4番町565番地      
電話 025−228−3614
営業時間 9 : 00〜19 : 00


※※「マスメディア」「官報」を除く理由は以下を参照してください。これらは「批判的知性」を身に着ける上で効果的ではありません。

  ハーバマス『公共性の構造転換(第2版)』未来社、1994年

「批判的知性」については、ウィリアム・ジェームズ(哲学者)の次の言葉を参照。
「一度生まれとは、彼らの児童期の信念を無反省に受け入れている人々のことである。二度生まれとは、まさに同じ信念を堅持しているとしても、これらの信念にたいする懐疑、批判、検討の長い時期を経てそうしている人々のことである。態度としてみれば、一度生まれの人の信念と二度生まれの人の信念とは、同一であるかもしれない。しかし、一度生まれの人と二度生まれの人の心性、認識枠組み、発達水準は、極端に異なっている。」(ハーバーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』より引用)


関連リンク 橋本努(北海道大学)氏の「学生生活のヒント」