1 基本的考え方



1-1. 講義の利用の仕方

 大学の講義とは、ある分野のおおまかな知の見取り図を知り、自分の関心を引く「問題」を一つでも多く発見し、自分の「意見」を一つでも多く持つために利用するものです。ただ講義を聴くだけでなく、次のような作業を取り入れていただきたいと思います。

(1)疑問点、興味を持った点、自分の考えを、ノートの余白にメモする。

(2)それらについて、自分で本を読んでみる。

(3)感想をノートにまとめる。

(4)以上の点について人と議論する。

 これらを蓄積していくことが、後に残る大きな知的財産となるはずです。


1-2. 教員の利用の仕方

 大学の教員は、それぞれの特定分野の専門家です。教員の最大の利点は、専門分野に関する知の見取り図と、読むべき基本書を知っていることにあります。次のような形でその知識を利用することをお勧めします。

(1)興味を持った分野・問題について、読むべき本を指示してもらう。

(2)本を読んで疑問に思った点、関心を持った点、さらに調べたい点などについて、教員の部屋を訪ねて議論する。

(3)自分の書いたノートや小論文を見せ、添削・批評してもらう。

※以上はオフィス・アワーを活用してください。

 後々まで残るのは、講義を聴いて得ただけの知識より、上記のような形で自分の手で獲得した知識です。


1-3. 「情報のための情報」と「問題の木の成長」

 大学での学習の主たる目的は、知識の暗記ではありません。大きく分けて以下の二つが重要だと思います。

(1)情報のための情報

 講義で学ぶ個々の知識は、教科書、辞書、六法、インターネット、百科事典などに載っています。それらをただ暗記するのではなく、「それらがどう関連して、全体としてどういう体系を作っているのか」「何を参照すれば正確な知識を手に入れられるのか」を知ることが大切です。

 大学でまず学ぶべきは、こうした「情報のための情報」ではないでしょうか。具体的には次のような内容を指します。

― 現在の学問分野はどのような「体系」から成り立っているのか。個別の知識はどこに分類されているのか。自分の求める情報は、どの分野にあるのか(知の全体の見取り図)。

― あるトピックについて、何が「すでに分かっていること」で、何が「まだ議論になっていること(答えの出ていない問題)」なのか。

― 何が信頼できる(確定している)情報で、何が信頼できない情報なのか。(たとえば、インターネットで流通している情報やイメージの多くは根拠が不明確で、信頼できるとは言えません。)

― 自分の求める正確な情報は、どこに行けば/どのリファレンス(参考書、辞書、統計、図書館)を参照すれば/どこにアクセスすれば、手に入るのか。

― 体系的・学術的な調査の手順。

(2)問題の木の成長(※)

 社会科学、もしくは学問一般では、答えが一つに決まる問題や、すでに明らかになっている問題は扱われません。そうした問題は「情報のための情報」を知っていれば済むからです。

 大学で取り組まれるべき問題とは、答えが一つに決まらないこと、立場が分かれていること、専門家の間で議論になっていることです。

 まだ答えが決まっていない問題とは、何らかの形で現在の知のあり方、社会のあり方の根本問題や前提とかかわっているものです。つまり、どの立場を選択するかで、その人のものの見方や社会とのかかわり方が規定されてしまうような問題です。

 大学時代の目標は、こうした「問うに値いする問題」をできるだけ多く発見し、それらと取り組んでみることにあると思います。

― 「情報のための情報」を知れば良い問題と、「問うに値いする問題」(まだ答えが分かっていない問題)を識別できるようになること。

― まだ答えが出ていない問題を、答えが決まっているかのように錯覚したり、調べればすぐに分かる知識を覚えただけで満足したりしないこと。

― 「問うに値いする問題」と取り組み、自分なりの立場を選択するための学術的な調査・探求の手順を知ること。


1-4. 特定の立場を選ぶ

 授業中に学生に質問した時、「人それぞれ」「時と場合によっていろいろ」という答えが返ってくることがあります。「間違って恥をかきたくない」という気持ちなのだと思いますが、こうした答え方は、残念ながらその人の知的成長を妨げてしまうものです。

 たとえ不十分であっても、あらゆる問題について、自分なりの立場を選択し、常に「自分の意見」を持つ努力をしてください。たとえ誤っていても、自分の立場を決め、周囲の人に求められれば、その理由を説明する努力を続けてください。

 途中で立場や意見が変わってもかまいません。むしろ、意見が変わることは望ましいと言えます。過去の自分との一貫性にこだわる必要はありません。

 社会科学で扱われる問題には、単一の正しい答えは存在しません。「正解」を探す必要はありません。一定の手続きを用いて、自分なりの立場を選択し、それを一定の理屈で説明できるようになることが、社会科学を学ぶ最も重要な目的の一つです(※※)。



(※)科学哲学者カール・ポパーの言葉。ポパー『果てしなき探求』(ちくま学芸文庫)を参照。
(※※)この点について詳しく知りたければ、社会科学の古典であるマックス・ウェーバー『職業としての学問』(岩波文庫)を参照してください。


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