大学院で政治学を学びたい方へ



1 はじめに

 大学院で政治学、政治理論、比較政治経済学、福祉国家の歴史・思想を学びたい方を歓迎いたします。私の専門に関連する以下のような分野に対応することができます。

・現代福祉国家の再編論。グローバル化の中で福祉政策、雇用政策、家族政策はどのように変化しているか。新自由主義への収斂は見られるのか。レジームごとの違いはどう現れているのか。「新しい社会的リスク」と呼ばれる現象への対応はどう異なっているのか。各国の社会的排除と包摂政策。対応の違いを規定する要因とは何か(政党、労使関係、社会運動、理念)。ヨーロッパ社会政策と国内政策のリンケージ。社会民主主義の今日的可能性。日本の福祉国家の現状とゆくえ、など。

・現代政治理論、特に社会的連帯論、シティズンシップ論、平等論、正義論、社会民主主義論など。

・福祉国家形成史の比較。とりわけ、比較社会思想史研究は発展の余地が大きい。貧困観、市場観の違い。宗教の影響。国家のとらえ方。フランスの「連帯主義」、ドイツの社会政策論と「オルド・リベラリスムス(秩序自由主義)」「社会的市場経済」、イギリスの「ニューリベラリズム」、日本の社会政策思想。帝国主義と福祉国家との関係など。

・資本主義と国家の原理的考察。マルクス主義の失墜のあと、資本主義、国家、市民社会の相互関係をどうとらえればよいのか。グローバル化時代の国家論、市民社会論の刷新。批判理論の可能性など。

 一橋の大学院では、以下のような隣接分野と関連づけながら、自分の専門を深めていくことができます。「政治学」という一つの専門を狭く深く学ぶ(たとえば選挙制度や投票行動の実証・統計分析)というよりも、市民社会に関する幅ひろい歴史・哲学・実証研究との関連の中で政治学を学ぶ、という点がその特色ではないかと思います。



2 教育方針

 教育方針として以下のようなことを考えています。

(1)修士課程では、2年間かけて修士論文を執筆することを目指します。

・修士1年では、学術論文の執筆に必要な基礎的能力を体系的に習得できるよう配慮します。論文執筆、文献調査、レジュメ作成のオリエンテーションを行います。夏学期には英文の政治学テクストを読解し、冬学期には専門的な研究書の読解とディスカッションを行うことをつうじて、研究に必要な基礎力を身につけられるようにします。

・修士2年では、研究動向報告、中間報告、最終報告をとおして、段階的に修士論文を仕上げられるよう配慮します。あわせて政治学の専門書を輪読し、幅広い基礎力を身につけられるようにします。

(2)博士課程では、優れた研究者・教育者になるためのトレーニングを行い、博士論文の執筆をサポートします。

・ゼミでは研究動向報告、中間報告を繰り返すことで、段階的に博士論文を仕上げられるよう配慮します。

・あわせて政治学の専門書の輪読・討議をつうじて、幅広い素養を身につけられるようにします。

・外国研究の場合は、博士課程のうちに1年以上の海外留学を行うことを推奨しています。奨学金を得るためのサポート(申請書作成、研究計画作成など)、情報提供などを行います。

・博士課程のうちに、学会報告、査読誌への投稿を行うよう推奨しています。学会報告の仕方、質疑応答の仕方、査読誌への投稿のポイントなどを伝え、学外のネットワークを作れるようサポートします。

・博士課程のうちに関連する講義のティーチング・アシスタントに積極的に雇用し、シラバス作成、授業の組織、学生への指導補助、成績評価補助などを経験することをつうじて、教員となるための準備を早い段階で始められるよう配慮します。


3 大学院への準備について

 大学院に進学するためには前年度の秋期入試(9月)もしくは春期入試(2月)に合格する必要があります。

(1)秋期入試

・論述試験では、政治学に関する主要な学説や理論を理解しているかどうか、論理的な展開能力があるかどうかを見ます。特殊な領域の問題ではなく、できるかぎりオーソドックスな問題を出すつもりです(これは社会学研究科あるいは政治学講座全体の方針ではなく、私個人の方針です。ご了承ください)。したがって、(1)必要な理論を参照し、概念を適切に定義したうえで、(2)それらの概念と具体的な事例を結びつけながら、(3)概念を論理的に展開できているかどうか、を重視します。これらは大学のレポート、ゼミ論、卒論の作成などをつうじて訓練されるものですが、同時に過去問や他の大学院入試の問題を数多く解くことで身につけられるのではないかと思います。なお過去3年間の問題はネット上で公開されています。

・大まかな目安として、以下のテクストに載っている理論・学説は、学部時代に理解しておくべきものと考えています。

久米郁男、川出良枝、古城佳子、 田中愛治『政治学(補訂版)』有斐閣、2011年
川崎修、杉田敦編『現代政治理論』有斐閣、2012年
伊藤光利、田中愛治、真渕勝『政治過程論』有斐閣、2000年
新川敏光、井戸正伸、宮本太郎、真柄秀子『比較政治経済学』有斐閣、2004年
田中拓道、近藤正基、矢内勇生、上川龍之進『政治経済学』有斐閣、2020年

・当然ながら、それ以外に自分が研究したい分野の主要な研究書に目をとおしていることも必要です。

・二次の面接試験では専門にもっとも近い語学の試験を行います。英語の場合は、20行程度の英文を5分程度で読み、その場で頭から訳していく形式です。英語力の目安は、Introduction to Politics, Comparative Politicsなどの英語教科書、Oxford Handbookシリーズの英語教科書の英文を、辞書なしである程度読みこなせる(分からない単語は飛ばして前後から意味を推測できる)レベルです。別の言い方をすれば、大学院に入学してから、専門的な英語論文30ページ程度を辞書を使って毎週1〜2本輪読できるレベルです。

(2)春期入試

・面接では、卒業論文と研究計画書について質疑応答を行います。秋期入試と同じく、政治学に関する幅広い基礎学力を有しているか、論理能力や思考能力があるか、エッセイやレポートと研究論文の違い(先行研究に対するオリジナリティ、一次資料と二次資料の違いなど)を理解しているか、研究計画は妥当か、などを検討し、大学院で質の高い研究が行えるかどうかを考慮します。面接では、上記と同様の語学試験も行います。

(3)研究室訪問について

・大学院進学の前に研究室を訪問したり、教員と面談することが望ましい、と言われることがあります。これは入学した後にミスマッチが起きないよう推奨されていることかと思います。大学院では少人数の院生と教員という「狭い世界」での関係が中心となりやすいため、教員が信頼できる人物かどうかを判断することは重要です。悲惨な場合には、教員の業績や知名度と関わりなく、パワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントを受けてしまうリスクもあります。直接人物を確認したり、研究室の雰囲気を確認することには意味があると思います。

・ただし、研究室への訪問や面談は義務ではありません。上記のリスクを踏まえて不要と判断されれば、直接試験を受けていただいて構いません。学部時代からのコネクション、あるいは前もって研究室を訪問したかどうかによって、試験の判断に考慮が加えられることは一切ありません。内部進学者と外部進学者を区別することも一切ありません。(なお、内部進学者と外部進学者の割合は、年度によって異なりますが、1対4〜1対5くらいだと思います。)


4 大学院進学のリスクについて

 大学院の進学には、教員との関係以外にも、考慮しておくべきリスクがあります。人によっては過大なリスクと感じる方もいるかと思います。進学によって得られるメリットとコストを比較衡量できるよう、私の思いつくリスクを挙げておきます。

(1)金銭的な負担

・授業料、生活費のほか、「機会費用」もコストに含める必要があります。機会費用とは、進学せずに就職していたら本来稼げたはずの収入を失う、ということです。

・日本学生支援機構などの奨学金はありますが、多くが利子付きの貸与となっており、将来重い負担となる可能性があります。

(2)修士課程進学のリスク

・修士課程での勉学は、政治学に関する専門的なトレーニングや研究であり、修士修了後に就職するとしても、すぐに仕事に役立つ知識であるとは限りません。むしろ、物の考え方、情報収集と分析、論理の構築力、思考力、表現力といった汎用性のある能力を身につけ、長期的に活かしていただくことがその目的です。民間企業への就職活動では、修士課程での研究を評価する企業もありますが、評価しない企業も一定数あるようです。

(3)博士課程進学のリスク

・1990年代後半からの大学院重点化政策、20歳人口の長期的な減少、博士取得者に対する一般企業のニーズの少なさなどが相まって、特に2000年代以降、オーバードクター問題、さらにはポスドク問題が深刻化しています。政治学でも、公募されているポストの半分程度が非常勤、任期付き教員となっており(公募情報はこちら)、常勤の教員職に就くことはきわめて厳しい状況が続いています。歴史学、哲学ほどではないにせよ、社会科学系の分野の中で、政治学は特に就職が厳しい分野の一つだと思います。

・目安として、同年代の一橋院修士入学者のうち、上位1/3以内に位置していなければ、将来大学教員のポストに就くことは難しいと思います。また博士課程に進学した場合、民間企業への就職は難しくなることも考慮する必要があります。

・これらは大学院の閉鎖的な教育カリキュラムの問題であると同時に、企業の雇用形態や社会の画一的なキャリア観の問題でもあり、残念ながら一朝一夕に解決できる問題ではありません。研究者を目指される方には全力で支援をしますが、研究分野のニーズ、本人の研究能力や語学力などによっては、博士に進学される前の段階で、その道は難しいのではないか、とお伝えし、今後の進路についてご相談することがあるかもしれません。(もちろん、最終的な進路はご自身で決定していただきます。)

*これらのリスクについてより詳しくお知りになりたい方は、個人的に面談に来て、不安に感じる点について相談していただければと思います。できるだけ包み隠さず大学院の現状についてお話しし、各自で将来を判断できるよう材料を提供します。(上記のようなリスクのため、院進学を強引に勧めるようなことはしていません。)

・私の見聞きした範囲から、政治学の分野で、大学で常勤職を得るための基準をお知らせしておきます。

@社会的ニーズのある、もしくは学術的にインパクトのある研究テーマを選ぶこと(客観的な基準は示しにくいので、指導教員との相談になります)。
A博士課程のうちに、年1回程度の学会・研究会報告を行い、年1本程度の論文(紀要、学会誌)を公刊すること。
B博士論文を執筆し、それを単著として公刊すること。
C博士学位取得後、年1〜2回の学会報告を行い、年1〜2本の論文を公刊しつづけること。目安は3年間。
D可能であれば、博士学位取得後に非常勤などで教授経験を積むこと。

以上を満たせば、公募で面接に呼ばれ始め、どこかの大学に就職できる可能性が高くなると思います。