2015年度
大学院講義「政治学T」


1 授業の概要

【授業科目の目的】

題目 「福祉国家の比較政治学 ― 自由選択社会への道」

目的

 今日の日本は複合的な危機に直面しています。非正規雇用の割合は全就業者の4割に近づき、とりわけ若者と女性のあいだで不安定な雇用に就く人が増えています。正規雇用者と非正規雇用者、中央と地方の格差は拡大をつづけ、すでに先進国ではアメリカに次いで不平等な社会になりつつあります。不安定な雇用と暮らしに直面する若者や女性は家庭を持つことも難しくなり、少子高齢化が急速に進行しています。高齢化にともなって社会保障費が急増する一方、国と地方は巨額の財政赤字を抱え、身動きが取れない状態がつづいています。これから数十年にわたって続く人口減少は、経済や社会保障の仕組みを根底から脅かすと考えられています。

 これらの複合的な問題は、日本の社会が過去から引き継いだ「遺産」です。なぜ日本の政治はこれらの問題と正面から取り組み、解決への道筋をつけてこなかったのでしょうか。グローバル化の下で同じような格差拡大、雇用の流動化に直面し、家族の変容や高齢化を経験してきた他の先進諸国は、どのような対応を行ってきたのでしょうか。

 この講義では、比較政治経済学のアプローチを用いて、先進諸国の福祉国家の形成と変容を包括的に検討します。具体的には、(1)雇用、再配分、家族、グローバル化への対応をめぐる政策の違い、(2)各国の違いをもたらした政治的要因を検討します。これらの検討を踏まえ、将来の日本にどのような展望や選択肢があるのかを考えます。


【授業科目の到達目標】

(1)戦後から今日までの先進国における政治経済の基本構造を理解する。

(2)各国の対応がなぜ異なってきたのかを、比較政治学の概念や理論(政党システム、労使関係、リーダーシップなど)を用いて説明できるようになる。

(3)日本の将来の進路について自分なりの考えを持ち、その根拠を説明できるようになる。


【授業の方法】

1 初回から10回までは、講義とディスカッションを中心とします。毎回リーディング・アサインメント(40〜50頁程度)を指定したうえで、授業では教員が1時間ほどレクチャーを行い、その後全員で討議します。

2 11回から15回までは学生による報告とします。各自で関連するテーマを選び、30分程度報告していただき、全員で討議します。


【他の授業科目との関連】

政治学の基礎概念は「政治学2」で扱います。歴史的なアプローチは「政治史1」「政治史2」で扱います。本講義は、欧米と日本の比較を軸とした講義です。


2. 授業の内容・計画

【授業の内容】


 第1部では、日本と先進国に共通する現在の政治・社会・経済の問題点を指摘します。これらを分析するための理論を紹介し、講義全体の理論枠組みを導きます。第2部では、戦後レジームの形成と変容を比較します。自由主義、社会民主主義レジーム、保守主義レジームを比較し、なぜ異なるレジームが形成されたのか、1990年代から現在までどういう改革を行ってきたのかを検討します。これらとの比較から、日本の共通性と独自性を検討します。第3部では、トピックごとの比較を行います。雇用政策、家族政策、反貧困政策を検討し、先進国の政策が大きく「ワークフェア」型と「自由選択」型に分岐していることを見ます。これらの分岐の背景として、政党の競争空間の変化があることを指摘します。そのうえで、日本の展望について議論します。


【計画(回数、日付、テーマ等)】

1 現状と理論

2 戦後レジームの形成と変容

・戦後レジームの理論
・自由主義、保守主義、社会民主主義レジームの分岐
・日本の戦後レジーム
・新自由主義から「第三の道」へ―イギリス、アメリカ
・社会民主主義の刷新―スウェーデン
・連帯の模索―フランス、ドイツ
・日本の困難

3 課題と展望

・労働社会のゆくえ
・家族のゆらぎと再定義
・グローバル化と貧困・排除
・新しい政治的対立軸

4 学生発表(人数におうじて4〜5回)


【テキスト・文献】

教科書はありません。毎回の講義内容に合わせた基本的なテクストをリーディング・アサインメントとして指定し、準備を前提として講義を行います。


3. 評価

【成績評価の方法】


毎回の出席と討議への参加 50%
研究報告 50%


【成績評価基準の内容】

 到達目標にしたがって、(1)戦後政治経済体制の特徴とその変容、(2)各国の政策の分岐をもたらした政治的要因、(3)比較政治からみた日本の特徴、という三点を説明できれば合格とします。さらに、各自が自分の考えを構築し、その根拠を説得的に示しているかどうかに応じて加点します。


→ 講義の概要、文献リスト