アメリカの軍事力と経済発展
に関する歴史的考察
(文学部1年)




1.序章

2.アメリカ史 
    建国・孤立主義からイラク介入まで

3.アメリカ現思想と軍事、日欧に対する考え方
    〜ケーガン『ネオコンの論理』からの考察

4.経済的観点からの米欧日の今後の展開
    〜ウォーラーステイン『脱商品化の時代』からの考察

5.結論
    3,4章の比較、今後のアメリカの進む道



1.序章


 今、アメリカは圧倒的な軍事力をもって世界の支配者のごとく振る舞っているように思われる。9.11同時多発テロ以降、アメリカは自国の敵となる勢力に対して容赦なく攻撃を行うことを公言しているし、ブッシュはそのために先制攻撃を容認する政策をうちたてた。このように、敵と見なした国に向かっていくアメリカは他国から見ればとても単独主義的で行動が極端に見える。このアメリカの思想と、未だに世界の流れに逆らって軍事力を拡大しようとする戦略は一体どのような流れから来ているのだろうか。そして、アメリカは世界の中で今後どのような地位を占めていくのだろうか。ロバート・ケーガンは著書『ネオコンの論理』の中で、アメリカの軍拡の意義とアメリカの単独主義の思想を表している。一方イマニュエル・ウォーラーステインは著書『脱商品化の時代』でアメリカの思想とその弱点、そしてアメリカの進む道を示している。本稿ではまずアメリカの思想、それに関わる外交戦略の歴史を明らかにし、そして両者の著作を比較し、今後のアメリカの進む道と世界の様相を考えてみたいと思う。



2.アメリカ史 建国・孤立主義からイラク介入まで


 まずアメリカの歴史を追うことによって、現在の思想がどのような歴史的背景をもっているのかを明らかにしたい。

 アメリカ建国当初まで遡ってその思想形態を分析しよう。アメリカは当初、孤立主義の立場をとっていた。それにはいくつかの理由がある。まず、アメリカ建国当時は当然の事ながら振興の弱小国であったため外国からの、とりわけヨーロッパからの影響を受けやすかった。アメリカはイギリス帝国の抱えていた封建制・専制政治は政治形態の腐敗とみなしたため、その腐敗を否定して独立し、アメリカを建国した。彼らアメリカ人は共和制という新しい政治体制の拡大と発展のうちに、ヨーロッパ文明の最良の伝統の再興を図ろうとしたのである。よって、建国の段階からヨーロッパとは思想的に相容れない物があった。しかし確実にヨーロッパの方がパワーがあるため、弱小国であるアメリカはヨーロッパによる影響によって国内分断しかねないという危険をはらんでいた。そのため、孤立主義を選択したのである。ワシントン初代大統領が職を去る際に述べた「離別の辞」の中にも孤立主義思想を見ることができる。ワシントンは「外国より影響の、油断ならぬ害悪」に対する警戒を促し、諸外国との関係について「通商を拡大するにあたり、できるかぎり政治的結合をさけること」を訴えている。当時フランス革命の混乱のさなかにあったヨーロッパ情勢にアメリカが巻き込まれて国論の分裂を招いてしまうことを避けるべきだと国民に諭したのであった。そしてアメリカは北大西洋によってヨーロッパから隔絶されているという特有の地理的利益を生かして「非同盟中立主義」、つまり孤立主義をとったのである。

 そしてその後3代大統領ジェファソンが「大陸国家論」を掲げ、「東」であるヨーロッパの交流ではなく、アメリカの将来は「西」に向かっての大陸国家、農業国家としての拡大のうちにあると強調した。つまりこれは西への介入であるが裏を返せばヨーロッパへの不介入であるため、孤立主義とみてとることができる。そして5代大統領モンローは孤立主義をアメリカ外交の中心的戦略として打ち立てた。ここで特徴づけられるのが「アメリカ例外論」の存在である。アメリカ例外論とは、自らをヨーロッパの延長に位置づけながら、「自分たちだけは時のもたらす腐敗や腐蝕という人類史の法則から例外的に自由であるという自意識」を持つことである。この意識こそがアメリカ孤立主義の特徴的性格ととらえることができるのだ。1

 しかし、アメリカがいつまでも孤立主義でいたわけではない。19世紀末までにアメリカは国内産業を発展させ、帝国主義国家として国際政治の舞台に登場する。そして振興産業国として経済発展を遂げるのである。そして1898年に起こった米西戦争に勝利してアメリカはフィリピンを領有し、キューバを保護国家化した。この行動は今までのアメリカの外交戦略と全く逆であった。これまでアメリカは決してヨーロッパ型の帝国主義を踏襲しないことを前提にして政治を進めてきたのである。よってこの植民地所持によって国内の指導者達の間で「帝国か、共和国か」という「大論争」が展開された。

 「大論争」とフィリピン領有の結果、アメリカは帝国主義的な外交戦略、つまり介入主義的戦略をとるようになった。また、第一次世界大戦において、ウィルソン政権の下でアメリカは初めてヨーロッパの戦場に派兵し、戦争の当事国として参加した。ここにおいて、アメリカは今までの孤立主義から一転して介入主義へと大きく踏み出すこととなった。加えて1920年代は、経済における国際化が急激に進んだ時代ともいえるため、孤立主義を保っているための土台が崩されていった時代であるという見方ができる。2

 そして時はすすみ、19世紀から続いてきた孤立主義は冷戦の開始によって姿を消すこととなる。アメリカは冷戦の開始に当たって世界の民主主義を守るため、同時に自らの安全と繁栄のために、世界政治と世界経済へ介入し、社会主義国家と対立するようになる。こうしてアメリカの孤立は事実上不可能となったのである。そしてヴェトナム戦争を経験することとなる。その代償の大きさと悲痛な経験は、米国的価値観のために世界に無再現に軍を派遣するやり方をアメリカに反省させることになった。そしてアメリカはできるだけ傷を小さく、しかし世界に圧倒的な影響力を与えるためにはどうしたらよいだろうと考えるようになった。その後キッシンジャーによる外交によって米ソ関係の緊張緩和が実現されたが、ソ連と中国と交渉すると言うことはアメリカの今までの視点から見ると、敵国の存在を容認し交渉すると言うことは許し難かったのであった。

 そして1970年代末に再び米ソ関係は悪化、アメリカにとってソ連は相容れることのできない思想を持つ敵国として捉えることとなり、再び国際的介入主義路線をとっていくことになったのである。そして90年代に入り湾岸戦争が勃発するが、アメリカの技術革新によって巡航ミサイルを使ったアメリカ国民の「犠牲無き戦争」が可能となったため、ヴェトナムの悲劇から一転してアメリカ国民の戦争観が大きく変化することとなった。そして、ソ連が敗れアメリカの勝利が決定すると次の脅威は小規模の地域紛争や内戦、テロとなったのである。

 こうしてもはや介入主義路線を取ることはさけられなくなったため、次にアメリカの取る外交戦略の選択肢は、単独主義か、多国間主義か、ということである。そして今のブッシュ政権は単独主義をとり、そしてその非協調性や独善性がその批判の対象となっている。

 以上より、この章ではアメリカの政治的思想を理解するために、アメリカ建国当初まで遡って孤立主義から介入主義へ、そして今の単独主義への変遷の歴史的流れを明らかにした。これを土台として、3章ではアメリカ現思想と軍事、日欧に対する考え方について、ロバート・ケーガンの『ネオコンの論理』を基に明らかにしたい。



3.アメリカ現思想と軍事、日欧に対する考え方


 現在、アメリカは軍拡を進め、ヨーロッパや他の先進国の多くは軍縮を進めている。アメリカは問題が見つかるとすぐに軍事力に訴え、力で押さえつけて制裁と罰によって解決しようとする。そして国際連合などの国際機関を無視し、単独主義を貫き、時には国際法でさえ無視する。それにひきかえ、ヨーロッパは問題に対して平和的解決を望み、力で押さえつけるのではなく外交、交渉、説得を進める。そして国際法、国際協定などを重視し、それに訴えて問題の解決を図る。以上の構図は今のアメリカ・ヨーロッパの両者の表面を的確に表していると思われる。

 なぜこれほど戦略的な見方が両者で違うのだろうか。ケーガンは以下のように分析している。かつてアメリカは弱小国であり、一方ヨーロッパはイギリス帝国に代表されるように圧倒的な力を誇る帝国主義国家群であった。アメリカ建国当初の政治家達は理想主義者が多く、本気で権力政治を嫌い、孤立主義に走っていったとする見方は誤っている。政治家達は皆、国際的な権力政治の舞台で渡り合える力を望んでいたのだ。しかし、現実的な自国の弱さを認識していたため、意識的、無意識的に「弱者の戦略」使って国際政治に自分たちの声をとどけようとしたのである。ここでいう「弱者の戦略」とは、自分が弱い分野、建国当初のアメリカで言う所の権力政治や戦争や軍事力を非難し、自分が対等に渡り合える分野、例えば通商などの利点と効用を重視すべきだと主張することである。よってアメリカは初め、国際法を重視して行動するよう各国に呼びかけていたが、それはイギリスやフランスを制約するにはその方法しか無かったからである。しかし後にアメリカは強国となっていく。さらに第二次世界大戦によってヨーロッパはドイツに苦しめられ、権力主義に傾倒しすぎた歴史を反省することになる。そして権力政治や軍事力を否定していった。その間にアメリカは軍事発展、経済発展を遂げ、強国となっていく。そして冷戦を迎えさらに軍事力が増大し、今、アメリカとヨーロッパの権力関係は逆転してしまった。自国が国際社会で遙かに大きな力と影響力を持つようになったアメリカは、強者を制約する平等主義の性格を持った国際法を心から守ろうとする必要がなくなったのである。まさに「強者の戦略」である。そして今圧倒的なパワーを持った国がアメリカのみであるという事実それ故、アメリカは単独主義路線を歩んでいるのである。

 そしてアメリカが軍事力をなぜ手放さないのか、という疑問の以前にヨーロッパはなぜ軍備を行わないのか、という疑問がアメリカ国内でさかんにいわれるようになるのである。

 ヨーロッパは今、EU連合を組み、勢力均衡ではなく、「軍事力の否定」と「自主的な行動規範」に基づいて動いている。3(077)しかし、ケーガン曰く、それは理想論にすぎない。なぜ、EU連合が軍事力を否定しながらもその連合を維持しているかというと、アメリカがその軍事力でもって安全保障を提供しているからである。つまりEUは軍事・安全保障というものを外部化しているだけなのである。そしてヨーロッパは軍事力の否定によってもたらされた平和な世界を喜び、よってさらに軍事力を否定するようになるのである。こうしてアメリカとヨーロッパの戦略的な違いが生まれたのである。ヨーロッパの平和はアメリカの軍事力のおかげであるという見方をアメリカ人がしているとすれば、その軍備を縮小するどころか拡張しようとするのもうなずけるわけである。

 この章においてケーガンの『ネオコンの論理』から、アメリカの軍事力がどうして世界の流れとは逆に拡張していくのか、そしてヨーロッパとの戦略がどうしてここまで違うのかという点についてあきらかにできた。しかしそれでは、アメリカの軍事力が増し、今後もその圧倒的な支配力でアメリカは世界に君臨し続けるのだろうか。アメリカンパワーの衰退と来るべき世界と副題に掲げたイマニュエル・ウォーラーステインの著作『脱商品化の時代』を考察することで、4章で経済の観点からのアメリカの今後の道を探ってみたい。



4.経済的観点からの米欧日の今後の展開


 3章ではアメリカの軍事力が世界の平和を守っているということ、そしてその役割を担っている以上アメリカの軍事力は衰えることが無く、世界の安全保障を担う国として君臨し続けるという論を説明した。しかしウォーラーステインは、アメリカは衰退していくと語っている。彼はアメリカの現在の状況を「真のパワーを欠く唯一の超大国、支持者もなく尊敬もされない世界のリーダー、自ら制御のかなわぬグローバルなカオスのただなかで危険に漂流する国家」と表現している。アメリカの衰退の過程としてヴェトナム戦争、1968年の革命、ベルリンの壁の崩壊、そして2001年のテロ攻撃があげられる。

 まずヴェトナムは、戦後西ヨーロッパや日本がめざましい経済回復を経験している中で、アメリカに金準備高を使い果たすほどの費用をつかわせ、心身共に疲労させた。一国でそのコストを背負ったのである。その結果として60年代以降、日米欧の三極は経済的にほぼ対等になったといえる。そして取り上げてテロの説明をすると、この9.11の衝撃によってブッシュはテロに対する戦争を宣言し、圧倒的な軍事力をふるうようになった。しかしその行動こそがアメリカの衰退を早めているだけである4、とウォーラーステインは主張する。

 軍事力はアメリカの最も強いカードであり、唯一のカードである。しかし、経済面ではどうであろうか。米国製のマシンは兵器シミュレーション用に作られ、日本のマシンは気候変動の分析用に作られた物だという。すなわち、「支配的大国は(それが害をなすほどに)軍事力に集中し、その跡をうかがう候補は経済に集中する。見返りをうけとるのは、つねに後者の方である。」また、政治面から見ても、軍事力というカードをちらつかせて他の国々に圧力をかけていることによって、アメリカはその信用を使い果たしつつあるようである。そしてその負の帰結は多大であることは想像にかたくない。

 よってウォーラーステインは、世界情勢において決定的な役割を果たす勢力としての米国合衆国が、今後の10年に、衰退を続けることもほとんど疑いがない、と主張している。

 また三極のうちどの国が世界の中心となっていくかという問いにも、以下のような論を展開している。三極間の競争の優劣を決める差異として、技術革新への投資に関して国家が設定する優先順位がある。アメリカは軍事力以外に意味のある優越性を主張できないため、兵器産業への持続的投資を強調せざるを得ない。しかし長期的な経済開発の観点からすると、兵器産業はワキ筋である。すなわち、同じ賃金をもっと長期的な生産的企業の創出に用いることで得られるほどの利益にはならないのである。その点西欧と日本は軍事面では国家予算をできるだけ抑え、経済的な技術革新の分野で競争している。これはかなりの成果を挙げる可能性が高い。5

 以上から見ても明らかなように、アメリカはその圧倒的な軍事力を保持する故に、その衰退を招いているというメカニズムが明らかにされた。



5.結論


 2章ではアメリカの政治的思想を歴史的に流れに沿って、孤立主義から介入主義へ、そして今の単独主義への変遷を明らかにした。これを土台として、3章でロバート・ケーガンの『ネオコンの論理』から、アメリカの軍事力がどうして世界の流れとは逆に拡張していくのか、そしてヨーロッパとの戦略がどうしてここまで違うのかという点についてあきらかにできた。4章ではイマニュエル・ウォーラーステインの著作『脱商品化の時代』を考察することで、アメリカはその圧倒的な軍事力を保持する故に、その衰退を招いているというメカニズムが明らかにされた。

 3章と4章でそれぞれの著者の意見が異なっていることが分かるとおり、アメリカの今後の進む道や、軍事力保持の是非についての定説はまだ立っていないと考えられる。私は2章から4章まで考察して、軍事力はやはり自国を防衛する程度は必要であるが、軍事力依存は4章からも明らかなとおり経済面での衰退を招くため、今後のアメリカの衰退は免れられないと考えている。アメリカは現在イラク介入やその他、軍事力を楯にあらゆる地域に自国の価値観を広げるために介入している。また、その行為はエスカレートしていくようにも見える。このまま軍事力を強めていけば、他国の反感を買ってしまうことは自明であるし、そしてまたテロも起こるのであろう。そしてまた軍備を強化して、という悪循環に陥ることも予想される。また、4章で明らかになったように、軍備に国家予算をつぎ込むのは長期的に見てあまり生産的ではない。よって、アメリカは今後その圧倒的な軍事力によって自国を苦しめる結果となり、最終的に衰退していくと考えられるのである。




脚注


1.古矢旬『アメリカ 過去と現在の間』岩波書店 2004年 57頁
2.同上                         11頁
3.ロバート・ケーガン『ネオコンの論理』光文社 2003年 77頁
4.イマニュエル・ウォーラーステイン
『脱商品化の時代 アメリカンパワーの衰退と来るべき世界』藤原書店2004年 37頁
5.同上  385頁



参考文献


ローレンス・F・カプラン、ウィリアム・クリストル『ネオコンの真実 イラク戦争から世界制覇へ』ポプラ社2003年

フォーリン・アフェアーズ・ジャパン『アメリカはなぜイラク攻撃をそんなに急ぐのか?-フォーリン・アフェアーズ・コレクション』朝日新聞社 2002年