アメリカ史研究会 第 207 回例会

論者および題目:

1) ジョン・ハワード(ロンドン大学キングズ・カレッジ)
"Gendered Interventions: Americanization and Protestant Evangelism under Japanese American Incarceration"
コメンテーター:島田法子(日本女子大学)
2) メレディス・レイモンド(オバリン大学)
"Global Disease, National Compassion: Representation of the United States in the HIV/AIDS Pandemic"
コメンテーター:大津留(北川)智恵子(関西大学)
3) ウィリアム・ダリティ、Jr. (ノースキャロライナ大学チャペルヒル校)
"Lateral Mobility, Race, and Americanization"
コメンテーター:松本悠子(中央大学)

国民や国家に対する観念や表象を解体し、その形成過程を問う作業が歴史研究において進んでいる。本例会では、学術振興会科研費「アメリカにおける国民意識の歴史的考察」プロジェクトとの共催で同時通訳も入れ、「アメリカ」の創出と国民化の回路の検討を行った。

まずハワード氏の報告は、従来の研究では注目されることが少なかったアーカンソー州のジェローム収容所、ローワー収容所に焦点を当て、収容所内の学校のカリキュラム、漫画家ジョージ・アキモトによる日系キャラクター“Lil Dan'l”、日系キリスト者の活動を分析し、収容所は日系人を国民化するための教化装置であったと論じた。これに対し、島田氏は、報告タイトルに掲げられた「ジェンダー化された介入」について充分な言及がなかったこと、国民化策としてキリスト教化の役割が過度に強調されたきらいがあることを指摘した。さらに、国民創出の主体と目的を明確にするために、管理・支配の主体であったWRA(戦時転住局)の役割と、日系人の側の国民化への関わりについて丁寧な分析を行っていくことが必要であると述べた。

続くレイモンド氏の報告は、2003年7月のブッシュ現大統領のアフリカ訪問をとりあげ、報道写真を通してアメリカ合衆国(以下、アメリカ)の国家イメージがいかに形成されていくか検証した。レイモンド氏は、このアフリカ訪問に関する報道も、エイズ流行がアメリカの安全を脅かす「アフリカ発」の危機とみなされた1980年代の報道と同じ文脈の中に位置づけられると指摘した。会場スクリーンに映し出された写真の図像解釈を通して、レイモンド氏は、エイズ孤児や女性が思いやりの対象として強調される一方、アフリカをアメリカの介入が必要なほど「家族と国民国家」が機能していない危険地域として表象されていることを示した。アフリカを「思いやり」だけでなく「しつけ/軍事介入」が必要な「他者」とする表象は、アメリカのグローバル・パワーとしてのナショナル・アイデンティティを強化する機能を果たしていると説いた。コメンテーターの大津留氏は、レイモンド氏の報告に分析の方向性としては共感しながらも、方法論的に疑問を提示し、図像解釈を立証する資料の吟味と、史料とその文脈に関する厳密な検討の必要性を論じた。また、メディア間のイデオロギー的多様性、メディアと政府との関係、表象の主体を明確化する必要性を指摘した。

最後にダリティ氏は、新移民の一世紀にわたる社会的流動性を分析し、入国時に出身地域から持ち込んだ教育水準や職能といった人的資本の特性が、3世代以上にわたってその集団の社会上昇の度合いを規定していると説き、「水平移動(lateral mobility)」説を提示した。さらに、社会的に成功した有色の民族集団を「モデル・マイノリティ」とする言説が、非「モデル・マイノリティ」としてアフリカ系アメリカ人を他者化し、「アメリカ人であること」を「ホワイトネス」に同定することに貢献したと論じた。松本氏のコメントは、今も残る民族集団間の差異を説明するには、初発の人的資本以外の要素の考察に加え、集団内部の階級差や人種民族的違いを超えた関係性の検討が必要であるとし、また歴史的に構築された「成功」「アメリカ人であること」「ホワイトネス」といった概念をどう定義するかも課題であると指摘した。

報告・コメント後、コメントに対する応答とフロアからの自由討論に移った。アフリカ表象の分析自体がアフリカと米国との二元論を裏打ちする危険性や、合衆国内でのHIV感染者やゲイ・レズビアンの表象が人種化される構図について討議され、また、水平移動に関して、ジェンダーの違いの有無や、人的資本以外の要因についても質問が出されて、活発な議論となった。