Eric Foner, Nothing But Freedom: Emancipation and Its Legacy, (Baton Rouge: Louisiana State University Press, 1983).
19世紀の革命的な変化のなかでも奴隷制の廃止は最も重大な影響を残したと冒頭で述べる本書は、その帰結を元主人と元奴隷の争いという政治経済的な側面から分析し、奴隷解放後につくられた新たな社会秩序に簡明な見通しを与えている。そこで焦点になるのは、土地の分配、労働(力)の管理、そしてそれらへの政治権力の介入・利用である。
第一章では、国際的なレベルでの比較分析として、ハイチおよびカリブ海とアフリカのイギリス植民地を取り上げる。ハイチでは革命の成功以後、プランテーションを維持するために強制的な労働が課され、それに反発する労働者は戦いの末に土地所有を勝ち取るが、それによりハイチの砂糖プランテーションは消滅し、最貧国となった。一方、カリブ海のイギリス植民地、特にジャマイカなどでは非革命的な手段で解放が進み、自由主義的な労働観から徒弟制が導入されたが、奴隷・地主双方の不満により失敗に終わった。その後は、解放民の求める自立と地主が必要とする労働力が一致する形態として小作農が主流となった。さらにいっそうの労働力の管理をもくろむ農園主はインドなどから労働力を輸入し年季奉公人とした。これは労働の商品化・市場化であり、法律、税制、移動や各種のアクセスの制限などの国家的な政策によって後押しされた。アフリカのイギリス植民地では、解放奴隷をプロレタリアートとすることで労働力の確保が図られた。以上の地域における奴隷制の廃止は、政治的・経済的な権利や力をともなわなかったため、資本家と労働者という階級の形成と前者による後者の支配という結果となった。
第二章では、地方的なレベルとしてアメリカ南部の再建期を取り上げる。先行したハイチの事例から、プランテーションは自由労働では維持できないことを学んでいた農園主は解放民の労働を管理しようとしたが、解放民は自由の基盤である土地の所有を強く求めた。それはシェアクロッピングで解決され、賃金労働的ではあったが、同時に自営農民的な時間や労働の自由ももたらされた。アメリカの奴隷制廃止の特徴は、解放奴隷が一時的にせよ自由を享受できたことである。しかし、「解放奴隷は何も持っていない。なぜなら自由しか与えられていないからだ」とか「彼は自由である。しかし自由に労働できるだけである」ということばの通り、南部の白人は政治権力を利用してその権利を制限した。フェンスで私有地を囲い込んで黒人の狩猟を禁じ、プランテーションでの労働に依存させたり、土地への課税を抑える一方で人頭税を重く課したりすることで、徐々に解放民の権利を奪い、プロレタリアート化し、労働力をコントロールすることに成功した。
第三章では、ローカルなレベルとしてサウスキャロライナやジョージア沿岸部の米作地帯でのストライキを取り上げる。この地方では圧倒的な黒人人口や強いコミュニティなどがあったことで、独特の緩やかな労働形態である"task system"が行われていた。また南北戦争中にシャーマン将軍が土地を解放したため、解放民が一定の力を有しており、"two-day" systemとして存続した。これに不満な農園主側は、新たな契約により労働を管理しようとしたが、この賃金労働の導入や現金ではなくチェックによる支払いに対して1876年から断続的にストが発生した。農園主は出動を求めたられた知事が人口で勝る黒人の選挙権を考慮して強硬策をとらなかったこと、また黒人の議員らによる仲介の努力により、ストライキの目的は達成された。しかし再建の終了とともに州政府は黒人労働者に対する抑圧を強め、ストを弾圧するようになった。
上記のようにまとめられる奴隷解放の歴史は明るくはない。自由を求めた奴隷たちの戦いが勝利の末に反動にあい、求めていたものを予期せぬかたちで手に入れたのだとしたら、それは骨折り損のくたびれもうけだったのだろうか。フォーナーはそれに明確な結論を示さず、かたちを変え、場所を移して繰り返される戦いというイメージだけを示しているが、そのまるで史的唯物論みたいな結語はアイロニカルに響く。フォーナーが何度もアメリカの奴隷解放の特徴として元奴隷が権利や自由を享受したことを特筆しているだけに、それはいっそう獲得というよりは剥奪の歴史として、解放というよりは再秩序化の歴史として聞こえる。それほど戦いが永続化し、未完のものとなってしまったのは、階級という視点だけから説明できるのだろうか。