国際社会学

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国際社会学研究の現状

 国際社会学は、社会学の一分野であると共に、その境界を超えた多様な社会科学の分野と連動しながら研究が近年急速に展開しています。長く社会学は国民社会を自明の単位として展開してきました。しかし、現代では国境を越える社会的なプロセスが進行し、また社会の単位そのものが変動してきたことは明白です。このような一連の変化は、一方で国民社会を前提とする社会学の転換を求めるとともに、単に国民国家間の交渉を分析する国際政治学・国際関係論という既存の国際問題の研究アプローチを超えることを要求しています。国際社会学は、このような状況の中で、越境するプロセスの社会的なインパクト、国家を超えて形成されつつある社会を焦点として、過去35年ほどの間に日本の社会学の研究領域として次第に確立し、社会学会内でも最も急速に発展している分野です。

 実は、この状況は海外の社会学と大きな差をもっています。すなわち、日本以外の国々では、移民問題、人種・エスニック関係、国際投資と社会発展などの研究は、それぞれの分野でかなり以前から進められ確立してきましたが、逆に国際社会学という独自のまとまりは存在せず、多様な分野の連携をもって進められてきました。これに対して、日本では逆に80年代以降国民国家型の発展の行き着く果てに、加速度的に多様な領域での越境的な影響が共時的に拡大しました。この結果として日本における社会学の大きな空白部分が明らかになり、国際社会学が一つの分野として比較的まとまった形で形成されてきたといえます。この成立の背景は、またこの分野で研究を始める若い人々にとっては注意しておくべき社会的文脈でもあり、また日本における国際社会学の大きなメリットでもあります。

 まず、国際社会学は、日本の植民地支配の歴史をふまえた旧植民地出身者の経験、80年代以降拡大する日本国内の外国人・移民をめぐる課題、他の国での民族紛争など具体的でますます多様になるイッシューへの関心を持つ研究者たちによって担われてきました。したがって、これらを深めていくには、社会学の範囲を超えて、国際政治学、人類学、歴史学、地域研究area studiesにおける学際的な超国家的な地域(例えば、拡大EU研究、ラテンアメリカ研究、イスラム社会研究)等の理解が不可欠です。その意味では、社会学の他の分野以上に、学際的interdisciplinaryな連携が重要な分野といえるでしょう。この結果として、国際社会学的な研究は、テーマ・理論・方法の上で多様かつ豊かな可能性をもつ一方、強い遠心力が働く傾向があります。

 しかし、同時に、国際社会学という領域が形成されたことは、社会学の蓄積してきた様々なツールを積極的に活用することで、この多様な研究を促進させるだけでなく、多様な研究間の相互連携を高め、これらの研究の成果を逆に社会学の理論にフィードバックしていく積極的な可能性も与えています。しかしながら、未だ日本における国際社会学研究は、この相互の媒介や理論への貢献という点では、その可能性を十分に生かしているとはいえません。今後は、アイデンティティ、集団間紛争、家族・ジェンダー、社会的不平等と階級・階層構造等のこれまで社会学が蓄積した概念や理論を、単なる具体的な研究への応用を超え、その概念の精緻化や組み換えを目指すような越境的な社会の明確な戦略性をもった研究、たとえば超国家的に統合された地域間での差と共通性を明確化する比較研究などが、これからの国際社会学の大きな課題といえます。

一橋における国際社会学研究

 本学社会学研究科における国際社会学の大きな特徴は、(複数の)専任担当教員だけでなく、他分野における教員との連携をふまえたカリキュラムの充実にあります。専任教員の飯尾講師は、国際移住が途上国の開発にもたらす影響への関心から、移民受入国だけでなく移民送出国を射程に入れたトランスナショナル視角に着目してきました。さらに、近年の世界的に拡大する移民規制の厳格化がもたらす深刻な社会的現実をふまえて、国家による管理と排除が移民と家族、そして移民コミュニティに及ぼす影響について、移民送出国を含めたトランスナショナル視角を用いて検討してきました。特に、アメリカ合衆国におけるオバマ政権期のもとで拡大した歴史的に類を見ない大規模な強制送還政策を可能にする構造的メカニズムとその越境空間への影響についての分析を、米国だけでなくメキシコ都市部および農村部における多地点フィールドワークにもとづいて博士論文研究として完成させました。今後は、ポスト・トランプ時代へと移行した米国の移民政策がもたらす影響について、引き続き越境的な視座からの考察を続けていきます。

 また、小井土特任教授は、アメリカ合衆国とメキシコの間の国境をめぐり、①多国籍企業の投資による生産拠点の集積と地域開発と途上国労働市場の分析、②国境を非合法で越えて移動する多数のメキシコ・中南米移民のアメリカ合衆国の経済と社会への組み込みの構造分析、の二つの側面について分析を進めてきました。1990年代以降は、合衆国内部での移民への社会的排除に重心を移し、特に2001年の9・11同時多発テロ事件以降は、移民政策における安全保障の観点がいかに移民を体系的に管理してきたかを分析してきました。他方、日本における移民受入れ政策の出遅れと一貫性のない制度形成の問題を、各地域レベルでの調査を繰り返すことで現場から分析を進めています。さらに、同じ後発的な移民国であるスペインが急速に移民受け入れ、特に社会統合政策を体系的かつ柔軟に進めてきたことに注目して、後発国の国際比較を進めています。これらの研究を踏まえ、これまで他の専任教員と協力し、北米、EU、と日本・アジアとの交流をシンポジウムや国際調査を通じて推進し、移民の国際比較研究の拠点を構築してきました。

 また、本研究の社会動態分野の新たな領域として「強制移住学」が設けられ、難民/強制移住を専門とする橋本直子准教授が担当します。越境的な人の移動を扱う近接した専門領域が連携することで、「難民」に特に関心を持つ学生の学びの場が広がるとともに、国際社会学との様々な相乗効果が期待されます。これに加えて、本研究科の社会動態研究分野には、フェミニスト国際関係論にも理解のある佐藤(文)教授、さらにエスニシティ・人種や移民に関連した多数の研究者が歴史、人類学、グローバルスタディーズなどの各分野に在籍しており、国際社会学を専門的に学ぶ大学院生には、多様な選択肢や組み合わせが提供されています。また、本学の国際社会学プログラムが立ち上がってからすでに30年近くが経過し、その中で本プログラムの修了生である飯尾講師をはじめとして、多くの博士課程修了者が若手研究者として巣立ってきました。こうした国内外で活躍する修了生のネットワークもまた本プログラムの強みといえるでしょう。また、2023年度からは、国際社会学・都市社会学に関連した専任教員の増員が予定されており、今後本プログラムはさらに充実していくでしょう。その意味では、プログラムのコア部分は小規模ながらも、現在日本の中での国際社会学のプログラムとしては相対的に充実したものであり、先の項であげた研究上の課題を乗り越えていく努力を可能にするものと考えられます。

履修上のヒント

 以上の説明から、一橋で国際社会学を学ぼうと志望した段階で、すでにさまざまな選択肢と組み合わせを自分で考えられていると思われますが、一応以下のような「モデルケース」が考えられるでしょう。

演習:飯尾ゼミを主ゼミとして、例えば移動と社会階層の関係に関心があり、社会階層の理解について深めたければ数土ゼミ、教育に関心があれば太田ゼミ、アメリカ移民研究なら中野ゼミ・貴堂ゼミ等、といったパターンで副ゼミナールを選定する。また、難民/強制移住研究に関心のある学生は、主ゼミを橋本ゼミ、副ゼミを飯尾ゼミとすることもできる。

国際社会学特論:毎年開講されるので履修することが望ましい。

他の社会学研究科大学院科目:外国人労働者論では総合政策研究分野の科目、アメリカ移民では歴史社会研究分野の科目、グローバル化や途上国援助論なら地球社会研究専攻の科目を履修するといったことによる他分野への関心の展開を図る。

高度職業人養成科目:英語のアカデミックなコミュニケーション力を高めるために発信英語力の諸科目を履修することを強く推奨する。

学部講義:共修科目「国際社会の課題」をなるべく履修。また、国際社会学の基礎的な勉強が欠けていると考える人は「国際社会学Ⅰ・Ⅱ」のいずれかを履修することが望ましい。さらに、社会学のバックグラウンドを持たない人は、「社会学理論」の履修も役に立つだろう。

他研究科:研究テーマによっては、例えば国際・公共政策大学院における国際政治学・国際政治経済論等の国際的なフレームワークをめぐる講義も必要でしょう。

修士論文研究のガイド

1.最近の修士論文テーマの例

  • モロッコ・スペイン領セウタ間の越境的なインフォーマル経済への国家の介入の功罪
  • メキシコ都市部における移民1.5世代の若者たちの「帰国」と労働市場への参入プロセス
  • エスニック帰還移民としてとらえなおす中国帰国者3世の経験
  • 移民のインターカルチュラルな統合と地域
  • フィリピンにルーツをもつ1.5世代青年の進路意識の形成
  • 日コリアンの若者はヘイトスピーチをいかに経験するか
  • 日本における非正規滞在者の経験と帰国後の生活・就労実態
  • インドIT技術者の海外就労と仮想就労の構造的連関
  • ヨルダンにおけるシリア難民のカテゴリー化
  • 日比婚外子とフィリピン人母親による市民権闘争
  • フランス郊外における社会的排除と「経験の共同体」
  • 日本における定住外国人第二世代の強制送還の法社会学的研究―ペルー人帰国者の事例から―
  • 在日ヴェトナム系住民の社会的上昇をめぐるディレンマ

なお、修士論文一覧はこちらからご覧ください。
http://www.soc.hit-u.ac.jp/~trans_soci/graduate2.html

2.修士論文の必要条件
 修士論文のテーマ設定に関しては、エスニシティの理論、市民権、国際移動の説明、グローバル化の中の発展等における理論上の争点を軸に構成する方向と、逆に特定の具体的集団、国、地域、イッシューに関する論争点や現象上の疑問に焦点を当てて解明する方向とがありえます。もちろん理想的にはこの両者が結合したテーマ設定が望まれます。実際の修士論文テーマは多くは具体的な対象を設定したものですが、重要なことは、その国や地域の具体的な対象に関心がない人々にも、その研究の意義がわかるようなかたちで、そこでの発見を一般化する努力です。このためにも、ぜひ社会学の古典の学習や理論に結びついた現状分析の外国語論文・研究書をM1・2年のうちに意識的に学習していくことが大切だと思います。

3.修士論文のための調査
 たとえば日本国内の移民・外国人集団や政策の研究のためには、ある程度現地における調査が望ましいでしょう。また、国外に研究対象がある場合、M1年のうちにそれに関連する先行研究を集中的に調べることで、研究状況を把握し、海外での関連研究機関の広がり、特に直接テーマに関連する研究者の洗い出しは重要です。その上で、資料の収集、研究機関とのコンタクト、さらには限定された規模でのフィールドワークをM1年の春休み、より発展したフィールドワークをM2年の夏休みに実行していくのがひとつのやり方ですが、この具体的な手順は指導教員と相談していくのがのぞましいでしょう。

 一橋で国際社会学を研究する好条件の一つは、関連の図書資料の充実です。附属図書館の有効活用はもちろんですが、国際社会学共同研究室には故梶田教授の蔵書を含む国際社会学関係の洋書・和書の関連文献が別途集められ、経済研究所資料室にも関連する貴重な文献が所蔵されています。また、図書館にはEU資料室があり、ヨーロッパの研究を志す人はぜひ積極的に活用してください。さらに、電子ジャーナルによる論文のダウンロードはこの分野の場合特に研究の効率化を進めることになると思いますし、図書館に導入された、学問的なジャーナルや海外のメディア検索用エンジンの積極的な活用は海外の研究動向だけでなく、世論・政策論争の最新動向や時系列的な分析に大いに役立つでしょう。(図書館レファレンスに問い合わせるか、関連解説資料を参照すること)。2年間の中で、着実な文献研究と、限られた資源と機会を有効活用したフィールドワークを結びつけた計画的な研究が望まれます。

 海外の研究機関・シンクタンクの発表する報告書・論文の電子ファイルの収集分析もこの分野での研究の基礎的な作業であり、指導教員や先輩と相談しながら是非進めて下さい。

4.博士論文をもとに刊行された書籍(写真右より順番に下記の著者・タイトル)
●工藤晴子、『難民とセクシュアリティ―アメリカにおける性的マイノリティの包摂と排除』明石書店、2022年
●惠羅さとみ、『建設労働と移民―日米における産業再編成と技能―』名古屋大学出版会、2021年
●ヤマグチ・アナ・エリーザ、『変容する在日ブラジル人の家族構成と移動形態 分散型/集住型移住コミュニティの比較研究』世織書房、2021年
●藤波海、『沖縄ディアスポラ・ネットワーク―グローバル化のなかで邂逅を果たすウチナーンチュ』明石書店、2020年

米連邦議会前で強制送還の停止を求める移民団体:
トランプ政権が打ち出している強制送還政策はオバマ政権でもすでに大規模に展開し、これが与える送り出し国への影響も近年の国際社会学研究の大きな課題だ。

国境の壁はすでにある:
2017年発足時にトランプ政権はアメリカ―メキシコ国境の壁を「建設」する大統領令を発表した。しかし、1990年代以来、既に国境の壁は拡大し続けてきた。物理的国境とその地域だけではなく、このような象徴的な境界の再設定をめぐる権力作用と政治過程について考察するのも国際社会学の一大課題だ。