難民・強制移住学

難民・強制移住学の現状

 「難民・強制移住学」とは、移住研究の中でもとりわけ非自発的に家や出身地を逃れなければならない人々や国を持たない人々などに焦点を当てて、その原因、結果、解決策などを学際的に分析する研究領域です。

 世界には2020年末の段階で把握されているだけでも8,000万人以上の強制移住者(難民、避難民、国内避難民など)がおり、その数は年々増加し続けています。量の増加だけでなく質的にも、人の移動と国際社会、国際政治、国際法が相互に重大かつ複雑な影響を与え合うことは世界各地における昨今の情勢をみても明らかです。難民・強制移住イシューは、学術においても実務においても、今日の世界における重大分野の一つとなってきています。

 欧米では、難民学・強制移動研究は既に1980年代初頭に一つの学術領域として確立し、昨今の世界情勢を受けその重要性はますます高まっています。世界トップクラスの社会科学系の大学(院)ではその多くにおいて、(強制)移住問題に関する研究センターや学科・専攻・コースが既に設けられています。その多くは特定の学術領域分野に組織的には所属しつつも、実質的内容は、社会学、社会人類学、地理学、開発学、政治学、グローバル・スタディーズ、心理学、歴史学、平和学、哲学、宗教学、教育学、メディア研究、ジェンダー研究、国際関係学、国際法学、経済学などを含み、きわめて学際的な調査研究が繰り広げられています。

 一方で、日本を含むアジアにおいては、難民・強制移動研究は萌芽期にあり、まだ幅広い伸びしろがある状態です。換言すれば、研究者を目指す院生にとっては、「先駆的」「画期的」と見做されうる研究の余地がまだ沢山ある領域とも言えるでしょう。

一橋における難民・強制移住研究

 本研究科では、これまでの歴代の教員たちが、日本における幅広い意味での「国際移動研究の代表的拠点」としての地位を築き上げてきました。現役の教員としては、国際移動研究の専門家として小井土彰宏特任教授が国際社会学分野の研究・教育を長年担い、2021年度より飯尾真貴子講師が専任教員となりました。2022年度から新たに、難民・庇護政策の実践的研究を専門とする橋本直子准教授が着任したことで、国際移動研究をさらに多角的・重層的・学際的に発展させる態勢が拡充された状態にあります。また難民・強制移住研究は、本研究科の教員が長年牽引してきたその他の学術領域(例えば、歴史学、国際関係史、哲学・倫理・思想、政治学・政治過程論、比較政治、ジェンダー、社会福祉、社会政策、社会人類学、人権・人道、グローバリゼーション、言語文化論、メディア研究、人口学など)と密接にかかわる分野でもあり、学際的な研究を実践しやすい環境も整っています。

 橋本直子准教授は、政治学・国際関係学、国際難民法・人権法・人道法・刑事法を学術領域的な背景とし、地域的には主に日本や北東アジアを中心に国際的な難民・強制移住研究を行ってきました。またアカデミアに移る前は15年近く、日本政府や国際機関(外務省、法務省、国連難民高等弁務官事務所、国際移住機関を含む)で実務家として勤務していたため、実践的な政策研究の指導を行うこともできます。更に、難民・移住研究分野で世界トップクラスにある研究機関との国際的なネットワークも生かし、海外の大学院で学ぶ院生や若手研究者を交えた合同セミナーも開催する予定です。

 なお、日本を研究の排他的地理的フィールドとする場合を除き、ほぼ全ての参考文献は英語のものを使用し、英語での修士論文執筆という選択肢も視野に入れますので、専門的な英語力向上を目指す環境も整えていきます。

履修モデル

 難民・強制移住研究を志すには、①理論、②方法論、③イシュー、④地理的フィールドの4つの支点を定めていく必要があります。このうち③のイシューについては、難民・強制移住研究(橋本直子准教授)や国際社会学・移民研究(飯尾真貴子講師)のゼミで焦点を絞っていくことができますが、①理論、②方法論、④地理的フィールドについては、他の講義を通じて各自で学修しなくてはなりません。上記の観点から、例として以下のようなモデルケースが考えられるでしょう。(ただし開講科目名は、各学年度のガイドブックを参照・確認して下さい。)

演習:橋本ゼミを主ゼミとし、飯尾ゼミを副ゼミとする(その逆も可)
「難民・移民政策論」(院生用講義):毎年開講されるので履修することが望ましい
他の社会学研究科大学院科目:各自が志向する研究課題に照らして、様々な組み合わせが考えられる。例えば、「国際社会の課題A・B」、「国際社会学特論」、「ジェンダー論」、「社会思想」、「社会哲学A」、「社会心理学」、「社会人類学Ⅰ・Ⅱ」、「国際開発論A・B」、「政治学A・B」、「比較政治」、「政治過程論」、「社会政策特論」、「アジア社会史Ⅱ」、「アメリカ研究」、「ヨーロッパ社会史」、「地球社会研究」、「Media Research Methods」、「社会調査Ⅰ・Ⅱ」、「質的研究と方法」など。
学部との共修科目:例えば「Refugee and Forced Migration Studies」(毎年開講されるので履修することが望ましい)。
高度職業人養成科目:英語のアカデミックなコミュニケーション力を高めるため「発信英語力」の諸科目を履修することを強く推奨。研究対象となる地理的フィールドによって必要であれば、英語以外の外国語の習得も進める。
他の研究科:各自が志向する研究課題に照らし、例えば国際・公共政策大学院や法学研究科における理論関連の講義など。

修士論文

 学術的な論文には必ず「具体的かつ説明を要する中核的な問い」がなくてはならず、その問いは「なぜ(Why)」、または「どのようにして(How)」、または「どの程度(To what extent)」といったクリティカルな視点である必要があります。これらの点が、ジャーナリズム、政策提言、報告書とは決定的に異なる特徴です。このリサーチ・クエスチョンを練る作業は、修士号取得後のキャリア・プランにかかわらず全ての院生にとって決定的に重要になります。その上で、研究者を志望する大学院生にとって修士論文は博士後期課程の前哨戦といった意味合いもありますので、修士一年目の間に先行研究文献の調査を進めつつ、上記の履修モデルで強調した通り理論と方法論の専門的学修を深めていきます。また多くの場合、ケース・スタディとしての地理的フィールドも定めなければなりません。高度職業人・実務家を目指す院生にとっても基本的な枠組みは変わりませんが、方法論や外国語をより幅広く学んだり、政府関連機関やNGOなどでのインターンシップを行いつつ修士論文を執筆することで、修了後の可能性を広げることも考えられるでしょう。

2015年10月、ギリシアのレスボス島に到着したシリアとイラク人。ボートピープル対応は古くて新しい問題だ。