歴史学研究会総合部会例会のご案内

民衆思想史の発想と方法−安丸良夫『文明化の経験』を読む−

当委員会では、2007年度第3回総合部会例会を以下のように企画いたしました。
会員非会員問わず、多くのみなさまのご参加をお待ちしております。

日時 2008年3月29日(土)13時〜17時
会場 一橋大学西キャンパス本館26番教室(JR国立駅より徒歩10分)
報告 若尾政希氏 崎山政毅氏 安田常雄氏
応答 安丸良夫氏
資料代 300円

趣旨文
 歴史学研究会では、二〇〇七年度総合部会の第三回例会として、安丸良夫氏の
新著『文明化の経験―近代転換期の日本』(岩波書店、二〇〇七)の合評会を企
画した。「歴史学を革新することで歴史学というディシプリンを頑固に守り抜こ
う、そのことにはいまも大きな知的な意味がある」(四一四頁)とする安丸氏
は、本書の序論において、自身の問題意識や方法的立場をギアーツ・フーコー・
マンハイム・丸山眞男・ポラニーなどとの対比や、八〇年代以降の(近代日本)
民衆運動史研究の潮流とのちがいから説明している。それは、歴史学に固有の場
を自身の研究に即して理論的に提示する試みともいえる。このような試みは、日
本近世・近代史にとどまらず、専攻する地域や時代を超えた幅広い研究者の関心
に応えるものと思われる。
 本書の論点は多岐にわたるが、近世近代移行期の時代性・全体性に関わるもの
として、一八七七(明治一〇)年を「文明化のための国民国家的統合の画期」と
位置づけている点に注目したい(一五頁)。農民闘争と士族反乱が鎮圧されたこ
の年以降、政治的社会的対抗は、国民国家的公共圏の枠内での対抗という性格を
もつこととなる。それは同時に、暴力とコスモロジーの次元がそれぞれ隠蔽、稀
釈化されていくことを意味するという。本論の各論稿は、この二つの次元、およ
びその転換点に関わる内容となっている。また、補論には、安丸氏の「研究歴の
なかに内包されていた論点を現代的な問題状況のなかで思い切って拡張してみた
り、自分の発想の由来を自己言及的にのべて」(四一三頁)いる論文が所収され
ており、「通俗道徳」論の原像も示唆されている。
 以上のような本書の性格から、本例会は、コスモロジー論、暴力の領域をふく
めた民衆運動史・社会運動史、固有の時代経験と発想、という三つの視角からの
報告で構成した。安丸氏の思想史研究における観点、分析、アプローチ、史料解
読の方法から、固有の時代経験に根をおく発想のレベルまでを検証することによ
り、今後の民衆思想史の、さらには歴史学の方法的展望を切り拓くための手がか
りにしたいと考えている。
 若尾政希氏には、コスモロジー論の視角からの批評をお願いした。若尾氏は、
近世日本における政治常識の形成と解体を全体として検討するうえで、コスモロ
ジーの次元における継承と転換に視点をおくことの重要性を提示されている。若
尾氏に、本書を批評して頂くことで、コスモロジーの次元へのアプローチがもつ
意義も強調されるのではないかと期待している。
 崎山政毅氏には、民衆運動史・社会運動史の視角からの批評をお願いした。崎
山氏は、サバルタン研究の視座から、ラテンアメリカを中心とした「第三世界」
を分析されており、日本史の研究史上とは異なった文脈で安丸氏の著作を論じて
頂けると考えている。また、安丸氏は、崎山氏の方法的立場を「アナーキズム的
永久革命論者の認識論」と評したことがあるが(「表象の意味するもの」歴史学
研究会編『歴史学における方法的転回』青木書店、二〇〇二)、この点をめぐる
応答も期待したい。
安田常雄氏には、安丸氏に固有の時代経験と発想という視角からの批評をお願い
した。安田氏が『<私>にとっての国民国家論』において、このような視角から
西川長夫氏の著作、国民国家論を論じられたことは記憶に新しい(牧原憲夫編、
日本経済評論社、二〇〇三)。研究主体に固有の時代経験と発想という視角は、
学問の方法と思想史にたいする安田氏の関心(民間学)と重なっており、本書を
はじめとする安丸氏の著作を根底で支えるものに言及して頂けるのではないかと
考えている。
 なお、日本近現代史研究者を中心とした討論会の記録である『<私>にとって
の国民国家論』には、安丸氏の研究をめぐって活発な議論が展開されたことも記
されており、民衆イメージや個々の著作の位置づけなど興味深い論点が提示され
ている。この討論会は、一九九九年度の歴史学研究会全体会「再考・方法として
の戦後歴史学」を一つの契機として企画されており、本例会がこれらの企画で提
示された論点や問いを再検討する場になればと考えている。会員をはじめ、関心
のある多くの方々の参加と活発な討論を期待したい。