日本における少子化と
少子化対策についての考察

(法学部1年)


目次

一、序論

二、日本における少子化
     積極的少子化対策の是非
     日本における少子化の現状
     少子化対策の変遷
     日本の社会と少子化

三、デンマークにおける少子化
     デンマークの成功
     デンマークにおける少子化対策
     デンマークの社会と少子化

四、二国の違いと日本における少子化対策の問題点
     なぜ日本では少子化が進むのか
     日本の少子化対策の問題点
     日本における新たな少子化対策

五、結論




一、序論


 現在、日本では急速に少子高齢化が進んでいる。出生率は4年連続低下し、2004年には過去最低の1.28を記録した。戦後のベビーブームが終わり、1990年代に合計特殊出生率が1.57となってから後現在に至るまで、様々な少子化対策が政府によりおこなわれてきた。しかし、少子化対策への公的支出の増加にも関わらず、なぜ日本では少子化が進むのだろうか。本稿では、現在までに行われてきた政策を見直しそれらの問題点について論じ、日本の少子化に歯止めをかける新たな対策について考える。日本における新たな少子化対策について考えるに当たり、出生率を回復し少子化をのりこえた世界でも有数の国であるデンマークの政策を参考にしたい。

 以下では、最初に少子化対策の意義について論じ、日本における少子化の現状と今までにとられた政策についてまとめる。次に、先進国における少子化の一例としてデンマークにおける少子化の現状とその政策について述べる。そして、日本とデンマーク二国について比較・検討し、日本の少子化対策の問題点について検討する。最後にこれらを踏まえて日本における少子化対策の新たな方向を示す。



二、日本における少子化


積極的少子化対策の是非

 少子化とは、合計特殊出生率が人口を維持できる水準とされる2.08を下回り、出生率・出生子数ともに著しく低下する現象である。しかし、少子化対策について論ずる前に少子化が社会にもたらす問題を明らかにし、なぜ少子化対策が必要なのかについて検討する必要がある。まず、少子化の進行により生ずる問題としては主に以下のようなものがあげられる。一つ目は、労働人口の減少により現行の年金制度・医療保険制度などの社会保障が維持できなくなることである。これには少子化と平行して進んでいる高齢化も大いに関係している。少子化により労働人口が減って行く傍ら、平均寿命の延びと共に高齢者の割合が増加している。そうなると、必然的に高齢者を経済的に支える労働人口の割合が低下してしまう。今のペースで少子高齢化が進むと、社会保障の制度改革や現役世代へ経済的負担を課すことだけでは解決できなくなるだろう。次に、少子化に伴う人口減少により経済社会が衰退するという問題がある。上にも述べたように少子化は労働人口の減少をもたらすため、若い労働力の縮小と消費市場の縮小により経済成長率の停滞もしくは減退を招く可能性がある。このことは、日本の国力を下げ、他国にたいする競争力を失うことにもつながる。最後に、少子化により子どもの自立性・社会性の発達に影響が出ることがあげられる。この問題にかんして、小児科を専門とする鈴木榮名古屋大学名誉教授はこのように述べている。「(少子化の影響は)一言で言えば、社会性が育ちにくくなっており、人付き合いが下手になっているということであろう。私はこの結果、子どもにみられるようになったと考えられる行動異常を、不適応症候群(新しい環境に適応出来にくい)として一括してとらえており、登校拒否(不登校)はもちろんそのひとつである。最近増加している子どもの問題行動も、このような観点から、同一のルーツの問題ととらえる人もおおくなっている。(注1)」さらに、少子化世代が大人になったとき、そのような対人関係における能力の欠如に加え、幼い弟・妹や親戚の子どもと触れ合う機会も減ることなどから、子どもへの接し方がわからない親や子ども自体に興味が持てない親が増加するという問題も生じるであろう。「接触経験が少なければ、・・・育児にとまどったり、否定的なったりしやすい。」(注1)とも鈴木教授は述べている。また、近年の日本社会では特に一人っ子の家庭において、子どもの自立性の発達が著しく遅れており、親の児童虐待とともに深刻な問題となっている。

 このような観点からも、少子化社会への対策は目下の急務と思われるが、現在は、少子化歓迎論や、消極的少子化対策論などの意見も多い。少子化歓迎論の主なものには、現在の少子化は、乳幼児の死亡率が低下し平均寿命が高まるなか、自然の人口調整メカニズムの一環として不可避的に生じているものであり、空間的にゆとりのある成熟社会が形成できる(注2)と考えるものがある。しかし、これは局部的な見方である。ゆとりは空間的なものだけではなく経済的、精神的なゆとりも考慮する必要がある。超少子高齢化時代になると、若者一人あたりが支える高齢者の負担が重くなり、年金医療制度・介護の人手などにも歪みが現れる。日本社会の存続を考えると、やはり少子化は歓迎できるものではない。消極少子化対策論の一つには次のようなものがあげられる。人口が減少しても、労働力率の低い女性や高齢者を労働力に加えれば現在の6000万人台の労働者数を上回ることも可能であるというものである。ただ、これを実現させるためには性差別や学歴差別、年齢差別を撤廃しなくてはならない。(注3)しかしながらこれらの問題点の解決こそが少子化を解消するポイントの一つのでもあり、十分な解決策が存在しない現段階では、無責任にこれらが解決することを前提に少子化対策を怠るわけにはいかない。また、仮に少子化に伴う経済的側面の問題が解決されたとしても、少子による子どもの発達への影響はさけられない。したがって、本稿では積極的少子化対策を肯定する立場から論を展開する。

日本における少子化の現状

 日本では、戦後すぐのベビーブームの時期には年間270万人もの出生があったが10年間で150万人まで激減した。その後15年ほどは第二次ベビーブームの波にのり、200万人代まで回復する一方、死亡率も急減し、「多産多死」から「少産少死」へ人口転換が完成された。そのころの出世率は、人口を維持できる水準の2.08前後であった。しかし、1970年代以降少子化が進み、1989年の出生率は1.57となった。(図1参照)これは「1.57ショック」といわれており、これを機に少子化が社会に広く認知されることになる。そして90年代以降になると、政府により少子化は重要な政策課題と認識されるに至った。(注5)1989年以降現在に至るまで政府は様々な少子化対策を推進してきたが出生率は低下し続け、2004年には1.28と最低記録を更新している。第二次ベビーブームの世代が現在出産適齢期に入っているにもかかわらず、出生率が上がらないことからも、日本の少子化が深刻なペースで進んでいることがわかる。

少子化対策の変遷

 それでは政府の具体的対応策にはどのようなものがあったのだろうか。これまでに行われた主な少子化対策についてその趣旨・内容等をあわせて以下にまとめていく。

 「1.57ショック」により出生率の低下傾向が顕在化し、1990年に政府は早速「健やかに子どもを生み育てる環境づくりに関する関係省庁連絡会議」を」設置した。少子化社会対策の本格的な取組の第一歩が、1994年12月、文部、厚生、労働、建設の4大臣合意により策定された「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(エンゼルプラン)であった。エンゼルプランは、子育てを夫婦や家庭だけの問題ととらえるのではなく、国や地方公共団体をはじめ企業・職場や地域社会も含めた社会全体で子育てを支援していくこと、政府部内において、今後概ね10年間に取り組むべき基本的方向と重点施策を定め、その総合的・計画的な推進を図ることをねらいとした。エンゼルプラン策定後、保育サービスの充実をはじめ、育児休業給付の実施(1995年)、週40時間労働制の実施(1997年)、児童福祉法改正による保育所入所方法の見直し(1998年)等、エンゼルプランに掲げられた施策が実現された。そして1999年には少子化対策推進基本方針が決定された。この基本方針では少子化の原因とその背景にまで焦点が当てられ、少子化の原因である晩婚化の進行等による未婚率の上昇の背景には、仕事と子育ての両立の負担感や子育ての負担感の増大があることが指摘された。また、基本方針に基づく重点施策の具体的実施計画として、「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」(「新エンゼルプラン」)が策定された。新エンゼルプランでは前のエンゼルプランと異なり、保育サービス関係ばかりでなく、雇用、母子保健、相談、教育等の事業も加えた総合的な実施計画となっている。また2000年には「ミレニアムベビー」の効果によりわずかに出生率が増加したものの、少子化問題の解決には至らなかった。そのことをうけ、2002年には、従来の保育に関する施策を中心とした政策を見直し、子育てをする家庭の視点から考えた全体的なバランスのとれた取組みが必要であるという基本的考え方に立ち「少子化対策プラスワン」を取りまとめた。さらに2003年には少子化社会対策基本法が制定され、2004年には少子化社会対策大綱の決定が行われた。この大綱では、若者の自立を支える「自立への希望と力」、子育ての不安や負担を軽減し、職場優先の風土を変えていくという「不安と障壁の除去」、生命をはぐくみ家庭を築くことの大切さへの理解を深め、子育て・親育て支援社会をつくり、地域や社会全体で変えていくという「子育ての新たな支え合いと連帯−家族のきずなと地域のきずな−」を3つの視点として掲げている。現在はこの大綱の具体的実施計画として「新新エンゼルプラン」の策定も進められている。このように日本では10年以上にわたり試行錯誤を繰り返しながら少子化社会対策が講じられてきたのである。(注4)

日本の社会と少子化

 少子化の原因は様々であるが、育児と仕事の両立が難しい日本社会ではそのことが出生率低下の重要な原因となっている。戦後女性の社会進出が進んでいるにもかかわらず、特に女性の出産後の職場復帰は依然として非常に困難な社会である。実態として、育児休暇をとり職場に帰ってくると、席がなかったり、出産前よりも格下の仕事を当てられ給料を下げられたり、といったことが現在でも数多く起こっている。 男女雇用機会均等法や、育児休業法などの制度が整えられても育児と仕事の両立が困難である実情はあまり変わってない。女性では、年齢が上がるにつれて、週30時間未満の短時間就労の者の割合が上昇し、35歳以上で3割以上に達している。(注4)この短時間就労の多くはパートタイムである。本来ならばキャリアを重ねているべき時期に、出産による仕事の中断からやむを得ずパートタイマーとして再就職している女性は少なくない。なお、日本におけるパートタイムは正社員との差が大きく、保障や年金も不十分である。また、育児の心理的・肉体的負担の軽減にあたっては、夫婦がお互いに育児の負担を分かち合い協力しあうことが重要である。しかし週当たり労働時間をみると、男性は49.6時間、女性は35.3時間となっており、子育て期・子どもが就学期にあると考えられる25〜49歳について、年齢階級・労働時間階級別にその分布をみると、4割強の男性で週当たり労働時間が49時間以上であり、特に2割程度が週60時間以上の労働時間となっている。とくに子育て期にある30歳代では約4分の1が週60時間以上も就業している。こうした過重な労働時間が、育児に時間を配分することを阻害していることは想像に難くない。(注4)実際、育児への協力が得られないことを理由に子どもを産まない女性は一割にのぼる。また、日本では、共働きの夫が家事に費やす時間はわずか20分で、専業主婦の夫の27分よりも少ないという。(注5)このような状況では、女性の高学歴化や社会進出が進む中で出産による機会費用は増大する一方であり、出生率の低下は免れない。



三、デンマークにおける少子化



デンマークの成功

 前章では日本における少子化についてみてきたが、今や少子化は世界中で問題となっている。先進国における1950年以降の出生率の動向をみてみると(図2・表1参照)、すべての国で低下傾向にあり、合計特殊出生率は人口維持に必要な2.08を下回っている。世界的にみれば、ほとんどの先進国が少子化社会となっているといえるが、アメリカ・北欧・フランスにおいては比較的高い合計特殊出生率を現在は保っている。現在多くの先進国の間で少子化が問題となっている中で、この三国ではなぜ出生率を伸ばすことができたのだろうか。まず、アメリカの出生率の伸びは北欧やフランスの場合と異なり、主に移民の影響によるものである。国内では人種構成が変化し、黒人・ヒスパニック・東洋系などが急増している。したがってヨーロッパ系のみに注目すると少子化は着実に進んでおり、全アメリカにおける人口比率も下落している。つまり、実際に少子化をのりこえて出生率を回復したといえる国はおもに北欧やフランスであるといえる。本稿では急激な少子化を世界でもいち早く体験し、その後順調に出生率を回復させ現在も1.7を越える出生率を維持し続けているデンマークについて述べていく。デンマークは日本と同様、戦後にベビーブームがおこった。しかし、65年以降出生率が低下し始め1983年に出生率が1.37となる少子化時代を迎えた。この数値は日本の1998年の値に相当する。このころからデンマークでは女性の社会進出が進み、政府は様々な家族政策を推進してきた。しかしこういった社会動向や家族政策はデンマークだけであったわけではない。日本も含むほとんどの先進国で見られる動きである。それなのになぜ、デンマークだけが少子化をのりこえて上昇に転じたのか。それが問題である。(注6)

デンマークにおける少子化対策

 それでは、他の先進国と同じ状況を経験しながらどのようにデンマークは少子化を乗り越えたのかについてさぐっていく。現在デンマークの出産育児支援体制は以下のようになっている。産後休業は母親が14週間、父親が2週間とることができ、出産直後または出産休暇中に子供が病気で入院した場合は、24週間の出産休暇とは別に、最高3ヵ月間、生活維持手当を受けて休暇を取ることができる。さらに産後または出産休暇中に子供が死亡した場合も、出産休暇を保持することができる育児休暇に関しては、両親は1人の子供に対して合計で最高1年間の育児休暇を取ることができ、両親が同時に取ることもでき、さらにいくつかの期間に分割して取ることもできる(その場合は最低8週間、最高13週間)。育児休暇を始める時点で子供が1歳に達していない場合には、最高で連続26週間取ることができる。育児休暇に関する当事者と使用者間の約束は書面で行い、復職の条件が含まれていなければならない。また雇用者はこの休暇の権利を利用する賃金労働者を解雇することはできない。女性の場合は、これらの出産休暇をフルに利用し、休暇後同じ職場に復帰するのが一般的である。(注4)また、デンマークでは出産育児休暇中の賃金も保証されている。基本的に育児休暇を終えた後の保育所も保障されており、母親や父親がスムーズに職場復帰できるようになっている。デンマークの少子化対策は家族政策が中心であり、全般的にみて日本より仕事と育児に対する社会のサポートが保証されており、家族ぐるみで子育てをするという体制が非常に整っているといえよう。

デンマークの社会と少子化

 次にデンマークの社会の動きに焦点をあてる。デンマークでも戦後までは「男は仕事、女は家事」という考え方が一般的であった。しかし今では女性社会進出がすすみ、デンマークはスウェーデンと並び世界で最も女性の社会進出率が高い国といわれており、98年1月1日現在、16〜66歳の女性の労働力比率は73. 1.3%である(男性は86%)(出所:デンマーク統計局、99年)また、パートタイムには女性の割合が多いがデンマークでは正規社員と同等の扱いを受けられる。デンマークで女性の社会進出と出産の調和を可能にした背景には、男性の意識改革も大きく働いている。もちろん休日の営業規制や「16時一斉終業」といった社会システムの影響も大きいだろうが、デンマークでは父親の子育て参加がごく一般的に見られる。デンマークでは家族を大切にする意識が非常に強く、家族と一緒にいる時間も日本よりずっと長いのである。男性の育児参加により育児を負担に思う母親は、ほとんど家事をしない夫が多い日本よりもはるかに少ない。政府と社会・家族のサポートにより、デンマークは女性が仕事と育児の両立をしやすい状態にあり、近年の女性の社会進出の中でも一定の出生率を保つことが出来る。男性の育児参加への意識の高まりは、1985年には40%であった男性の休暇取得率が95年には58%にまでのびていることからもうかがえる。しかし、男性が育児休暇をとることが出来るのは、夫婦間で賃金の差がほとんど無い場合に限られる。つまり、男性の育児休暇取得率の上昇の背景には、性差の無い賃金制度の存在があるのだ。しかし、現実としてはジェンダーフリーが進んでいるといわれるデンマークでも夫の収入が妻の収入を上回るケースが多いため、育児休暇を利用するのは女性が圧倒的に多い。デンマーク社会にも改善点は多く残っているが、女性の社会進出を支える男性の意識改革が、デンマークにおける出生率上昇につながっているといえる。
 


四、二国の違いと日本における少子化対策の問題点


なぜ日本では少子化が進むのか

 出生率は毎年下がっているが、幸いなことに「理想の子供数」については現在も高い数値を保っている。(図4)この数値さえ達成できれば、少子化社会とはならないはずである。それでは、「理想の子ども数」と現実子ども数におけるギャップの原因は何であるのだろうか。日本とデンマークの大きな違いとして、出産における機会費用の増大が上げられる。両国とも女性の社会進出が進んでいるが、日本においては女性のキャリアにとって出産や育児はデメリットとなることが多い。高学歴化の中で自分を社会の中で役立てたいと願う女性が増えているのだから、メリットが感じられないならばあえて子供を生もうとは考えないのである。また、子供を生むことにより生じる負担が全て女性に押し付けられるならば、仕事・育児・家事を全てこなすことは不可能であり、産みたくても産めないという状況になる。

日本の少子化対策の問題点

 それでは、デンマークにおいて成功した少子化対策がなぜ日本では十分な効果を発揮しないのか。この原因は政府による少子化対策の違いというよりもむしろ、日本とデンマークの社会意識のちがいにあると私は考えている。というのも、もともと日本とデンマークでは国による社会保障制度に大きな差があり、国民に賃金の40%以上を税として納めさせているデンマークが日本より手厚い出産育児支援を行うことは当然なのである。問題は、少子化対策のための施策を有効に生かすべき社会が日本では未整備である点だ。育児休業法が改正されたにも関わらず、男性はもちろん女性の利用率も伸び悩んでいる。その理由として「職場の雰囲気」一位にあがっている。(図3)形としての制度が整っても実際の職場環境にはあまり変化が見られない。政府がうちだす数々の施策が有効に生かされていない今の日本では、それらの政策の恩恵を一番受けるべき母親たちが、改善を実感できないでいる。

日本における新たな少子化対策

 このような状況の中で少子化に歯止めをかけるにはまず、子どもを産み育てることに対するメリットを国民が感じられる社会にする必要がある。出産・育児におけるある程度の金銭的・肉体的・精神的負担は避けられないが、それを理由に子どもを育てることを断念してしまうことがないよう、社会はこれらの負担を軽減ずる責任がある。デンマークと日本の大きな違いの一つには、労働時間がある。長すぎる労働時間は男性が家庭にかかわる時間をなくし、女性にとっても大きな負担となっている。会社への長すぎる拘束時間をへらすためには、時間外労働の賃金を通常の1.5倍ないし2倍に引き上げるというのも一つの方法である。(注7)また、デンマークのような16時一斉終業を今の日本社会に無理に適用すれば、社会が成り立たなくまってしまうが、出産・育児手当の一環としてこれを取り入れていくことは有効な少子化対策となる。また、職場を夫婦にとって育児と仕事を両立しやすい環境に変える強硬手段として、それぞれの企業の男性・女性の育児休暇をとる割合や、特に女性の出産後の職場復帰の割合などを社会に公表するシステムを導入すると言う提案もある。「家庭にやさしい」が企業のイメージアップに貢献している国も世界には多い。今の日本では出産・育児休暇中の賃金の支払いなど企業が行う保障に対する関心も高まっており、この制度は企業にも大きな影響を与えると予想される。働き盛りの年代は、ちょうど出産・育児期にもあたるので、両者の折り合いをつけることが重要である。次に、国民一人ひとりのレベルでは、父が家庭へ、母は社会へも自由にかかわれる社会を作り上げるための意識改革を行う必要がある。少子化対策といっても子どもをもつかもたないかは個人の自由な選択のもとに行われるものであるから、男女間・地域内での協力関係を築き上げることが、少子化をくいとめる一番の近道であると私は考えている。



五、結論


 これまで本稿は、日本における少子化とその対策について検討してきた。まず、日本における少子化の現状と対策について明らかにした。次にデンマークにおける少子化への取り組みについて明らかにした。そして両者を比較し、日本における少子化対策の問題点について明らかにし、少子化対策への新たな展望を示した。また、日本の社会体制を明らかにする中で、少子化対策の問題点は現在の日本社会に大きくかかわっていることについてみてきた。戦後も根深く残る男女役割についてのジェンダー意識の影響や、男性に対して仕事を優先することを強制する社会の仕組みは、少子化対策によってもあまり改善されておらず、男性の育児参加を妨げている。このような出産・育児、更には結婚生活によるデメリットが大きいこと、結婚や出産に対して女性が選択できる社会に変わっていったことなどは、今の少子化の原因となっている。前章において少子化対策の問題点は政策を受け入れる社会の側にあるとしたが、現在の日本に必要なことは国民の意識改革である。少子化対策大綱の重点課題にも家族と地域による連帯と支えあいがあげられているが、国民自身「社会で子どもたちを育む」という意識を持たなければいけない。今は第二次ベビーブームの世代が出産適齢期にあたっており少子化の流れをかえる好機である。少子化の影響は子どもたちが大人になってからその影響があらわれてくる。対策が遅れるとそれだけ将来の日本社会が不安定なものとなる。一刻も早い少子化対策は経済的側面のみではなく、男女間や社会との協力体制が整うという意味においても日本の社会にとって非常に有益なことである。また、本稿では主に仕事と育児の両立に関する問題を取り扱ってきたが、他にも経済的側面や、保育、近年増え続けるパラサイトシングルなどの問題も考えられる。少子化の原因は様々な要因がからみあった複合的なものであり、その解決には総合的視野にたった対策が今後も求められる。



<脚注>

注1 鈴中榮 「『少子化』問題の再々考を」(『学士会会報』1997年10月)
注2 川本 敏 『論争・少子化日本』3ページ・4ページ
注3 八代尚宏「少子化時代の企業の役割」『毎日新聞』2000年1月25日
注4  平成16年版少子化社会白書 
注5 鈴木りえこ「女が子供を生まないわけ」『this is読売』1998年3月
注6 湯沢雍彦『少子化をのりこえたデンマーク』朝日選書2001年、28ページ
注7 高山憲之「男性の働き方を変えよう」 『ESP』2,000年4月号



<参考文献>

斉藤昭 『少子化と社会法の課題』 法政大学現代法研究所 1999年
猪木武徳 『移民政策の論点を見失うな』(『中央公論』2000年9月号)
中垣陽子 『社会保障を問いなおす』 ちくま新書 2005年
厚生労働省ホームページ
ホームページ「堺屋太一の談話室」


図1 出生数及び合計特殊出生率の推移

第1−1−4図



図2 主な国の合計特殊出生率の動き

第1−補−5図


表1 主要国の合計特殊出生率の動き


地域        国       1960年 1970年 1980年 1990年 1995年 2000年 2001年 2002年

北部ヨーロッパ デンマーク   2.57   1.95   1.55   1.67   1.80   1.77   1.74   1.72
           フィンランド  2.72   1.82   1.63   1.78   1.81   1.73   1.73   1.72
           アイスランド  4.17   2.81   2.48   2.30   2.08   2.10   1.95   1.93
           アイルランド  3.76   3.93   3.25   2.11   1.84   1.89   1.98   1.97
           ノルウェー   2.91   2.50   1.72   1.93   1.87   1.85   1.78   1.75
           スウェーデン 2.20   1.92   1.68   2.13   1.73   1.54   1.57   1.65
           イギリス    2.72   2.43   1.90   1.83   1.71   1.64   1.63   1.63

西部ヨーロッパ オーストリア  2.69   2.29   1.62   1.45   1.40   1.34   1.29   1.40
           ベルギー    2.56   2.25   1.68   1.62   1.55   1.66   1.65   1.62
           フランス    2.73   2.47   1.95   1.78   1.70   1.88   1.90   1.88

北アメリカ・オセアニア・アジア
          ルクセンブルク 2.28   1.98   1.49   1.61   1.69   1.80   1.70   1.63
          オランダ     3.12   2.57   1.60   1.62   1.53   1.72   1.69   1.73
          スイス      2.44   2.10   1.55   1.59   1.48   1.50   1.41   1.40
          カナダ      3.80   2.26   1.71   1.83   1.64   1.49   1.51   1.50
          アメリカ     3.64   2.48   1.84   2.08   1.98   2.06   2.03   2.01
          オーストラリア 3.45   2.86   1.90   1.91   1.82   1.75   1.73   1.75
          日本       2.00   2.13   1.75   1.54   1.42   1.36   1.33   1.32

資料:ヨーロッパはEurostat(ただし、ノルウェーの2001年以降、アイスランド、イギリスの2002年を除く)、アメリカ(1960年のみ)、カナダ(1995年まで)、オーストラリア(1980年まで)はUnited Nations"Demographic Yearbook",その他は各国資料。日本は厚生労働省「人口動態統計」による。


図3 育児休業を利用しなかった理由

職場の雰囲気を理由として育児休業を断念した人が多い

資料:(財)女性労働協会「育児・介護を行う労働者の生活と就業の実態等に関する調査」(平成12年8月)


図4 平均出生児数・理想子ども数の推移

第1−2−23図