TFコース:体験記 1

【社会学研究科 博士後期課程 Kさん】  参加時期(2010年5月~2012年3月)

  自分が受けた大学での教育をふりかえると、聴いていてワクワクしたりモノの見方がガラッと変わったりするような講義やゼミに出会えたことは、今の自分に とって大切な「財産」となっています。本コースを受講してみて、そうした講義やゼミには、教育と呼ばれる営みへの熱意に加えて、全体の構成から段取りそし て実践的な技法に至るまで、たくさんの工夫や配慮や知恵がこめられていたことに、ようやく少しだけ気づくことができた気がしています。いかに授業をつくる ことが難しいか。と同時に、いかにそれが「楽しい」要素を含んでいることなのか。そのことが少し肌身をもって分かった、というのが本コースを受講後のまず もっての感想です。


 2週にかけて授業実習では、受入教員とも何度も相談しながら準備しました。 が、当日の時間配分がうまくいかず、1週目は時間が余ってしまって焦り、2週目には逆に内容を詰め込みすぎて時間が足りなくなり、最後は駆け足となってし まいました。担当教員からは、進行状況次第で調整可能な内容を用意しておくと有用であるというコメントをいただきました。

  実習の最後では、コメントペーパーを配布し、受講者に自由なかたちで感想を書いてもらいました。多くの感想があり、肯定的なコメントもあれば批判的なもの もありました。とくに批判的なコメントは、「抽象的すぎて分かりにくい」といった内容的なものや「早口でついていきにくい」など技術的なものも含めて、自 分では気がつきにくいものが多くとても参考になりました。

 また、それらを読んでいて思ったのは、受講者はよく話を聴いて いるということでした。とくに、資料として配られたものに文章として書いてあることというよりも、むしろ口頭で話したこと、さらには何かの話の弾みで口 走ったような一言をよく聴き覚えているんだと感じました(こちらは無我夢中で話していて、後で思い返してそんなことを話したのかよく覚えていないのです が)。それを読んで、使うことばにはしっかり準備をして注意深くならなければいけないと改めて感じる一方、授業とはその場での相互行為であり、聴き手との 関係のなかでその場で即興的に生まれるものも授業の大事な要素なのではと感じました。

 受講者からのコメントや質問に対し ては、時間と能力の許す範囲でリプライするようにしました。なかには、ステレオタイプなものもあれば鋭くハッとさせられるものもありましたが、いずれも学 会や研究会で寄せられるものとはまた位相が異なっていて、新鮮なものでした。また、授業では自分の博士課程での研究も少し紹介したのですが、それに対する 質問や意見はいずれも的確で、それに答えるための作業はとても勉強になりました。その意味で、受講者から寄せられたコメントペーパーもまた、自分にとって 宝物となっています。


 コースの最後である講習会 Bでは、大学においてどういう授業を組み立てていけばいいか、いい授業とはどういうものかという問いから、<大学>とはどういう場所なのか、あるいはどう いう場所であり得るのかという問いへとつながるような議論となりました。また、成績評価の難しさと論点、学生の置かれた厳しい状況、「評価」にさらされる 大学教員とその過重労働など、大学教育をめぐる厳しい動向が示されました。議論を聞きながら、しかし他方で、<大学>とは問うて学ぶ個々人の営みを促進 し、その過程と結果を表現・伝達・発展させていくための一つの空間でもある、あるいはその可能性を見失わないことが、たとえそこに苦労や困難や矛盾がとも なったとしても、<大学>での仕事に従事するうえで大事な点なのだとも強く感じました。


 コース全体のコーディネート、運営、講習会や授業実習では、受講生の皆さんもふくめ多くの方々にとてもお世話になりました。あらためて感謝の念をここに記します。ありがとうございました。