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博士論文要旨

論文題目:渋谷ギャル・ギャル男サークルのエスノグラフィー―社会的成功のための勤勉さと悪徳資本―
著者:荒井 悠介 (ARAI, Yusuke)
博士号取得年月日:2019年3月18日

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目次
序章
第1節 はじめに
第2節 先行研究と本論文の位置づけ
(1)海外におけるサブカルチャー研究の系譜
(2)本論文の対象となるユース・サブカルチャーズに関わる先行研究
(3)先行研究を踏まえた上での自らの研究の課題と解決の方針
(4)本論文と直接関係する先行研究の課題と本論文での解決指針
第3節 本論文執筆上の手法
(1)研究手法・対象・特徴
(2)本論文執筆および研究上の注意点
第4節 本研究で扱うブルデュー理論の用語説明
第5節 論文の構成

第一部 サブカルチャーで獲得する資本
第1章 イベサーの成立と変化
第1節 日本のユース・サブカルチャーズの系譜
第2節 インカレ、チーマーの経緯
(1)「インカレ」の歴史
(2)インカレとディスコブーム
(3)チーマーの台頭
(4)ディスコからクラブへ
第3節 イベサーの経緯
(1)チームからイベサーヘ
(2)高校生のサークル化
第4節 イベサーとインカレ系イベントサークル
(1)界内部と外部を隔てるもの
(2)イベサーの流行
(3)流行の収束
(4)「スーパーフリー事件」の影響
(5)インカレサークルとの界の違い
(6)イベサーの変化と「ギャルサー」という名称への変化
(7)成立後のイベサー界
第2章 イベサー界の構造
第1節 イベサー界の組織構造
(1)イベサー界
(2)東京と地方の所属階層の違い
(3)東京の優位性と地方都市との格差
(4)上下関係と代
(5)ケツモチと系列
(6)センター街の縄張り
(7)ナゴミ
(8)ミーツ
(9)納金
第2節 イベント
(1)イベント
(2)合同イベント
(3)合同イベントでの役割
(4)単独イベント
(5)引退式
第3節 個別イベサーの役職とヒエラルキー
(1)役職とヒエラルキー
(2)役職の選出基準
(3)高学歴者と不良の選出の伝統
(4)学歴と信頼
第4節 幹部クラスとパー券要員
(1)幹部クラスと納金要員
(2)それぞれの役割と役得
(3)サービスを受けるパー券要員
(4)幹部クラスの得るメリット
(5)仲間という言葉で表面化しない構造
(6)居心地のいい関係と環境づくり
(7)ビジネスと友人関係の中間
第5節 脱退と引退
(1)脱退
(2)引退式を迎えないことへのまなざし
(3)利害関係と友情との間
第6節 ケツモチとOB・OG
(1)OB・OG
(2)ケツモチの役割と利得
(3)ケツモチの単独イベントにおける役割
(4)ケツモチの合同イベントにおける役割
(5)ケツモチの揉め事処理の役割
(6)庇護と恩
第3章 イベサーの活動
第1節 イベサー一年間の活動
第2節 加入する者達の属性と経歴
(1)加入者達の属性と経歴
(2)加入メンバー達のファッション
(3)イベサーに入る理由として挙げられる内容
(4)加入のルール
(5)ノリとハメ
(6)口約束による契約と制約
第3節 サークル内での「シゴト」
(1)身内のナゴミ
(2)様々なナゴミと教育
(3)ナゴミによる繋ぎ止めとモチベーションの向上
(4)ナゴミに対する恩義
(5)ナゴミの場でのルール
(6)組織のためのナゴミ
(7)出世と派閥形成
第4節 囲い込みとしてのナゴミ
(1)シゴトとしてのナゴミ
(2)仲間のために滅私奉公する美学
(3)組織のための労働としてのナゴミ
(4)和みの後に残る友情 
第5節 外交
(1)他サークルとのナゴミ
(2)他サークルとの人間関係
(3)他サーとの交流と礼儀
第6節 他サークルのイベントへの参加
(1)運営スタッフ
(2)メンバー達の振る舞い
(3)無償労働
(4)活動がもたらすもの
第4章 イベサーの4つの価値観と将来との結びつき
第1節 勤勉な人づきあい シゴト
(1)シゴトの行動と価値観
(2)シゴトと将来との結びつき
第2節 脱社会性 ツヨメ
(1)ツヨメな行動と価値観
(2)ツヨメと将来との結びつき
第3節 性愛の利用 チャライ 
(1)チャライ行動と価値観
(2)チャライと将来との結びつき
第4節 逮捕されない範囲の違法性 オラオラ
(1)オラオラな行動と価値観
(2)オラオラと将来との結びつき
第5節 イベサーの意味づけ:もうひとつの学校
第6節 ギャップと成り上がり
第7節 悪徳を資本として捉える若者たち

第二部 フィールドの経時的変化と悪徳を含むサブカルチャーの衰退
第5章 ギャル・ギャル男文化と界を取り巻く環境の変化
第1節 ギャル・ギャル男ファッションの全国区への広まり
第2節 ギャル・ギャル男ファッションの年齢、属性の拡大
第3節 読者モデルブームと役割の拡大
第4節 監視と逮捕、厳罰化 
第5節 水商売の流行と衰退
第6節 ケツモチビジネスのサブカルチャー関連産業化
(1)ケツモチ全体の傾向
(2)残り続けるケツモチとサブカルチャー産業
第6章 イベサー界のメンバーの変化
第1節 イベサーの流行と衰退
第2節 参加者の学歴の低下と、彼ら自身の目的の変化
(1)高ブランド校に所属し悪徳性の高いメンバーからの変化
(2)動機とキャリア意識の変化 
第3節 合同イベントに現れる将来像の変化
(1)大学生主体のイベサー時代の合同イベントでの将来像
(2)高校生主体のイベサー時代の合同イベントでの将来像
第7章 悪徳を含む経歴の象徴資本としての価値の低下
第1節 流行の移り変わりによる価値の低下
第2節 デバイス、SNSの影響による悪徳の象徴的な価値の低下
第3節 悪徳の自己表象の変化 
第4節 SNSとキャリアとの結びつき 
第5節 悪徳のキャリアからリスクへ
(1)新たなメディアによるサンクション
(2)ギャル文化を取り巻く環境の変化と成員の変化の様相
第6節 文化カテゴリーの崩壊とリスク化
(1)「サブカルチャー」と「サブカル」との接触
(2)文化的優位性と脆弱性
第7節 サークルの変化と当事者達の声 
(1)加入者の減少
(2)昔ながらのファッションとオラオラ
(3)閉じたコミュニティ
(4)チャライの変化
(5)ツヨメ
(6)ユースとの違い

第三部 引退後のサブカルチャーを通じて獲得した資本の活用
第8章 引退後の生活
第1節 引退後の進路の全体的傾向
(1)サー人たちの進路の一般的傾向
(2)結婚の傾向 
第2節 アウトサイダーとして生きる者の資本の活用
(1)一般経済社会との人間関係資本と社会的成功への願望
(2)シゴト、ツヨメ、チャライ、オラオラ、の資本による社会的成功
(3)オラオラの象徴資本の活用
第3節 渋谷ファッション業界へ進む者の資本の活用
(1)成功者
(2)イベサー界との親和性と適性 
(3)資本とヒエラルキー
(4)歴史による正当性と「イケてるヒエラルキー」
(5)資金、暴力、勤勉さ
(6)経済資本の強さ
(7)派閥の形成と価値観の対立
(8)サー人の資本による軋轢
第9章 一般経済社会に進む者の資本の活用
第1節 シゴトを中心とした資本の展開
(1)礼儀、上下関係、所作
(2)人脈とスタートアップ資金の獲得
(3)人脈と優位性
(4)コミュニケーション能力と企業文化との親和性
(5)ナゴミと信頼関係の構築
(6)人材のマネジメントと目利き
第2節 ツヨメの展開事例
(1)新規のトレンドを押さえる
(2)ツヨメによる承認
(3)新規性とまじめなひとたちとの違いの強み
(4)ツヨメな価値観とキャリア形成
第3節 チャライの展開事例
(1)性愛を介在させない異性からの協力の獲得
(2)チャライ社内文化への適応
(3)「真面目な人たちばかり」の世界との違い
(4)女性を利用した男性との人間関係の構築 
(5)チャライ価値観を基軸においた社会的上昇 
第4節 オラオラの展開事例
(1)上司との有利な人間関係の構築
(2)部下の統制
(3)オラオラを用いた営業と上昇
(4)理不尽耐性と世代間の調整
(5)やり切った者の忍耐力と資質
(6)オラオラと精神的な負担
(7)一般経済社会、渋谷ファッション業界、アウトサイダーへの悪徳資本の活用
終章 サブカルチャーと悪徳資本
(1)サブカルチャーの若者の価値観と社会への予測
(2)集団としてのサブカルチャーの衰退
(3)サブカルチャーで獲得した資本の活用
(4)本論文の限界と展望

謝辞
文献
補足資料

【論文の要旨】
 「ギャル」とその男性形の「ギャル男」という言葉が対になって人口に膾炙したのは、1990年代後半以降のことである。ギャルとギャル男は1990年代後半から2000年代にかけて東京の繁華街、とりわけ渋谷センター街を中心に遊んでいる10代から20代前半を中心とした派手な外見をした若者たちを表す言葉になったのである。特にそれは、渋谷のファッションビル109に代表される独特のファッションやメイク、しばしば逸脱しているように見える行動様式と結びつけて語られてきた。本論文で対象とする「ギャル」とは、濃いアイメイクをし、明るく染めた髪、人為的な日焼けや肌の露出、水商売のホステスのようなファッションなどを好む女性を指す。また「ギャル男」は、明るい髪色に日焼けした肌、暴力団関係者を意識した不良っぽい格好や、ホストのようなファッションなどを好む男性を指している。コギャル、ガングロ、ヤマンバ、マンバ、センターGUYなど、その突飛なファッションが注目されてきた者たちもその中に入る。
 本論文の研究対象は、そのギャル・ギャル男の中でも、繁華街でたむろしつつ自分たちでイベントを企画運営する「イベサー」と呼ばれる集団に属する若者たち、およびその引退者たちである。「イベサー」に属するメンバーは「サー人(サージン)」と呼ばれ、「イベサー界」と呼ばれる独自の世界を形成している。この集団は、クラブイベントを行う「インターカレッジサークル(インカレ)」と、チーマーと呼ばれる繁華街の不良集団の文化が混ざり合って形成された、年齢規範とヒエラルキーをもった若者の逸脱集団である。イベサーは、様々なトラブルに対応するため暴力団と交渉できる「ケツモチ」と呼ばれる管理者が置かれ、15歳から22歳(高校一年生位から大学三年生位まで)の若者をその主な構成員としている。そして高校三年生、もしくは大学三年生の年齢になると、「引退式」という卒業儀礼を行いその世界から抜ける、といった特徴を持っている。
 従来の国内の先行研究において、社会規範から逸脱的なサブカルチャーの若者たちが扱われる場合は、郊外の地域社会に生きる暴走族の若者のように、学歴が低く、裕福ではない傾向にある家庭出身者など、社会的な位置が高くはない者が中心的に扱われてきた。しかしながら本論文の研究対象である若者「サー人」たちは、高偏差値の高校・大学に通い、平均以上に裕福な家庭の者が多いという特徴を持つ。また集団卒業後は先行研究の研究対象者らとは大きく異なったライフコース、経路を歩み、社会的に上昇する傾向にある。
 そこで、本論文では「なぜ、社会的に低い位置に置かれているわけではないサブカルチャーの若者が逸脱をするのか」ということを明らかにすることを中心課題とした。そして、ピエ―ル・ブルデューの資本概念にもとづき、彼らがサブカルチャーを通じていかなる資本を獲得できるととらえているのか、そして、いかにしてサブカルチャーを通じて獲得した諸資本を活用し社会的成功に結びつけているか、ということを検討することを通じて、中心課題を明らかにした。
 本研究において採用した主たる研究手法としては、17年間にわたる参与観察およびインタビューを中心とした定性調査である。筆者は2001年からは調査目的を持ちつつ渋谷の集団に属してきた。2003年まで当事者として関わり、最終年度は団体及び系列代表、東京および全国筆頭という役職で深く参加した。また、自らが集団を引退した2004年以降は調査者及び、渋谷のギャル・ギャル男系サブカルチャー産業の従事者として、イベサーへの参与観察と、所属者、引退者に対するインタビューを中心とした定性調査を2018年現在まで行ってきた。本論文はこの17年間の調査に基づくエスノグラフィーである。
 本論文は大きく三部で構成されている。先行研究の課題と本論文の指針を提示する序章からはじまり、第一部は、第1章から第4章でなり現役メンバーが「サブカルチャーで獲得する資本」について述べた。第二部は、第5章から第7章でなり、「フィールドの経時的変化と悪徳を含むサブカルチャーの衰退」について詳述している。続く第三部は、第8章、9章の2つの章からなり、「引退後のサブカルチャーを通じて獲得した資本の活用」について実証的に検証を行った。そして終章ではこれらの知見をまとめあげ、中心課題を明らかにした。次に各章の構成を述べる。
 序章では、シカゴ社会学派、バーミンガム学派のサブカルチャー研究、ポスト・サブカルチャー研究など、社会規範から逸脱したサブカルチャーの小集団研究の中でもとりわけ、ブルデューの資本概念を用いたサブカルチャー研究の中に本論文を位置づけた。サブカルチャーで獲得した資本に関する先行研究としては、サブカルチャーにおける、音楽の知識や、ふるまいなど、クールさに結びつく文化資本が内部のヒエラルキーを向上させるのみならず、将来のサブカルチャー産業における雇用や収入に結びつく可能性があるとして、「サブカルチャー資本」概念を提示したサラ・ソーントンの研究が挙げられる。だが、①逸脱性が高いサブカルチャーにおいては、社会規範から逸脱しているという文脈の中で重視されている価値観に基づいた指標が必要であること。②サブカルチャーで獲得した資本が、その後の将来において実際にどのように活用されているのかを長期にわたり経時的に検証する必要があること。③サブカルチャーで獲得する資本を、文化資本のみならず社会関係資本や経済資本、象徴資本といった他の諸資本からも検討する必要があること。という従来への研究への課題を提示し、本論文ではこれらの課題を解決するという指針を提示した。
 また、田中研之輔の都市のスケートボーダーのサブカルチャーの若者を扱った研究では、本人たちはサブカルチャーで獲得した身体資本を持ちつつも社会空間上の下降移動をする傾向にあるという知見が述べられてきた。本研究では同じ都市の若者でありながら、自らがサブカルチャーで獲得する資本への自覚や、学歴や家庭環境といった社会的な位置が異なる。それにより、彼らの軌道がどのように異なるのかも明らかにしていく。
 第一部、第1章「イベサーの成立と変化について」では、傾き者集団や暴走族など国内のユース・サブカルチャーズの系譜にイベサーが連なること、そしてインカレサークルとチーマーと呼ばれた繁華街の愚連隊文化が混ざり合う中、派手さと逸脱性を増し、サークル「界」という独自の世界を作った経緯を述べている。
 次の第2章「イベサー界の構造」では、イベサーの内部構造について述べた。各役職の内容や金銭・イベントの流れやヒエラルキーなどについて詳述したが、これらは彼らのサブカルチャーを通じて威信や諸資本を獲得する上で非常に重要な構造となっている。
 第3章「イベサーの活動」では、イベサーではどのような活動が年間を通じて行われているのか、また加入メンバーのファッションの属性・逸脱経歴について述べている。また、「シゴト」と呼ばれるサークル内外で行われる活動について詳述していった。彼らが周囲から威信を獲得するためには、集客数や納金力の維持のために、自分のサークルのメンバーを繋ぎ止めることや、トラブル回避や協力関係の構築のため他サークルのメンバーと交流を深めなければならない。このような人間関係を構築するための「ナゴム」と呼ばれるコミュニケーション活動を勤勉に行うことが、彼らの活動の中でとりわけ重視されていることを述べていった。
 第一部の終わりである第4章「イベサーの4つの価値観と将来との結びつき」では、サー人達が身体化していく4つの価値観を明らかにした。まずは、集団のため勤勉に人づきあいを行うという「シゴト」という価値観である。また、社会規範から逸脱したサブカルチャー独自の価値観として捉えられながら身体化されているものとして、3つの価値観があることを明らかにした。1つ目は、非常識で煽情的な方法で注目を集めたり、脱社会的な発想や行動をするという「ツヨメ」という価値観である。2つ目は異性愛を利用するというチャライという価値観である。3つ目は逮捕されない範囲で反社会的行動をとるというオラオラという価値観である。これら、3つの悪徳と結びついた価値観を持っていることを明らかにした。そして、彼らはその勤勉さと3つの悪徳性を併せ持った文化資本、すなわち悪徳資本をイベサーを通じて獲得していると捉えており、自らが獲得してきた学歴等のオフィシャルな文化資本と併せてこれらの文化資本を兼備することが、将来の社会的成功にも役立つと認識していることを明らかにした。また、過去に逸脱した経歴を持ちながら、一般経済社会で成り上がることにより、カリスマ性という象徴資本も得られるとも捉えており、サークルを通じ、社会関係資本や、経済資本も得られると捉えていることも明らかにした。すなわち、彼らは、享楽的、社会的自己実現への欲求が低い、社会に反抗するといった若者像とはかけ離れており、社会的な成功に結びつく資本の獲得を目指して活動する若者だと捉えることができるだろう。彼らは一般経済社会とは、彼らが保持する学歴という文化資本、勤勉さ、そして悪徳資本が社会的な成功に結びつく社会であると予測しているのである。
 次に第二部についてであるが、第5章「ギャル・ギャル男文化と界を取り巻く環境の変化」では、第一部で述べてきたような2000年代のギャル・ギャル男文化が徐々に2010年代に入り変化してきたことについて述べる。まず、ギャル・ギャル男文化がファッションとして全国区に広まることによって、ギャル・ギャル男ファッションに身を包む若者達の地域だけではなく、同時に年齢層や属性も拡大し、特権性を喪失し象徴的な価値を低下させた。また、彼らのアルバイトとして好まれたホステスという仕事も、流行とともに象徴的な価値を低下させた。第4章で述べたような「オラオラ」として行ってきたような詐欺やスカウト行為などに対しては、監視が強化され、時には逮捕に結びつくようになった。そのため将来に影響を及ぼすような逮捕を避けるサー人達は、悪徳性を弱めた活動をするようになったのである。さらに、このような取り締まりの強化とギャル・ギャル男文化のファッション産業としての拡大は、ケツモチ達にサブカルチャー産業を起こさせることになり、サークル界も、違法行為や水商売から移行して、サブカルチャー産業との結びつきを強めることになった。
 次の第6章「イベサー界のメンバーの変化」では、まずイベサーの流行と、その後の衰退について述べる。かつての所属メンバーは学歴が高く、また将来は一般経済社会で成功を収めたいという野心を抱いていた、悪徳性が高い者が多かったが、所属メンバーの学歴が低くなるにつれ、次第にギャル・ギャル男ファッション産業に関わりたいという悪徳性が低い者が増えていった。それに伴い、所属メンバーの層が変化し、イベサー自体が衰退してきたのである。
 第7章「悪徳を含む経歴の象徴資本としての価値の低下」では、サー人達がかつて得てきたような資本の価値が低下し、別の価値観が台頭してきたことについて述べている。例えばSNSでポジティブなリアリティを発信し、ポジティブなリアクションを得ることを挙げたが、そこでの評価はそのままギャル・ギャル男ファッション業界でも活かすことが可能なのである。かつて重要視された悪徳性は、SNS等では揶揄や批判の対象となり、徐々にそれは威信に結びつくものではなく、威信を低下させ、リスクにも結びつくものへと変化してきた。つまり、かつてのイベサーやギャル・ギャル男系の若者文化に見られたような、同じ場所に集まり悪徳性を含む楽しみを求め、そこから威信と将来に結びつく資本を獲得するという『Gathering』という価値観から、このようなポジティブなリアリティをSNS上で共有することに楽しみや威信および将来的なキャリアの獲得を目指す『Sharing』という価値観へと、現在では流行に敏感な層の若者に限らず、一般の若者にも共通した価値観として浸透してきているのである。そのような中、悪徳性が負の象徴資本としての役割を果たすようになっていくこととなった。それに伴い、かつて所属していたようなメンバーたちは姿を消し、またイベサーに参加する者も減少したのである。
 最後の第三部は、サー人達の引退後を追ったものである。サー人達は、シゴト、ツヨメ、チャライ、オラオラというイベサー特有の4つの価値観に基づいた能力およびイベサーでの経歴が、いずれ将来に活かせる資本になると捉えていたが、これらが実際に資本として適用できているのかを検証した。
 まず第8章では「引退後の生活」として、彼らのライフコース、すなわち結婚や就職などについて述べる。暴走族などの先行研究では、彼らは引退後、仕事と結婚を中心とした生活に入り、悪徳性を無くしていくと述べられていた。だが、彼らは平均初婚年齢を過ぎても未婚者が多く、男女ともに結婚をせず、仕事を通じた社会的上昇を志向している者が多い。また、若いころのライフスタイルを継続し、勤勉に働きながらも、仕事において悪徳資本を活用している者が多く存在する。
その上で、アウトサイダーとして生きる者、そしてサブカルチャーと関連する産業界、すなわち渋谷ファッション業界に進んだ者それぞれの資本の活用例について論じている。アウトサイダーとして生きる者達は、サブカルチャーを通じて獲得した勤勉さも悪徳資本もともに全て活用しながら経済的な収益を得ている。彼らは、チャライ、オラオラ、ツヨメという文化資本および、かつてのイベサー時代の象徴資本を活用する。だが、彼らは他のアウトサイダーに対し、勤勉さと一般経済社会との社会関係資本により差異化を図っているという知見が得られた。彼らは、他のアウトサイダーとは異なり、勤勉に業務を行い、また一般経済社会の人間との社会関係資本により知識を得て、新規の逮捕されない範囲の詐欺ビジネスを行う。また、彼らはサー人の仲間と同様に、一般経済社会で上昇しようという性向を持ち続けており、そのための資金獲得の手段として特殊詐欺を行い、貯蓄をして合法なビジネスを立ち上げようとする。また、彼らは服役や違法薬物中毒などで、下降移動をしたように見えても、長期的に見ると一般経済社会での社会的上昇を目指し続け、中には実際に上昇移動する者もいることを明らかにした。つまり社会空間上での上昇移動を求める性向は、同じサブカルチャーの出身者のアウトサイダーにも適用されるということができる。
また、サブカルチャーと関連する産業界では、イベサーを通じて獲得した資本を、サブカルチャー産業界においても全て適用している様相を明らかにした。ただし、本研究で対象とした渋谷サブカルチャー産業界はイベサーの出身者が多く所属する、それゆえに、現役メンバー時代のヒエラルキーや、また、とりわけオラオラさに結びついた文化資本や象徴資本を持つ者により搾取されることもあることを指摘した。また、ソーントンの述べるところのサブカルチャー自体の知識やふるまいというものが、実際のサブカルチャー産業界において適用され、内部のヒエラルキーや、威信にも結びつくことを検証した。そして、アンジェラ・マクロビーが述べるように社会関係資本も、サブカルチャー産業内での就職や、経済的収益に結びつくことも検証できた。ただし、一方、サブカルチャー資本のもつ限界も示唆された。高度なサブカルチャーに関する知識や、ツヨメで新規の流行を掴むという文化資本は、サブカルチャーに対する知識がない者には理解されにくい。そのため、彼らの獲得してきた資本は、一般人出身の会社経営者には価値を理解されず、必ずしも経済的に正当な対価を得られるとは限らず、対価に見合わない搾取的な労働をさせられる場合も存在する。また、ソーントンが述べるところのサブカルチャー資本を高く持つ者や、イベサー出身者のようなサブカルチャーの集団に所属していた象徴資本を持つ者は、サブカルチャー産業界で上昇しやすい一方、そのような資本を持たない者との間で軋轢も生みだす。また、サブカルチャーを通じて獲得してきた文化資本や象徴資本以上に、経済資本を持つ者の方が業界内のヒエラルキーの高位に置かれ、力を持つという点を明らかにした。
 続く第9章では、「一般経済社会に進む者の資本の活用」について述べた。ここではかつて得られた文化資本、すなわちシゴト、ツヨメ、チャライ、オラオラというものが、それぞれどのように活用できるのか、細分化して各事例を紹介しており、アウトサイダーやサブカルチャー産業界のみならず、一般経済社会においても、これらの資本が有効に適用されていることを明らかにした。ただし、アウトサイダー、サブカルチャー産業界の者たち以上に、悪徳性のある経歴に関してはネガティブに捉えられる傾向にあり、当初は象徴資本として悪徳性を活用していた者たちも、対面でのコミュニケーションで使用する以外では、過去の悪徳性を象徴資本として活用しなくなっている傾向を明らかにした。
 終章「サブカルチャーから得られる資本」では、シゴト、ツヨメ、チャライ、オラオラというそれぞれの価値観を文化資本として活用するのみならず、イベサーで得た社会関係資本、またそれを活かして得る経済資本、そして象徴資本に関しても有効に機能していることについて述べている。各々により程度の差はあるものの、シゴト、ツヨメ、チャライ、オラオラというそれぞれの価値観が、個人の中に複合的に内面化されており、彼らの日常的な実践や生き方や経路にまで深く結びついていること、そして一般経済社会での成功を目指すという、サークル界の性向を彼らは内面化しながら、実際に社会的な上昇を果たす傾向にあると結論づけた。
 本研究で対象としたとりわけ、一般経済社会に進んだメンバーたちは、主にイベサー時代の代表や幹部クラスである。そのため、第一部で述べてきたように、自らの勤勉さと悪徳性に結びついた文化資本、経歴、そこで獲得した社会関係資本、象徴資本、経済資本が、将来の社会的成功に結びつくと現役時代から自覚的に捉える若者たちであった。また、たとえ逸脱的な生活をしていたとしても、学歴などの制度的な文化資本を獲得することに対しては意識的な若者たちであり、放校する者も少ない。また、彼らが進んだ一般経済社会の職業世界そのものに、シゴトという勤勉性に加え、ツヨメ、チャライ、オラオラという悪徳性を持ち合わせることを求める側面があり、彼らの悪徳性とも親和性を持つことを明らかにした。すなわち、彼らが現役のサー人だった当時の社会認識、および、その中での自らの経験が将来の社会的成功に結びつく資本になるであろうという、彼らが抱いていた認識は間違っていなかったのである。このように、アウトサイダーやサブカルチャー産業のみならず、一般経済社会においても、彼らのイベサーで獲得した諸資本が資本として活かされることが確認できた。
 以上の検証を行った上で著者は、社会規範から逸脱したサブカルチャーの者たちが獲得する、ツヨメ・チャライ・オラオラという3つの文化資本、すなわち現実に一般経済社会における社会的上昇と経済資本と社会関係資本の獲得に結びつき、象徴資本にも転換されうるこれら文化資本を総称して「悪徳資本」という概念を提示した。本論文の中心課題は、なぜ、学歴が比較的高く、家庭も裕福な傾向にある社会的な位置の高い若者が、サブカルチャーを通じた逸脱をするのかを明らかにすることであった。この問いに対する答えは、彼らは、社会的上昇のためにサブカルチャーを通じた逸脱から、勤勉さと悪徳資本を獲得し、その勤勉さと悪徳資本が実際に社会的上昇に結びつくからである、と述べることができる。そしてこのことは、社会における成功に必要な資本として、勤勉性とともに、悪徳性というものが分かち難く結びついていることを示唆している。

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