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博士論文要旨

論文題目:二クラス・ルーマンの社会システム理論における合理性の構想とそのメカニズム
著者:須田 佑介 (SUDA, Yusuke)
博士号取得年月日:2018年3月20日

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論文要旨

題目:ニクラス・ルーマンの社会システム理論における合理性の構想とそのメカニズム

Ⅰ.章立て

序章
第一節 本論文の目的
第二節 先行研究と本論文の位置づけ
第三節 本論文の構成

第一章 ルーマンの機能主義的社会システム理論
第一節 等価機能分析
第二節 社会システム理論の導入
第三節 等価機能分析と社会システム理論との関係
第四節 等価機能主義の意義とはどのようなものか?
第五節 初期ルーマンの合理性概念と規範的構想

第二章 後期ルーマンの自己参照的システム理論
第一節 自己参照的社会システム理論
第二節 コミュニケーションの単位性
第三節 社会的システムの単位性および同一性
第四節 自己参照と合理性
第五節 結び

第三章 行為の合理性—ルーマンにおける意志決定理論の構想—
第一節 意志決定行為と合理性
第二節 行為の目的関連性、合理性、複雑性
第三節 経験科学からの規範論的アプローチ

第四章 機能分化した社会におけるシステム合理性
第一節 合理性のゼマンティク論
第二節 ルーマンによる提案—システム論的合理性概念—
第三節 機能分化した社会と社会理論への帰結
終章
第一節 社会システム理論の構想における規範論的関心
第二節 社会学的啓蒙とシステムの同一性問題の主題化
第三節 システム合理性概念再考

参考文献


Ⅱ.論文要旨

(1)本研究の課題
 本研究は、ニクラス・ルーマンの社会システム理論における合理性概念およびその構想の解明を課題とする。
 ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは、タルコット・パーソンズのあとをうけて独自の社会システム理論を構想し、現代社会学理論を牽引したひとりである。ルーマンの社会システム理論は、心的システム、相互行為システム、組織システムといったミクロレベルからメゾレベルの研究、また政治、経済、教育、芸術等々の機能システムとそれらを包括する全体社会といったマクロレベルの研究を視野におさめる、きわめて包括的な理論である。かれの構想は、70冊以上の著作と400本以上の論文からなる論述に示されており、1998年の死後も未刊行の著作や論文が発表されつづけている。単一のルーマン理論像を描き出すことがきわめて困難であるいっぽう、様々な角度からこの理論について論じることが可能である。そのなかで本研究がとりあげるのは、ルーマンによる「合理性」についての議論であり、そのメカニズムの解明である。
 ルーマンの合理性概念については、この概念が「社会学的啓蒙」と呼ばれる研究プロジェクトや、ルーマン理論内部における社会的システムの対象化および概念化にあたって欠かせない概念となっていることが、これまでの先行研究から指摘できる。しかしながら、ルーマンによる合理性の議論は、それぞれの著作や論文にまたがって散発的に論じられており、それぞれの合理性に関する議論がどのように関連しあうのかという点がルーマン自身によっても二次文献においても明確化されていない。
 本研究ではルーマンによってなされたシステム合理性についての議論を、社会システム理論の全体像を解明するための鍵概念と位置づけ、学説史上の整理にとどまらず、ルーマンのいう合理性がいかにして達成されるのかという、システム合理化のメカニズムに焦点を当てて検討する。また後述するとおり、システム合理性のメカニズムを解明するには、ルーマンによる行為論やコミュニケーション論、あるいは機能分化論といった、社会システム論の主軸とみなされる議論と関連づけて論じる必要がある。それゆえ本研究は、システム合理性概念を中心にして、ルーマン理論を包括的に再構成し、新たな社会システム理論の可能性を提示するという側面も持つ。

(2)論文の概要と結論
 本論文は、全四章からなる。各章ごとに、全体の論旨を提示しておきたい。
 第一章では、初期ルーマンの理論構成を検討する。1950年代後半から1970年代半ばまでのルーマン理論は、等価機能分析と呼ばれる独自の機能的方法の彫琢ならびに「システム/環境」図式にもとづく意味システム論の展開に集約される。この時期のルーマンは、機能分析という方法論を、特別な機能主義理論から独立させて確立した上で、方法論と理論を媒介するという議論を展開している。そのさい、ルーマンの等価機能分析と社会システム理論は、合理性概念を媒介にして、関係づけられる。これは、ルーマンの「社会学的啓蒙」という初期の規範的関心に直接的に関係している。
 第二章では、後期ルーマンの理論展開について検討する。1980 年代にルーマンは、オートポイエーシス論と呼ばれる同時代のシステム論の発想をとりいれ、新たな理論展開をみせた。その意義として指摘されるのは、次の点である。①システムが、要素水準で、環境とは区別される自己同一性を再生産する仕組みを説明できるようになったこと、②システム崩壊の契機を「パラドックス」という概念によって説明できるようになったこと。①の点についていえば、システムが自己を構成する要素(出来事)を、自ら構成している要素をもとにうみだす、という要素産出の自己参照性と閉鎖性を強調するようになる。システムの要素産出のメカニズムは、区別の一方の側を指し示す「観察」という作動によって産出されると定式化される。特に機能システム(法、政治、経済などのマクロなシステム) が観察に用いるとされる区別は、正/負の値が割り当てられた機能システムの「コード」(例えば経済システムであれば所有/非所有)として概念化される。さらに②の点にかかわることであるが、正/負の値をもつ区別にもとづく自己参照的システムは、区別の統一性を視野に入れて自己を同定するばあい、「パラドックス」が生じ、システムの要素産出は停止するとみなされる。すなわち、自己を非自己との関係で反省的に観察するばあい、自己の表現に自己ならざるものが同時に含まれることで、観察という一種の選択作用が無効化されるという事態である。このパラドックスはいっぽうでシステムの作動を遮断する契機であるが、他方ではこれを展開することが、システムにある種のリアリティを獲得させることになる契機でもある。
 後期ルーマンの自己参照的システム理論を検討するなかで指摘された脱パラドックス化という契機は、システム合理性に密接にかかわっている。自己参照的システム理論を採用して以降、ルーマンはシステム合理性概念を次のように定式化する。(システム合理性とは) 「差異を通して区別されたものの中に差異が再参入すること、つまり、この差異それ自体によって規定されているシステムの中に、システムと環境の明示的な差異が再参入することであるとみなされてよい」(Luhmann 1984: 641)。ここでは、システム/ 環境の差異をシステム内部で主題化できるシステムが合理的なシステムであるとみなされる。それゆえ、システムの合理化にもパラドックスの脱パラドックス化が必要になる。この意味での合理的なシステムは、自己の内部にパラドックスとしてのシステム崩壊の契機、いわば自己批判がたえず要請されるシステムであり、脱パラドックス化によって自己更新を達成する契機に変換できるシステムである。
 第三章では、システム理論からみた行為の合理性について検討する。ルーマンの合理性概念は、「行為の合理性からシステムの合理性へ」という標語のもとで展開されるが、しばしば誤解されるように行為の合理性についての構想を放棄するものでもそれと対立するものでもない。行為合理性の実現について、ルーマンの研究では、おもに組織論の文脈で意志決定の問題として検討されている。ルーマンの決定理論は、平行して展開されるかれの社会システム理論の構成の変化に応じて、行為理論にもとづく決定理論から、予期を中心とした決定理論、さらに観察理論にもとづく決定理論へと推移してきた。
 本章では、こうしたルーマンの決定理論の独自性ならびに合理性概念との関係を、以下のように指摘する。古典的な決定理論ないし意志決定理論では、決定に先立って選択のための基準が所与として仮定されている。この意味で決定の理論は、合理性ないし合理化の理論である。ルーマンの決定理論が古典的な決定理論と異なるのは、所与とされる合理性基準を理論的に二次的な地位に置くことにある。つまり理論的に一次的な地位を占めるのは、複雑性や偶発性、要素の自己参照性や観察という作動のメカニズムであり、要するに決定状況を創発させる要因として抽出された基礎概念である。とはいえ、決定から合理化の契機を撤廃してしまうわけではない。事実的な決定状況が成立してはじめて、合理化の諸規準を導入する可能性が生じるのである。
 第四章では、システム水準での合理性、特に近代社会における機能システムの合理化過程について、ルーマンの分析を採り上げる。ルーマンは合理性概念の変化を、合理性構想の分裂の歴史として描いている。特に機能分化の帰結への対処という課題が浮上する 19 世紀末には、この分裂が極端になる。そこで、ルーマン理論も近代社会の理論であることを標榜する以上、唯一の正しい理念を提出することが不可能に思われる状況において、この理論は、いかなる合理性概念を提出できるのか?という問いが提起される。この問いに答えることで、ルーマンは、近代社会の合理化論としての社会理論に、社会システム理論を基盤とした新たな展開可能性を与えようとしている。
 終章では、「社会学的啓蒙」というルーマンの規範論的構想を文脈として、ここまでの議論を包括的に再考する。この章では、論文全体の結論として、システム合理性という概念を軸にルーマン理論を系統的に整理し、社会的システムが合理性を達成するメカニズムとしての、概念の意義およびを解明する事で、かれの理論が社会理論や意志決定理論にまで及ぶ包括的な展開可能性を有することが判明する、という点を示す。

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