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博士論文要旨

論文題目:物語への移入が読者の態度に及ぼす説得的影響―物語の主題と中心的事物に対する態度変化の検討―
著者:小森 めぐみ (KOMORI, Megumi)
博士号取得年月日:2013年3月22日

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小説や映画、絵本、テレビドラマ、アニメといった、消費者に現実とは異なる物語の世界を提供する類のエンターテイメントは、手頃かつ低コストの娯楽として多くの人々に親しまれている。人々は楽しい時間を過ごすためにこうした物語に接すると考えられるが、物語に接した後に、自分の考えが変わったように感じることがある。娯楽目的で接する物語は選挙演説などの説得メッセージとは異なり、受け手の態度に積極的に働きかけてくることはない。それにもかかわらず物語に接した後に何らかの態度変化が生じるのはなぜだろうか。そこで生じる態度変化や態度対象となるものに、規則性や説明原理はあるのだろうか。そこで本論文は、物語への接触によって態度変化が生じる場合、その態度変化は物語のどういった対象に対し、どのようなプロセスを経て生じるのかという問題意識のもと、心理学実験による実証的な研究を実施した。

物語に接することが、何に対する態度を、どのように変化させるのかという問題を考えるにあたり、まず物語とは何かについて考えておく必要がある。これは本論文で得られる知見の適用範囲を定めることにもつながる。物語という言葉は日常生活でも使われており、心理学でも多様な領域で扱われているが、本論文では、特定の登場人物に起きた出来事が因果的に結び付いてまとまりを成し、登場人物の行為や内面についての記述が含まれているものを物語として扱うことにする。その中でも特に娯楽性の高い物語の及ぼす説得的影響に注目する。
本論文では物語接触によって生じる態度変化に注目するが、態度変化は社会心理学において中心的に検討され、理論も複数提唱されている。では、物語接触による態度変化はそうした研究知見や理論によって説明可能だろうか。態度は特定の対象に対する好意あるいは非好意の程度を評価したものとして表される心理傾向で、行動の準備状態ともいえる概念である。そして態度変化に関しては、学習理論や認知的一貫性に基づく理論が提唱されている。また、説得メッセージによる態度変化を説明するモデルとしては、精緻化見込みモデルに代表される二過程理論がある。しかし、態度変化研究で使われているような説得メッセージでは主に態度対象に関する主張が根拠をともなって書かれるのに対し、物語ではそうしたことは書かれず、登場人物が経験する出来事が中心的に描かれるなど、両者には様々な違いがある。また、物語接触の説得的影響を示した研究では、既存の態度変化に関する理論で説明することが難しい結果が示されている。こうしたことから、物語接触の説得的影響のプロセスを理解するためには、態度変化を説明する既存のモデルとは異なる独自のモデルが必要であると考えられる。
実際、物語接触による態度変化を扱ったこれまでの研究では、それぞれ独自のモデルをたてて態度変化のプロセスを検討している。その中でも物語説得の移入―想像モデル(Green and Brock, 2002)は、私たちが物語に接しているときに、自分の今いる場所や時間を忘れて物語の世界に意識を移動させる経験を「物語への移入(transportation into narrative)」として概念化し、物語接触時に注意、想像、感情が物語内で生じている出来事に収束するプロセスと定義した。そして、物語への移入が読者の処理資源を想像に費やさせることによって、疑念や批判的思考の生成を抑制して態度変化をもたらすことを主張した。移入―想像モデルは物語接触時の読者の状態に注目して態度変化を説明しており、そこで挙げられている批判的思考の抑制というプロセスは、なぜ物語が説得的影響力をもつのかということだけでなく、態度変化を生じさせやすい物語と生じさせにくい物語があることも説明可能である。こうしたことから移入―想像モデルは物語接触による態度変化を説明できる包括的な枠組みであると考えられる。
物語への移入が態度変化を生じさせる以上、そこには何らかの態度対象の存在が想定される。しかし、移入-想像モデルを含むこれまでのモデルでは、態度変化がどのような対象に対して生じるのかという問題は積極的に扱われず、各研究で独自に態度対象が決められてきた。モデルのこうした問題点を改善するため、本論文は物語理解の過程で生じる推論に注目して、物語への移入によって生じる態度変化の対象は2つに分類され、それに該当する対象に対する態度が物語への移入によって変化することを追加した新たなモデルを提唱する。
物語接触による態度変化を検討した先行研究を概観すると、多くの研究は物語の主題に対する態度を扱っていると捉えることが可能である。主題とは、たとえば“人間愛”、“努力は報われる”といった、物語全体から暗示される抽象的なメッセージであり、物語の中で起きている1つ1つの出来事を結び付けて全体的にとらえた際に推論される。読者は物語の内容を理解していく際にその物語の主題をオンラインで推論する。そして、物語への移入が生じた場合には、推論された主題は読者に受容され、主題に対するポジティブな態度が生じると考えられる。物語への移入は、物語の中で起きている出来事を実際に生じているように読者に感じさせ、物語内で描かれる出来事を鮮明に想像させることに処理資源を集中させる。このように処理資源が費やされることで、読者は物語から推論された主題に対して反論や疑念を生成することが難しくなり、その結果として推論された主題に賛同する形の態度変化が生じると考えられる。本論文ではこれを主題に対する態度変化とし、この変化は従来のモデルと同じように、主題に対する反論が抑制されることによって生じると想定する。
加えて、物語への移入は物語に登場する具体的な事物に対する態度にも影響を及ぼす可能性があるが、こうした点はこれまでにほとんど検討されてこなかった。ただし物語の中には多種多様な事物が登場するため、それら全てに対して態度変化が生じるとは考えづらい。物語への移入が登場事物に対する態度に及ぼす影響を考えるには、それらを物語の主人公との関連からとらえていくことが有効であると考えられる。
物語は特定の登場人物の目標達成の形で描かれる場合が多い。中でもメインとなる登場人物、すなわち主人公の目標達成行動や内面状態は物語の中で中心的に描かれやすく、読者は主人公に近い視点からそれぞれの出来事をとらえていくこととなる。よって、物語への移入は、主人公に近い視点で生じる部分が特に大きいと考えられる。このとき、読者は自己と主人公の表象を重ね合わせることになり、主人公に対する同一視を強めると考えられる。こうしたプロセスが生じるとすれば、物語の中に登場する事物を主人公との関係から分類することで、移入による態度変化が生じる対象とその変化の方向を予測することができる。物語に登場する事物のなかには、主人公の目標達成のためには欠かせない重要な役割を果たす事物(中心的事物とする)と、目標達成にはそれほど関係のない事物(周辺的事物とする)が存在する。物語への移入によって主人公への同一視が強まるとすれば、当該人物の目標達成はよりポジティブに感じられるようになるだろう。そのため、中心的事物に対してはポジティブな態度が形成されると予測される一方で、周辺的事物に対する態度にそのような影響は見られないと予測される。本論文ではこれを中心的事物に対する態度変化とし、この変化は物語への移入によって主人公への同一視が強まることで生じると想定した。

以上の議論をふまえ、本論では実験法に基づいて、7つの実証的研究を実施した。研究1~3では物語への移入が主題に対する態度に及ぼす影響を検討した。研究4~7では物語への移入が物語の中心的事物に対する態度に及ぼす影響を検討した。
研究1では短編小説を用いて、物語への移入が物語の主題に対する態度に及ぼす影響を検討した。実験で使用する物語および物語の主題はあらかじめ予備調査を行って選定した。参加者は商売で客を大切にすることの重要性を主題とする小説を読んだ後、他者を尊重する程度を測定する質問紙に回答した。その結果、事前に測定した対人関係重視の個人差と実験で呈示された物語への移入の交互作用が、物語の主題に対する態度に影響を与えていた。すなわち、元々対人関係を重視する者が物語に移入した場合に、主題に対してよりポジティブな態度を抱いていた。また、対人関係を重視する程度の個人差に関わらず、物語に移入した程度と他者を尊重する程度のあいだには正の相関関係が見られた。
研究2では映像形式の物語を用いて、物語への移入が物語の主題に対する態度に及ぼす影響を検討した。参加者は家族の絆のあたたかさを主題とする物語を呈示されたが、半数の参加者はその物語の元々の形である映像の形でその物語を呈示され(移入高条件)、残りの参加者は映像内容を文字で簡潔に表しただけのものを呈示された(移入低条件)。その後、参加者は日常生活における様々な出来事について、それが1週間続いたらどの程度うれしいかを評定したが、その中には、家族との団らんの時間をもつことも含まれていた。その結果、映像を呈示された参加者は、映像内容を文字呈示された参加者よりも家族との団らんの時間をポジティブに評価していた。この傾向は特に男性参加者に顕著であった。
研究3では、物語の呈示後に物語の主題とは反対の価値観をもつ人物を呈示し、物語への移入によって生じた態度変化がその人物の評価に影響を及ぼすかどうかを検討した。参加者は研究1と同じ小説を読んだあと、物語の主題に反するメッセージを発する人物のインタビュー記事を読み、その人物を評価した。参加者は物語の文章がそのままの形で呈示される条件(移入高条件)と、順番をちぐはぐにして呈示される条件(移入低条件)、文章の順番はそのままで物語の主題を事前に示唆される条件(移入高・主題示唆条件)のいずれかで物語を読んだ。その結果、条件間で移入尺度の得点に差は見られなかったが、移入尺度の得点とターゲット人物の評価は負の相関を示しており、物語に移入した参加者は物語内で暗示された主題に反する言動をとるターゲット人物をネガティブに評価した。
研究4では和菓子屋で芋ようかんを作るおばあちゃんを主人公とする小説(研究1,3と同じもの)を用いて、物語への移入が物語の中心的事物(芋ようかん)に対する態度に及ぼす影響を検討した。その結果、物語をそのまま読んで移入した参加者(移入高条件)はセッション中に携帯電話のマナー音で移入を妨げられた参加者(移入低条件)と比べ、小説の後に呈示された広告の芋ようかんをポジティブに評価した。
研究5では昔話のアニメ映像を用いて、研究4の追試を行った。加えて、物語に登場しない事物に対する態度も併せて測定し、双方に対する態度変化について検討した。参加者は映像の内容(移入高条件)または映像を見ているときに流れる時間(移入低条件)を意識するように求められた上で、物語を視聴した。その後参加者は、物語の中心的事物と非登場事物の広告それぞれを評価した。その結果、映像内容に注目した参加者の方が、映像の長さを意識した参加者と比べて中心的事物をポジティブに評価していた。一方で、物語に登場していない事物の評価には物語への移入は影響を及ぼさなかった。
研究6では、物語への移入が物語の中心的事物に対する態度をポジティブにするが、周辺的事物に対する態度は影響を受けないという予測に基づき実験を行った。物語刺激は研究4と同じものを用いたが、呈示された広告は物語の中心的事物に関するものと、周辺的事物に関するものがあった。参加者は物語の内容に注目するか(移入高条件)、誤植を探しながら(移入低条件)小説を読み、その後で事物評価を行った。その結果、内容に注目した参加者は誤植を探した参加者と比べて中心的事物をポジティブに評価した。その一方で、物語の周辺的事物に対する評価には移入の影響は見られなかった。
研究7では、研究5と同様に物語への移入が物語の中心的事物および非登場事物に対する態度に及ぼす影響を検討した。さらに、物語への移入によって生じた説得的影響の持続性を調べるために、物語を読んだ直後と3週間後の2時点で態度測定を行った。その結果、物語接触直後では物語への移入と登場事物の評価は正の相関を示し、物語に移入しているほど中心的事物がポジティブに評価された。しかし物語呈示から3週間たった後では相関が逆転し、物語に移入しているほど中心的事物がネガティブに評価された。一方、非登場事物に対する態度には、測定時期に関わらず移入との間に関連は見られなかった。

以上7つの研究結果を総括する。前半の研究(研究1~3)では、物語への移入の説得的影響が及ぶ態度対象の一つ目として物語全体から推論される主題をとりあげ、物語への移入は主題に対するポジティブな態度、すなわち主題の受容につながるかを検討した。その結果、物語に移入した参加者の方が、物語の主題に賛成しやすく(研究1)、物語の主題と一致するような行動をポジティブに評価し(研究2)、主題と反対の考え方をもつ人物をネガティブに評価した(研究3)。よって、物語への移入が主題の受容を促すという本論文の予測はおおむね支持された。また、各研究で用いた物語はその主題の内容、伝達媒体という点で多岐に渡っていたことから、移入による主題の受容は頑健な現象であることが示唆される。さらに、主題と反対の考え方を持つ人物がネガティブに評価されたことから(研究3)、本論で示した主題に対する態度変化は、移入によって生じたポジティブ感情がそのまま反映されて生じたのではないこともいえよう。
また、移入によって生じた主題に対する態度変化が行動を導くとすれば、社会的に望ましい行動を促すような主題(例えば、みんなで協力することの重要性)を含む物語を移入しやすい状況で呈示することによって、人々の行動を変化させることもできるかもしれない。本論では物語への移入が行動に及ぼす影響までは検討していないが、物語の主題が抽象的であることを勘案すれば、その主題と一致するような行動が様々な形で促されるかもしれない。今後はこうした問題についても検討していく必要があるだろう。
次に後半の研究(研究4~7)では、物語への移入の説得的影響が及ぶ態度対象の二つ目として物語の中に登場する事物を取り上げ、その中でも登場人物の目標達成に貢献するもの(中心的事物)に対する態度が、移入によってポジティブに変化するかどうかを検討した。その結果、すべての研究において、物語に移入した参加者は移入しなかった参加者と比べて物語の中心的事物に対してポジティブな態度を示していた。その一方で、物語への移入は物語に登場しない事物(研究5、研究7)や、周辺的事物(研究6)に対する態度には影響を及ぼさなかった。また、移入による中心的事物に対する態度変化の持続性を検討したところ、物語接触から時間が経過すると、移入は逆の効果、すなわちネガティブな方向への態度変化をもたらしていた(研究7)。
物語への移入によって中心的事物に対する態度が変わるとすれば、物語形式の広告で登場人物の目標達成行動に貢献する形で製品を呈示することによって、その製品に対するポジティブな態度を抱かせることができると考えられる。このような手法は既に広く使われているが、本論文では物語への移入や物語における登場事物の位置づけを考慮することで、こうした手法が更に効果を高める可能性を実証的な形で示したともいえよう。しかし消費者の視点にたつと、こうした物語を用いた宣伝に移入することで、合理的思考を働かせることなく購買行動をとってしまう危険性も指摘できよう。また、研究7の結果は物語への移入が中心的事物に及ぼす説得的な影響力は、その持続性に問題がある可能性を示唆している。こうした点にも注意が必要だろう。
本論文の意義は以下の三つに集約される。第一に、物語接触による態度変化の対象を明らかにしたという点があげられる。これは理論の適用範囲を明らかにしたという点で基礎的な意義があり、同時に物語型コンテンツを用いた消費者への働きかけの効果の及ぶ範囲を予測する上で重要になるという点で、応用的な意義があるともいえる。
第二に、実験の形で物語への移入の説得的影響をより厳密な形で検証したことがあげられる。これまでの多くの研究では、物語呈示後に移入の程度を参加者に直接尋ね、その回答を基に参加者を移入高群と移入低群に分けて、反応の違いを検討してきた。しかし、こうした方法では要求特性などによる説明を排除できず、また、移入が説得的影響を持つのか、説得されたから移入したのか、その因果の方向性も特定できない。こうしたことから本論文では様々な方法を用いて物語への移入の実験的操作を行った。実験的に操作した物語への移入が主題や中心的事物に対する態度に及ぼす影響を示したことで、物語への移入が態度変化を生じさせるという因果関係の妥当性がより明らかになったといえるだろう。
さらに第三の意義として、物語接触が態度に及ぼす影響がさまざまなサンプル(大学生、社会人学生、日本人サンプル)に見られることを示したことがあげられる。物語への移入によってその主題や登場事物をそのまま受容することは、子どもに生じやすく、大人には生じにくいと直感的に考えることもできよう。しかし、本論文では、大人でも移入の説得的影響を受けることが示された。こうした影響の発達段階による違いは本論文では検討していないが、物語接触によって態度変化が生じること自体は発達段階や文化によって制限されず、より一般的な現象なのだといえるだろう。
ただし、本論文で実施された実験には、いくつかの点で課題が残る。まず、想定したプロセスを完全に実証したわけではないことがあげられる。本論文では、主題に対する態度変化が生じるプロセスとして、物語への移入によって反論生成が抑制されることを想定した。また、中心的事物に対する態度変化が生じるプロセスとして、物語への移入によって登場人物への同一視が強められることを想定した。しかし、こうした媒介変数、すなわち、反論生成の抑制や登場人物への同一視を測定していなかったため、結果として生じていた態度変化が、本論で想定したプロセスによってもたらされたのかどうかは明らかではない。今後はこうした媒介変数を直接測定するなどして、態度変化のプロセスを詳細に検討していく必要があるだろう。
私たちは他者の経験を物語として理解したり、自分自身の過去経験を物語の形で頭に思い浮かべることがある。その意味で物語接触は社会的な相互作用の一つの形式といえるだろう。本論では娯楽目的の物語に焦点をしぼって検討したが、物語を通じたコミュニケーションがどのように受け手である読者に影響を及ぼすのかを実証的に検討していくことにより、物語が社会の中で果たしてきた役割や機能、物語と人の関係についての理解をさらに深めていくことができるだろう。

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