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博士論文要旨

論文題目:共同的女性と作動的女性に対する偏見の検討 -両立型女性が示す偏見に注目して-
著者:髙林 久美子 (TAKABAYASHI, Kumiko)
博士号取得年月日:2011年3月23日

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 女性同士の対立がもっとも顕在化するのは,女性の生き方の選択をめぐる問題であろう.その歴史は古く,例えば,1950年代に主婦の職場進出の是非をめぐって勤労女性と専業主婦の対立が顕在化した.この対立は主婦論争と名づけられ,社会学の分野において注目を集めることとなった(上野,1982a, 1982b, 1982c).そして主婦論争は,その後も内容を変えながらも現代に継承され続けている(妙木,2009).
 本稿では女性間の対立に対して,社会心理学,特に社会的認知の領域における“偏見”研究の枠組みからアプローチした.偏見とは,「好き-嫌い」という評価や感情を伴った反応を指す.そして女性に対する偏見を理解するためには,男女に関する過度に一般化・単純化された信念であるジェンダー・ステレオタイプについて理解することが不可欠である.そこで第1章では,ジェンダー・ステレオタイプの内容と特徴,さらにジェンダー・ステレオタイプが女性の偏見にどのような影響を与えるのかに関して,先行研究を概観することにより検討した.その結果,両面価値的性差別理論(Glick & Fiske, 1996)においてジェンダー・ステレオタイプに不一致な女性,すなわち作動的女性には敵意的偏見を,ジェンダー・ステレオタイプに一致した女性,すなわち共同的女性には好意的偏見を向けることにより,性役割システムは維持されていると主張されており,その主張は実証的にも支持されていることが明らかとなった.
 第2章では,偏見を向ける側に焦点を当て,特に女性に対する偏見の性差について先行研究を概観した.その結果,女性も男性と同じように女性に対して偏見を示すということが明らかとなった.また,なぜ女性は同性の女性に偏見を向けるのかという問いに対して,システム正当化理論や社会的比較という観点から説明が可能であることを提示した.しかしながら,これらの理論的・実証的検討と現実に見られる女性間の偏見を照らし合わせてみた結果,両者には乖離があることが明らかとなった.それは,従来の研究では女性も共同的女性に好意を,作動的女性に敵意を向けるということが一貫して主張されてきたにも関わらず,現実には女性は共同的女性に対しても作動的女性に対しても好意を向けることもあれば,敵意を向けることもあるという乖離である.女性の中で同じ女性に対して好意を向ける人と敵意を向ける人がいるとするならば,次に考えるべきことは,どのような女性が女性にどのように偏見を向けるのかという点であろう.そこで,次に「どのような女性が同性の女性に対してどのように偏見を向けるか」という視点から検討を行った先行研究を概観した.その結果,伝統的性役割を内在化している女性は,非伝統的性役割を内在化している女性に比べて,共同的女性に好意を,作動的女性に敵意を向けることが明らかとなった.しかし,いずれの先行研究も,伝統的性役割と非伝統的性役割を内在化させることが二者択一なものとして捉えられており,この両方を内在化させている女性(e.g., ワーキング・マザー)が共同的女性や作動的女性にどのように偏見を向けるのかについては未検討であった.そこで本稿では,家庭などの伝統的性役割と仕事などの非伝統的性役割の両方を担い,伝統的性役割においては共同性を,非伝統的性役割においては作動性を発揮することが期待される,もしくは実際に発揮している女性を両立型女性と定義して,その女性が同性の女性にどのように偏見を示すのかについて実証的検討を行うことにした.両立型女性に焦点を当てる意義として,第1に将来的な労働力不足が懸念されるなか,特に既婚で子育て中の女性の労働力に期待が高まっていること,第2に,相反する性役割を内在化するという葛藤した心理状態が,他者との関わりの中で女性にどのような影響を与えるのかについて未検討な部分が多く,検討の余地が残されていること,の2点を指摘した.
 第3章では,両立型女性が同性の女性に対してどのように偏見を向けるのかを予測するために,まず両立型女性の自己表象の内容とその機能について社会的認知の領域から検討した.連合ネットワークモデルの活性化拡散,自己の状況依存性,自己カテゴリー化理論と自己ステレオタイプ化などの先行研究を概観し,両立型女性が共同的女性としての自己と作動的女性としての自己の両方を保持しているとするならば,次のような仮説が成立するだろうと予測した.両立型女性は,共同的女性としての自己が顕現化すると,作動的女性としての自己が顕現化したときに比べて,共同的女性ステレオタイプを自己に適用するだろう(仮説1).
 第4章では,第3章で検討したように,両立型女性が共同的女性としての自己と作動的女性としての自己の両方を保持しうるとするならば,それらの自己が同性の女性に対する偏見にどのような影響を与えるのかについて検討を進めた.社会的カテゴリー化の機能,偏見の状況依存性に関する先行研究を概観した上で,両立型女性が女性に対して示す偏見を,次のような仮説で提示した.両立型女性の共同的女性と作動的女性に対する偏見は,顕現化した自己に応じて異なるだろう(仮説2).具体的には,共同的女性としての自己が顕現化したときは,共同的女性よりも作動的女性に非好意的な態度を示すだろう(仮説2a).作動的女性としての自己が顕現化したときは,作動的女性よりも共同的女性に非好意的な態度を示すだろう(仮説2b).
 第5章では,仮説1を検討するために実施した3つの実験について報告した.研究1Aでは,女性実験参加者に共同的女性もしくは作動的女性に関連する商品を提示し,好みのものを選ばせることによって,共同的女性としての自己もしくは作動的女性としての自己を顕現化させた(自己プライムの操作).その後,共同的特性と作動的特性を含む特性がどの程度,自分に当てはまると思うかを評定させた(自己ステレオタイプ化の測定).その結果,仮説1を支持する平均値パターンは得られたものの,統計的には有意ではなく,仮説1は支持されなかった.その原因に,自己の顕現化の操作が弱かった可能性と両立型女性を特定できていなかったことが考えられたため,研究1Bでは自己プライムの操作を強めるために,共同的女性としての自己(妻・母親)もしくは作動的女性としての自己(キャリア女性)を想像するように直接教示した.さらに両立型女性の自己表象をもつ女性を特定するために,最後に自分の姿の想像しやすさについて尋ねた.両方の自己表象をもつ女性は,そうでない女性よりも共同的女性としての自分の姿もしくは作動的女性としての自分の姿を想像しやすいと回答するだろうと考えたためである.その結果,予測通り,自分の姿を想像できたと回答した実験参加者において仮説1を支持する結果が得られた.しかしこの結果は,実験参加者の慢性的な家庭-キャリア志向性を反映したものだという代替説明が考えられた.そこで,この可能性を検討するために,研究1Cでは実験参加者のもともとの家庭-キャリア志向性に関する個人差を本実験の前に尋ねた上で,実験を実施した.その結果,研究1Cにおいても,想像することが容易だったという実験参加者のみで仮説1が支持された.それぞれの自己プライム群でキャリア志向性と想像容易性との関連を調べたところ,有意な相関は見出されなかったため,この結果が実験参加者のもともとの家庭-キャリア志向性を反映したものだという可能性は小さいと考えられた.よって,想像が容易だと回答した実験参加者は両立型女性である可能性が高く,また,そのような女性において共同的女性としての自己が顕現化したときは,作動的女性としての自己が顕現化したときに比べて,共同的女性ステレオタイプをより自己に適用したという結果から,仮説1は支持されたと考えられた.
 第6章では,仮説2を検討するために実施した3つの実験について報告した.研究2A,研究2B,研究2Cの手続きは,まず自己表象の顕現化の操作として,共同的女性としての自己もしくは作動的女性としての自己を想像するように直接教示した(自己プライムの操作).次にターゲット女性として,架空の家庭女性もしくはキャリア女性に関する情報を提示し,その女性に対する印象を,感情価を含む特性語で回答させた(偏見の測定).研究2Aでは,仮説2を支持する平均値パターンは得られたものの,統計的には有意ではなく仮説2は支持されなかった.その原因として,ターゲット女性の操作がうまくいっていなかった可能性が考えられたため,研究2Bではターゲット刺激を変更して,再度仮説2の検証を行った.ただし,ターゲット刺激を変更したことに伴い,仮説2は「作動的女性としての自己が顕現化したときは,共同的女性としての自己が顕現化したときに比べて,共同的女性に非好意的な態度を示すだろう(仮説2a’)」と「共同的女性としての自己が顕現化したときは,作動的女性としての自己が顕現化したときに比べて,作動的女性に非好意的な態度を示すだろう(仮説2b’)」から検証が行われた.その結果,想像容易群において仮説2から予測される有意な交互作用効果が得られた.さらに検討を進めた結果,作動的女性としての自己が顕現化した実験参加者は,共同的女性としての自己が顕現化した実験参加者に比べて,共同的女性を非好意的に評価していた.よって仮説2a’は支持された.しかし,作動的女性に対する評価については,顕現化した自己表象による違いはなく,仮説2b’は支持されなかった.そこで,研究2Cでは再度,仮説2(仮説2a’と仮説2b’)の検証を試みた.その結果,想像容易性の要因を含まずに,予測された交互作用効果が有意であったが,研究2Bと同様に,仮説2a’のみが支持され,仮説2b’は支持されなかった.
 第7章では,これまでの研究のまとめを行い,本稿の示唆と限界について述べた.仮説2b’が支持されなかった原因について,ターゲットとして提示した作動的女性が,実験参加者が持つ作動的女性のイメージとは異なっていたことが影響した可能性と,近年の作動的女性の社会的評価の高まりから,作動的女性への偏見が抑制された可能性について考察した.また,家庭と仕事がトレードオフの関係にある現状が,共同的女性としての自己と作動的女性としての自己の対立を深め,それが両立型女性の(共同的)女性に対する状況依存的な偏見を強めている可能性を指摘した.両立型女性による偏見を減じるには,共同的女性としての自己と作動的女性としての自己に上位のアイデンティティを導入するという再カテゴリー化アプローチが有効であることを指摘し,家庭と仕事が互いに犠牲にならないような環境づくりの重要性について論じた.

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