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博士論文要旨

論文題目:第2次世界大戦後のニューヨーク建設労働者に関する労働民衆史的考察 -生活世界から捉えた絆と境界
著者:南 修平 (MINAMI, Shuhei)
博士号取得年月日:2010年3月23日

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本論文における問題意識と視角 
 本論文では、人々の日常世界―とりわけ労働生活に着目し、日々の労働を通じて創られる人々の結びつきあうかたちを明らかにし、人種や階級、ジェンダーあるいは国民など、人々の間を分け隔てる様々な境界線の形成において、労働生活が持つ役割を明らかにしようとするものである。労働は人間が日常生活を営む上で基本となる行為である。その労働の役割は、物質的な生活を支えることにとどまるものではない。人は労働することによって様々な社会的関係を結び、日々の生活の中でそれらの関係を拡げていくからである。したがって、労働生活とそこから拡がる社会的関係に注意を払いながら、人が日常生活の基本たる労働生活を営む中で、いかにして人種や階級、ジェンダーといった社会的関係による境界を意識し、また、ナショナルな意識を持つようになっていくのかが本論文の問いである。
 この基本的な問いを明らかにするために、本論文では主として第2次世界大戦前後から1980年代後半にかけてのニューヨークにおける建設労働者の具体的な労働生活と日常世界及びその変遷に焦点をあて、建設労働者がいかに自らの労働生活を通じて相互に結びつきあい、独自の境界を構築していったのかを考察していく。巨大都市ニューヨークには世界各地から多くの移民が集まり、その移民の圧倒的多数は、労働者階級として形成され、多種多様な労働が移民によって担われていった。ニューヨークでは歴史的に熟練工の存在が大きな位置を占め、建設労働者はその中でも労働運動の中核として重要な役割を果たしてきた。都市として膨張し続けるニューヨークでは大規模な建設事業が相次ぎ、とりわけ1950年代から1960年代を通して建設労働者はそのブームを享受し、存在感を大いに増していった。
 その一方で、1950年代後半に入ると、長らくヨーロッパ系移民やその次世代で占められてきた建設業の熟練工に対して公民権運動団体から激しい批判が向けられるようになり、ニューヨークではそうした批判が最も激しく展開された。ニューヨークの各建設労組の連合体であるニューヨーク建設労組(Building and Construction Trades Council of Greater New York 以下BCTC)は、マイノリティの雇用拡大を求めるリンジー市政との対立を深めていくが、強大な政治力と組織力を有していたBCTCは、最終的にニクソン政権との政治的連携を深めることで、マイノリティ雇用計画策定に関して主導権を維持し続けることに成功した。その後も建設労組の保守的な姿勢は維持され、1980年代後半には建設業の熟練工における女性排除が大きな問題として取り上げられるようになり、市当局や女性団体との攻防の中で、建設労働者の保守性がまたも焦点化されるに至った。
 ここで重要なのは、建設労組及び建設労働者が顕在化させた保守性の背景である。このことに関してはいろいろな説明が可能であり、また今までにも語られてきた。しかし、それらのいずれもが、建設労働者をアプリオリな保守主義者として措定・叙述し、彼らの具体的な日常に目を向けることでその背景を分析しようとするものではなかった。現在日本のアメリカ史研究のみならず広く歴史研究において重視されている国家あるいは権力に対する「下からの包摂」という視点を勘案するならば、建設労働者の保守的行動を彼らの主体的選択として捉え、彼らがなぜ組合を支持し、これまで自らが維持してきた秩序の固持にこだわったのかが解明されなければ、保守性の背景を論じるには未だ不充分と言わなければならない。本論文が最大の関心をおくのはこの点である。よって、本論文では、保守性が形成される要因を建設労働者が生きる日常空間とその生活の中に求め、保守的な行動の背景として、長年彼らが日常生活の中で依拠してきた規律や秩序の存在を明らかにする。そして、それらが様々な境界となって機能し、それらに対して変化を求める要素が「脅威」や「不安」として捉えられた構図を描き出すことを最大の眼目とする。
 以下、本論文の目的についてまとめておく。第1に、労働現場を中心に建設労働者の具体的な労働生活を明らかにし、その中で形成される彼らの秩序や、価値観を浮き彫りにする。その上で、それら創られた秩序や価値観が軸となって、人種観や階級意識に反映され、様々な境界となって機能していく過程を解き明かす。第2に、建設労働者と彼らを取り巻く家族やコミュニティとの関係を考察し、血縁・地縁を軸にした縁故主義を特徴とする建設労働者の紐帯が、労働生活だけでなく、それと並存する日常の家族生活、あるいはコミュニティ生活全体の中でも育くまれていく様子を明らかにする。そして、労働現場や家族・コミュニティ生活が、日常に根を張る秩序形成の場としてだけでなく、日常生活全体を物理的にも社会的にも支える空間として機能していたことも論じる。第3に、建設労働者を取り巻く日常的な権力構造の意味を検討する。これは、労働生活やコミュニティ生活を通じて形成される秩序や規律が様々な境界を生み出すとするならば、そこではいかなる権力関係が働くのか、ということを問うものである。敷衍するならば、日常生活の中でつくられる境界が、人種や階級、ジェンダーなどの社会関係を具体化させることで、いかにして建設労働者の世界の中で各人の社会的役割が認識され、建設労働者の世界全体とそこに入らない外部を分け隔てることにつながるのかを明らかにするということである。第4に、日常生活における建設労働者と資本及び公権力との関係を考察し、支配的権力を有する側との相互関係の意味を問う。ここには近代国民国家がいかにして人々を国民として包含するのかという歴史学の大きなテーマに対して、労働する人々の具体的な生活を支え、日常空間に根を張る公権力の存在を重視しつつ、その役割を一方向的に働くベクトルとして捉えるのでなく、その下に生きる人々の権力へのスタンスをも考慮に入れながら、権力関係のベクトルが様々な方向―相互かつ重層的に働くものとして捉える試みも含まれる。

本論文の構成とその概要
 本論文は序章、第1部(1章~3章)、第2部(4章~6章)、終章で構成される。序章では本論文の問題意識と課題、その課題を分析する視角及び先行研究の意義確認と批判を行う。続いて第1部ではインタヴューや組合議事録などの1次史料を用いながら、主にニューヨークに生きる建設労働者の労働生活を中心とした生活世界を詳細に描き出すことに努める。ここでは労働生活の中でつくられる労働者特有の文化、規律、価値観などを取り上げるとともに、労働者が住むコミュニティとのつながりについても検討し、日常的に営まれていた建設労働者の生活世界全体について明らかにする。第2部では、第1部で描いた建設労働者の生活世界が、変化を求める外部からの「脅威」によって揺らぎ始め、それに動揺しながらも自らの秩序維持のため頑強に抵抗する建設労働者の姿を描く。ここでは、公権力や資本と建設労組の間で展開されたマイノリティ労働者に対する見習い訓練の開放をめぐる政治的攻防の経過を見つつ、一連の攻防に見られた特徴を抽出し、それらが意味するところについて検討する。また、建設労働者が社会の前面に出てくる1960年代後半から1970年代前半及び1980年前後から1980年代後半にかけての時期を取り上げ、そうした時期に顕在化した彼らの姿を通して、建設労働者が固執してきた境界やその変化について検討する。最後に、終章において本論文の結論と今後の課題について論じる。
 以下、各章の概要である。まず第1章では、ニューヨークにおける建設労働者の形成を概観しつつ、建設労働者が組合に組織され、組合を通じて公権力や資本といかなる関係を取り持ちながら、自らの組織力・政治力を発展・維持させていったのかを考察する。飛躍的に膨張する大都市ニューヨークにあって、建設労働者の存在は欠かせないものとなっていったが、本章では、各種建設事業を担う建設労働者が自らの地歩を固めていくために、公権力及び資本との安定的な関係を構築し、その維持と発展をはかることは、安定的な雇用を確保していくという面だけでなく、可能な限り安全かつ安心して働くことが出来る環境をつくるという面でも重要な意味を持ったことを明らかにする。そして、労働者の実生活において公権力や資本との関係構築が果たす具体的役割について検討し、彼らにとって公権力や資本がいかなる存在として認識されていたのかを明らかにする。
 第2章では、建設労働者の労働生活に焦点をあて、彼らが日常的にどのような状況で働いていたのかを見る。特に、熟練工を養成するために各建設労組で実施されていた見習い制度(apprenticeship)を詳しく考察し、地縁・血縁を中心とした具体的運営方法やその意義を明らかにするとともに、見習い制度を通じてつくられ、強化される労働者相互の絆を描き出す。また、建設業に特有な労働環境についても取り上げ、日常の労働生活の中で労働者がつくり出し、保有していた熟練工としての誇りや、独特の労働文化―「男らしさ」の文化、秩序、価値観、人種やジェンダー意識を明らかにする。さらに、それらは建設労働者の間で共有され受け継がれていくとともに、建設労働者同士を固く結びつける絆として機能していたこと、またその一方で建設労働者を結びつける絆は、自分たちの中には入らない(入ることのできない)存在をつくり出し、排他的に働いていたことを論じる。
 第3章では、建設労働者が日常生活を送るコミュニティに注目し、労働現場だけではなく、コミュニティでの生活を通じてつくられる建設労働者独自の生活世界を明らかにする。建設労働者の供給源は多くが地縁・血縁によっており、その母体は出身地やエスニシティを同じくするものが集まるコミュニティであった。コミュニティでの生活は、建設労働者の労働条件に大きく左右され、コミュニティにとっても建設業の状況は大きな関心事となっていた。ここでは、より良い、安定した生活を志向するコミュニティにとって、建設労組が取り組み、整備を進める諸制度が実生活の中で具体的な有用性を持つものとして存在していたことを強調する。特に具体的な事例として電気工労組(Local 3)による「電気工の街」エレクチェスターの建設をとり上げ、組合員とその家族が自主的に街づくりに携わり、コミュニティ活動に積極的に参加していく様子を考察する。そして、これらを通じてつくり出される建設労働者とコミュニティの独特の生活世界である境界の存在を明らかにするとともに、労働者及びコミュニティの組合との関係、あるいは街づくりに大きな役割を果たした公権力や資本との関係を検証する。
 第4章では、長きに渡って保持されてきた建設労働者の境界が、変化を求める様々な外的要因により、大きく揺らぐ様子を描く。特にはオートメーションの進行と公民権運動団体からのマイノリティに対する見習い制度開放を求める圧力の高まりについて焦点をあて、建設労働者の焦燥感と不安が混然一体となって現れていく様子を考察する。高い技術力を誇ってきた建設労働者ではあったが、建設事業のコストが上昇し、新しい技術が導入されることで従来の工法はもはや省略化されるようになった。加えて公民権運動の高揚は、排他的な見習い制度に対する強い圧力となり、ここに公権力も加わって、見習い制度の改革の声はますます高まっていった。同時期、ニューヨークでは建設熟練工の象徴的存在であったブルックリン海軍造船所が閉鎖されるなど、製造業からサービス産業を中心とする産業構造のシフトが進み、建設労働者のコミュニティ環境も変化を余儀なくされていった。この章では、建設労働者を取り巻く世界全般が大きな変化に晒され始め、豊かな技術と経験に揺るぎない自信と誇りを持っていた建設労働者が、外部から「侵入」する様々な変化に焦燥感を募らせていく状況を描くことに努める。
 第5章では、変化を求める新たな「脅威」が迫る中で、建設労働者がそれに頑強に抵抗する姿に焦点をあて、特に建設労働者にとって強力な敵となったジョン・V・リンジー市政との攻防を詳細に考察する。公権力との安定した関係は、労組指導者の努力で長らく維持されてきたが、リンジーの登場はもはやそのような関係を見直さざるを得ないことを示していた。連邦政府レベルで建設業におけるマイノリティ雇用枠の拡大が問題になる中、追い込まれた労組指導部はニクソン政権との提携を模索する。ニクソンのカンボジア侵攻を機にヴェトナム反戦運動が勢いづく中、敢えて建設労働者がニクソン支持の動きを露わにしたことで急速な進展を見せた両者の関係は、BCTC議長ブレンナンの労働長官就任という形に結実し、力を得た労組側はリンジーの雇用プランを挫折へと追い込んだ。従来、こうした一連の動向はニクソン政権による「ブルーカラー戦略」によるものとして政治的文脈から検証されることが多かった。それに対して本章では、押し寄せる変化の波に頑なに抵抗する建設労働者の動向を分析しながら、彼らが変化を拒んだその根拠をこれまで見てきた日常生活の中に求める。そして、日常性が崩れることに対する強い危機感が建設労働者を国家に向かわしめ、国家に対して自らの存在を承認するよう求めたものとして論じる。
 第6章では、前章で見たリンジー政権との攻防のその後を追う。ニクソン政権との連携により、リンジー側の要求を退け、見習い制度の運営における主導権の維持に成功した建設労組であるが、依然彼らを取り巻く状況は厳しいままであった。景気の後退とともに資本側は容赦なく建設労組との関係を見直し始め、特に資本側が非組合員の積極的採用を進めたことは、建設労働者の間に雇用不安を大いに高めた。そのような中で、公民権運動の時には取り上げられなかった女性労働者による見習い採用枠の拡大要求は日増しに大きくなり、ニューヨークではその問題が再び市政レベルで取り上げられるまでに発展していった。ここでは、市の人権委員会、女性団体及び女性労働者、建設労組の間で展開された攻防を見ながら、建設労働者が抵抗し続け、自らを正当化した論理を分析し、彼らの守ろうとした境界がいかなるものであったのかを分析する。また、数は少なくとも、女性労働者が建設労働への進出を果たしたことで、これまで維持されてきた建設労働者の境界にいかなる変化が見られたのかを考察するとともに、その意義についても検討する。
 最後に、終章では本論文のまとめとして、建設労働者が日常的な労働生活の中でつくり出す「当為としての秩序」の重要性について再確認を行う。労働者が働く中でつくり出す文化や秩序は、彼らの日常生活を物質的に支えるだけでなく、彼らの生活全体を律し、社会関係を規定するものとしても機能した。建設労働者の生活世界の圏内に存在しない者にとってそうした秩序はきわめて排他的な境界をつくるものとして機能するが、それらの秩序は建設労働者の日常生活に深く寝ざし、実体的な根拠を有しているがゆえに、彼らにとって、また彼らの住むコミュニティにとっては当為のものであり、生活全体を貫いて存在するものでもあった。だからこそ、たとえそうした日常の秩序が、他から見れば論理性を欠き、保守主義そのものに見えたとしても、その秩序に依拠して日常生活を営んできた者にとっては容易に捨て去ることのできないものであったのである。ここでは、「われわれ」という独自の存在が生活の中でいかに立ち上げられ、その意識が自らの生活の中に実体的根拠を持つゆえに、より強固なものとして―保守的な思想・行動として機能することを論じ、具体的な生活空間・現場の中でこそ、人間の関係を幾重にも分け隔て、権力関係をつくる秩序が形成されることを結論として論じる。また、最後に今後の課題として21世紀の労働史研究に必要と思われる視点についてふれる形で締めくくりとする。

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