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博士論文審査要旨

論文題目:韓国における「周辺部」労働者の利害代表をめぐる政治―女性の「独自組織」の組織化と社会的連携を中心に―
著者:金 美珍 (KIM, Mijin)
論文審査委員:木本 喜美子、田中 拓道、町村 敬志、横田 伸子

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1. 本論文の概要

本論文は、非正規労働者、家事労働などのインフォーマル部門労働者、失業者等の労働
市場の底辺に位置し、権利や社会的保護を自ら要求する組織的基盤をもたない「周辺部」労働者層の典型として女性に着眼し、この層を組織化した女性のみの「独自組織」と、既存の労働組合およびそれ以外の社会運動や市民運動を担う諸団体との社会的連携関係を分析することを通じて、「周辺部」労働者の利害代表をめぐる政治過程を解明した労働社会学の論考である。

2. 本論文の成果と問題点

 本論文の成果として、次の三点を挙げることができる。
第一に、本論文が掲げた2つの課題が手堅い実証的方法を用いて達成されている点である。第一の課題は、女性が集中する「周辺部」労働者を、女性のみの「独自組織」として組織化してきた韓国女性労働組合(KWTU)と韓国女性労働者会(KWWA)をとりあげ、それぞれの組織構造と両者の協力関係と役割分担を明らかにすることにあり、これを描ききることに成功している。第二課題は、「非正規共同対策委員会」(2000年)、「非正規法共同対策委員会」(2004年)、「最低賃金連帯」(2002年~)を事例とし、「周辺部」労働者を保護し権利擁護するために多様な諸団体が社会的連携関係を形成した過程を明らかにすることにおかれており、その内実を綿密かつ周到なかたちで浮かび上げることにも成功している。韓国における民衆運動、市民運動、女性運動の歴史的経緯を踏まえ、そこから産み出されてきたさまざまな諸団体が、既存の労働組合との連携形成を通じて非正規職保護法の制定および最低賃金引き上げを実現していった政治過程を、幅広い視野から、しかも克明に描き出したことによって、従来の研究を越える地平に本論文が到達したと判断することができる。
第二に、「周辺部」労働者の保護と権利擁護のための労働運動のあり方をめぐる研究は少なからず出てきているものの、あくまでも女性の独自組織を基軸とし、既存の労働組合およびその他の社会運動や市民運動諸団体といった多様なアクターの動向を幅広く見据えて、社会的連携の全体像を描き出したことを、本論文のもうひとつの重要な成果として評価することができる。「周辺部」労働者がおかれた状態を起点として労働運動のあり方を問い直し、労働運動のオルタナティブを模索する研究潮流は、世界的な規模で形成されつつある。こうした潮流の一角を占める本論文が、女性の「独自組織」の果たす役割という視点を明快に打ち出したこと、さらには「周辺部」女性の視点から、労働運動のあり方のみならず「周辺部」労働者の保護と権利擁護を現実化させるための政策過程にまで切り込んだことは、きわだった独自性として評価することができる。
第三に、第一次資料が用いられている本論文では、とりわけ聖公会大学民主資料館に段ボール箱詰めにされていた原資料を掘り起こして整理しつつ用いており、その資料的価値は高い。それのみならず本論文では、韓国女性労働組合(KWTU)と韓国女性労働者会(KWWA)の関係者を中心に、6年間にわたるインタビュー調査と参与観察を行い、これらのデータが駆使されている。韓国の労働市場、労使関係に関する研究ではマクロの統計分析が依然として中心を占め、フィールドワークを通じた事例研究はいまだ立ち上がったばかりという段階にあり、その方法論的確立をみていない。本論文は、日本の労働社会学研究が蓄えてきた事例分析の方法、なかでもフィールドワークを積み重ねる方法を吸収し、それを韓国研究に応用している点で独自性があり、今後の韓国における研究動向をリードする研究になることが見込まれる。
以上の成果が認められるものの、本論文にはいくつかの課題が残されている。
第一に、本論文は、事例研究として運動諸団体のアクターに寄り添って、各々の運動体がいかなる問題関心と利害とをもちながら、相互協力・連携関係に向けてどのように戦略の選択を行ったかについて丹念に解きほぐしている点に大きなメリットがある。だがそうである反面、各々の運動体における戦略の選択を枠づける財政的基盤、社会諸制度との関連やその背景をなす政権分析といった構造的な分析が十分になされているとはいえない面があるのではないか。こうした分析が組み込まれることによって、本論文がめざした政治過程分析がよりいっそう明瞭なものになるのではないかと考えることができるだろう。
第二に、「周辺部」労働者はきわめて多様に分化しており、韓国女性労働組合(KWTU)も、労働市場の最底辺にあって孤立・分散状態におかれている「周辺部」労働者層全般を、必ずしも十全に組織化しえていないのではないかと考えられる。「周辺部」労働者の内部構造と分化状況を、労働市場分析を通じて明らかにし、多様性と重層性を踏まえることによって、その利害代表をめぐる政治過程の複雑性により肉薄することが可能になるのではないだろうか。
もとよりこうした問題点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、金美珍氏自身が自覚しているところであり、今後の研究において克服されていくことが十分に期待できるものと判断する。

最終試験の結果の要旨

2016年2月10日

2016年1月21日、学位請求論文提出者・金美珍氏の論文について、最終試験を行った。本試験において、審査委員が、提出論文「韓国における「周辺部」労働者の利害代表をめぐる政治-―女性の「独自組織」の組織化と社会的連携を中心に-―」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
よって、審査委員一同は、金美珍氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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