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博士論文審査要旨

論文題目:日米財界関係に関する政治社会学的研究 ―ネオ・グラムシ派のアプローチを中心に―
著者:高瀬 久直 (TAKASE, Hisanao)
論文審査委員:町村 敬志、中北 浩爾、小井土 彰宏、加藤 哲郎

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1. 本論文の概要
 本論文は、日米の両国経済が、戦争や経済摩擦など多くの緊張要因の存在にもかかわらず、二国間の歴史的・政治的な非対称性を織り込みつつ、緊密な関係を保持し続けてきた理由を探るため、約1世紀にわたる両国財界の形成過程および両財界間の関係の変遷を明らかにした、きわめてスケールの大きな政治社会学の作品である。この際、両国の財界間関係の分析を進めるため、ネオ・グラムシ派の理論を参照し、資本諸分派の形成とそのトランスナショナルな連関を明らかにした点に、大きな理論的特色がある。

2. 本論文の成果と問題点
 本論文の成果は、大きく以下の三点に分けて指摘することができる。
 第一に、本論文は、日米二国の財界・大企業が、戦争などをはさみながらも、経済的・政治的にみてなぜ、またいかにして緊密な関係を保持してきたのかを、1920年代から今日に至る歴史的段階として描き出す、きわめて意欲的な作品である。著者は戦後日本財界の権力構造分析から研究をスタートさせたが、やがて戦前を含む20世紀全体へと対象を広げ、かつ日米という二国間関係のなかで財界の集団的凝集性の組織的基盤を解明する、という方針を選択するに至る。なぜなら、日本で主導的な位置を占めた財界・大企業リーダー層は、戦前戦後を問わず、海外進出をめざす米国大企業の戦略と密接な関係をもつことによって自らの経営基盤を固めると同時に、国内外での影響力を獲得していたからである。それゆえ、米国財界側からの対日戦略の分析なしに、日本財界の組織化過程を理解することはできない。先行研究の多くは日本または米国を単独で取り上げたものであった。また二国間関係に取り組む場合でも、それは戦前または戦後の特定の時期に焦点を絞っていた。本論文は両国財界の長期にわたる展開過程を丹念に追いかけることにより、両国財界間の共変的関係の大胆な歴史的見取り図を提示することに成功している。
第二に、本論文は、こうしたマクロ課題に取り組むのに際し、欧米で進展を遂げてきたネオ・グラムシ派による国家論・権力構造論を参照しながら、財界の集団的凝集性の組織的基盤を両国の資本諸分派間における選択的な連関形成の過程として説明することに挑戦した。日米間には、トランスナショナルな志向性の下で対日投資をめざす米国側の資本諸分派と、投資を受け入れることで経営基盤や影響力の確立をめざす日本側の資本諸分派とが取り結ぶ、時代を超えた重要な縦線が存在してきた。日本国内では同時に、これに対抗するアジアでの資源確保を重視した重化学工業分派も力をもっており、これら複数の分派間の葛藤とバランスの変動が日米関係全体を規定してきたことを本論文は骨太に明らかにした。くわえて両国のトランスナショナルな分派間には、投資や技術導入といった経済面だけでなくリーダー層の理念・人格的な面でも強い関係が存在しており、それらが統治連合を支える基盤となっていたことを解明した点も、理論的成果と言える。
 第三に、より具体的には、第二次大戦以降、フォード主義的資本蓄積と法人自由主義を支えた米国電機産業と日本の電機産業有力企業間の資本・技術・人的関係が果たした役割を丹念に分析した章は、二国にまたがる統治連合形成過程の分析として、とくにすぐれた成果をあげたと評価できる。ここから、1950年代半ばから60年代にかけて日米の財界・政界関係者の間で形成された提携関係(連合)が、日米それぞれの政治経済のその後の展開に大きな影響を及ぼしていく背景が、多くのエピソードとともに明らかにされた。
 以上のような成果が認められるものの、本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
 第一に、約1世紀におよぶ日米関係について、それを生産資本・金融資本、国内資本・国際資本の違いを超え、さらに個別資本やエリート層にまで目配りをしながら論じた点で本論文はきわめて意欲的であり、とくに戦後高度成長期までの分析は実証的にも大いに成功している。しかしグローバル化の進展した1980年代以降の分析については、資料が出揃っていないこともあり、事実紹介の域を必ずしも大きく出ていないケースがある。また、冷戦崩壊と中国の台頭という状況下で、日米の資本諸分派間の関係がどのように変化しつつあるのかは、今後の課題として残された。
 第二に、いわゆる対米従属という論点自体は、産業構造の変化や日本国内の基軸的資本の変遷(繊維、鉄鋼、電機、自動車、銀行等)との関わりのなかで、これまでも個別の事例分析のなかでたびたび指摘されてきた。本論文は、グラムシ流の「アメリカニズムとフォード主義」の視点に基づいて1世紀に及ぶ歴史を一挙に描き出そうとする点にメリットがあるものの、一貫性を重視するあまり部分的には図式的理解という批判をまぬがれることができず、フォード主義解体以降の分析については課題が残った。また、背景にある社会構造的要因までを対象に収めるため、政治社会学的アプローチを採用した努力は高く評価できるものの、その分析にはなお展開の余地がある。
 ただし、これらの諸点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、高瀬久直氏自身はこのことを十分に自覚しており、近い将来の研究において補われ克服されていくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2016年2月10日

2015年12月19日、学位請求論文提出者・高瀬久直氏の論文について、最終試験を行った。 本試験において、審査委員が、提出論文「日米財界関係に関する政治社会学的研究――ネオ・グラムシ派のアプローチを中心に――」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、高瀬久直氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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