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博士論文審査要旨

論文題目:米国の海外基地政策と安保改定
著者:山本 章子 (YAMAMOTO, Akiko)
論文審査委員:中野 聡、吉田 裕、貴堂 嘉之、秋山 晋吾

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1. 本論文の概要
 
 本論文は、日米関係史や日本側の政治過程に分析の焦点がおかれてきた1960年の日米安全保障条約改定に到る経緯をめぐって、米国の冷戦政策とくに海外基地政策の展開との関連性に着目し、米国政府文書・オーストラリア政府文書をはじめとする関連史資料を幅広く詳細に検討して、沖縄への海兵隊の移転をはじめとする基地再配置を前提とした在日米軍基地の役割の変化が安保改定に与えた具体的な影響を明らかにした国際政治史の論考である。

2. 本論文の成果と問題点

 本論文の成果は、大きく以下の三点に分けて考えることができる。
 第一に、本論文は、日米安全保障条約改定に到る経緯のなかで米国の冷戦政策とりわけ海外基地政策の展開との関連性に着目するにあたって、アメリカ外交史におけるいわゆる「アイゼンハワー修正主義」以来の研究潮流が、分析視点・史資料の双方において大統領・国務長官など政権指導部のリーダーシップに重点がおかれがちであったことを批判し、先行研究ではあまり重視されてこなかったJCS(統合参謀本部)をはじめとする米国の軍事官僚機構にかかわる文書・史資料を詳細に検討し、米軍部の問題認識と政策関与を重視する立場をとる。そしてこのことによって本論文は、先行研究では個別に検討・理解されがちであった諸要素すなわち(1)大量報復戦略(ニュー・ルック戦略)による安全保障と財政負担軽減の両立をめざしたグローバルな米軍再編、(2)インドシナ危機・台湾海峡危機などを背景としてアジアに即応・地上兵力を残すことになった極東米軍再編、(3)砂川闘争などの反基地運動、ジラード事件などが惹起した裁判権問題などを背景とする、ホスト・ネイション・サポートを維持するための米国の日本側への政治的配慮、(4)在日米軍基地をどのレベルで維持するかをめぐる米軍部の姿勢の変化、(5)沖縄への海兵隊移転・空軍力の配置による在沖・在日米軍基地の役割の変化、などが相互にどのように作用して、結果として米国政府が日米安保改定に応じるに到った政策へと出力されていったのかを明らかにすることに成功している。
 第二に、本論文は、上記の視点から明らかにした諸事実をふまえて、日米同盟の制度化という側面に重点をおく日米安保改定史をめぐる先行研究に対して、極東米軍再編、在沖米軍基地への海兵隊・空軍の再配置などによって、前進基地から兵站基地へと役割が相対的に変化した在日米軍基地の再定義の結果として日米安保改定を捉えるという軍事戦略的視点の重要性を提示することに成功している。もちろん在日米軍基地、在沖米軍基地をめぐる米国の政策に関しては多くの先行研究が検討しているが、本論文は、極東米軍再編全体のなかで、沖縄に戦闘部隊が集中する一方で在日米軍基地の役割が前進・攻撃基地から兵站基地へと変化したこと、日本と沖縄の基地の役割分担が変化したことの意義を重視し、またそれが日米安保改定に対する米軍部の姿勢の変化に具体的な影響を与えたという新視点を打ち出すことに成功している。
第三に、本論文は、オーストラリア政府文書等の史資料を検討することによって、もっぱら二国間関係史の枠組みで論じられがちな日米安保改定問題を、冷戦期の多国間外交史として捉え直す枠組みを提示することに成功しており、具体的には、第2次世界大戦の経験を背景に日本の再軍備・軍備増強を強く牽制する立場にあった英国・オーストラリアなどが、1957年までには冷戦同盟関係の強化の立場から日米安保の枠組みの維持・強化を明確に支持する姿勢に完全に転換していたことを明らかにしている。
 以上のような成果が認められるものの、その一方で本論文にはいくつかの問題点も指摘できる。
 第一に、その検討の対象と時期を手堅く限定した結果ではあるが、本論文は、本土・沖縄の反基地運動などの社会運動が具体的にどのような回路を通して安保改定をめぐる米国の政策に影響を与えたと言い得るのか、さらに極東米軍再編と1960年の新安保によって、米国の海外基地政策が具体的にどのような結果をもたらしたと言い得るのか、フィリピン・韓国あるいはヨーロッパなど他国・他地域の米軍基地をめぐる状況との比較と相関などの問いについては、十分に深い検討を行っているとは言えず、今後の課題として残されている。
 第二に、本論文では、本土・在日米軍基地の役割が兵站基地化したことをもってその重要性が低下し、それゆえに米軍部が日米安保改定に対して妥協的な姿勢を取り得るようになったと受け取れる叙述が見受けられる。現代世界の軍事においては、兵站は作戦軍と同様に重要な役割を果たしているとも言い得るのであり、また、在日米軍基地の兵站基地化が日米安保改定に対する米軍部の姿勢を変化させたとすれば、それはその重要性が下がったからではなく、駐留兵力を最小化してホスト・ネイションとの摩擦を小さくできるという質的な変化が重要な意味をもったからであることを考えれば、この叙述はやや舌足らずと言うべきである。
 もちろん、これらの諸点は本論文の学位論文としての水準を損なうものではなく、山本章子氏自身が十分に自覚しており、近い将来の研究において補われ克服されていくことが十分に期待できるものである。

最終試験の結果の要旨

2015年11月11日

2015年10月9日、学位請求論文提出者・山本章子氏の論文について、最終試験を行った。 本試験において、審査委員が、提出論文「米国の海外基地政策と安保改定」に関する疑問点について逐一説明を求めたのに対し、氏はいずれも充分な説明を与えた。
 よって、審査委員一同は、山本章子氏が一橋大学博士(社会学)の学位を授与されるに必要な研究業績および学力を有するものと認定した。

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