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博士論文審査要旨

論文題目:労働組合研究集会活動の分析:労働の社会的意義を問う労働組合活動
著者:小関 隆志 (KOSEKI, Takashi)
論文審査委員:関 啓子、富沢賢治、高田一夫、藤田和也

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1 論文の構成
 本論文の構成はつぎの通りである。

序章 課題と方法
 1. 本論の課題
  (1) 本題の所在
  (2) 研究集会活動の概況と先行研究
  (3) 本論の課題
 2. 方法と対象
 3. 本論の構成
   付.研究集会活動の概況
  (1) 教育研究活動、地方自治研究活動
  (2) 国家公務員の研究集会活動
  (3) その他の研究集会活動
  (4) 一覧表

第一章 農政研究活動
 1. 労農提携運動
  (1) 1950年代
  (2) 1960年代
  (3) 1970年代
  (4) 1980年代前半
  (5) 1980年代後半~1993年
  (6) 1994年以降
 2. 全農林の農政研究活動
  (1) 全国集会(1960年代)
  (2) 地本の農研活動(1970年代以降)
     1) 農政研究集会
     2) 県・分会段階の活動の組織化
  (3) 各分会・労農会議の活動
     1) 概況
     2) 宇都宮分会(栃木県)
       a)宇都宮分会の特徴
       b)農家との「対話行動」
       c)農政への反映
       d)栃木県労農会議の構成
     3) 埼玉農政分会、浦和食糧分会、川越分会(埼玉県)
       a)埼玉農政分会、浦和食糧分会の特徴
       b)アンケート調査
       c)埼玉南部市民の会の構成
       d)川越分会(埼玉県)
 3. 活動の意義と問題点
  (1) 活動の課題と背景
  (2) 活動の意義
  (3) 活動の問題点
     1) 農民、消費者との関係
     2) 業務への反映
     3) 参加者の限定とリーダーシップ
     4) 労働条件との関係

第二章 新聞研究活動
 1. 新聞労連の新聞研究活動
  (1) 新聞研究活動の発足
  (2) 新聞研究活動の展開
  (3) 近年の活動
  (4) 記者研修会
 2. 毎日新聞労組の新聞研究活動
  (1) 活動の沿革
     1) 新聞対策特別委員会
     2) 労資協調期
     3) 経営危機後の変化
     4) 近年の活動
  (2) ジャーナリズムを語る会
 3. 活動の意義と問題点
  (1) 活動の課題と背景
  (2) 活動の意義
  (3) 活動の問題点
     1) 市民・読者との関係
     2) 業務への反映
     3) 参加者の限定とリーダーシップ
     4) 労働条件との関係

第三章 生協研究会活動
 1. 全国生協研究会
  (1) 生協研究会の発足――第一期~第三期
  (2) 生協研究会の展開――第四期以降
 2. かながわ生協労組生協研究会
  (1) 生協研究会発足の背景
  (2) 生協研究会の発足――第一期
  (3) 問題点の集約――第二期
  (4) 生協改革の実践例――第三期
 3. 日本生協連労組生協研究会
  (1) 生協研究会の発足――第一期
     1) 春闘執行部学習会
     2) 職場実態アンケート
     3) 生協研究会発足の背景
     4) 第一期の基調報告の論調
     5) 「第6次全国中期計画」労理討論会
     6) 第一期の分科会の論調
  (2) 生協研究会の展開――第二期
     1) 職場実態アンケート
     2) 第4回以降の変化
     3) 第二期の基調報告の論調
     4) 第二期の分科会の論調
 4. 活動の意義と問題点
  (1) 活動の課題と背景
  (2) 活動の意義
  (3) 活動の問題点
     1) 生協組合員、地域社会との関係
     2) 業務への反映
     3) 参加者の限定とリーダーシップ
     4) 労働条件との関係

終章 研究集会活動の意義と問題点
 1. 各章の結論
  (1) 農政研究活動
  (2) 新聞研究活動
  (3) 生協研究会活動
 2. 活動の意義と問題点
  (1) 活動の課題と背景
  (2) 活動の意義と問題点
     1) 学習過程の類型化
     2) 対外関係重視型と対内関係重視型
     3) 啓蒙型と問題提起型
     4) 問題解決の可能性

引用文献


2 本論文の課題と概要

 序章では、本論文の課題と方法が示される。著者は、「労働の社会的意義」を問う労働組合の活動の一つとして研究集会活動に注目する。本論文の分析対象は「労働組合が主催する産業別・業種別あるいは階層別の独自の問題を対象とする労働組合員による研究集会」である。研修集会活動は「組合員の日常的な経済的利益の追求という運動のレベルを明らかに踏み越えた新しい労働運動の形態であり、労働者が自己の労働の具体的内容に即しながら、それを社会的有用労働として確立することを目指す研究運動」である、と評価されている。小関氏の課題は、研究集会活動がどのような課題を立てるのか、その背景はいかなるものか、労働者は活動に参加することによってどのような認識を得るのか、どのような学習過程が展開するのか、そこにはどのような問題や障害が孕まれているのかを分析することである。著者は労働の社会的意義を問う組合活動の流れを整理し、国外の動きとしてルーカス・プランを紹介する。外国の研究状況にも目配りしつつ、あくまでも国内の労働組合活動の実証的研究に焦点をあてて、研究集会活動の展開を歴史的に追うとともに、研究集会の綿密な事例研究に取り組んでいる。著者は先行研究を整理し、これまでの研究が公務分野に偏ってきたので、本稿では公務、私企業、協同組合の三部門から一つずつ、すなわち、国家公務から全農林労働組合の農政研究活動を、私企業から日本新聞労働組合連合の新聞研究活動を、協同組合からは全国生協労働組合連合会の生協研究会活動をとりあげ、分析するとする。著者は、組合当事者によって作られた一次資料の収集、活動の参与観察、組合幹部および一般の参加者の聞き取り調査といった手法を用い、単産全体の活動を外観した上で、単組または分会などのできるだけ小さい単位での活動を観察するとする。

 また「付」として、日本での研究集会活動の概要が解説されているが、ここでも広い目配りがなされ各種研究集会が説明されている。日教組の教育研究活動、地方自治研究活動、さらには国家公務の研究集会の7事例(全気象など)およびその他の研究集会(全商工や全林野など)が紹介され、さらに章末には研究集会の一覧表まで付けられている。これらは今後の研究のための資料的価値を有している。

 第一章「農政研究活動」は、3つの事例研究のうちの最初のものであり、全農林労働組合の農政研究活動を分析している。農政研究活動は1961年に全国集会として開始された。主要なテーマは農業基本法への反対であり、合理化反対闘争や職場闘争を中心とした運動が展開された。しかし、実施主体が地方組織に移った後、地域活動を重視した運動に変わった。著者は全国本部だけでなく、埼玉分会、浦和分会、川越分会、宇都宮分会などを調査し、次のように分析している。

 全農林労組の運動は、農政に関わる者の責任感や使命感を基礎に置いているという。しかし、日常業務だけでは、問題が十分把握できない。そこで労働組合の学習会が大局的な知識を与えるよい機会となっているという。

 それだけではない。分会は消費者・農民へのアンケートや農民との対話行動により、「農民の生の声から学ぶ」ことができた。これは学習の大きな成果である。ところが、こうした学習効果も、労働運動の枠組みの中で十分効果を上げていない。その理由は、ひとつには、1980年代から業務上の問題を組合活動で取り上げなくなったため、政府の方針に反対でも、業務を遂行しなければならぬというジレンマを解決できないためだ。

 また、第2に、分会の独自性を出すという組合の方針が十分徹底せず、上級組織が提示した課題を下部組織が実行するだけというのが実態であるという。さらに、活動の中核となるリーダー層が十分育っていないとの問題も指摘されている。とはいえ、農政労働運動は国民の支持なしに成り立たない、との認識を全農林は伝統として持ち続けており、政府に対するチェック機能を果たしてきた、と著者はいう。これは農政研究活動の成果といえよう。

 第二章では、新聞労組の研究集会活動を対象に分析している。そこではまず、単産全体の活動としての新聞労連(日本新聞労働組合連合)の研究活動と単産レベルの活動としての毎日新聞労組の研究活動を対象に、戦後の研究活動の発足から今日までの歩みを概観したうえで、それらの研究活動の意義と問題点の検討を行っている。

 新聞労連の研究活動の歩みでは、1957年に「言論の自由あれば戦争なし」のメインスローガンのもとに第一回新聞研究集会が開かれて以降、60~70年代の活発化、1990年代に入っての活動形態の多様化など、ごく最近までの研究活動の様子をとらえ、その時々の運動方針や重点とのかかわりで研究活動のテーマや内容の変遷を跡づけている。また、毎日新聞労組の研究活動の歩みでは、戦後の発足当初の当該労組が「反動的である」との他労組からの批判や読者からの紙面批判、さらにはテレビの出現などの外的要因によって、1959年に発足した「新聞対策特別委員会」による研究活動の開始と、その後の労資協調期(1960~1970年代初頭)と会社の経営危機を経て近年にいたる研究活動の推移を押さえている。

 さらに、これらの両レベルの研究活動の跡づけと検討をふまえて、その活動の意義と問題点を次のように整理している。

 これらの新聞研究活動が課題としたことは、発足当初(1950年代後半)は「新聞を国民のものにする」というもので、国家権力との対決姿勢をもって取り組まれるが、情報メディアの多様化によって「活字メディアの危機」が到来するなか、新聞社の「商業性の追求とジャーナリズムの公共性」の問題に焦点化され、1997年の『新聞人の良心宣言』へとつながっていった。本論は、この活動の展開過程を丹念に洗い出している。

 活動の意義としては、対内的には新聞労働者の間に「新聞報道の社会的責任」という問題意識を育て、広げてきたことや、記者の間に「自己反省」の姿勢を醸成してきたことにあり、対外的には市民・読者からの意見・批判を聞いて相互理解を図るとともに、取材における「一般人」との接触の必要性を記者に自覚させたこと、などにあることを指摘している。

 活動の問題点としては、研究集会が必ずしも十分に市民・読者に開かれたものとなりきれていないこと、その研究活動の成果が業務(取材や紙面)の改善に直ぐにはつながりにくいこと、集会への参加者が限定されていること、労働条件の改善とやや分離された活動となっていることなどを指摘している。

 第三章では、生協労連の生協研究集会活動が検討される。生協労連は、流通大資本の大型店出店競争が激化したことを背景として、生協が供給高の伸び悩みに直面し、不況の影響で経営不振に陥った1990年代以降に生協研究会活動を本格化させている。研究会活動の活性化の要因としては、経営責任を担う生協理事会が「経営者支配」を強化した結果、労働者が生協で働くことの意義を実感することが困難になっていったという状況が強調される。

 生協労連が主催する全国生協研究会、かながわ生協労組が主催する研究会、日本生協連の労組が主催する研究会、という三つの研究会の活動が詳細に検討され、そのうえで、生協研究会の活動の意義と問題点がつぎのようにまとめられている。

 活動の意義については、全国生協研究会は、各単組の労組役員を中心とした経験交流という点で意義があり、単組が主催する研究会は、職場での問題を取り上げて働きがいのある職場をつくるためにはどうするかを話し合うことによって、一般の労働者の問題意識を高めるという点で意義が認められる。特にかながわ生協労組の場合は、一般労組員が積極的に調査・見学などにも参加することにより、問題意識を一段と高めている。

 活動の問題点については、とりわけつぎの四点が強調されている。第一に、生協の組合員や地域社会との関係が課題として取り上げられているにもかかわらず、それらの論点が抽象的なレベルにとどまっている。第二に、活動の成果が業務に反映されていない。第三に、参加者が少数にとどまり、特に単組の研究会においてはリーダーシップに依存する面が大きい。第四に、労組員同士の内輪の集会にとどまることから、検討内容が労働条件や職場内の問題に収斂している。この点では、国民との関係づくりに努力してきた全農林や新聞労組と対照的である。

 終章では、各章の結論が示される。各労働組合における研究集会活動の課題とその背景、活動の意義(活動が参加者にもたらした認識や問題意識など)、活動の孕む問題が整理されている。その上で、研究集会活動の意義は、労働者が農民、消費者、新聞読者などの国民各層の意見、批判、要求を具体的に知ることによって、労働の社会的意義への理解が深まるところにあるとする。さらに、労働組合は「合理化」の実態を、労働の社会的意義の問題と併せ、広く国民に訴え知らせていくべきであるという問題提起がなされている。

 さらに、著者は集会を主催する労組幹部、一般労組員、国民の関係に注目し、労働の社会的意義の理解が深まる学習過程の類型化を試みる。労働組合と国民との関係を軸にすれば、農政研究活動や新聞研究活動における市民対話集会のような・国民との関係構築を主眼とする対外関係重視型と、生協研究会のような・労組員どうしの討論を主眼とする対内関係重視型とが考えられる。労組幹部と一般労組員との関係を軸にとると、農政研究活動のように幹部が上から組織化する啓蒙型と、生協研究活動のように、幹部が問題提起し、一般組合員が日頃の問題意識を出し合いまとめていく問題提起型とに分けられる。対内関係重視型は、国民との関係が作れず、集会の課題として労働条件などは据えやすいが、労働の社会的意義からは乖離しがちである。対外関係重視型の学習活動は、労働の社会的意義の自覚を促しやすい。類型化によって研究集会活動の学習過程の特徴が分かりやすく説明されている。あわせて、対外関係重視型になるかどうかは、外部の人々との関係を実感しやすい職業かいなかにもよるという端的な指摘もなされている。

 啓蒙型では事業の政策全体に視野を広げる過程が認められるが、その研究活動は義務的・役割的になりがちである。問題提起型は学習が自発的で、問題関心の共有化は起こるが、多数の参加者を確保できず、組織をあげての体系的活動になりがたい。こうした類型化を一つの指標にして、学習過程の変容とその変容の社会的要因が解読され、活動の改善方向が示唆されている。最後に、労働者は自らの労働の社会的意義の自覚と経営的必要性とのジレンマを抱えているのであり、それを個人で解決するのは難しく、研究集会活動の課題と日常的業務との関係をいっそう明確化し、現実的改革への道筋を明らかにする必要がある、と指摘されている。


3  本論文の成果と問題点

 本論文の分析対象となっている研究集会活動は労働条件闘争と並んで、しばしば労働組合の活動の「車の両輪」にたとえらる。しかし、研究集会活動に関する研究、さらには研究集会活動と労働条件闘争との関係に関する学問的研究は、従来非常に手薄であった。とくに近年の活動実態に関する実証的研究および理論的研究はほとんど皆無である。本論文は研究史上のこの間隙を埋める研究として高く評価しうる。

 調査対象を公務員の労組、私的企業の労組、協同組合の労組(すなわち、公、私、協の3セクターにおける労組)に限定したうえで、それらの労組の研究集会活動の歴史と現状を調査し、そのうえで理論的総括を行っている。この方法は適当であり、かつ全体の叙述の中に貫かれている。設定した問題に関する十分な理論的総括のためには、調査対象をさらに広げるなどの必要があるが、本論文はそのための堅固な基盤をすえたものと評価することができる。

 厳密な実証研究が、本論文の特徴であり、魅力である。綿密なデータにもとづく叙述からは、研究集会活動参加者の意識の動きが読み取れ、彼らの抱えるジレンマが自然に滲み出てくる。広範囲にわたる文献の渉猟もなされ、聞き取り調査などによる丹念な実証研究をふまえて、結論は説得的に提示されている。

 しかし、問題がないわけではない。実証作業は非常に精緻であるが、課題設定の若干の弱さと、その点とも無関係ではないと思われるが、分析対象の選定がやや形式化したきらいがある点が弱点といえば弱点である。前者にかかわっては、著者は「どのような労働組合がどのように『労働の社会的意義』を問題にしてきたであろうか」という問いを立て、この問いを解くために「労働組合の活動の一つとして研究集会活動」を分析するとしているが、このアプリオリに立てられた問いの根拠についての説明(換言すれば、著者が本論文で「労働の社会的意義を問う労働組合活動」をなぜ問題にするのかについての言及)が不十分なため、課題設定の説得性にやや欠ける点である。

 後者については、著者は分析対象を公務、私企業、協同組合の三つの業種を「加盟組織の偏りをなくす」という意図で選択している点は、バランスがとれた方法ではあるが、新しい時代状況にあった「労働者の実践的な学習過程」を見出すという著者の意図からすれば、やや形式的な対象選択となっている点である。

 以上のように本論文には不十分な点はあるが、審査委員会は本論文が、労働組合の研究集会のあり方を分析することにより、労働の社会的意義に関する議論を深め、最終的には社会教育の理論を構築しようとする意欲作であると評価した。ここでいう「労働の社会的意義」とは、ある場合には、自己実現の問題であり、時には社会的責任をさす場合もある多義的な概念である。一般に労働組合は、その運動戦略を立案し、組合員に浸透させるためにさまざまな教宣活動を行う。著者はこの中に労働の社会的意義と関わる要素を見出し、共同関係の構築という社会教育の問題としてこれを分析しようとしているのである。労働運動は社会教育のもつ共同性と労働の社会的意義を結びつける重要な輪である。これは労働運動論としても出色の視点である。

 著者の意図はあまりに壮大で、上述のように、まだ十分実現されているとは言い難い。とはいえ、労働組合の研究集会活動をそれを取り巻く諸要素、すなわち労働運動全体、労使関係、さらには産業のおかれた状況などを構造的に分析することによって、この不十分な点は解決されることであろう。その可能性を強く感じさせる力作である。


 以上のような論文の成果と問題点を踏まえ、審査委員会は、本論文が博士の学位を授与するのに必要な水準を達成していると認定し、小関隆志氏に一橋大学博士(社会学)の学位を授与するのが適切であると判断した。

最終試験の結果の要旨

1999年6月9日

 1999年5月18日、学位論文提出者小関 隆志氏の論文について最終試験を行った。試験において、提出論文「労働組合研究集会活動の分析―労働の社会的意義を問う労働組合活動-」に基づき、審査員が疑問点について逐一説明を求めたのに対し、小関氏はいずれにも適切な説明を行った。
 よって審査委員会は小関隆志氏が一橋大学(社会学)の学位を授与されるものに必要な研究業績および学力を有するものと認定し、合格と判定した。

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