地球社会研究専攻

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 地球社研究専攻は、1997年4月に世界初のグローバル・スタディーズの大学院独立専攻として発足しました。専攻の英語名Institute for the Study of Global Issuesが示すとおり、現代世界が直面するグローバルイシューに取り組む研究者や実践型職業人を養成することを目指したグローバル・スタディーズのフロントランナーとしての役割を果たしてきました。
 設立時には教育研究目標として、①問題に焦点をあてて考える(issue-focusedなアプローチ)、②現実的な解決を志向する(solution-orientedなアプローチ)、③西欧中心の思想から脱却する(de-Eurocentricなアプローチ)を掲げ、セキュリティ(安心・安全)、サステナビリティ(持続可能性)、クリエイティビティ(創造性)、アイデンティティの4つを研究教育の中心に据え、地球社会と人びとの生活の質の向上を目指し研究に取り組んできました。
 この四半世紀にわたる地球社会研究専攻の教育研究を礎として、2023年度から本専攻は新しく生まれ変わります。研究教育に三本の柱――①学際的なジェンダー・セクシュアリティ研究、②学際的な移民・難民研究、③アメリカ史・グローバルヒストリー―をたて、総合社会科学専攻とともに、グローバル社会科学の研究拠点となるべく教育を進めていきます。

地球社会研究専攻における教育研究の3つの柱

 地球社会研究専攻では、総合社会科学専攻とは別に定員が設定され、入試は専攻ごとに行いますが、入学後は4つの研究分野において両専攻の院生が一緒に切磋琢磨しながら研究に取り組みます。8名の担当教員が以下の3つの学際的な研究を率います。

① ジェンダー・セクシュアリティ研究・・・佐藤文香、田中亜以子、貴堂嘉之
 ジェンダー研究は、男性を人間の「標準」とする学問に異議を申し立てた女性学から出発した学問です。男性が「標準」とされるということは、社会のなかに存在する性差が不可視化され、またジェンダーを生み出す社会構造やイデオロギー、思想、歴史的文脈が問われてこなかったことを意味します。これを問題にするのがジェンダー研究であり、その対象は、すべての学問分野に及ぶといっても過言ではありません。逆にいうと、その対象の広さゆえに、多くのジェンダー研究者は、社会学、歴史学、文学、政治学、 哲学など、従来の学問的ディシプリンのなかで活動しており、日本では「ジェンダー研究」を専門として 打ち出している研究者はまだまだ少ないのが現状です。一方で、ジェンダーという鍵概念の登場ととも に、従来の学問の分類とは異なる形でのネットワーキングや知の産出方法が求められてきました。これに伴い、1990年代以降、ジェンダー視点をもつ研究者を領域横断的に集めた研究拠点を有する大学も次第に増えてきました。学問分野は不動のものではなく、解決すべき課題の変容とともにつくりかえられてきたのです。一橋大学社会学研究科が「ジェンダー研究」を一つの領域として掲げていることは、そのような知のフロンティアをつくりあげていこうとする姿勢のあらわれに他なりません。
 ジェンダー社会科学研究センター(CGraSS)に集う教員たちの専門もまた、あらゆる学問分野にまたがっていますが(http://gender.soc.hit-u.ac.jp/)、地球社会研究専攻で「ジェンダー研究」を担当している教員3名は、社会学と歴史学(ジェンダー史)の方法を用いた研究を行っています。ジェンダー研究は女性学から出発し、これを受けて男性の立場からの省察をはじめた男性学、異性愛中心主義への批判と対抗のために登場したセクシュアリティ研究、さらに男/女や異性愛/同性愛といった二項対立そのものを脱構築しようと発展したクィア研究等を緩やかに包摂しつつ、時に緊張関係を孕みながら発展してきました。多様な方法論のもとに蓄積されてきた研究の成果を吸収しつつ、自分がどのような方法によって学位論文を執筆するのかを意識して学修をすすめていってもらいたいと思います。

② 移民・難民研究・・・橋本直子、飯尾真貴子、竹中歩、貴堂嘉之
 「国民国家」の誕生とともに、地球上の至るところに国境線が引かれ、人は必ずどこか一つの国に帰属するという認識が広く社会に浸透してきました。しかし、近年では境界領域における人種・エスニックマイノリティの経験に着目し、植民地主義の歴史を含めた近代国民国家の形成プロセスそれ自体を問い直す研究の重要性が認識されています。また、グローバル化の進展とともにEUなどの地域統合や国境を越える政治・社会運動など、ますます越境的なプロセスが拡大するなかで、とりわけ移民や難民といった国境を越える人の移動が、様々な学術分野から多角的に研究されてきました。
 本学の社会学研究科は、これまで主に「国際社会学プログラム」を中心として日本における幅広い意味での国際移動研究の拠点を形成してきました。国民社会を自明の単位として展開してきた従来の社会学に対して、国際社会学は、方法論的ナショナリズムともよばれる認識からの転換を求めるとともに、主権国家や国民国家体制を大前提とする国際政治学・国際関係論・国際法といった既存の国際問題の研究アプローチを超えることを要求しています。このような越境するプロセスの社会的なインパクトや国家を超えて形成される社会に着目する国際社会学は、過去35年ほどの間に日本の社会学の研究領域として次第に確立すると同時に、急速に発展してきた分野といえます。
 本地球社会研究専攻では、このような国際社会学に加えて、移住研究の中でもとりわけ非自発的に家や出身地を逃れなければならない人々や国を持たない人々に焦点をあて、その原因、結果、解決策などを学際的に検討する「難民・強制移住学」も学ぶことができます。世界的にみても強制移住者の規模は年々増加傾向にあり、質的にも人の移動と国際社会、国際政治、国際法が相互に重大かつ複雑な影響を与え合うことが、昨今の情勢から明らかになっています。こうした越境的な人の移動を扱う近接領域の連携を通じて、「難民」に特に関心を持つ学生の学びの場が広がるとともに、国際社会学との様々な相乗効果が期待されます。
 本地球社会学専攻における移民・難民研究の柱を担うのは、竹中歩教授(国際社会学・都市社会学)、貴堂嘉之教授(移民史・人の移動のグローバルヒストリー)、橋本直子准教授(難民・強制移住学)、飯尾真貴子専任講師(国際社会学)の4名です。移民・難民研究をそれぞれの専門分野から異なるアプローチで取り組んできた教員が担う本プログラムの最大の魅力は、相互連携のもとで生まれる研究・教育上の相乗効果とカリキュラムの充実にあります。学生の皆さんには、各教員の専門にもとづく異なる視座やアプローチを幅広く吸収することで、元来学際的なアプローチを必須とする越境的な人の移動とそれにともなう様々な事象への理解を深めると同時に、自身の研究テーマに適切な視座や方法論を見定め、多角的に発展させていくことを期待します。

③アメリカ史・グローバルヒストリー・・・貴堂嘉之、牧田義也、中野聡
 日本国内でアメリカを対象する学問は、「アメリカ研究」という地域研究の枠組みで教育・研究が行われているところが多いのですが、一橋大学のアメリカ史研究は、歴史学のディシプリンでアメリカを学べる、日本でも数少ない教育・研究の場です。社会の底辺から歴史的事象を問い直す “from the bottom up”の社会史の眼差しを分析視角の柱にして、黒人史や移民史、ジェンダー史、国際関係史の分野で多くの研究者を輩出してきました。
 アメリカ史分野は、2023年度から地球社会研究専攻の所属となり、より広く「アメリカ史・グローバルヒストリー分野」として再スタートします。アメリカ合衆国の国内史(建国期から現代まで)、外交史・国際関係史まで、これまでも幅広い研究領域の院生が学んできましたが、今後は大西洋史や太平洋史、人の移動のグローバルヒストリー、制度や思想の国際連関や循環を問う「下からの」グローバルヒストリーなどをテーマとする院生を積極的に受け入れていきます。
 アメリカ史・グローバルヒストリー分野は、①アジア太平洋国際史、米比日関係史、②アメリカ移民史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究、③人道主義の国際史、グローバルヒストリーをそれぞれ専門とする3名の教員が担当します。院生は、3名の教員のゼミの一つを主ゼミとして履修し、各教員から個別指導を受けます。これ以外に、修士課程でも博士後期課程でも、副ゼミを履修して研究や方法論の幅を広げることが推奨されます。歴史学グループの日本史、アジア史、ヨーロッパ史、ジェンダー史から、あるいは、社会学や政治学などのゼミから選ぶこともできます。
 「アメリカ史・グローバルヒストリー分野」の院生は、修士課程では地球社会研究専攻の選択必修科目である「地球社会研究の基礎A」(ジェンダー・セクシュアリティの研究・方法を学ぶ)、あるいは、「地球社会研究の基礎B」(移民・難民研究の学際的な研究・方法を学ぶ)のいずれかを履修することが求められます。この科目以外は、総合社会科学専攻と地球社会研究専攻の別なく、大学院科目や学部・大学院共修科目から、各自が履修プランをたてて、興味を持った講義を受講することができます。
 学位論文(修士論文・博士論文)の執筆にあたっては、主ゼミや副ゼミでの研究報告やオフィスアワーなどを利用して、教員の指導を受けて、論文を仕上げていくことになります。修士課程においてはリサーチワークショップ、博士後期課程ではリサーチコロキアムという集団指導の場が設けられていますが、ここでは歴史社会文化研究分野で総合社会科学専攻に所属する院生とともに、指導を受けることになります。