「移住者のメンタルヘルスケア・システム」
Mental Health Care System for Immigrants
(『文化とこころ』 Vol.4 No.1 pp. 30-37 1999年掲載)

キーワード: ヘルスケア・システム ,移民,医療人類学,メンタルヘルス,民族コミュニティ
Key words: Health Care System, Immigrants, Medical Anthropology, Mental Health, Ethnic Community
I はじめに

 移民・移住者のメンタルヘルスにどのような支援ネットワークが必要かを考えていく際、支援ネットワークとはそもそも何なのか、という根本的な問いにしばしば引き戻らざるを得ない。本稿では、支援ネットワークを「メンタルヘルスケア・システム」として捉えなおすことで、この点について考えていきたい。

 まず最初に、医療人類学の基本的概念のひとつである「ヘルスケア・システム」を足がかりに、移民におけるメンタルヘルスケア・システムの概念を構築し、そのあり方を探る。次に、具体例として筆者自身がこれまで行ってきたボストン在住日本人のメンタルヘルス支援活動および、在日外国人への医療支援活動についてこのシステムの概念を用いて分析する。そして、最後にメンタルヘルス支援ネットワークのあり方について幾つかの提言を加えたい。

 システムの概念を頭に置いていなくても、支援者が現場で当事者のニーズに耳を傾け、必要なことを行い、必要な関係者・関係機関につなげていけば、自然にシステムは構築されていく。逆にシステムを先に頭に描き、行政機関などが上からそのシステムを人為的に配置し、構築しようとしても実際に機能するものはできないに違いない。しかし、ゲリラ的につくられてきた支援ネットワークが今どのような形になっているのか、そこでは何が有効に働いていて何が不足しているのかを、システムの構造に照らし合わせて整理してみることは、決して無駄なことではないだろう。特に、自分自身が関わっている支援活動がシステムの中でどこに位置し、どのような特徴や他の活動との関係をもっているのかを振り返ってみることは、今後の活動の発展や、より有意義なネットワーキングに不可欠なことと思われる。

II ヘルスケア・システム

 医療人類学の基本的概念のひとつ、「ヘルスケア・システム」は、医療人類学者クラインマンが、台湾でのフィールドワークを通じて発展させたもので、今や古典となった彼の初著作「臨床人類学」における主要分析装置となっている。この概念は、広義の医療(ヘルスケア)を文化的なシステムとして把握するためにつくられ、単に医療制度だけではなく、病いや癒しをめぐる信念体系や行動基準、規範や役割、病者とそのまわりの人間との関係の在り方などをも包括的に含んでいる7)。

 ヘルスケア・システムは民間セクター(Popular Sector)、民俗セクター(Folk Sector)、専門職セクター(Professional Sector )の3つのセクターに大きく分けられる。民間セクターは個人・家族や友人、地域などの素人の場である。民俗セクターは「非専門的、非官僚的な専門家」から成り立ち(p. 63)、シャーマニズムや治療儀礼、代替医療などの民俗宗教的な場である。専門セクターは制度的医療(現代医学)を主に指す(図1)。3つのセクターは互いにオーバーラップするが、病いの意味づけや病気行動の方向づけなどにおいて最も大きな位置を占めているのは民間セクターであるとされ、図でもその円はひときわ大きい。これは実際アメリカや台湾での調査から、病気エピソード全体のおよそ70-80%が民俗的な治療者や専門的な治療者に相談されることなく民間セクターで処理されているという事実に基づいている。また、民俗セクターや専門職セクターに援助を求める場合であっても、どの治療者を選ぶか、その後も持続して援助を求めるかやめるかは、民間セクターにおける価値判断に基づくといった事実が、このモデルでは強く認識されている。この民間セクターへの注目は、世界保健機関などが推進してきたプライマリヘルスケアの考えと通底するものがある。

 ヘルスケア・システムという概念のひとつの意義は、制度的医療における現実、自然科学的な疾病理解だけを唯一の真実であると思い込むことの歪みを指摘することにある。そして、素人レベルでの症状の理解や、代替医療の提示する病気の意味、家族をはじめとするさまざまな人が治療において果たす役割などに私たちの目を向けさせる。人間がどう病いに向き合うかは、まさにこれらの文化的なシステムの中で方向付けられていくのである。特に、こころの健康に絞って「メンタルヘルスケア・システム」を想定した場合、民間セクターや 民俗セクターの占める範囲の大きさや、専門職者の把握できる現実(精神医学のエピステモロジー)の限界性は著しく、病いや癒しのありさまを多元的なシステムとして捉えることは非常に有用となる8)。

III 移民のメンタルヘルスケア・システム

 さて、移民のメンタルヘルスとそのシステムを考えた場合、このヘルスケア・システムの概念を2方向に発展させる必要がある。

 ひとつは、ヘルスケアでも特にメンタルヘルスケアに絞るということである。クラインマン自身はもともと精神科医であるが、調査地台湾での人々の病気行動が心身二元論では把握できないこともあって、メンタルヘルス・システムを個別に想定していない。また、ヘルスケア・システムの概念は基本的には病気エピソードとその対応を主眼においてつくられ、予防や健康維持増進は重要視していない。メンタルヘルスケア・システムという場合、純然たる身体的病気は除かれるが、心身相関が関わるものを含め多くの部分はヘルスケア・システムと重なることになる。一方、精神的な面では予防や健康維持増進と病気への対応との間の境界が曖昧なので、生活の潤い的な部分もシステムの範囲内に入れる必要がある。このようにヘルスケア・システムとメンタルヘルスケア・システムではシステムの概念には重なりとずれがでてくる。

 もうひとつはコミュニティの多層性である。移民が接するコミュニティを考えた場合、彼(女)らの所属する(しうる)コミュニティとしては、移住国コミュニティ、現地の民族コミュニティ(エスニック・コミュニティ)、出身国コミュニティの3つがある。クラインマンはヘルスケア・システムを地域環境と結びつけて概念化し、たとえ地域にかなり異質な社会的リアリティが混在している場合でも、地域にはひとつのヘルスケア・システムを想定した方がよいとする。この考えを踏襲すれば、移民ともともとの住民は同じヘルスケア・システムの中に存在し、それぞれによって重要なセクターや資源の多寡が異なる、たとえば、移民にとっては主に民俗セクターに特殊な資源が求められる、という捉え方になるであろう。

 しかし、移民自身の社会的リアリティからすると、これは不十分なように感じられる。多くの移民が援助希求行動をとる際、移住国コミュニティ、現地の民族コミュニティ、出身国コミュニティを明確に区別し、どのコミュニティのどのセクターから援助を求めるかは、その時々でさまざまな要因を勘案しながら、優先順位を決定していることが観察されるからである10.13.18.21)。これは交通・通信や流通網の発達によって、コミュニティそのものが空間の束縛から解放されつつあること、インターネットコミュニケーションなどで仮想現実性を高めていることとも関係しているかもしれない。故郷は「遠きにありて思うもの」ではなく、頻繁に帰ったり、コンピューター上に立ち上げるものになっているのである。このように、移民の生活そのものがコミュニティ間を行き来しながら、多層的に成り立っている。したがって、移民のメンタルヘルスケア・システムは、それぞれのコミュニティの各3つのセクターから成り立つと本稿では想定する(図2)。病いをめぐる行動 (Illness behavior) または援助希求行動(Help seeking behavior) は、この3×3のマトリックスの中で重層的に行なわれることになる。

IV 援助希求行動とメンタルヘルスケア・システムの内容

 メンタルヘルスに関する援助希求行動には、家族への相談、福祉施設や教会の利用、友人とのばか騒ぎ、電話や手紙、占い、帰国、入院など、さまざまな行為が含まれる。具体的な内容を、筆者がかつておこなったボストン在住日本人のメンタルヘルス調査結果から少し見てみよう13)。

 表1は、ストレス解消のために日頃気をつけたり特にしていることを整理・分類したものである。表2は、健康問題に関する情報、アドバイス、援助はどこから得るか(「健康問題について」)、精神的問題や悩みを解決するための情報やアドバイス、援助はどこから得るか(「精神的問題について」)、もし自分が神経症、ノイローゼ、神経衰弱、自律神経失調症、うつ病のような状態になればどうするか(「精神的疾患に関する行動」)についての回答を分類したものである。対処行動としては、新聞や本から情報を得るなど自分一人でできることや、家族や友人に援助を求める人が多く、民間セクターが多く利用されていることがわかる。日本のビデオやテレビ、本、日本の友人への電話や手紙、帰国など、民族コミュニティ、出身国コミュニティの資源が多く使われている。調査当時以降、電子メールやインターネットの普及によってこの傾向はますます強くなっていると思われる。また状況が深刻になった場合も、身体的問題であれば専門家への相談が増えるが、精神的問題ではその割合が低いままで、自己解決や周りの人への相談が多くを占める。問題が悪化しても専門機関の受診を考える人は少なく、精神疾患であっても内科受診を選択肢するなど、精神保健の専門職セクターを避けて多くの対処行動がとられていることがわかる。

表3にはこの調査結果を元に、海外在住邦人の利用しうる資源をメンタルヘルスケア・システムの3×3のマトリックスで分類した。

V 支援活動とメンタルヘルスケア・システム1:ボストン電話相談

 さて、移民のメンタルヘルスケア・システムについて全体像を探ったところで、筆者がこれまでにおこなってきた支援活動について、この枠組みを通して分析を加えてみたい。

 ひとつめは、1989年から3年の留学の期間に筆者がおこなった海外邦人への段階的なメンタルヘルス支援活動である。第1段階は前述の、在ボストンの日本人対象にアンケートと面接調査をした「海外在住日本人のメンタルヘルス」研究。第2段階はメンタルヘルスハンドブックの作成と配付。第3段階はボランティアによる日本語電話相談サービスである。電話サービス開始後1年あまりで筆者は帰国したが、その後も活動はボランティアメンバーによって続いている12, 15)。

 活動を始めた理由は、調査で対象者のうち精神的不調を約4分の1が呈し、社会支援の少なさと強い関連が見られたこと、けれども地域での支援ネットワークは層が薄く脆いことを認識させられたことが大きい。そこで調査結果を現地に還元することを兼ねて、社会的に孤立した人にも手が届く情報を提供し、精神的問題に関する関心を高めようと、メンタルヘルスハンドブック(図3)を作成し、現地の日本人に配付した。内容は調査結果概要、海外生活で起こりやすい精神的問題の説明とアドバイス、現地での医療情報や支援機関リストである。幸いハンドブックを読んでメンタルヘルスに関心を持つ人たちが集まってくれたので、その人たちを中心に「サポートクラブ」を結成し、日本語による電話相談サービスを始めたわけである。電話相談の基本方針は、セルフヘルプ、非専門家による援助、プライバシー厳守と匿名性の三つで(ニューヨークWISH 1)の活動を参考)、誰もが気軽に相談できるよう「よろず相談」的側面を強調した。調査やハンドブック配付を通じて日本人会・病院・精神科医等とのネットワークを広めていたため、深刻な問題にもある程度対応可能となった。

 活動として匿名の無料電話相談を選んだのは、調査結果でも精神医療への抵抗は予想外に強く、対象者の利用を高めるには精神科医療の専門性を重視するよりも、窓口の広い活動が有効だと思われたこと、地理的・心理的・経済的な壁を低くしたかったこと、活動を一人で背負うのではなくグループでわけあいたかったこと、そして筆者が帰国しても継続可能な活動にしたかったことなどが理由である(注1)。

 ボランティアメンバーは、帰国等で入れ替わりながらも常時5〜10人、月一回ミーティングをおこない、相談への対応を協議・検討し、随時専門家の意見をきき、トレーニングをうけ、資金集めを行っている。また、一緒に食事をしたり、でかけたり、メンバー同士の支えあいも活発である。

 電話相談の件数は、1992年58件、1993年99件、1994年57件であった。その後日本人会会報、日本情報誌への広告掲載やポスター掲示等により存在が徐々に知られ、波はあるものの平均して現在は毎月約10件の相談があるとのことである。相談者の男女比は圧倒的に女性が多く、20代の学生がめだつ。相談者の米国滞在年数は1年以内が約半分を占めるが、中には3年以上、20年在住という人もおり、在住期間が長くても日本人関係の情報が手に入りにくいとか日本人の知り合いがいないということで電話をかけてくる。相談時間は10分以内が約半数、20分以上が約30%、中には1時間以上の相談を何回も繰り返すようなケースもある。相談の内容としては、住居や習い事に関する情報、トラブル処理についての法律的情報、医療機関や医療保険についての問い合わせのほか、詐欺にあったとか、夫のアルコールと暴力で心身がへとへとになったといった多様な相談がある。学生からは、日本人の友人がいない、日本人と知り合うチャンスがない、日本語で思い切りしゃべりたい、といった話し相手を求めての電話も少なくない。より深刻な内容、孤独や不安、友人との重大なトラブル、うつ状態などの相談も割合としては10%程度ある5)。

 ボストンの日本人人口は約6000〜10000人と推測され、サポートクラブの活動はメンバーの人数的にも相談件数的にも些細な活動に過ぎない。しかし、その意義としては、前項で述べたコミュニティとセクターのマトリックスで言うと、以下の点があげられる。1)民族コミュニティの民間セクターに属す。2)民族コミュニティの他のセクター、特に専門セクターとの橋渡しをする。3)民族コミュニティから移住国コミュニティへの橋渡しをする。4)サポートクラブそのものがメンバーにとっては自助的な機能を持つ。

VI 支援活動とメンタルヘルスケア・システム2:AMDA国際医療情報センター

 次に筆者が1993年より関わっているAMDA国際医療情報センター(以下センターと略)の活動について分析したい。センターは日本に住む外国人が安心して医療を受けられるよう情報提供を行うNGOで、1991年よりまず東京で(以下センター東京)9)、1993年から大阪でも活動を始めた(以下センター関西)14)。筆者はセンター関西の代表をしている。センター東京は東京都の委託を受け、9か国語で対応し、年間3000件以上の相談をこなしている。センター関西はそれより規模は小さいが5か国語で対応、年間1000件あまりの相談がある。外国人やその周りの人達、医療機関等からかかってくる電話をボランティア通訳が受け、内容を整理して、スタッフと共に必要な情報を探し、例えば、適切な医療機関を紹介したり、日本の医療福祉制度を説明したり、他の外国人支援団体を紹介したりする。

 センターが提供するのは、医療そのものではなく医療情報であり、医師は私も含め頻繁に連絡をとり、活動をサポートしているが、センターに常駐はしていない。また、いうまでもなく精神科領域だけでなく保健医療全般の相談を扱っている。

 それでも、精神科関係の相談は毎年、センター東京、関西共全体の5%前後と一定の割合を占めている16)。精神科の領域の相談の特徴は、本人からの相談が半分以下で、公的機関(自治体、保健所、国際交流協会等)、友人・知人、配偶者、病院関係者、他のNGO団体など代理人からが多い点である。相談内容としては、言葉の通じる医療機関の紹介を求めるものが最も多く、今かかっている病院ではよくならないための転院希望、特殊な問題で相談先がわからないなどで医療機関の紹介を求めるものがそれに継ぐ。文化的な理解や人権意識、治療レベルの高さを期待して外国での診療経験をもつ治療者を希望する相談も少なくない。このほか、日本では処方されない薬や現在服薬中の薬の調整を必要として相談してきたり、通訳や言葉の出来る付き添いの希望、医療機関への苦情、医療制度についての質問、治療費の相談などがある。また、情報提供よりも、話をただ聞くとか、患者やその周りの人を精神的に支えることが求められるケースもしばしばある。

 病像としては、うつ・神経症圏(抑うつ状態、不安神経症、適応障害等)、精神病圏(心因反応を含む)が多いが、子どもの発達問題、ストレスからくる身体症状、アルコール・薬物依存、摂食障害、てんかん、国際結婚やカップルの問題など相談は多岐に渡り、外国人の定住化の様相が伺われる。

 センターの対応としては、精神科関係の医療機関(カウンセラーを含む)の情報提供が最も多く、次に他のNGOの紹介、いのちの電話など心の電話相談窓口の紹介、保健所や国際交流協会等公的機関の紹介と続く。表4は、相談活動の蓄積から在日外国人の利用しうる資源を、メンタルヘルスケア・システムの3×3のマトリックスで分類したものである。

 センターの活動の意義は以下のように整理できるだろう。1)移住国コミュニティの民間セクターに属する。2)民間セクターから専門職セクター及び一部の民俗セクターに橋渡しする。3)移住国コミュニティから民族コミュニティへの橋渡しをする。4)移住国コミュニティの多文化性を促進する。5)ヘルスケアとメンタルヘルスケアのつながりを強化する。

 電話相談という形態は、精神医学的な状況判断や対応が限られる半面、費用がかからず、匿名のまま話ができるので滞在資格をもたない外国人にも利用しやすい。また、窓口が精神的問題専門でないことは、心の問題で専門家に相談することに抵抗を感じたり、精神病とみなされることを恐れる外国人にとっては逆にアクセスしやすいし、精神科以外の相談に対応することで病気に関する不安を取り除き、精神的な負担を軽減する効果もあるといえよう。

 表5に、移民のメンタルヘルスケア・システムにおける各コミュニティや各セクターの特徴や、利用可能な資源の質と量を左右する条件について整理をしておいた。利用しうる資源は実際に存在するとは限らず、移住者の出身国と移住国との組み合わせによって大きく変わるだろうし、地域ごとの政策や姿勢、先に移住した者の有無などによっても差は大きいと思われる。日本から米国への移住はその中ではかなり条件に恵まれた方といえ、逆に日本は移住国としての条件が整っておらず、資源の乏しさ、ネットワークの貧弱さが憂慮される。

VII まとめ

 以上の分析から、今後の支援ネットワーク構築についての重要な点をまとめておきたい。

 1)システムの多元性と多層性を保証すること。

 さまざまなトラブルに遭遇しながらも精神的な不調をきたさない人は、多元的にコミュニティの資源を活用している傾向がみられる。一方、3×3のマトリックスのどれか一カ所にのみ資源が偏っていると問題がでやすい。精神的に不調になる人の場合、移住国コミュニティにのみ固執する(外国人になりきろうとする)とか、逆に民族コミュニティの中で全ての生活をすませてしまうことがよくある。これは、資源がストレスや精神的問題対処に役立ちうるものの、同時にストレス源、問題源になりうること(箕浦)の反映でもあろう。あれがだめならこれと、いくつもの対応策が可能となることが望ましい。

 2)民間セクターが重要であり、専門セクターの役割は限られていること。

 電話相談の内容と対応からも、支援の広がり、ソーシャルワーク的アプローチの必要性を理解してもらえたと思うが、メンタルヘルスではとくに専門的医療モデルだけでは不十分である20)。バイリンガルの精神科医の治療は、支援ネットワークのひとつの結節点に過ぎず、たとえ重症なケースが最終的にそこに行き着くとしても、そこまでの経過とつながりを重視すべきである。

 3)民族コミュニティにおける民間セクターの重要性。

 ここでの資源の質と幅、量は、生活の不便を補い、自分たちのアイデンティティやプライドを保つことにつながり、異文化生活の質に直結するといってもよい。支援の焦点として重視すべきだろう。

 4)情報支援の重要性。

 多様な資源が存在しても、存在が知られ、アクセス可能でなければ資源にはならない。システムの多元性と多層性も情報のネットワークがあって始めて保証される。また、インターネットなどの情報革命は、出身国がこれまでのように望郷の対象としてだけでなく、現実的な資源提供にも役割を大きくするなど、コミュニティのあり方にも変化を及ぼしており、積極的な取り組みが求められる。

 5)境界人やネットワーカーの意義と養成。

 メンタルヘルスケア・システムの3×3の分類において、複数に所属したり境界線上にある資源(人的資源も含め)も多いが、そういった流動性や開放性が、ネットワーキングと資源の有機的活用に大きな役割を果たすと考えられる。

 日本における外国人の生活状況を調査した研究によると、外国人と日本人の共生には両方をつなぐ役割をはたすキー・パーソンが重要ということがしばしば指摘されている10, 18, 21)。時には蛇頭のように日本社会に潜り込み、自分たちの存在価値をつくりアピールし、小さいながらも産業を育て、次の外国人をよびこみ、生活手段を提供し、コミュニティの人数を増やし、彼らが日本社会に軟着陸できるようなバッファーになっていく。一方移住国の日本人からの排斥や差別に耐え、跳ね返し、時には誤解を解き、翻訳者の役割をも担っていく。病気に際しても、外国人の受療行動を左右する要因として、情報的支援(病院に関する適切な情報を提供してくれる人)の有無と、道具的支援(病院に行く必要があったとき通訳や身元保証人として付き添ってくれる人)の有無が大きいとされている4)。多文化共生社会としてメンタルヘルスケア・システムが本当に機能するかどうかは、このようなエスニック・ネットワーカーがどれだけ育つかにかかっているだろう。

 6)リアリティの多様性の再認識。

 本来、ヘルスケア・システムは資源の多層性ではなく、病いにかかわる時の人々のリアリティの多元性を示すために概念化されたものである。本稿での分析は資源活用に筆をさいてしまったが、どのような資源をいつどのように利用するかは、当事者のもつリアリティに基づいて方向性が決まっていく。そういう意味では、どんな形で移住者の精神的支援に関わるにしろ、当事者が声を出せる状況を整え、その声に耳を傾けること、その人にとってのリアリティに思いを十分馳せ、それにあった資源を提供することが、第一歩だといえよう。

 7)マイノリティ全般への支援

 最後にもう一点。最近、民族や国籍に基づく差異だけでなく、障害の有無や性的指向の差異など多様な意味での「マイノリティ」が自分たちを「異文化」として捉える動きがめだっている 2, 3, 6, 11, 22)。「ろう文化宣言」などがそのよい例かもしれない。そういう意味では、本稿の移住者のメンタルヘルスケア・システムは、それらのマイノリティにも応用可能な概念なのではないだろうか。ドミナントな人々(健常者やヘテロセクシュアルなど)が牛耳るこの社会が「移住国コミュニティ」であり、その社会の片隅や隠れたところにひっそりと息づくマイノリティ・コミュニティが「民族コミュニティ」に相当するわけである。そして、例えば自閉症の人たちがホームページをつくり、自分たちを宇宙人になぞらえ、時空を越えたかなたに自閉連邦という故郷を想定するといったメタファーは19)、アイデンティティや誇りを取り戻すためのマイノリティの仮想「出身国コミュニティ」建設の動きだといえなくもない。今後このような方向でも17)、メンタルヘルスケア・システムの概念を発展させていけたらと思う。

 

注1: 在外邦人へのメンタルヘルス支援対策が、必要性は叫ばれるもののいっこうに整備されない理由としては、現地のニーズの把握、現地コミュニティからの受け入れ、人的社会的資源の開発、システムの維持の困難などがあげられる。本活動は、地域のニーズの把握は、第一段階の調査で精神的問題と対処方法の傾向を明らかにすることにより、現地コミュニティからの受け入れと人的社会的資源の開発(住民参加、現地団体や専門機関の協力と連携)は、第二段階のハンドブック配布によりクリアできた。システムの維持に関しては、サポートクラブという核グループが、相互研修と後継者の育成の役を担っている。

 PHC (Primary Health Care) の5つの実践原則(地域の保健ニーズの把握、住民の主体的参加、各分野との協調と統合、適正な技術、資源の有効活用)とも共通点が多く、外国人支援ネットワークをこの視点から見ていくことも有用と思われる。

文献

1)福永佳津子「ニューヨークの日本語電話相談室」大西守編『カルチャーショック』同朋社,1988.

2)伏見憲明編『クイア・パラダイス』翔泳社,1996.

3)現代思想『総特集ろう文化』1996 24.05

4)平野裕子「在日フィリピン人労働者の医療機関への受診に関連する要因」『健康文化』3:139-148、明治生命厚生事業団,1997.

5)生田洋子「日本語による無料電話相談サービスについて」 『ボストン日本人会講演資料』1993

6)木村晴美・市田泰弘「ろう文化宣言」 『現代思想』23.3.354-362,1995.

7)クラインマン・アーサー(大橋英寿他訳)『臨床人類学』 弘文堂,1992.

8)Kleinman, Arthur: Rethinking Psychiatry. Free Press 1988.

9)小林米幸『外国人患者診療ガイドブック』ミクス. 東京,1993.

10)駒井洋編『日本のエスニック社会』 明石書店,1996

11)倉本智明「障害者文化と障害者身体──盲文化を中心に」『解放社会学研究』12,31-42, 1998.

12)宮地尚子「海外移住者のメンタルヘルス--電話相談活動の試み」『メンタルヘルス岡本記念財団研究助成報告集第4号』303-306, 1992.

13)宮地尚子「異文化におけるメンタルヘルスと病気行動:ボストン在住日本人の調査より」『日本保健医療行動科学会年報』8:104-126, 1993.

14)宮地尚子「論点:外国人治療「違い」を尊重」 読売新聞5月7日,1994 

15)宮地尚子「ボストンからの報告」鈴木満・立見泰彦・太田博昭編『邦人海外渡航者の精神保健対策:欧州地域を中心とした活動の記録』 p194-212 東京・信山社,1997. 

16)宮地尚子「電話相談活動と文化精神医学:AMDA国際医療情報センターの活動を通して」 大西守編『多文化間精神医学の潮流』p306-326 診療新社1998.

17)宮地尚子「異文化のメンタルヘルスとマイノリティコミュニティ」宗像恒次編 『多文化社会に生きる:心の危機と自己成長』 垣内出版(印刷中)

18)中野秀一郎、今津孝次郎編『エスニシティの社会学』世界思想社,1993.

19)ニキリンコ:自閉連邦在地球領事館附属図書館 http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/index.htm

20)大西守、中川種栄、佐々木能久、他「外国人精神障害者への援助活動ネットワーク」『臨床精神医学』22:2:181-187,1993.

21)杉原達:『越境する民:近代大阪の朝鮮人史研究』 新幹社,1998.

22)杉野昭博:「『障害の文化』と『共生』の課題」 青木保他編『異文化の共存』岩波書店 ,pp.247-274 1997


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