「電話相談活動と多文化間精神医学: AMDA国際医療情報センターの活動を通して」
大西守 編著 『多文化間精神医学の潮流』 1998年 p. 306-326

1. はじめに

 AMDA国際医療情報センター(以下センターと略)は、日本に住む外国人が安心して医療を受けられるよう情報提供を行うNGOである。私たちの活動は、おそらく他の章の筆者たちとは違う位相で、外国人の病いと心の問題に関わっていると思われる。そこで、センターの活動形態を説明し、精神科的問題への関わり方の特徴を整理したうえで、センターへの精神科関係の電話相談の状況を紹介したい。

2. AMDA国際医療情報センターの概要

 センターの母体であるAMDAは、アジア医師連絡協議会(Association of Medical Doctors of Asia)のことで、国連にも承認された多国籍NGOである。世界20か国に支部があり「すぐれた医療でよりよい未来を世界に」をスローガンに、ネパール、カンボジアなど主にアジアで難民や災害被災民への医療援助を行ってきたが、その後ソマリアやルワンダ、旧ユーゴなどアジア以外にも活動が広がっている。阪神大震災やサハリン地震の際の緊急医療活動でご存じの方も多いかもしれない。

 海外での活動が大部分を占めるAMDAの中で、国際医療情報センターは国内で行う国際協力として異色な存在である。普通、国際医療協力というと海外のイメージが強いが、常に自分たちの足元を見つめ、身近な所で国際協力のあり方を探るうえで、センターの活動はAMDAの重要な柱となっている。

 センターは小林米幸医師が中心になって1991年に東京でまず開設し(以下センター東京)4)、1993年末から大阪でも活動を始めた(以下センター関西)5)。私は後者のセンター関西の代表をしている。センター東京は、東京都の委託を受け年間3,000件以上の相談をこなしている。センター関西は、それより規模は小さいが年間1,000件あまりの相談がある。それぞれ相談の延べ件数は、1997年3月末で13,796件と3,142件にのぼっている。

 電話相談は、外国人やその周りの人たち、医療機関などからいろいろな言葉でかかってくる。ボランティア通訳の人たちがそれを受け、内容を整理してスタッフとともに必要な情報を探し、適切な医療機関を紹介したり、日本の医療福祉制度を説明したりする。センターが提供するのは、医療そのものではなく医療情報であり、外国人と医療機関、関連機関、外国人支援団体との橋渡しである。医師はセンターに常駐していないが、医学的判断が求められることも多く、頻繁に協力医と連絡をとりあって、活動をすすめている。

 対応可能な言語は、センター東京では9か国語(日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、韓国語、ペルシャ語、タイ語、ピリピノ語)、センター関西では5か国語(日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語、中国語)である(時により多少変動がある)。

 私自身は精神科医だが、センターの活動はとくに精神科領域に重点を置いているわけではない。ただし、精神科的問題だけに的を絞らないことの利点もいくつかあるように思われるので、この点については後に触れたい。

 以上、センターの精神科的問題への関わりの特徴は、@精神科領域だけでなく保健医療全般の相談を扱う、A電話相談の受け手は、医療や精神保健の専門家ではない、B提供するのは医療情報とネットワークであって医療やカウンセリングではないという3点である。この点を踏まえ、精神科関係の電話相談の状況をみていこう。

3. 精神科関係の電話相談内容の概況

 センター東京とセンター関西への相談の概況を、94-96年度の過去3年度分について分析した。3年間の相談件数全体と精神科関係の相談件数及びその割合を表4-5に示す。年度によって多少相談件数に変化はあるが、全体に占める精神科関係の相談の割合は東京、関西とも5%前後でほぼ一定の割合を占めている。

 精神科関係の相談における男女比は、東京では男性46.5%女性43.5%不明10.0%とほぼ男女半々、関西で男性36.6%女性49.7%不明13.8%とやや女性が多い傾向が見られる。

 国籍別では表4-6のとおりで、東京、関西で多少順位の差があるがともにブラジル、ペルー、米国、中国、フィリピンが多い。日本も意外に多い。東京ではイラン、韓国朝鮮も多い。特に目立った年度差はなかった。

 日本に居住する外国人数(推計:平成7年末の外国人登録者数から中国、韓国朝鮮の永住者数を引き、不法残留者数を加算した)2,3)と割合を比較すると、ブラジル、ペルー、米国は居住者数に比べ相談件数が多く、中国、フィリピン、韓国朝鮮、タイは逆に少ない。ただし相談全体に対する精神科的相談の割合を国籍別にみると、ブラジル、ペルーは精神科の割合が高いわけではなく、相談全体も多いこと、センター関西ではアジア圏の人からの相談は件数は少ないが精神科の割合が高いことがわかる。しかし、これもセンター東京ではあてはまらず、一定した傾向は見出せない。

 相談件数には、精神科的な問題の多さだけでなく、各民族コミュニティでのセンターの知名度、センターの対応言語(対応言語の決定にはなるべくニーズを優先しているが、ボランティアの人材の有無にも左右される)、それぞれの民族的な行動特性、Help seeking patternなどが影響すると考えられ、現時点での解釈は難しい。

4. 必要とされている言語と対応言語

 以下、もう少し細かい点をセンター関西への相談について分析していこう。

 必要とされている言語とセンターで対応した言語を表4-7に示した。必要とされている言語は英語、ポルトガル語、日本語、中国語、スペイン語の順で、145件中54件で必要な言語と対応言語が異なっている。これは、カウンセリングや治療は母国語で受けたいものの、センターへの問い合わせ程度の日本語はできる外国人が結構いること、日本語が話せる代理人が電話をしてくることが多いためで、必ずしもニーズに対応できていないということではない。ただし、センターで対応できない言語で敢えて相談してくる事は少ないと考えられるため、現実には必要言語と対応言語とのギャップはもっと大きいとも考えられる。

 なお、センターで対応できない言語の場合は、医療情報があるとは限らないが、他の外国人相談窓口を紹介している。

5. 相談電話のかけ手

 次に、相談電話をかけてくる人別に分類したところ(図4-1)、本人からの相談は49.0%と半分に過ぎない。ちなみに、1994年度の東京の精神科関係の相談においても本人からの相談が53.8%であった11)。これは、精神科以外の領域の相談と大きく異なる点である。代理人の内訳としては公的機関(自治体、保健所、国際交流協会など)、友人・知人、配偶者、病院関係者、NGO団体の順であった。

6. 保険の有無

 健康保険の有無と治療費負担の問題は外国人の医療問題の焦点となっており、早急の施策が求められているが10)、センターでも医療機関へ紹介する際に考慮が必要なことが多い。表4-8に示すように、相談者のうち約半数では保険の有無が不明だが(医師以外によるカウンセリングの場合、保険が使えないため質問しないという理由もある)、残り69人のうち保険をもつ者が58人で、相談全体でみるよりむしろ保険をもつ者が多い傾向がみられた。保険の種類としては国民健康保険、社会保険の他、私的な旅行保険などをもつ人もみられる。ただし、私的な保険の中には精神障害を免責事項としている場合もあり注意を要する。

7. 相談内容

 相談者がセンターに求める情報の種類によって、相談内容を分類し図4-2に示した。具体例とともに見ていこう(プライバシー保護のため、一部国名は明示していない)。

 言葉の通じる精神科関係の医療機関(カウンセラーなどを含む)を紹介してほしいというのが最も多く、ついで言葉以外の理由による医療機関の紹介、外国で診療経験のある医師やカウンセラーの紹介が求められている。

 本人や周りの人が状況をどう捉え、薬の処方やカウンセリングなど何を求めるかによって、「精神科医」「カウンセラー」「臨床心理士」など希望職種が異なる。自国でのそれぞれの治療者の位置づけや治療方法の違いも反映しているようだ。

 ケース1:某領事館より、同国人が精神に異常をきたしており、日本人婚約者ともコミュニケーションがとれないような状態なので、英語が話せる精神科医を探している。

 ケース2:ペルー人より。スペイン語の通じる臨床心理士を紹介して欲しい。恋人は英語が話せるので英語でも可。

 言葉以外の理由で医療機関の紹介を求める場合は、今かかっている病院ではよくならないための転院希望、特殊な問題で相談先がわからないなどで、日本語が堪能か、日本語のできる付き添いがいる場合、そして日本人からの相談が多く含まれる。

 ケース3:日本人男性より。東南アジア出身の妻の被害妄想が強く、病院に1回行ったが、医師の対応が今一つで不満足な上うえ、妻は出された薬を飲まない。教会にも行きたがらないし、母国にも帰ろうとしない。日本語でいいので病院を紹介してほしい。電話では、男性の方がかなり参っているようだった。

 外国での診療経験をもつ治療者を希望する場合は、相談者が治療者に言葉だけではなく文化的な理解を求めているほか、人権意識や治療レベルの高さを期待している例もあった。ケース4の医師は脳外科専門だが、気軽に相談にのってくれるため、他の問題でもブラジル人が連絡先を尋ねてくることが多い。

 ケース4:ブラジル人より。電車の中で気分が悪くなった。血圧の問題かもしれないが精神科にかかりたいので、○○医師(ブラジル人)に相談したい。

 ケース5:欧米出身女性より、日本人の夫が西欧人の精神科医を探している。欧米での生活が長いので日本人医師は嫌だと言う。抗うつ剤の処方をしてほしい。

 医療機関の紹介希望以外の相談としては、治療薬について、病気について、医療・保険などの制度について、治療費について、かかっている医療機関への苦情に関してなどがあった。

 治療薬に関しては、日本では処方されない抗うつ薬についての相談が多く(6件)、ほかに現在服薬中の薬の継続や調整を必要とする例や、薬が必要と自分で考えて相談してくる例がある。

 ケース6:米国人男性。ずっと抗うつ薬Prozacを服用している。英語の処方箋ももっているが、日本滞在が長くなりそうなので、処方してくれる医師を紹介してほしい。その後、紹介先の医師より患者が個人的に米国からとりよせることが可能かどうか知りたいという相談があった。

 病気についての相談では、情報提供よりも話をただ聞くとか、患者やその周りの人を精神的に支えることが求められることが多い。社会文化的背景の理解が必要なこともある。

 ケース7:南米出身の女性より。友人が処女懐胎をしたといっている。目が時々とろんとしているが、強い頭痛を訴える以外に別に変わったことはない。宗教的な問題かと思い教会に連れていき話を聞いてもらった後、落ちついたかと聞いたが、気分が悪かったと言う。本人の姉が横浜にいるが、家族は彼女の状態を知りつつ日本に残ってお金を稼ぐようにいう。私はどうしてあげたらいいか。

 ケース8:中国人女性より。夜眠れない。1年前に兄が亡くなったが、自分は日本にいたので死に目に会えなかった。その頃から怖い夢を見るようになった。病院に行ったがとくに問題ないと言われた。友たちがセンターのことを新聞で見て相談してみたらと教えてくれた。

 かかった医療機関への苦情としては、日本の医療サービスの問題点を指摘するものもあれば、ケース10のように苦情自体が相談者の妄想である可能性が高い場合もある。電話相談では、何が事実で何がそうでないのかを見極めるのは困難である。

 ケース9:日本人女性より、南アジア出身の夫が職場の人間関係などに問題がある。他の電話相談機関に相談したが、「外国人なのでストレスがたまるのはしかたない」といわれた。それではカウンセリングにならない。外国人だからと色眼鏡で見ているのではないか。

 ケース10:欧米人男性より。「全く悪いところがないのに精神病院に強制的に入院させられている、早く出ないと本当におかしくなりそうだ、父親も精神病院に入院中だが、その父親が保護者となって自分を入院させた。保護者となりうる人の条件を教えてほしい。この入院は政治的なもので、自分が記事を書くのをやめなければ退院させてもらえない。また、病院の衛生状態が非常に悪く皮膚に問題が生じ、打たれた注射のアレルギー症状が出ている、便に血が混じっている」など訴えてきた。

 言葉の問題については、通訳や、言葉の出来る付き添いの希望のほか、医学用語の意味を知りたいといったものがある。

 ケース11:自治体職員より。中国人の女性が子どもに精神的な問題があると保健所に相談に来たが、説明しているうちに興奮してきて日本語でなくなってくる。センターではどのような援助をしてくれるのか。

 医療制度についての相談は、以下のような例がある。次いでのべる治療費の問題と関係していることも多い。

 ケース12:救急車で運ばれてきた米国人の件で精神病院のケースワーカーより。患者はパンツ1枚で"Kill me!"と叫びながら廊下を走り回った。友人と会社の上司が来てからは少し落ちついて、点滴も受け興奮は治まった。しかし、言葉が通じないうえ健康保険もない。今回の治療費は上司が払ったが、保険への加入は可能か。また状態が悪くなったら医療保護入院が必要かもしれないが、家族は米国にいる、保護者はどうなるのか。

 治療費に関しては以下のような例がある。

 ケース13:地方自治体国際交流協会の担当者より、東南アジア出身女性のことで相談。重症の精神病で、自分の名前もわからず手も口も動かない状態で、顔みしりの日本人が支援中。その人の家にいた他の同国人女性(既に帰国)を頼ってきた。パスポートがなく、入国管理局と領事館の特別許可がでており、本人がサインすれば帰国できるが、飛行機に乗れる状態になるには1週間ほど服薬が必要。精神科で治療費を最低限にしてもらい、3日分の薬をもらった。かかった治療費7000円は支援者が払ったが、支援者もこれ以上の援助はできないと言う。治療費を援助してくれるところや、言葉ができて付き添ってくれる人はいないか。

8. 内容(精神医学的分類)

 相談内容の精神医学的な分類を図4-3に示す。具体的な問題内容は、必要がなければ聞かないので不明のものが多く、症状や病名も相談者からの訴え、もしくは代理人の観察によるものに過ぎない。あくまでも、電話で聞き取った情報が正しいと仮定した上での分類であることに留意したい。

 件数としては、うつ・神経症圏(抑うつ状態、不安神経症、適応障害など)が27件、精神病圏(心因反応を含む)が23件である。うつ・神経症圏についてはケース5,6,9など、精神病圏については、ケース1,3,10,12などに状況を示したが、やはり精神病圏では代理人からの相談が多く、言葉の問題のほか、入院手続き、つきそい、健康保険、治療費、帰国方法等問題が多岐にわたり対応に手間取ることが多い。

 子どもについての相談も少なくなく精神発たち遅滞が4件、その他言語発たち障害、行動障害、不登校、適応障害、対人恐怖症があった。

 ケース14:日本人女性より、4才の娘に言語発たち障害があり、早期訓練が必要と言われているが、役所の対応が遅く翌年4月まで療育センターに入れない。欧米出身の夫は何もせずにその間待たされるのは信じられないと怒っている。また、両親とも家で子どもとどう接したらいいかわからない。4月まで訓練をしてくれる民間の施設を教えてほしい。

 ケース15:対人恐怖症のため精神科治療の必要なブラジル人児童がいるが、父親に学校のカウンセラーが話をする際、言葉の問題がある。言葉の通じる病院を教えて欲しい。

 身体症状を主に訴え、ストレスのせいではないかと相談してくるものも少なくない。電話では精神的な問題なのかどうか、判断が困難なものも多い。

 ケース16:南アジア出身男性より。身体のあちこちが痛く非常に調子が悪いので、某大学病院にいったが、いくつかの科にまわされて検査を受けたあげく、問題は見つからず、しばらくしてからまた来いと言われた。待っている間に悪化して死んだらどうするのか。言葉の通じる医師を紹介してほしいとの相談。紹介した医師から「身体的というより精神的問題のようだ。勉学に問題があるうえ、他の留学生が自分の悪口を言いふらす、自分にひどいことをするなどと言う。心理療法士への相談を勧めたが、本人はいやがって毒物に関する尿検査をしてからにすると言う。言葉の通じる心理療法ができるところを調べてほしい」との連絡があった。しかし後日、本人より「どこへ行っても問題の原因が分からないので、全く違うシステムの治療法を試したい、例えばホメオパシーがある所を教えてほしい」との相談がセンターにあった。

 そのほか、アルコール依存症、摂食障害、てんかん、薬物依存などに関する相談もあり、問題は多岐にわたっている。これらの相談では専門の相談先を求めていることが多い。摂食障害の3件中2件は日本人の相談であった。

 ケース17:欧米出身女性より。英語でアルコール依存症の治療をしてくれる病院を紹介してほしい。2度目の電話で、会社のつきあいで飲みに行くことが多くて、断れず、そのうちにお酒を飲まないと手が震えるようになったと自分から状況を説明。少し休めばと助言したが、ここは日本だからそれはできない、夫は日本人だがこのことは隠しておきたいと涙声でいう。

 このほか上記の分類と重なるが、国際結婚やカップルの問題の相談も少なくない。

 ケース18:日本人男性より。交際中の西欧人女性が1カ月半前より日本で暮らせるかどうか試験的に来日中。男性の実家にいたが、神経質な女性で「皆が私を見ている」と妄想的になっている。外国人の多いマンションに引越して、だいぶましになったが、まだ理不尽なことをいうので口論になる。第三者に間にはいって話を聞いてもらいたい。

 また、阪神大震災関連の相談は5件あり、うち2件は日本人の相談だった。4件は震災後3カ月以内に相談があった。

 ケース19:震災後1カ月。福祉事務所より。被災した東アジア出身者が精神的に混乱している様子で心配。本人はとくにおかしくないと思っているようなので、できれば訪問できる精神科医かカウンセラーを紹介してほしい。

 相談全般に、成人子ども双方とも文化摩擦や移住に伴う問題だけでなく、日本人の精神科外来で見られるあらゆる問題が含まれており、外国人が定住化してきている様相がうかがわれる12)。

9. 対応

 相談へのセンターの対応を図4に示す。精神科関係の医療機関(カウンセラーを含む)の情報提供が最も多く、次に他のNGOの紹介、いのちの電話など心の電話相談窓口の紹介、保健所や国際交流協会など公的機関の紹介と続く。

 医療機関を紹介するか、医師でないカウンセラーを紹介するか、また心気的な訴えの場合、精神科を紹介するかそれ以外の科にするかなどの判断が必要なこともあるが、なるべく相談者の希望にあわせるようにしている。問題は、英語以外では紹介できる先が非常に限られていることである。科が違ってもいいから言葉が通じるところをと言われ、これでいいのかと思いつつ他科を紹介することもある。アルコール、薬物依存などは専門のところで外国語もできるところは少ないので、言葉と専門性のどちらかを優先せざるをえないことも多い。また、言葉のできる数少ない精神科医やカウンセラーに紹介が集中して迷惑をかけてしまい、その後あまり紹介できなくなることもあった。紹介の仕方も含め、他の機関とどうよい関係を築いていくかは大きな課題である。

 この他、医療制度のことなどセンターでわかることは説明したり、常識範囲で簡単な助言を行ったりもしている。また、どうしても必要な場合には電話で患者と医療者の間の通訳を行っている。

 悩みの相談については、他の機関を紹介するほか、なるべく話を聞くようにしている。いのちの電話で対応できる言語は限られており(東京で英語、横浜でスペイン語、ポルトガル語、関西で中国語くらいしかない)、家族や友人の支えが得られない外国人も多いと思われるからである。

 医療以外の法律、ビザなど入出国手続き、生活関連の支援が必要な場合は、行政の外国人相談窓口や、それぞれの分野を専門とするNGOを紹介している。教会も重要な援助資源である。

 複数の対応が迫られることも多く、例えばケース10では事実関係云々より、本人の疑問である、法律上誰が自分の保護者となりうるのかといった点について答えることにした。病院のある都道府県庁へ問い合わせて、このケースは医療保護入院で保護者は居住地の市長であること、既に本人からの退院請求がファックスで届いており、方策を検討中であることがわかった。本人にはその情報を伝えたうえ、精神医療と人権に関するNGOの電話番号と領事館の連絡先を紹介した。

 ケース12では、英語の通じる精神科を紹介したうえで、保険は在留資格が1年以上であれば国保加入の資格があること、働いているなら本来雇用主が社保に加入させるべきであること、保護者の問題は母国の家族への連絡などが必要となること、領事館にも相談できることを回答した。

 またケース13では、同国人のシスターの連絡先を紹介し、あわせて自治体の精神保健の窓口に問い合わせて、うつ病の昏迷状態で措置入院は必要でないと指定医が診断したこと、保健所や福祉事務所などが法律に基づく処遇(行旅法など)を検討したものの適用と認定されなかったこと、領事館では同様に困っている人が多すぎて費用負担はできないと言われたことなどの情報を得た。しかしその後、教会に通ってきていたこの女性が来なくなったので心配していた別のシスターが、窮状を知って毎日通ってくれ、その後教会関連の団体が引き取り無事帰国できたとの情報を得た。

10. センターでの電話相談の問題点

 センターへの精神科関係の相談をみてきたが、問題点を整理しておきたい。

 第1に、専門的対応ができないことがある。センターは精神的ケアを専門としているわけではないが、一般の医療相談でも相談者は不安を感じていることが多いので、スタッフやボランティアの研修にはカウンセリングの方法を取り入れ、精神面での支えが提供できるよう心がけている。しかし、専門的な研修を強制することは難しく、カウンセリングマインドをどれだけもてるかに個人差がでるのも否めない。また、相談件数が多い時などはゆっくりと話を聞く心の余裕がなくなることも多い。

 第2に、電話相談の特質上、状況判断が困難である。相手の姿形が見えず、何が問題なのか、どの程度せっぱ詰まった状況なのか、センターは何を求められているのか、本人と周りの人からの言い分が異なる場合、誰を信用すればいいのかなど、限られた情報の中でスタッフは振りまわされてしまう。また精神科関係の相談では何度も電話がかかり、その度に違うボランティアメンバーが対応して双方が混乱してしまうこともある。

 第3に、上記とも重なるが、精神医学的なケースの理解や関わりが浅く留まらざるを得ない。電話相談では、悩みや症状、滞日期間や来日理由などは必要がなければ聞かないし、その後の経過も追跡調査はしない。紹介した医療機関や提供した情報に、相談者が満足したかどうかについても不明である。

 第4に、本当に必要とされている人に手が届いているのかの問題がある。社会の下層で働く労働者や人身売買同様に連れてこられた女性には、電話相談の存在を知る術さえないかもしれないからだ。

11. センターの電話相談のメリット

 しかし、センターのような電話相談の形態にも利点はある。

 第1に、電話相談の気安さ、アクセスのしやすさがある。匿名のまま話ができることは、滞在資格をもたない外国人にとって大きな利点である。電話代以外の費用がかからないことはいうまでもなく、いつでも自分から電話を切ってしまえることも隠れた利点である。

 第2に、精神医療や疾患に対して偏見をもち、こころの問題で専門家に相談することに抵抗を感じたり、精神病とみなされることを恐れる外国人も少なくないため、精神科を専門としていない窓口は逆に気軽に利用しやすいというメリットがある。筆者は、米国のボストンで日本語による電話相談のサービスを主宰し、現在もボランティアの人たちの協力によって活動を継続しているが、開設当時は精神科的相談窓口であることを広報で強調したために相談がほとんどなく、生活よろず相談窓口というふうに広報を変えることで、初めて、精神的な問題が寄せられるようになった経験を持っている7)。

 第3に、精神科以外の相談に対応することも、病気に関する不安を取り除き、精神的な負担を軽減するという機能を持つ。たとえば、仕事中の事故で脳を挫傷し足を骨折し、入院中のアフリカ出身の男性が夜中に痛がったり不安定になるという相談があったが、センターから言葉の通じる病院と、外国語大学の学生ボランティア団体を紹介し、事態が好転したという例があった。

 第4に、情報提供とネットワークの重要性をあげたい。平野は1)、外国人の受療行動を統計的に左右する要因として、情報的支援(病院に関する適切な情報を提供してくれる人)の有無と、道具的支援(病院に行く必要があったとき通訳や身元保証人として付き添ってくれる人)の有無の2つを報告している。そして、エスニックネットワークにおけるこれらの支援の強化が重要であると指摘している。

 センターの活動は、情報的支援を提供し、エスニックネットワークを日本のさまざまな社会的資源とつなげることで、適切な受療行動を促す効果をもつといえよう。ただし、日本では、ネットワークそのものの構築や維持が重要で、それには財政的・人的資源が必要であることへの認識が薄い。このあたりの認識も変わっていってほしいものである。

12. おわりに

 私たちは、多文化社会における精神保健システムの構築を本気で考えていく必要がある。その際、最低2つのことが言えると思う。

 一つは、医療モデルだけでは不十分だということである。外国人の精神的な問題に実践的に関わってきた専門家たちは、援助が医療の枠組みでは留まりえないことに鋭く気づいてきたが8)、センターへの相談内容から、まさにその広がり、ソーシャルワーク的アプローチの必要性を理解してもらえたと思う。医療人類学のヘルスケアシステムという概念7)を持ち出すまでもなく、医療や病気は生活や社会制度に密着している。「治療」だけを「本来の仕事」とみなすとらわれから解放されてこそ、また「疾病性」より「事例性」9)を重視してこそ、外国人のニーズにあった援助が提供できるだろう。

 2つめに、外国人の医療問題を考えることは、日本の医療を見直す機会であることである。センターへの電話相談から見えてくる日本の「医療文化」の問題点として、医療の質的保障の概念の欠如、患者中心のケアの未成熟を指摘したことがある6)が、外国人にとって過ごしやすい社会、利用しやすい精神保健システムをつくることは、日本人にとっても有益であるに違いない。

 最後にまとめとして述べると、センターへの電話相談のうち、精神科関係のものは約5%であった。相談のうち約半数は代理人からのもので、相談内容としては、言葉の通じる医療機関の紹介を求めるものが最も多かった。相談から見えてくる病像は多岐に渡り、外国人の定住化の様相がうかがわれる。対応としては情報的支援とネットワークの強化が有用と思われる。

文献

1)平野裕子:在日フィリピン人労働者の医療機関への受診に関連する要因、健康文化,3:139-148、明治生命厚生事業団、1997.

2)法務省入国管理局編:平成8年度在留外国人統計.入管協会、東京1996.

3)法務省入国管理局編:本邦における不法残留者数.国際人流(平成7年11月現在)112:18-21, 1996.

4)小林米幸:外国人患者診療ガイドブック.ミクス, 東京1993.

5)宮地尚子:論点:外国人治療「違い」を尊重. 読売新聞5月7日,1994. 

6)宮地尚子, 福川隆, 田中英夫他:在日外国人の医療をめぐる葛藤と相互理解への試み. 健康文化1.p144-153 明治生命厚生事業団、1995.

7)宮地尚子:異文化におけるメンタルヘルスと病気行動:ボストン在住日本人の調査より。日本保健医療行動科学会年報8:104-126、1993.

8)大西守、中川種栄、佐々木能久、他:外国人精神障害者への援助活動ネットワーク、臨床精神医学22:2:181-187、1993.

9)佐々木雄司:メンタルヘルスの実践の鍵概念として:「事例性」との無理心中の30年間、日本社会精神医学会雑誌.5:1:99-102、1996.

10)総務庁行政監察局:外国人の在留に関する行政監察結果報告書、1997.

11)田中里恵子:AMDA国際医療情報センターの活動及び難しい相談から見えてきたもの--精神的な問題を中心として--第10回日本国際保健医療学会総会プログラム抄録集176、1995(会).

12)山本幸子:外国人問題--とも存への模索-.臨床精神医学,22:2:175-180、1993.

Copyright 宮地尚子 1998